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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第523話 レンタルとクンクンとピヨピヨ

 領主館に着いた後は、本日お休みという話になった。中途半端な時間なので、訓練は自主参加で、休む人間は休むという流れだ。ドルはネスの手伝いに行くらしい。テスラは少しうきうきした顔で自主トレに向かった。ティアナは執務室の方に向かったので、カビアが捕まるのは確定的だろう。


 私はタロとヒメとの約束があったので、部屋にリズと一緒に戻る。


「帰って早々だけど、タロとヒメの散歩に行こうかなって思っているけど、一緒に来る?」


「何処まで行くの?」


「田植えしたよね? 様子を見たいから水田までかな……」


「ん。結構歩くね……。気にした……?」


「運動不足? うん、まぁ、少しずつ慣らしていこうかなと」


 そう答えると、ドレスを見た高いテンションだったリズがほわっと優しい笑みを浮かべる。


「そっかぁ。うん、行こう」


 そう言って、リズが首輪とリードを取りに行くと、それを見た二匹のご機嫌が一気に急上昇する。箱の中でこねられるパン種のように二匹がぐちゃぐちゃになりながらはしゃいでいる。


「こら、あんまりはしゃがない。怪我するよ」


 声をかけると、きりっとお座りをするが、我慢出来ないしっぽがゆらゆらと言うにはちょっと過剰にプロペラのように振り回されている。

 苦笑を浮かべながら、リズから受け取った首輪をタロの首に嵌める。リズがヒメのリードを掴み、一緒に部屋を出る。廊下にいた侍女に南の畑の様子を見てくる旨を伝え、玄関から外に出る。


 五月の少し霞んだ空の下、育ち始めた草花を二匹のクンクンブルドーザーがこれでもかと念入りにチェックしていく。嗅いだ事のある草でも花が咲いているとまた違うのか、要チェックらしい。このままだといつまでかかるのかなと。帰りは一旦ホバーで帰って、馬車を出してもらおうかなと諦めて、タロとヒメのペースに合わせる事にする。


「でも、ごめんね」


 少し先を行くリズに声をかけると、くるりと振り返り、不思議そうな顔をする。


「何が?」


 くてんと首を傾げて聞き返してくる。


「勝手に結婚式のドレスを貸し出し用にするって決めて。記念なのに」


 そう、この世界、古着の概念は有るのだが、貸し服(レンタル)の概念が無い。木綿の生産量が文明に対して比較的多いのと服の生産に携わる人間が多い為、古着で回ってしまう。この辺り、神様の薫陶が逆方向に発揮された感じだろう。今後の貸し服の構想と、私達が実際の広告塔になると話をしたところ、服飾屋の店主が乗ってきてドレス四着を新規で作るなんて冒険が出来た。結構な投資なのに、何の躊躇も無く賭けに出る事が出来るんだから、あの店主、気が若い。機を見るに敏だ。修行も有るので無償で構わないと豪儀な話になった。でもその代わり、幸福な結婚式を挙げた領主様の伴侶のドレスは貸し服の看板になる事になった。態々買わなくても、お安い値段で領主様の花嫁の衣装が着れるんだ。大好評だろう。その辺り、禁忌にする気も無いし、お高くするつもりも無い。領地の女性が喜ぶのなら本望だ。でも……。


「え? 良いんじゃないの?」


 リズがきょとんとした顔で聞き返してくる。えぇ、良いの? 記念とか無いの?


