第512話 調査結果の確認とピヨピヨ
職人街の入り口でテスラに待ってもらう。昼ご飯に関しては戻りが遅ければ先に食べておくようにお願いする。そうしないといつまでも待ってそうだ。
マントを頭から被り、てくてくと歩いていくと、一際活気のある一角に入り込む。その中でもガヤガヤと一番うるさい工房の中を覗く。
「おーい、ネス、いますかー」
「親方ー。お客様ー、領主様っす!!」
弟子の人が中継してくれて、店の奥からネスがひょこりと出てくる。うん、やつれた感じは引いたか。流石お嫁さん。素晴らしい。
「おぉ、どうした?」
「兵か政務の連中から、調査の持ち込みがありませんでした?」
「あぁ、あれか。政務の方から回ってきたぞ。あー、ちょい待て……。あぁ、これだ、これ」
そう言いながら、鉄片を摘まんで上げる。
「はい。で、結論としては?」
「なんつーか。前に持ち込んだ槍有んだろ。あれより駄目だ。辛うじて製銑されている感じだが……。鉄として見るんなら、お粗末だな」
ネスが生え際をぽりぽり掻きながら言う。
「銑鉄になるまでの工程を中途半端に観察して真似しましたって感じですか?」
「あー、そう言われっとそうだな。真似の真似って印象だぁな」
と言う事はやはり鍛冶作業をしながら魔術を覚えたと言うのが正解かな……。
ネスが腕を組み、何とも言い難い雰囲気で言葉を選んでいる。私はテーブルに腕を伸ばし、そこそこの純度で鉄のインゴットをイメージし、ごとりと落とす。
「んぁ、どっから出した?」
「そう言う魔術を覚えました」
首を傾げながら、ネスが探査棒で叩くと雰囲気が変わる。
「叩いても良いか?」
「潰してもらって構いません」
金床の上に置いて、金槌で数度叩き、おもむろに振り被ってがつりと叩きつける。
「柔らけぇな……。どんな純度だよ」
「ほとんど純粋な鉄です。炭は含んでいないですね」
そう言うと、呆れ顔でネスがこちらを向く。
「これ、誰かに話したか?」
「まさか。鉱山扱いされるつもりはありません」
そう言うと、ネスが額に手を当てる。
「そこまでお見通しか。こんな物、量産されたらめんどくせぇ話にならぁな。黙っておく。つか、魔術で鉱物かぁ……。土、とはまた違うんだろうな」
「まだ確認出来てはいないですが、『術式制御』が出来る人間が鉱物を触っていれば使えるようになるのかと推測します」
「あー、男爵様は知識ってところか?」
「はい。鉄が何なのかは理解していますので」
「これだから……。面白えな。過剰帰還はまだ大丈夫か?」
「はい。この程度なら」
「この純度なら、かなり面白え物が作れそうだ。嬢ちゃんの剣あったろう? 新しいの打ってやるよ」
「どの程度必要です?」
「この重さなら……後三つ……いや四つか……」
聞いた瞬間、同じ組成でインゴットを五つ生み出す。過剰帰還にはまだ遠い。
「テスト用も必要でしょう。頼めますか」
「おぅ。ここまで純度の高ぇのは弄った事が無え。ちと弄らんと分かんねぇな。炭の配合も見えねえし」
「はい。最近こちらで無理ばかり言っていましたので、偶には遊んで下さい。もし良さそうなら、重装も頼むかもしれません」
「硬くするだけなら、混ぜ物増やしゃぁ良いだけなんでな。硬くて粘る物作らぁな」
そう言い切ると、ネスが何とも言えない良い顔で笑った。
「楽しそうで何よりです」
「はは。新しい材料なんざ、玩具と一緒だからな。どう表情を変えっか楽しみだ」
「で、話は変わりますが、一般の鍛冶周りは大丈夫ですか?」
「おう、それがな……」
そんな感じで、現状の職人周りの話を聞く。流石にクロスボウと大盾一辺倒と言う訳でも無く、練度の低いお弟子さん達は日用品の製造から入っている。そこから庶民のライフスタイルが見えて来る。最近流行なのは少し小さめのお鍋。新婚で子供が生まれても使える程度のサイズの鍋が需要が高いらしい。徐々に結婚して家庭を持っている感じがするのと、出汁を引くと言う食文化が根付き始めている事が原因だろうと考える。給与が高いのでそれなりに余裕もあり、煮炊きに使う薪に拘らなくて済むと言うのも有るのだろう。
