第497話 戦争の前の確認
雨と晴れが交互に訪れた春もそろそろ終わり、少しずつ日差しも強くなり始めた。陽気と言って良い程には気温も上がって来た。昨日の雨も夜には上がったのか、白む空には雲一つ無い。もう少し晴れが続いて欲しいなと何かに祈りながら、空を見上げる。四月二十九日は晴れ。
動きが有るとすれば明日の昼以降かな。オーク側にとっては、少なくとも遠征になるので炊事の動きだけは隠せない。保存食を多量に用意しているのであれば別だが、トルカの北の森のオーク集落を考えれば無いと見ている。今も集落を見張っている斥候達には、炊事が活発化したと判断した段階で報告するように指示している。兵が出た段階でも報告は出る。少なくとも先制される恐れは限りなく低い。考え過ぎで有れば良い。準備を怠ってミスをするよりは余程ましだ。人的コストは冒険者だけだし、それも予算の範疇だ。
冒険者に関しては七等級の六人が一組。八等級が六組で二十八人、合計三十四人が最終的に集まってくれた。七等級のパーティーに関しては本当に僥倖だった。偶々、西の果ての方からの大規模商団の護衛に混ざって来てくれたお蔭で話が出来た。基本的に大規模商団であれば傭兵ギルドに頼んで護衛を付けるが、もしもの場合の為に冒険者を混ぜる場合が有る。傭兵団の強さは訓練された集団の強さだが、冒険者の強さは手に負えない相手に対しての突破力、切り札として求められる。その辺りは冒険者ギルドで実績を確認すれば分かるので、ある程度安心して任せられる。
今回のパーティーに関しては西側を根城に活躍しているらしく、『リザティア』滞在はあくまで休養と考えていたようで最初はにべも無く断られた。こちらが同じく七等級、リナに関しては六等級と説明するとあっさりと態度が変わった。話の分かる同業者が頭なら話は別らしい。オークが相手である事も規模も最初に説明しているので、向こうもこちらも異存無しで話は進んだ。不測の事態が発生した場合は別途手当てと言う形で合意もしている。
追撃の要となる、指揮のフィアも徐々に皆に溶け込んで、きっちりと指示通りに集団を動かせるようになってくれたのでありがたい。兵数としては総勢八十名強だがよく頑張ってくれた。ロットのフォローも有ったが、自分が前に出るスタイルで集団を引っ張っていく形に落ち着いたらしい。まだまだこの世界の練度では兵だけでの行動は難しいし、冒険者が混ざっている分指揮はより困難になる。そう言う意味では、フィアのスタイルしか方法は無いかなとも考える。
兵の練度向上と戦術の確立は今後の課題としておく。町を盾にした防衛戦を前提にしていたので、野戦での会敵は想定していなかった。そこは反省点だろう。嫌な事、考えたくない事が起こるのは地球でも基本だ。リスクマネジメントが甘かった。
重装部隊に関しては、そもそもリズとドルが前に出る形なので、早い段階で馴染んでくれた。基本的には壁として前進して蹂躙するのが仕事なので、そこは任せられる。伝令とのやり取りさえ出来れば問題無いだろう。
斥候部隊に関しては、かなり細かい注文を出している。正直初めての戦争行動だ。目が無いと何も出来ない。そう言う意味ではロットとティアナが上手く意図を汲み取ってくれて斥候側と調整してくれている。不測の事態を潰せるのはきちんと情報を受け取れるかどうかにかかっている。
虎の子の魔術士に関しては、チャットの元に集めた。総数二十程だが、ここぞと言う時の火力は絶対に必須だ。戦況を引っ繰り返す為には一点突破出来る力が必要だからだ。ただ、研究者や学者も含まれる為、何としてでも損耗は避けたい。
