第511話 推し人魚さん……NNG48とか始めるべきでしょうか
執務室の中にはペンが走る音だけが響いていた。
オーク対応は防衛費の一環の為、処理は難しくない。元々想定されていた範疇内だし、重傷者もいない為、冒険者への支払いも予想より大分少ない。カビアの方もそれが分かっているので書面は簡素にまとめられて決裁していくだけで済む。若干、森に入っての猟が出来ない分の新鮮な肉に関する不満は上がっているが、加工品を一回こちらで買い上げて適正な価格で販売するように指示した上で売り戻しているので、そこまで大きな声にはなっていない。森の後片付けと、今後の保守整備は喫緊の課題かな。と言うか、オーガもいた筈なんだけど、とんと目撃情報が無い。それが何とも嫌な予感を助長させる。
しかし、歓楽街の民の報告の中に、シェルエらしき人影を見ました報告が多い……。足湯に浸かって鼻歌歌っていましたとか、劇場でスタンディングオベーションしていましたとか、近所の子供達とベーゴマで遊んで巻き上げられて半べそかいていましたとか……。何これ、何してんの、神様。暇なの?
『我の司る享楽は刹那の輝きだからな。暇だぞ』
がー。こっちが忙しいのに、何か理不尽と言うか、不公平だ。くさくさとしながら、書類を読み進めていく。その中に塩の実売状況の表が挟まっていた。順調に庶民側に受け入れ始めているようだ。
「カビア、塩の件で住民側から何か話って上がっている?」
「そうですね。ほぼ置き換えは可能ですが、あの潮臭さとほのかな苦みが料理に合わない場合も有りますので、使い方を模索しているようです。ただ圧倒的に廉価ですので、このまま順調に進んでいくかと思います。何より、塩漬けの魚や干した魚ですか、あちらの方が大きな売り上げになっていますね。今回の肉の供給減に文句が出ないのも、魚で置き換え可能だったのが大きいかと考えます」
あぁ、加工品だけじゃ無かったか。魚も有ったか。人魚さんが獲って来て加工する人魚さん印の干し魚……。製造者の絵とか貼ったら独身男性に受けるかな。推し人魚さんとか……。ほわほわと想像していると、カビアが咳ばらいをしてくる。
「男爵様、手が止まっております。何か、またいらない事を考えていますか?」
「いやぁ、どの人魚さんが作ったかとか絵で載せていると、独身男性が買いそうじゃない? こう、胸元とか強調してさ」
「魚を扱うのは店か、奥様方が中心です。独身男性は大体お店で済ませます。奥様方の反感を買いますよ?」
「すみませんでした……」
カビアが苦笑交じりに伝えて来る。ふーむ、この世界の独身男性はあんまり料理しないのか……。南の村でも胃袋がっつり掴まれていたしな……。
そんな事を考えながら、戦後処理を進めていく。装備品は制式装備は元々保守費用に計上されているし、冒険者分は持ち出しだ。思ったよりも決裁書類も多く無く、昼前には片が付いた。
首を回しながら、腕を天に伸ばす。
「町開き分は別になっているの?」
「いえ、元々順次決裁頂いていますので、実施日だけを修正しております。ロスティー公爵閣下の到着とテラクスタ伯爵閣下、ノーウェ子爵様の到着に合わせますので、五月六日辺りで最終調整ですね」
と言う事は四日後か……。ノーウェからの伝令次第の部分は有るが、その辺りが丁度良いか……。
「そう言えば、結婚式どうするの? ドレス、作っているけど」
そう言うと、カビアの表情が無くなる。
「昨晩も言われました……。伝えました? ティアナに……」
「んー。合同で結婚式済ましちゃえば良いかなって話はしたけど。まだ決心出来ていないの?」
そう言うと、カビアが溜息を吐く。
「いえ。結婚には異存有りませんが……。何となく主導権がなし崩しに奪われているようで、少し気にかかります……」
「昨日も吸い取られていたし?」
「男爵様!!」
「いやぁ、あんだけ干からびて、ティアナつやつやだし。ちょっと笑った」
「笑いごとでは有りません!! 何とかベッドに連れていったら、いきなり絡みつかれて……。蛇ですか!!」
カビアがギャーギャー言い始めたのを見ていると、笑ってしまう。