そうやって、話をしていると、可愛らしく食事を伝える声が聞こえる。ちんまりとした奥さんがくいっと額の汗を拭きながら、こくりとお辞儀をしてくるので、一礼を返す。お弟子さんの分もなので相当の作業量だろうに、凄いなと思う。
「長々とすみませんでした」
「いや、構わ無ぇ。食ってくか?」
「人を待たしているので、また今度にでも。では」
そう言って、工房から出て馬車に戻る。食事に出ているかと思ったが、ちょこんとテスラが留守番をしているので、そのまま一緒に食堂で食事を済ませる。
「次はどちらに向かわれますか?」
「農家の方にお願いしたいかな」
そろそろ、代掻きも終わっているはずだし、苗代も育っている頃だろう。出来れば、町開きが始まるまでに田植えまで済ませたいなぁ。
本格的に降り始めた雨の中、馬車に揺られながら西門へと向かう。
西門を出て、作業用に作った平屋の館の前に馬車を着けてもらう。扉を叩くと案の定人の気配がする。
「あれ? 領主様ですか」
「ご無沙汰しています。稲の様子を見に来ました。入っても良いですか?」
「どうぞお入り下さい」
扉の中は湿気と人の熱気で蒸していた。窓は開いているがそれだけでは逃がし切れない程の熱気が充満している。取り急ぎ棚の方に向かうと、背を伸ばした緑の絨毯がそれぞれの棚に満ちている。
「おぉ、育ちましたね。水やりが大変かと思いますが、ご苦労様です」
「いえ。川の水を引き込んでもらっていますので、そこから汲み上げるだけです。そこまで労力では無いです。しかし、麦をある程度育ててから植えると言うのも初めてです」
「あぁ、麦とは少し違うので。でももうそろそろ田植えをしても良い頃ですね」
高さも二十センチを超えて、本葉も七、八枚まで成長してきている。持ち込んだ種籾分なので大体十アール分、一反程度分だろうか。ここから米が増えていくと思うと感慨深い。
「少し、今までの方法とは違うので戸惑う分は有りますね」
「はい。そこはこちらが無理を言っていますので。失敗しても補償はします。働いて頂いた分はこちらで担保しますので、ご安心下さい」
「ありがたい話です。そう言えば、孵りましたよ。見ますか?」
「お、お願いしていた分ですね。是非に」
案内役の農家の人に奥に連れていってもらうと、ピヨピヨと声が聞こえる。マガモのお母さん達が、雛を引き連れて行列を為している。
『まま、たべるー』
『たべるー』
『馴致』でとにかく食欲だけが木霊のように響いて来る。ちょっとうるさいのでOFFにしておく。
「か、可愛いです……」
テスラが呆然としたようにニマニマ微笑みながら、ヒナが群れているのを眺めている。
「餌は?」
「小麦を練ったのを与えています」
「田んぼの方は柵と小屋をお願いしていましたが……」
「はい、それも出来上がりました」
「じゃあ、そろそろ田植えですね。晴れたら植えちゃいましょう」
「分かりました。人手は揃えておきます」
「お願いします」
マガモのお母さんは稲を食べちゃうので、『馴致』で稲を食べちゃ駄目って指導しないと駄目かな。何にせよ、初めての田植えだ。失敗してもしょうがないって考えながら進めるべきだろう。
「では、明日か明後日、晴れたら田植えと言う事で。皆にもお伝え下さい」
「はい。しかし領主様も大変ですね」
「これが上手くいけば、食糧事情もかなり改善されますので。楽しみにして下さい」
そう言いながら、農作業用の館を出る。雨は大分小降りになってきている。
「じゃあ、戻ろうか?」
テスラに言うと、馬車を折り返してくれる。乗り込み、領主館に向かってゆっくり揺られながら、進み始める。




