第516話 田植えはじめました
ぱちりと目を覚ますと、薄闇の中に窓からほのかに日の光が入り始めた時分だった。くいっと腕を上げて背中と腰を伸ばす。昨日は特に何も無かったし、早寝だったので快適な目覚めだ。少し寝過ごした感は有るが、良いかと思いつつ、窓の外を眺める。五月三日は快晴。田植えには丁度良いかな。でもあまり日差しが強いようだと、焼けないように対策しないと駄目なのかな。でも、リズもフィアも肌が白いのはあれなのだろうか。色素沈着しにくいのだろうか……。まぁ、サンバーンしていたら火傷扱いになるだろうし、その時に神術で治しちゃうか。
食堂に向かうと、今日は朝獲れのウサギが二羽。良いのかと聞いたが、逆にスズメを塩焼きにするので大丈夫との事。ふむ。ちょっと多いので、昼ご飯と夕ご飯で調整してもらおう。
部屋に持ち帰ると、朝からのご馳走に二匹のしっぽが最高潮だ。食べている間に、軽く揺すってリズを起こす。
「あれ……。朝?」
「本を読んだ姿勢のまま寝ていたよ?」
「あー。うん、本を読んでいたのは覚えている。でも、途中から記憶が無いかも……」
リズが上体を起こし、首を傾げる。
「うん、まぁ、根を詰めないように。無理しても、体を壊すだけだよ」
リズの脇に手を入れて、ベッドから、下す。
「うん。ありがとう、ヒロ」
微笑みながら抱きしめてくるリズの額に口付けて、外に出る支度を始める。
二匹がそれを見て、散歩か……用意をせねばみたいな顔をしているので、水を生んであげると、素直に飲み始める。飲み終わると、大人しく箱に戻って食休みの為に丸くなる。先程の凛々しい感じは欠片も残っておらず、ちょっと可愛い。
汚れても良い服装に着替えて食堂に向かうと、皆も似た服装で待っていた。
「テスラは緊急要員として、移動以外は留守番をお願いするね」
そう言うと、テスラが微妙にどよーんとなったが、フィアが手を上げる。
「僕、僕。僕、緊急要員になるよ!!」
「フィア、もしもの時の指揮分からないよね?」
「うぐぅ……」
フィアが項垂れて、皆が微笑ましそうに笑う。ロットが頭を撫でると機嫌が戻って来たので良いかな。
食事を終えて、皆で馬車に乗り込む。真球を作れるなら、ボールベアリングも作れるかな。でも、受け側の精度も求められるから、ネスに相談かな……。
そんな事を考えている内に、水田まで到着する。農家の皆さんはもうすでにある程度他の作業を終わらせてから集合して来てくれた。
皆でズボンの裾をまくって、泥の中に入る。
「うわぁ……。ぬるぬるするわね……」
ティアナが若干眉根に皺を寄せながら、言う。
「リーダー、水を張る意味ってあるの?」
フィアが不思議そうに聞いてくる。
「んー。この植物自体は水の中でも育つから、雑草が育ちにくい。それに微妙に傾斜を作って、常に新鮮な水が入り込んで流れるようになっているから植物の成長に必要な栄養をずっと取り込み続けられる、辺りかな」
「ふーん。で、どうして僕らまで作業しないといけないの?」
「初めての作業だし、知っておいて損は無いかと。小麦より収穫量が多いから、増やすのも容易だし。自分が働いている領地で何が作られているか知るのも必要だと思うよ?」
「うーん、任せっきりと言うのも問題なのか……。分かった、頑張る」
フィアが諦めてやる気を出してくれたので、皆に苗を配る。
水田の横から等間隔に印を結んだ紐を張ってもらう。鉄製の三角枠に脚を付けて倒れないようになっていて皆がライン分を植え終わったら、転がしてもらう。元々は『かた』をきちんと作って、線引きをしようかなと思っていたが、どうせ慣れない作業なので、後ずさりしていたら、ぐちゃぐちゃになって線が消えそうだったので紐を張る事にした。
「じゃあ、紐の印の下に三本ずつ植えていく事。結構深く植えて大丈夫なので、しっかり植えて。では皆さん、よろしくお願いします」
ぬぽぬぽと皆で水田に入り込み、中腰で根を解き、印の下に植える。様子を見て、皆が後退りしたのを確認して合図を出すと、農家の人がぱたりと目印を転がしてくれる。後は黙々と田植え作業を進めていく。五月の日差しと水田の上を走る風に吹かれて労働の汗を流す。あぁ、気持ち良いな。と思っていたのも、初めだけだった。腰が痛い。足がぷるぷるする。皆は鍛えているレベルが違うのか平然としているが、一枚目の水田の真ん中辺りで腰の痛みが限界に達する。ディシアにごめんと謝りながら神術で腰と足を癒しながら、なんとか皆に付いていく。
半分ほど済んだ辺りで昼になったので皆で、川から引いた水に浸かって泥を落とす。まだまだ水が冷たくて、痛みすら感じる。わいわいと洗っていると、馬車が近付いてくる。
「あれ……。テスラ……ですか」
目敏く見つけたロッサが呟く。あぁ、持って来てくれたか。農家の人も今日は昼の準備をしなくて良いと伝えている。
テスラが到着すると、馬車の乗降口を開放する。中には温かいスープとパン、それにソーセージやサラダなどがまとめられている。器は別に持ってきてくれているので、皆で手分けして、盛り付けていく。農家の人達も折角なので、一緒に食事が出来ればと準備しておいた。
トルカ村よりは農家に対して手厚い処置はしているが、現状まだ収穫が無い為、中々生活が安定しないと言うのが問題として挙がっている。今回の水田開発、稲の育成に関しても先払いで支払っているのは、そう言う部分でのセーフティーネットを狙っての話だ。それにフィアも言っていたが、中々食事まで気が回る事が無いので、偶には食べたい物を食べると言うのも良いかなと思って用意した。
「もう半分と言う事で、残りも頑張っていきましょう。では、食べましょう」
そう告げると、農家の人達がわっと歓声を上げて食事を始める。汗をかいた身としては、スープやソーセージの塩気がありがたい。皆も和気藹々と交流している。農家の人が今後の管理に関して聞いてくるので、気候に応じて水を止めて完全に乾燥させたりが必要な旨を伝える。どうも梅雨は無いようなので、気温が上がってきたら、暦と調整する形で話を進めていく。こちらとしては日本での米作りしか分からないし、この世界の一年でどう気候が推移していくかが分からない為、確たる事が言えない。ただ、こういう意味で必要な作業だと伝えると、解釈して、この時期に実施しようと言ってくれるので、それに一旦は乗る形にする。来年以降はそれを基準に変えていけばいいだろう。
食事を終えて、軽く食休みを入れた後は、また田植えだ。自分が言い出した事なので何とも言えないが、腰と膝に関してだけは神術かなと諦めてずぶずぶと水田に入る。




