第515話 一反木綿的あやし方
湯船に湯を満たし、部屋に戻ると、着替えを持ったリズが壁際でビクッとなり、そのままずりずりと対角線を移動し始める。
「冗談だよ?」
「ヒロの目が冗談じゃ無かった」
「えー。心外だなぁ……」
少し寂しそうにすると、あわあわとして、リズが近付いて来るのでぱくっと抱きしめる。
「あー、騙したー!!」
「騙していないよ。リズが可愛いなって」
「それ、騙してるー!! もう、駄目!! いーやーなーのー!!」
こちんと頭を叩かれたので、諦める。
「リズ……好きなのに……」
「私もヒロが好きだけど、今はいーや。体を清めて、ご飯を食べたらね」
「はーい。雨だったから、ゆっくり温まっておいで」
そう言うと、リズがぷくっと頬を膨らます。
「もう、いっつもそうだったらいいのに。偶にいじわるだよ?」
「日常にアクセントが無いと、マンネリになるよ?」
「もう、毎日が大冒険だから、いーりーまーせーん」
きっとリズが可愛い目で睨んでくるので、ひゅーひゅーと鳴らない口笛を吹きながら、窓の外を眺める。と、頭をまたこつんと叩かれる。
「ヒロは格好良いんだから、しゃんとして。分かった?」
「はーい」
そう言いながら、頭を撫でると納得したのか微笑み、そのまま部屋を出て行く。少し悪戯の度が過ぎたか。やっぱりオークの件で余裕が無くなっているなと、思い返しながらソファーに腰かける。背もたれに体を預けると、二匹がてーっと走って来て、横にぽふっと座り、寄り添ってくる。
『まま、ぬくいの』
『ぱぱ、ぬくい』
どうも弱っていると見たのか、二匹が頻りに体を寄せてくる。二匹の首元や耳の後ろ辺りを掻いてあげると、ぽてんと太ももに顎を置いてもっとと視線で訴えてくる。慰められているのか、遊ばされているのかどっちだろう。朝方はじめじめと少し蒸した感じだったが、雨が長引き日が落ちると急速に冷え込んでくる。暖炉の薪に火魔術を投げ込む。徐々に温まる空気と撫で心地によるものか、二匹共ふにゃっと崩れていく。雨降りで散歩にも行けなかったので元気が有り余っていたのだろう。少しは一緒にいる事で解消は出来たかな? そんな事を思いながら、暖炉の火の温もりを浴びながら、気付かない間に、眠りに落ちていた。
「ヒロ、起きて」
ふと、耳元で囁かれ、覚醒する。濡れてしっとりした髪のリズがソファーの上で四つん這いになって耳元で微笑んでいる。そのままちゅっと口付けて、二人で笑い合う。
「ヒロ、また、二匹と同じ顔で寝ていたよ。もう、そっくり」
そう言いながら、リズが座り直して背中を預けてくるので、髪の毛をブローする。
「ん……。気持ち良い……」
風を浴びたヒメが目を覚まして、タロの方に移動して、顎を乗せて、くいくいと位置調整をしてからまた寝入る。
リズが振り向きながら、そののそのそと動くさまを見て、微笑みを浮かべる。
「あは。ヒロも偶に夜中あんな感じで動いたりするよ」
笑いながらそう言うと、リズがこちらをふと見つめる。
「ふふ。やっぱり、ヒロ……好き。でも、いじわるなのは、駄目」
人差し指を立てながら、諭すように呟く。
「ごめんなさい……」
しょんぼりしながら、真剣に髪の毛を乾かす。
「ヒーロ……。好きだよ……。大好き」
粗方乾いたと思ったらぱたりともたれかかってくる。少しだけ猫みたいだなと思いながら受け止める。
「私も好きだよ、リズ」
太ももに頭を乗せたリズの唇にそっと唇を合わせようとした瞬間、ノックの音が響く。返事をすると、夕ご飯が出来たようだ。
「ぷっく……あは、あはははは。いつもこれだね。残念でしたー」
