第521話 婚姻を司る神と式の衣装に関して
朝食を終えて部屋に戻って食休みをしてから、デパートのいつもの服飾屋へ行くと言う事で話がまとまった。
リズとフィア、ティアナ、ロッサのウエディングドレス、それにチャットとリナの列席用のドレスの最終調整がある。ただ、リナはまだもう暫くは帰らないので、抜きで最終調整となる。正直、リナの体形が一番調整し辛そうだが、しょうがないかなと。戻ってから急いで最終調整をしてもらうしかない。
リズは自分一人のドレスを作る訳ではないと言う事で気楽にタロとヒメと遊んでいる。ドレスを新調してもらった時はかなり緊張していたのに、一度着てしまえば慣れるものなのだろうか。
「この国の結婚式ってどういう感じなの?」
資料では読んでいたが、式次第を見ていても人前結婚式に近い感じなのかなと言うイメージしか浮かばなかった。
リズがヒメの前脚を持って、立たせて歩かせながら、答える。
「んー。一番上等な格好をして、教会で神様に夫婦になるって誓う感じかな。名士の人とかの場合は領主様が来られたりするよ」
「領主自身の結婚式の場合は?」
「そんなの見た事が無いから、分からないよ」
ふむ……、そりゃそうか。あるとしたらノーウェくらいだし、ノーウェも結婚していない。
「ちなみに婚姻を司る神様ってお名前は?」
「シィベギルセ様だよ」
ふむぅ。女神様なのかな。ヴァーダやパニアシモのイメージだと生産に関わる神は女性の形を取っているケースが多い気がする。
「姿は知らないの?」
「良い結婚には祝福を授けてくれるって言われているけど、実際は知らないかな。姿までは聞いた事が無いよ。そもそも結婚式自体が頻繁に起こる行事でも無いし」
確かに、トルカの村の規模で結婚式なんて、そうは無いか。
そんな事を考えていると、リズに遊んでもらえないタロがてこてこと歩いてきて、足元に伏せる。しっぽは期待でふりふりしている。
『まま、あそぶの』
しょうがないかとタロの前脚を掴み、立ち上がらせて、てくてくとリズとヒメの方まで歩かせる。後は一緒に部屋の中を歩き回る。リズはその姿が余程おかしいのか笑顔が絶えない。二匹も、二足歩行する機会なんてほぼ無いので、新しい感覚に喜と快の感情を送ってくる。しばし、人間と狼のダンスを楽しんでいると、ノックの音が聞こえる。
「領主様。馬車の準備が整いました」
「分かった。出る」
「畏まりました」
ドア越しに答えると、人の気配が去っていく。
「さて。リズ、行こうか。タロとヒメは留守番を頼んだよ」
そう言うと、ワフとウォフと二匹が鳴いて、箱の方に戻りくるりと丸まる。ただ耳は立ったままなので、きちんとお留守番モードなのだろう。
玄関に出ると、もう皆は馬車に乗り込んでいるらしい。私達が乗り込むと、フィアが遅ーいと叫ぶ。待たせてごめんと返すと同時に、馬車がゆっくりと進み始める。フィアはいつも通り、ティアナはうきうきとした顔、ロッサは緊張で真っ白になっている。自分の服と言う話であれば特に気にならないだろうが、結婚式のドレスを新調するとなるとやはり緊張しちゃうか。そう思っていると、そっとドルがロッサを引き寄せて肩を抱く。こてんとドルの肩に頭を乗せたロッサの顔には先程までの緊張は無い。もう十分、良い夫婦だと思うが。しかし、この口がじゃりじゃりするような感じは何なんだろう。砂糖を吐きそうだ。
麗らかな春の日差しを浴びながら、窓から入る風とゆったりとした揺れを楽しみつつ、デパートに向かう。
テスラは馬車でお留守番となった。一緒に参列用の服を作るか確認したが、どうも軍礼装も有るようなのでそちらを着るとの事だった。斥候だと徽章も付けられないはずだ。うーん。箔付けに何か送った方が良いのかなと思ったが、略式紋章の徽章だけで良いと言われたので、素直に諦める。
