第514話 以後のドッグタグの始まり
若干過剰帰還の兆候が出てきたかなと言うタイミングで、テスラが箱を持って来てくれる。
「ありがとう」
皆に告げて、ナイフ達をトロ箱に収められる魚のように、ざらざらと満たしていく。昔、水族館で見たイワシの大群のように箱に向かって雪崩れ込み収まっていく。リーダーを切り替えながら、順に詰め込んでいく。
ふぅと息を吐くと、据え付けの椅子に座る。少し、過剰帰還で頭がくらくらする。ふと顔を上げると、テスラが一緒に箱を運んできた侍女達とキャッキャと騒いでいる。どうも余程、銀の煌きが走る様は女性の琴線に触れるらしい。
「箱の方はどうなさいますか?」
少し年嵩の落ち着いた侍女が訊ねてくる。
「過剰帰還が収まったら部屋に持っていくから。そのままで良いよ」
微笑みを浮かべ伝えると、畏まりましたと一礼し、騒ぎの輪の中に混じっていくと、侍女達を一本釣りして各所に散らばせる。肝っ玉母さんみたいだけど、日本だとまだ新人か中堅未満の年なんだよね……。成人が五歳ズレるだけで、ここまで変わるかと、少し微笑ましい。
テスラが少しだけ上気した顔で、箱の中を見ている。
「どうしたの、テスラ?」
「あ、いえ……。えーと、綺麗だったなと」
娯楽の少ないこの世界、中々ああ言う大道芸も無いか……。
赤い銅と亜鉛を混ぜた黄色い真鍮、そして銀色の鉄の玉を生み出し、お手玉を始める。念動力での過剰帰還も収まって来たので、ヨーヨーのように手元から伸ばして大きく弧を描きながら、空中を回転させたり、それぞれの玉が螺旋を描くように飛ばしたり、ふむ……三つくらいならなんとかなるか。結構練習にもなりそうだなと思いながらスキルの上がり具合を確認しながら続ける。
テスラが初めてサーカスを見に行った子供のように口をぽかんと開けて、眺めているのが少しおかしい。ふふと微笑みが浮かび、徐々に玉の動きを激しくして、最後にぽとりと手元に落とす。はっと我に返ったテスラが驚きと喜びの顔でパチパチと手を叩き始める。
「拙い芸だね」
少しだけ苦みを噛み締めて微笑む。念動力ってタネのある大道芸なんて虚しい物だ。
そう言うと、テスラが手を広げて、告げる。
「そんな事有りません!! 私は初めて見ました!! 綺麗でした、楽しかったです。その思いに嘘は有りません!!」
その真剣な瞳を見ていると、少しだけ心が和む。
「そっかぁ。ありがとう。楽しんでもらえたなら、良かったよ」
「はい。初めてこのような物を見ました。ワクワクしました。先程の剣の華も美しかったですが、玉の動きは楽しかったです……」
本当に子供のような純粋な笑顔で告げてくるのを見て、少しだけ気恥ずかしくなる。純チタンのドッグタグに私の紋章とテスラの名を刻んだ物を生み、右手の親指でキンと弾く。くるくると空中を回り、弧を描き、テスラがはしっと掴む。
「これは……?」
テスラが表面を見た瞬間、顔を染める。
「テスラが共に戦う事になったので、証……みたいな物かな……」
そう言うと、テスラが胸元でぎゅっと握りしめる。
「ありがとうございます……。大切に……します」
「穴が開いているから、紐を通したら、首からかけられるよ」
「はい!!」
微笑み、テスラがいそいそと部屋に戻る。訓練に来たんちゃうんかーっと心の中で突っ込みながら、箱を念動力で持ち上げる。うむ、便利だけど『剛力』の阻害になりそうだし、ものぐさになりそうだから、日常使いは封印かな。
部屋に戻ると、リズがタロとヒメに遊ばれていた。リズが寝転がっている上に、二匹が垂れながらくてーっと乗っている。
「ただいま。楽しい、それ?」
「温かい感じかな?」
リズが、タロとヒメをこしょこしょっとすると二匹がしゅたっと逃げて、こっちに近付いて来る。
『つぎ、まま、あそぶの!!』
『ぱぱ、あそぶ!!』
ちょっと危ないので、後でねと伝えて、部屋の隅に箱を詰む。
「大荷物だね。何か有ったの?」
「新しい魔術の試験をしていたら、ちょっとね。そのままネスに鋳潰してもらおうかと思っているよ」
リズが匍匐前進で、箱の方に向かう。何故立ち上がらない。ひょいっとミーアキャットのように立ち上がり、箱の中を覗き込むと、ナイフを取り出して不思議そうな顔をする。
「こんなにナイフ、買ったの?」
「作った」
「魔術で?」
「魔術で」
リズが腕を組んでむむむと唸りながら考え込む。
「オークとの戦いが有ったでしょ。その時に覚えたんだ」
「そうなんだ。でも、鋳潰すのは勿体無くない? そのまま使えそうだけど……」
リズがチンチンと当てながら言う。
「規格は一緒だけど、刃もまともに立っていないから。そのままだと切れないと思うよ。そこまでイメージして量産していないから」
そう言うと、リズが刃にそっと指を滑らすが、切れない。
「本当だ……」
「刃には刃の加工が有るから。ほんの試験のつもりで作ったから、そこまで考えていないよ」
「ふーん。切っ先だけ尖っているんだね……。でも大分先が曲がっているのが有るけど……」
「ちょっと耐久試験も兼ねていたから」
飛びかかってくる二匹を受け止めると、器用に駆け上がって首元に鼻を埋めて、くんくんし始める。そろそろ髪の毛も伸びて来たな……。切りに行く暇も無いな。
「でも、武器をその場で作る事が出来ると、補給的には便利だね」
「そうだね。でも人間鉱山とか鍛冶屋扱いされても困るから、あまり使わないかな」
「うん、ヒロはもっと大事なお仕事があるしね」
「ふむ……。大事な仕事……」
二匹をそっと下すと、匂いを嗅いで満足したのか、箱に戻る。
じっとリズを見つめていると、落ち着かない感じになった後に、はっと表情を変える。
「駄目だよ!! まだ、お風呂入っていないし、汗臭いし、ご飯もまだだし!!」
「残念……」
「もう、ヒロ、そればっかり!!」
「リズは、嫌い?」
そう問うと、俯きながら、好きと小さな呟きが返ってくる。そっと頭を撫でて、お風呂を入れてくると伝える。部屋を出て、俯いた可愛いリズの顔を思い出して少しニマニマしたのは内緒。