「むー。笑うのは酷いと思うよ……。お風呂、後回しかぁ……」
「ヒロの格好良い所はいっぱい知っているから、こういうのも好き」
そう言いながら、腹筋で上体を起こし、ちゅっと頬に唇を当てて、リズがソファーから降りる。二匹を揺すると、目を覚まし、大人しく箱の方に戻る。
さてと、食事の場で明日の田植えの手伝いを頼もうかな。田植えは人手が重要だし、経験していて損は無いだろう。リズをエスコートして、食堂へと向かう。
食堂では、ホカホカした皆が席に座って待っていた。
食事は最近お気に入りの出汁ベースのオートミールに焼き物とサラダとなっている。まだ生肉の流通が戻らないので、焼き物はハムのステーキになっている。
「では、一旦は平和になったと言う事で日常生活も戻ってきました。出来れば、明日は農家の手伝いをお願いしたいけど大丈夫かな?」
そう聞くとフィア以外はすんなり頷く。フィアはちょっとうんざりした顔だった。
「うぇぇぇ……。訓練の方が超まし……」
フィアが呟くと、皆から笑いが漏れ出す。
「まぁ、新しい作物だし、将来的には主力な作物になる可能性もあるから。見ておいて損は無いと思うよ。では、食べましょう」
そう言ってオートミールを掬うと昆布出汁かと思ったら香りが違う。潮の香りかなと首を傾げながら口に含むと、塩気の中に雑多な魚の香りが広がり、重層的な旨味が広がる。
「お昼に干物を毟った物をお出ししましたので、頭や骨を出汁にしてみましたが……。いかがでしょうか?」
料理人がやや緊張気味に聞いてくるが、滋味深い香りが広がり、複雑な味が舌を楽しませる。
「うん。美味しい。魚醤の香りも合わさって、良く仕上がっていると思う。材料を無駄にしない点も良いと思う。素晴らしいよ」
そう伝えると、ほっと緊張を解いてくれる。その後は明日の作業や、鴨のヒナの話などで盛り上がり、食事を済ませる。
部屋に戻ると、リズはベッドに寝転がって法律書を読み始める。着替えを抱えて、食事を与えた二匹を連れて浴場に向かう。
散歩をしていないから、寝ないかなと思いながらタライでモミモミするが案の定寝ない。
『ねないの、あそぶの』
タロが目をぱっちりとしながら、ブローを浴びて、脱衣場でしっぽを振りながら伏せる。ヒメもかと思うと同じく寝ない。二匹揃って、遊ぶ気満々で脱衣所で待ち構える。ふーむ、困ったなと思いながら、タオルを一本念動力で持ち上げて、タロとヒメの頭上を舞わせる。二匹は何これ? とじりじりと後退り、鳴きながら威嚇するが偶に目の前に下すと噛みつきにくる。それをぬるぬると躱し、再度ひらひらと舞わせる。頭を洗う間は適当にルーチンさせて、風呂に浸かりながら、複雑に動かして、二匹が飛びかかるのを巧みに避けさせ続ける。体が温まったかなと言うところで、タオルを手に掴む。
『まま、すごいの!! つかまえたの!!』
『ぱぱ、えらい!!』
二匹からまた尊敬の思考が流れてくる。うーん、まぁ、適度に運動出来たし、部屋に戻ったら寝るかなと思いつつ、身支度を整えて、部屋に戻る。
そっと扉を開けると、本を読む体勢のまま眠っているリズがいた。あちゃーと思いながら、二匹を箱の方に向かわせる。湯冷めしていないかと触れて、布団をかけ直す。今日はお預けか、寂しいなと思いながら、布団に潜り込み、灯りを消す。まぁ、色々有ったし、今日は寝るで良いかなと、目を閉じる。薪の炎の香りを楽しみながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。




