第505話 夕暮れの帰り道
「リズ、ドル。前衛ご苦労様。耐えてくれて助かった。あのオーク達が正面から入り込んでいたら負けないまでも、損害は出ていた」
町までの道を皆で歩いて戻る。馬車に乗ると言う選択肢もあったが、兵の皆も歩いていると言う事で、自然と歩き始めた。
「構わん。元々壁が務めだしな。倒し切れなかったのは悔しいがな」
ドルが面当てを上げて、やや渋面を作りながら返してくる。
「そうそう。ヒロが前に出た時は冷や冷やしたよ。もう、無茶するんだから」
リズが若干呆れ顔を浮かべながら言ってくる。
「そう言われても、情報は出したくないし。あのままだと取り逃がしそうだったからね。戦術上は無茶とは思っていなかったよ」
苦笑を浮かべながら、リズに返す。
「不甲斐無いな……」
ドルが落ち込んだように踏み潰された草を見ながら、呟く。その肩口にそっとロッサが手を当てると、頭を振る。
「リーダーは責めていません。それぞれが為すべき事を為しただけです。ドルも役目を果たしました。その上でリーダーが出なければならなかった事を事実として認め、今後に生かしましょう」
「ロッサ……。すまんな、気を遣わせた……」
「いえ。ドルが落ち込むのは嫌です。いつもの優しいドルが良いです」
ふわっと微笑みを浮かべたロッサの頭にドルがガントレットに覆われた手をそっと乗せて、ぽんぽんと撫でる。
「助かる」
そう言って顔を上げたドルが、いつもの足取りで先に進み始める。
「ロッサも兵達の指揮、ありがとう。難しかったと思うけど、本当に良くやってくれた」
「いえ。リーダーに言われた事をやったまでです。でも、それが役に立ったのであれば、嬉しいです」
はにかむように少しドルの後ろに下がってこくりと頷く。うん、あんな表情も浮かべられるようになったか……。
「ロットもティアナも話に無かった件で動いてもらって、迷惑をかけたと思う」
「元々遊撃の予定でしたから、問題はありません」
ロットが腕にコアラのようにぶら下がっているフィアの頬をぷにぷにしながら答える。
「でも本当にいるとは思わなかったわ……。読んでいたの?」
ティアナが訝し気な目つきで見てくる。
「読んで……いたのかな……。あそこまで考えているなら、絶対に何らかの成果を持ち帰るはずだから……。情報だって重要だしね」
「そう……ね。魔物って侮っている部分が抜けないわね……」
ティアナが悔しそうな顔で歯を食いしばるが、チャットがぺふぺふと頭を撫でる。
「まぁ、そう気にしても仕方あらへんですよ。うちも帰ったら、調査ですさかい」
チャットがほえほえとした笑顔でティアナに絡みつく。
「うん、チャットも頼むよ。で、フィア」
「ん? 僕?」
コアラ状態からよじよじとロットの背中の方に上っていったフィアがきょとんとした顔で見つめてくる。
「立派に指揮してた。頑張ったね」
「え、そう? え、へへ、えへへ」
フィアが頭を掻きながら笑うと、仲間達が温かな眼でフィアを見つめる。
「皆、成長したんだなって思うと感慨深い。私だけだな、成長していないのは。もう少し仕事を割り振って訓練に混じらないと置いていかれそうだ」
そう言うと、皆が笑う。
「あ、笑うのは酷いと思うよ?」
「リーダーはリーダーだ。そのままで良い」
「ほんまです。指揮もやってはるんですから」
「見えない敵の意図もきちんと見破ったのよ? 自信持ちなさい」
「リーダーの教えが無ければ、指揮も出来ませんでした。リーダーのお蔭です」
「指揮官は指揮が仕事です。十分にこなされたと思います」
「最後まで頑張ってたじゃん」
皆がそう言うと、そっとリズが背後から覆い被さってくる。
「ヒロは頑張っている。皆分かっている。だから、卑下しなくて良いよ。ヒロは、ヒロのままでいて欲しい。それが皆の望み」
「そっかぁ。まぁ、そうだよね……。うん、分かった。さてと、帰ったら少しゆっくりしようか。お風呂もそうだけど、安心したらお腹空いちゃった。さっさとご飯食べないと、またカビアが町への説明をどうしますか? とか聞いてきてなし崩しに仕事だよ……とほほ」
くてんと首を落とすと、爆笑が起こる。ふふ、皆もいつも通りか。
町に辿り着くと、辺りは夕日に照らされてほのかに赤く染まり始めていた。
兵達を一旦兵舎に帰す。今日の参加者は名簿で分かるので、カビアに調整をお願いする事にする。
武器等を乗せた馬車はそのまま兵舎に、余った馬車に分乗して、領主館に戻る。伝令が先触れを出してくれたのか、館の前には朝と同じく皆が揃って待ってくれていた。侍女がはむはむと甘噛みされて苦笑しながら手を離す。たーっと走ってタロとヒメが飛びかかってくる。
『ままなの!! ままなの!!』
『ぱぱ!! かえった!!』
『はいはい。ただいま。ごめんね、相手が出来なくて』
そのまま両肩に顎を乗せると、ひしっと動きませんと言う感じになったので、苦笑を浮かべながら玄関の方に向かう。
「ただいま、皆。大事は無いかな?」
尋ねると、皆が微笑みおかえりと言ってくれる。アストとティーシアも安堵の表情だ。
「カビアちょっと急ぎでやって欲しいのだけど」
「兵達に慰労金でも出しますか? 今回の参加者は志願者ですので、別途用意済みです。名簿も有りますので、決裁頂き次第出せます」
カビアが予想していたのか、懐からぴらりと書類を出してくる。中を見ると現金支給と言う形にはなっているが、慰労金名目での出費が記載されている。
「うーん、使わずに貯められると、嫌なんだけどね」
そう言うと、カビアが苦笑を浮かべる。
「こんな日に、そんな計算が出来る人間が兵なんてやりませんよ。勝った日はお祝い、負けた日は厄払い。飲んでこそが華です」
そう言ってフォルダを下敷きにしてくる。呆れて、ちょっと笑ったが、まぁ、そうだよな。さっとサインを記載して、カビアに返す。
「伝令に酒保へ届けさせます。即時発効ですので夕方中には片付くでしょう」
パシンとフォルダを閉じ、カビアが微笑む。
「お帰りなさいませ。男爵様。ご無事で何よりです」
「ありがとう、カビア。でも私より、大事な人間がいるよ」
そう言って、横に譲る。ティアナが後ろからしずしずと出て来て、カビアを抱き締める。
「お帰り、ティア。よく頑張ったね」
「帰る場所が有るから頑張れたわね……。ただいま、カビア。愛してる」
カビアが抱き返し、くるりと回転させると、そのまま腕を離す。
「さぁ、先に済ますべき事を済まそう。その後にゆっくりとね」
カビアがティアナの頬を撫でながら言う。
「もう、馬鹿……」
ティアナが瞳を潤ませながらぽふっとカビアの頭を叩く。
「さぁ、皆、申し訳無いが戦争の帰りだ。お腹も空いたし、汗も流したい。用意をお願い出来るかな?」
使用人達に問いかけると、元気の良い返事が辺りに響く。
「では、皆、よろしく頼む」
そう言うと、さぁっと使用人達が各所に散らばる。流石に乾いたとはいえ、血塗れのまま玄関から入ると言うのも問題なので、裏口に回り、装備類を外してからの帰還となった。
あぁ、締まらないなと苦笑を浮かべながら、我が家と思える場所に足を踏み入れる。さて、少しはゆっくり出来るかな?