服飾店に顔を出すと、店員さんがこちらを確認した瞬間、奥に通される。許可も何も貰ってないだろうと思いながら、周りを見渡すと、ファッションの根本が変わっていた。シャツに関しても、腰辺りの絞りが少し強めになり、ウェストを強調するようになっていたし、スカートも美しいプリーツが施されるようになっていた。あぁ、吸収が早いなと思っていると、シックな浴衣と淡い色彩の浴衣を着たマネキンが並んでいて、噴き出しそうになった。なんじゃありゃ。
女性陣はそのまま捕まって、ドレスの調整に向かう。ロットとドルにどうするかと問うと、プレゼントでも選んでいるとの事だった。毎月、住み込みの護衛と言う名目で給料と言う形で支払っている分も有るし、今回のオークの戦争の際にも冒険者としての参加なので達成料が出ている。それで何かお相手に買うつもりなのだろう。店を出て、宝飾品でも探しに行くらしい。変われば変わるものだなと感心した。
「これはこれは領主様。お変わり無いようで」
店主がいつもの上品な笑顔で迎えてくれる。
「ありがとうございます。そちらもお元気そうで。店の雰囲気も随分と華やぎましたね」
答えると、ソファーを勧められるので、かける。
「そうですね。頂いた型紙と思想そして経験は汲めども尽きぬ泉のように創作意欲を引き出してくれます」
にこやかに笑いながら、店主もソファーにかける。
「しかし、浴衣を頼んだのは私ですが、商品として並ぶとは思っておりませんでした」
「そうですね。温泉宿の方でも同型の物を卸しておりますが、夜着として心地良いと言うお客様が多いのです。お急ぎの方は温泉宿で買われますが、やはりお好みも有りますので、その辺りはこちらで販売致しております。競合する形で大変心苦しいですが」
若干申し訳なさそうに、店主が眉を落とす。
「いえいえ。お気になさらず。元々そこまで浴衣で儲ける気も有りませんし。広まるのであれば良いかと考えます」
「はい。注文は多いですね。豪商の方は自分好みの色とサイズを求められますので。既製品ではどうしても微妙な調整が難しいですので、その辺りの住み分けだろうとは考えております」
「えぇ。その認識で結構です。私自身はあくまで宿の中の思い出として買って帰ると言う流れで考えておりますので。今後とも存分にお売り下さい」
そう答えると、面目無さそうにしていた店主の顔が輝く。
その瞬間、ノックの音が聞こえ、トレイにポットとカップを乗せた女性が部屋に入って来てお茶の準備をしてくれる。漏れる香りだと、紅茶か。また気前の良い事で。しかし、中々飲む機会も無いので、ありがたく頂くとしようかな。
準備が整い、女性が一礼をして部屋から出て行く。
「では、久々の出会いに」
お互いにカップを上げ、香りを楽しみ、口に含む。馥郁たる香りが鼻から抜け、その余韻を含めて楽しむ。
「今回は、手前どもを信用して頂き、ありがとうございます。領主様の奥方様の衣装を作るなど、光栄です」
「止して下さい。王都で散々お作りになっていたではないですか」
そう言うと、熱の篭った口調で店主が続ける。
「いえいえ。新しい手法をお教え頂いたばかりか、今回は領主様自らデザインまでして頂き、正直驚きました。あのような形でのドレスは想像もしておりませんでした。なんとか頂いたデザインには近付けるよう努力しておりますが、お気に召すかどうか……」
「そこは信じておりますので」
そう答えると、苦笑が返る。
「後で確認させてもらえればと思いますが、もう一点お願いが」
「はい、何でしょうか?」
一人蚊帳の外と思っている人間にきちんとしたものをプレゼントしないと気が済まない。そこはサプライズで良いだろう。その時の顔を思い浮かべてニヤっと笑みが浮かぶのを自覚した。




