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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第525話 上手に熟成出来ました

 薄暗い中、目を覚ます。ベッドの上で上体を起こし、軽く動かしていく。少し下半身、特にふくらはぎと足首に若干熱を感じるが、筋肉痛までは、いっていない感じ。ただ、明日もしかすると症状が出るのかも。もう三十五にもなると運動後の筋肉痛もいつ爆発するか分からない時限爆弾と一緒だ。そっとベッドから降りて、窓から外を覗く。五月五日は薄曇り。何となくひな祭りは忘れていたけど、こどもの日だなと思い出す。他の祝日はもう、休みとしか認識していなかったので記憶が薄い。


 厨房に顔をひょこっと出してみると、料理人が気付いて頷く。暫く待つと、潰したての綺麗に輝くイノシシのモツと肉を手渡される。


「罠猟もきちんと再開したんだ」


「はい。そのようにお聞きしております。町開きも有りますので、猟師の皆様も張り切ってらっしゃいます」


 微笑む料理人から皿を受け取り、部屋に戻る。二匹は昨日の散歩が余程嬉しかったのか、二匹くっ付いて幸せそうな顔で眠っている。偶にタロの足が走るようにひょいひょいと動くのは散歩している夢でも見ているのかな。声をかけると鼻がぴくぴくと動く。ヒメが目を覚ますと、ぷにゅっとタロが踏まれる。タロもぷるぷると払ってひょいっと首を上げる。


『まま、もっとはしるの!!』


 タロがはふはふと息を荒げ、目をキラキラさせながら伝えてくるが、それは夢だ。寝ていたよと伝えると、きょとんとして周囲を確認し、少し悩んで、イノシシ!! と思考が飛ぶので獣可愛い。待て良しをして渡すと、大急ぎで食べ始める。おやつが多かったため、夕ご飯を減らしていたので勢いが止まらない。総量だとちょっと食べさせ過ぎかなと思っていたが、タロとヒメにとっては関係無い。いつでも、今が一番重要なのだろう。皿まで舐めた後に水を生んで渡す。


 ベッドに近付くと、曙光の中、幻想的に輝きながら幸せな微笑みを浮かべるリズが見える。口の端に少しだけ、てろっと顔を出した涎は見なかった事にして拭っておく。


「朝だよ、リズ」


 そう告げながら、脇の直下辺りをつんつんと(つつ)く。脇の下はそこまでくすぐっても反応が無いのだが、脇そのものは弱い。案の定、ぱっと目を覚まして、ころりと逃げる。


「ヒロ……。もう少し、起こし方、あると思う」


「一番手っ取り早そうだったから」


「扱いがちょっと悪くなった気がする……」


「リズの弱いところが分かって来たからかな」


 はぁと溜息一つ。リズが、ベッドから降り、朝の支度を始める。そろそろ、ロスティーやノーウェ、テラクスタ達も来るので、準備を進めないといけない。暇を見つけてはちまちまと進めていた、あれやこれやの仕上げをしないと。


「用意出来たよ」


 お互い背を向けて用意していたが、声がかかったので振り向く。うん、今日もリズは可憐だ。


「五月と言うと、日が当たると暑いくらいの印象だったけど、まだまだ爽やかだね」


 窓から手を出して独り言ちると、リズがそっと肩に頭を預けてくる。


「五月はまだまだこんな感じだよ。暑くなるのは七月辺りからかな」


 日本の温暖化、ヒートアイランドな感覚でいると見誤りそうかな。高原の気候くらいの感覚でいないと思わぬところで風邪とかを引きそうだ。

 今日はどうするのかと聞くと、女性陣はティーシア先生と一緒に結婚式の最終打ち合わせらしい。通常だと、お客様に振る舞う料理などで手一杯の筈だが、その辺りは料理人達がやってくれるし、合同結婚式なので、他の面々も特にやる事はない。心得だけお勉強しましょうと言う感じだろうか。と言う事はロットは斥候団の掌握、ドルはネスのお手伝いかな。チャットは研究だろうし。


 そんな感じで、雑談をしていると、扉がノックされる。朝ご飯が出来たのだろう。食堂に向かうと、皆がもう集まっている。

 話を聞いてみると、案の定ロットもドルも予想通りの回答が返ってくる。明日の主役の四人はティーシアと談笑している。やはり経験者の言は重いのだろう。アストは今日も猟に出るらしい。自分の獲ってきた獲物を子供の結婚式に使ってもらえるなら本望だと笑っていた。


 食事も終わり、アストは森に出て行く。四人はそのままティーシア達の部屋に、他の面子もそれぞれの場所に散っていく。雑用の前に仕事を終わらせておこうと思って、カビアと一緒に執務室に向かう。