リナに関しては諜報部隊と合わして、潜入と補給路の破壊と追加の援軍の処理を任せた。これに関しては最適解が浮かばないし、単体戦力ではこちらが上回っているので何とかなるかなと。正直、リナ任せの部分になるが、手を出しようが無い。無理は絶対にしないようには伝えているので、過剰な援軍が来るなら戻ってくる。
レイと残余の諜報部隊に関しては、集落への潜入任務が有る。向こうに首領格が残る場合だと、申し訳無いがレイに頑張ってもらうしかない。ただ、こちらが指揮で四苦八苦しているように集団を率いるなら、会戦側に出てくると見ている。魔物側が優秀とも劣等とも思わない。同じ条件なら、出るしかないのだから。と言う訳で、ほぼ戦闘能力の無い相手を殲滅する仕事になるだろう。心苦しいが、禍根は断つ。
ある意味で一番大変なのは数の多いクロスボウの部隊だが、これに関してはロッサが本当に頑張ってくれた。ここだけは馬車毎に部隊が分かれるので鳴り物での指示を許可している。一斉射撃をするだけでも合図から二つ数えてから撃つなど先を読んだ行動が必要だ。斥候として状況を見ながら指揮をする難しい役どころになるが難しい注文を頑張ってこなしてくれている。
ぼけぇと少し曇る思考を振り払いながら、兵の状況を考える。ここまで持って来るのにどれだけ指示書を書いて、説明書を書いて、仕様を決めたか。予算の調整もカビアと一緒に泣きそうになりながらこなした。さっさと権限委譲したい。腱鞘炎になりそうだし、睡眠不足だ。流石にこのままだとまずいので開戦前には一眠りしたい。しょぼしょぼする目を擦りながら、厨房に向かう。
「おはようございます、領主様。今朝は……また。顔色のご様子が……」
「あぁ、大丈夫。ちょっと寝不足なだけ。書類仕事で眠れていないだけだから、大丈夫。タロとヒメの食事をもらえるかな。後、今日から猟師の人達の森への侵入は禁止するけど、用意は大丈夫そう?」
結局、町の人間にはオークの活動が活発化している為、猟師を下げて、領主の兵を動かすと告げた。嘘ではないが全てでも無い。事実は伝えているし、パニックの兆候も無い。このまま処理出来れば問題の無い日常がまた続く。フェン達とも何度も話し合いを設けて、食料の供給にだけは細心の注意を払った。現状では、食糧難に陥る事は万に一つも無い。
「はい。本日分は納品されましたので。明日以降は少々質素な食事になりますがご了承下さい。後アレクトリアさんよりご伝言を受けております。温泉宿側の備蓄も問題は無いので、安心してもらって大丈夫ですとの事です」
「分かった。向こうが大丈夫なら良いや。市場には加工品を流出させるよ。鳥も豚も必要なら、限界まで潰せば良い。あぁ、ありがとう。朝は食べて、少し眠るかも」
差し出されたイノシシ肉とモツを手にふわぁと欠伸をしながら手を振る。
「分かりました。お体にはお気を付け下さい」
「嬉しい。ありがとう」
ひらひらと振る手で返事をして、部屋への廊下を歩む。
ロスティーに関しては、町開きに間に合うように戻ると聞いていたが、ガディウスが調整して連れてきてくれているのだろうな。ノーウェは事情が分かっているだろうし、テラクスタ伯爵は一回トルカまで出て来てこちらに向かう筈だから、そこでノーウェが足止めしてくれているのだろう。
はてさて。人事は尽くした。後はもう、天命を待つしか無いか。不意にふふと苦笑が零れる。何の事は無い。日本でプレゼンする時もこんな感じだった。仕事を片付けながら必死で情報収集して、資料を作って、根回しをして、後はプレゼン本番を迎えるだけ。
さて、本番といく前に済ますべき事を済ませて、寝よう。寝不足で倒れる司令官なんて、滑稽だ。ははっと乾いた笑いを上げて、部屋の扉を開く。さて、今日も一日頑張りますか。




