第528話 若奥様って需要あるのでしょうか?
それぞれがどうしていいのか分からないと言う顔で止まっているので先導しようとすると、人が集まった暖かい車内から外の風にさらされて驚いたのか、赤ちゃん達がぐずりはじめる。
「どうぞお入りください」
笑顔で伝えると、少し強張った笑顔で乳母の人達がそろそろと玄関に向かい出す。初めての場所だし、当然かな。侍女達に視線を向けると頷きが返る。近衛を入れる為の大部屋も用意しているので、乳母の人達はそちらに入ってもらおう。
女性陣が入ると、家族の人達が残るが、それはそれぞれの家族に対応してもらおうかなと。取り敢えずフィアが楽しそうに走って、お父さんを引っ張る。ロットは男性一人の前に立ち、何かの話をしている。後は二十代くらいの男女なのだが、誰なんだろう。
「兄さん」
リズが声をかけると、アストとティーシアも寄ってくる。
「初めまして、お義兄さん」
そう声をかけると、滅茶苦茶焦った表情を浮かべられる。横の女性も硬直している。
「あの……初めまして、男爵様……」
絞り出したようなか細い声の挨拶と深々としたお辞儀。弾かれたように横の女性も頭を下げる。
私は腰を屈めて、アテンと視線を合わせる。
「私が男爵である事は職務ですが、アテンさんが義兄と言う事は家族としての関係です。なので、平時に関して私の事はアキヒロかヒロとお呼び下さい」
そう微笑むとアテンと奥さんが困ったように左右を確認するが、アストもティーシアもリズもにこにこと眺めている。
諦めたようにアテンが口を開く。
「アキヒロさん……でよろしいでしょうか?」
「難しいなら、それで結構です。家族にまで仕事を影響させるのは本意ではないですし。それに横の可愛いお嬢さんを紹介して頂けますか。ご挨拶したいです」
私がそう言うと、アテンが慌てたように、横の女性を引く。細身で華奢だし色も白い。農家の娘さんと聞いていたが、フィアとは印象が大分違う。ふんわりと淡い栗色の髪にウェーブがかかった可愛らしい印象の女性だ。
「ウェシーと申します。今後ともよろしくお願いします……」
大分緊張しているのか、顔を真っ赤にしながら、伝えてくる。
「ウェシーさん。お義姉さんですね。今後ともよろしくお願いします。元々長兄なので兄、姉には憧れておりましたので嬉しく思います。さぁ、寒かったでしょう。中でお茶と軽食でも如何ですか?」
「恐縮です」
硬いなと苦笑が湧き上がってくる。
「ベルフ」
「はっ」
呼ぶと執事がやってくる。
「皆様を食堂にご案内して。胃に優しい軽食とお茶を。温まってもらうのが先決。後はお湯は入れているから女性陣から入浴を。介添えは侍女、侍従で。頼めるかな」
「畏まりました。男爵様は如何なさいますか?」
「この寒空で長旅をしてきた赤ん坊が心配だから。少し様子を見てくる」
「では、先にご案内しております」
「うん、頼んだよ。じゃあ、お義兄さん、お義姉さん、また後程」
笑顔で腰を伸ばし、大部屋の方に向かう。後ろで安心したような溜息が聞こえてきたので、まだまだ関係改善には時間がかかりそうかな。
大部屋の扉をノックすると、侍女の声が聞こえる。名乗ると、扉が開かれる。一斉に頭が下がるが、赤ちゃんを優先にするようにお願いする。
「体調不良の赤ちゃんがいないか確認に来ました。神術がありますので、治癒も可能です。様子を拝見出来ますか?」