「決裁系は夜届いたものは無し、か……」


 商家に関しては、夜に着く場合もあるので、処理が翌朝に来る案件もやはりある。今日は偶々か見当たらないので、日次の処理だけ進めていく。


「カビア、急ぎの案件って有りそうかな?」


「いえ。細かく処理して頂いていますので、有りません」


「じゃあ、今日は雑用に使っても大丈夫かな」


「時間はそうですが……。雑用、ですか? 使用人をお使い頂ければと思いますが」


「いや、ロスティー公爵閣下達がお見えになるし。料理とか、ちょっと驚かそうかなって」


 そう言うと、カビアがチベットスナギツネみたいな顔になる。乾いた眼をこちらに向けながら口を開く。


「使用人と料理人ときちんとご調整下さい。いきなり言われても、困ります」


「あ、はい」


 あぁ、カビアが乾いている……。いや、きちんといつも根回しはしているよ、心外な。カビアにも内緒にする事が多いだけなのに。やはりサプライズだし。

 ささっと処理を終わらせて、例の案件に関して確認するが、予算上は可能と返ってくる。内部留保だけでは実際の金額が足りない為、各ギルドに請求分を徴収に回っているところで、今日中にはどうにかなりそうだと、自信が有りそうな感じで返答されるので大丈夫かなと判断する。少し大きな決断でもあるが、今後を考えると、早めに先に先に進んだ方が良い。


「じゃあ、後、頼むね」


「分かりました。お昼はどうなさいますか?」


「殆ど、館の中で済む話だから。食べに戻るよ」


 答えると、いってらっしゃいませと見送られる。取り敢えずはと言う事で、味噌蔵の方に向かう。手早く殺菌を済ませて中に入ると丁度例の二人が作業をしていた。


「おはよう」


 湯気の篭る中、声をかけると、こちらに気付いたのか居住まいを正し、挨拶が返ってくる。


「そろそろ一月近くなるけど、作業は慣れたかな?」


「はい。慣れたと思います」


 二人が頷きながら答える。作業場も清潔で整頓されているし、問題は無いかな。かび臭い香りもしないし、どちらかというと少し湿ったキノコの香りに近いのかもしれない。


「少し早いけど、そろそろ最低限食べられるようになっている筈だから、様子見に来たんだけど。作業の調子はどうかな?」


 聞くと二人が顔を見合わせ、少し考え始める。


「豆を炊いている最中ですので、手は空いています。麹も手は加えましたので、様子見ですし」


「分かった。竈を借りても良いかな?」


 頷きが返るので、小鍋に水を生み、竈の上に乗せる。火を熾し、昆布を鍋の中に入れておく。二人を連れて貯蔵庫の方を覗くと、かなりの樽が並んでいる。よく頑張ってくれていると伝えると、はにかんだように微笑みが返る。一番最初に仕込んだ樽を出して来て、匂いを嗅いでみるがカビの香りはしない。重石を除き、開けてみると甘い香りが立ち上る。様子を見ながら布巾を絞ってくれているので、必要以上の水分は感じない。カビも生えていない。上出来だ。魔術で生んだ水で作った物と井戸水で作った物からそれぞれ表面を匙で削り取り、塩を塗し落し蓋を乗せて重石を置き直す。


「さて、折角作った物だから、味見をしてみようか」


 そう言うと、一瞬呆けたような顔をした後に、きらきらした瞳でぶんぶんと頷く。そりゃ、自分が作った物だ。試してみたいよね。

 竈の近くまで戻って、それぞれの味噌を擂鉢(すりばち)で擂る。きめ細かくなった辺りで昆布の香りが立ち始める。沸騰する直前に鍋を降ろし、火の始末をする。

 土魔術で椀を六膳作り、それぞれの味噌を入れて出し汁を注ぐ。ふわりと味噌の甘い香りが強く広がる。それぞれに匙と一緒に配り、啜ってみる。


「甘い!!」


 二人が声を合わせて、叫ぶ。うん、まだまだ若い。大豆の香りがほのかに残っているし、味噌独特の醸造香もまだまだ弱い。奥深い味の広がりも無く、塩の辛さの方が強く感じる。それでも……。


「美味しい……」


 二人が涙目になりながら呟く。


「うん、頑張ってくれた。美味しいよ。ここから熟成が進んで、味噌の旨味は増してくる。よくやってくれた」


 告げると同時に二人の涙腺が崩壊する。学んで、作って、味わって、初めて自分の仕事を理解する。きっと良い職人になってくれるんだろうな。

 

 落ち着いたところで、魔術で生んだ水と井戸水で仕込んだ物の違いを確認してみる。ほぼ違いは分からない。飲み比べて初めて分かる程度だが、井戸水で作った方は石灰のような味が微かにする。硬水を飲んだ時に感じる、あの口の中の違和感程度の違いだ。私は魔術の水で作った方を推したいが、二人は井戸水で作った方が美味しいと感じるようだ。硬水に慣れているので、慣れた味の方が美味しいと感じるのだろう。生まれた土地で感じる美味しさも変わると言う単純な事が少しおかしくて笑みが零れる。それぞれを飲み干しながら、三人で笑み崩れる。


「まだ、出荷出来る段階までは時間がかかるけど、方針は間違っていない。今後ともよろしくお願いするよ」


 そう言うと、力強い頷きが返る。将来は醤油、日本酒と広げていきたい。彼らはその先駆者として走り続けてもらわないといけない。

 感動冷めやらぬ中、炊いている豆の事も有るので仕事に戻るように促す。

 私は醸造蔵を後にする。流石に若すぎるので接待には使えないかと少し残念に思う。ロスティー達用には日本の家で熟成させている味噌を持って来るかと諦める。持ち込んだ味噌も試行錯誤やあの人数で使っているので、もう残り少ない。南の村でもきっと人魚さん達が目の色を変える。幾ら合っても足りない気がする。


 少しだけ先の幸せな一時を思いながら、貯蔵蔵の方に向かう。

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