「まぁ、不安は有るだろうしね。何と言っても家宰だし。誰かに取られちゃうって考えても仕方ないよ」
「そんなに信用ありませんか?」
「若い男だしねぇ」
「はぁ……。頑張ります」
しょんぼりした顔で書類を片付ける様に、再度苦笑が零れてしまう。
「信じあっているなら良いんじゃないかな。信頼出来ないかな?」
「いえ、それはありません」
「なら、覚悟決めてあげれば良いよ。守るって決めたんでしょ?」
「はい」
なら、それで良いさ。そう呟きながら、席を立つ。
「どちらへ?」
「大体の書類の処理は終わった。オークの件でネスに聞きたい事がある」
「あぁ、魔術の件ですか……。分かりました。後はこちらで処理を進めます」
カビアが何事も無いように、書類をまとめ始める。
「うん、残りはほとんど否認だし。と言うか、そろそろ各ギルドを一回絞めないと駄目かな。領主相手になめているんだけど」
ノーウェから預かった人材は良いけど、追加で各ギルドからくる人材に紐が付いているのが死ぬ程面倒臭い。正直、技能職と言っても、教育さえ終われば後は実働だ。一から引き継いでもらっても構わない。
「そうですね……。あまり親を頼るのもあれですが、まだまだ王都の方の人材余りは有りますし、縁故で紹介してもらう方が良い気はしますね……。うちの内情とギルド側の考えではあまりに相違が有ります」
結論から言うと、ギルド側の言い分に領主が口を出すなと言うのが総意らしいが、対案が無く、ただ反対反対だけを連呼されて金だけ持っていかれそうなのが死ぬ程気に食わない。それなら、黙って働く人間に教育を施した方が万倍マシだ。やり方のマニュアル化は可能な状況だし、知識だけ置いて退場してもらった方が良さそうだ。
「経理上も元々教育しているから、領内の政務団でまかなえるしね……。本気で一回各ギルドを切ってみるか……」
派遣社員を雇わなくても、正社員だけで回せるように教育はしてきた。元々ノーウェから預かった政務団が優秀と言うのもあるが、きちんと教育すれば吸収してくれる。そうなると、規模が伴わない間はギルドが入り込んでも百害あって一利なしになる。今後は分からないが、一旦切っちゃうのも良いかなと思い始めた。
「算盤でしたか? これがあれば計算の速度も精度も上がりますし、下手な場合政務の方で人が余りそうな状況です。冒険者ギルドやパン焼きギルド、陶芸ギルドなどの広範な技能職はさておき、運営代行的なギルドは切っても良いかと考えます」
ロジスティクスの概念が分かっていれば、その辺りのギルドの代行は不必要だ。下手したら非効率を押し付けられる。政務団を管理監督者にして、現場だけ見てもらうか……。汚職の温床になるかも知れないが外部に出しても一緒だ。余計性質が悪くなるだけだし、監査をきちんと行えば防げる話だと考える。
「ちょっとその辺りも検討する。一回、外して問題が発生するか、企画を出してもらえるかな」
「分かりました。いってらっしゃいませ」
カビアが一礼して、見送ってくれる。
歩いていた侍女に鍛冶屋まで出たい旨を告げると、用意をすると言う話になった。そのまま食堂でお茶を飲んでいると、準備が出来た旨を告げられる。急いでカップを煽り、玄関に向かう。
玄関前ではテスラがちょっと不満そうな顔で待っていた。
「戦争の時、留守番だったの怒っている?」
「怒ってはおりませんが、不本意ではあります」
と言っても、テスラとはレイと違って契約上は御者の契約だけだ。それでも万が一の為に領主館の警備として残しておいたが、それがご不満な様子だ。
「契約がそうだから、無理だよ。頑張ってくれようとするのは嬉しいけど、契約外の事は極力避けたい」
「それでも!!」
テスラが必死な顔で訴えて来る。はぁぁと溜息を吐きながら伝える。
「契約、更新しようか?」
「はい!!」
テスラが満面の笑みを浮かべて、嬉々として馬車の階段を降ろしてくれる。本当にやる気のある人達ばかりでありがたい。ちょっと怖い……。
馬車に揺られながら、町の東側へ向かう。さて、忙しいと思うけど、ネスは相手してくれるかな……。