そう告げると、強張った女性陣も安心したようにあやしていた子供を差し出してくれる。まだ発音も出来ない子供達。この子達に危害を及ぼそうとしていたのかと思うと改めて腸が煮えくり返りそうになる。ただ、あまり感情を出すと子供達が怖がるので心の奥底に沈める。一人一人の名前を乳母の人に確認しながら『認識』先生に症状を確かめてもらうが、ありがたい事に風邪などの症状は聞こえて来なかった。ただ、寒さによる初期の腸炎は何人かいたので、治癒をしておく。
抱き上げる度に、空気を吐き出すようにあーとかだーとかでへーとかお腹を触ると、うきゃーとか言いながらじたばたと楽しそうに動く。全員を見終わると思いの外肩が凝った。壊れ物を扱うかのように触っていたので当然だろう。
「まだ夕ご飯には時間があります。寒かったでしょうし、お茶と軽食程度は如何でしょうか?」
そう問うと、先程までの硬い感じは薄れて、皆が頷く。侍女に視線を向けると、一礼し、外の侍女に伝えてくれる。
「運ばせますので、少々お待ち下さい」
侍女が声を上げると、ほっとした雰囲気が辺りを包む。
「しかし、お子さん方は区別はつくんですか?」
近くの女性に聞くと笑い飛ばされる。
「自分から出た子だから顔は覚えているよ。それでも、預かっている子もいるしね。伯爵様から念の為にって、ほら目印と名前を付けろってさ」
女性が赤ちゃんを巻いていた布を広げて、ズボンの裾を上げると紐に小さな木札がかかっている。木札の表面をよく見ると、名前が書かれている。
「では、安心ですね。しかし、湯浴みの時とかに混じりそうな気がしますが……」
「そんときゃ、別々にするさ。寝ちまえば、大人しいしね。可愛いもんさね」
慈母の微笑みでベッドに寝かせた自分の子、そして人魚さんの子を撫でる。安心しきった赤ちゃんが腕を広げて、きゃっきゃと声を上げる。
「可愛い……ですね」
「そりゃそうさ。子供が一番可愛いよ」
はははと笑いながら、背中をばしばし叩かれる。苦笑を浮かべていると、ノックの音と共にワゴンが運ばれてくる。
各ベットの横のテーブルに侍女が配膳していくと、遠慮なく食べ始める。肝っ玉母ちゃんだなと浮き上がってくる面白味に耐えかねて笑顔が零れる。念の為に女性陣の様子も確認したが、病気の人間はいない。暫く咀嚼音が響いていたが、匂いに釣られたのか、赤ちゃん達がぐずり始める。すると、お母さん方が胸元を開けて双乳をまろび出してくる。すたっと立ち上がって部屋を出ると、後ろから笑い声が聞こえてくる。勘弁してくれ。殆どが二十代、下手したら十代のお母さん方だ。目の毒にしかならん。
食堂に向かうと、もうがらんとしている。丁度通りかかった侍女に問うと、軽食を済ませたので、各部屋で寛いでもらいながら、入浴と言う流れらしい。礼を告げて部屋に戻るとリズがソファーに座って待っていた。
「あ、ヒロ。おかえりなさい、どうだった?」
「赤ちゃんもお母さん方も大丈夫」
「そっか、良かった」
リズがほっとしたように息を吐く。
「お義兄さん達は?」
「お父さんの部屋に集まって話をしている。お母さんとお義姉さんはお風呂だと思うよ」
「そっか。じゃあ、少し経ったら改めて挨拶に行こうかな」
「ふふ。ごめんね。兄さん、ちょっと気が弱い所があるから」
「気にはしないけど、申し訳無い事になったなとは思うかな」
そう告げると、リズが頬を肩に預けてくる。
「ヒロが気にしなくて大丈夫だよ。なるようにしかならないんだから」
「そっかぁ。うん、まぁ、なるべく親族なんだから仲良くはしたいね」
そんな感じで、暖炉の前で雑談を交わす。先程までの緊張が解れ、やっと人心地つけた。さてさて、関係改善もそうだが、ロスティーやレイが戻ってきたらまた一仕事だなと、気合を入れ直し、両頬をぺちんと叩いた。