「でも、折角の結婚式で着た衣装だよ? 今日も凄く喜んでいたし……」


「うん。嬉しい。凄く綺麗な衣装だったし、感動した。結婚式の時に着れるのはドキドキする。でも、あれを着て作業とか出来ないし、踊る事も出来ないよ?」


「そう言う服じゃないからね」


「結婚式の後はお祭り騒ぎだよ? あんな服着ていたら、何も出来ないし。それに洗ったら縮んじゃうよ。今でもギリギリのサイズで合わしているのに、絶対に着られないよ」


 そう言って、リズが眉根に皺を寄せながら笑う。


「だから、その日だけ。ヒロと一緒に結婚するその時だけ、最高に綺麗になる。それで良いよ」


「リズ……」


 くいっと軽くヒメを引き、一緒にとことことこちらに近付いてきて、軽く抱き着く。


「それが良い。最高の私を……覚えてくれる?」


 リズが少しだけ蠱惑的に微笑む。あぁ、こんな表情も出来るのか。女の子の千変万化には敵わない。


「ありがとう、リズ。うん、一生覚えておくよ」


「ふふ。また思い出一つ増えるね」


 そう言うと、ヒメと一緒に駆け出す。


「ヒーロー、おっそーい!!」


 輝かんばかりの笑顔で、リズが振り向く。うん、気を遣ってくれたか……。大事に、心に仕舞おう。それに、スマホも有るしね。


「まーてー」


 こちらも駆け出すと、タロが嬉しそうに前に出る。疾走する姿は雄々しいが、顔が嬉しさで崩れてしまって可愛い感じなのがちょっと残念だ。


 クンクンせずに、公園を抜けて、力尽きる。


「ヒロ……大丈夫?」


「速度は出せるけど……持久走は、ちょっと無理……」


 もっと走らないの? みたいなキラキラ輝く目でタロとヒメが見上げてくるが、無理。


「あは。歩いて行こう」


 リズが、そっと横に寄り添う。あぁ、結婚していた時はマンションだったので動物は飼っていなかったけど、やっぱりこうして一緒に散歩するのは楽しい。それにこんな綺麗な子と一緒に歩く事が出来るのが面映ゆい。


「馬車だと中々見ないけど、中央の方は大分開発進んだね」


 リズがほけーっと口を半開きにしながら、眺める。


「そうだね。ここが栄えてくれないと今後が無いしね。政務の人間もそれが分かっているから、この辺りに家を建てるし」


「うん。家も増えたよね……。ふふ。本当に町になるんだね」


「あれ? 信じていなかった?」


「ううん。ただ、実感していなかった感じかな?だって、ノーウェティスカより広いんだよ? 想像出来ないよ」


「そうだね。まだあの町も巡りきれていなかったし。結婚式が終わったら、海の村に行って、一度西に向かおうか」


「ん? どうして?」


「だって、私、お義兄さんに会った事、無いよ?」


「忘れてた……」


「ひどい……」


「冗談だよー」


 と言う、リズの顔が若干引き攣っているのが気になる。まぁ、仲は良かったようだし、信頼もしているか。


「それに……」


「それに?」


「んー。まだ、内緒」


「あ、ずるい!! その何かあるのに教えないの、ずるい。気になるよ!!」


 私は笑いながらリズに揺さぶられるが、まだ教えられないかな。


 タロとヒメもクンクンしながら、徐々に西門に近付く。ここまで来ると交通量が多い。タロとヒメに注意するように伝えるが、興味を引くものが多い為、ちょっとそわそわしている。早々に引っ張って、南の方に歩いて行く。


 水田に着くと、柵の中でそよそよと苗達が風に触れて踊っている。何とも懐かしい光景だ。


「なんだか不思議。麦と同じなのに、水に浸かっているだけで全然見た目が変わったよ」


 リズが改めて水田を眺めながら、優しい表情で呟く。


「うん。きっと、これから変わっていくよ。作物も、生活も。豊かになるんだ」


「なろう、じゃなくて、なるんだ、なんだね」


「うん。それが私の仕事だから」


 言った瞬間、リズがくすりと笑う。


「立派な領主様だ」


「あ、笑うところ?」


「なんだか、夢みたいって思っただーけ」


 そんな話をしていると、ぴよぴよと声が聞こえてくる。親鴨さんが子鴨を連れて雑草や川から流れてきた水草や水生生物を食べている。黄色の中に濃い茶色が混じる子鴨が必死に親鴨に付いていきながらちゃぽりと潜ってはもぐもぐしているのが可愛い。


『とりなの……』


『とり』


『あれは、駄目。絶対駄目』


 野性に目覚めようとした二匹にきつく伝えると、しょんぼりした思考が返ってくる。親鴨もこちらの気配に気づいて一瞬警戒したが私を確認すると、安心したようにそのまま食事を進める。あれは絞められない。『馴致』の使い所、難しい……。


 そのまま成長を続ける稲の様子を確かめて、南に移動する。耕作地から平野に出たところで二匹のリードを外す。


『遊んでおいで』


 そう伝えると、二匹がぴゅーっと駆けていく。リズと二人顔を見合わせて、笑ってしまう。


 石畳を二枚生み出し、座り込む。


「結構歩いたー」


「そう?」


「リズとは鍛え方が違うよ」


 そう言いながらカップを二つ生む。水を張り、氷を浮かべる。


「どうぞ、お嬢様」


「ふふ、ありがとう」


 二人で、駆け回って獲物を探したりクンクンする二匹を眺めながら、カップを傾ける。話題はすぐ先の結婚式だ。

 ゆったりした時間が心地良く、少しだけ微笑ましいなと、心から思った。

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