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異世界に来たみたいだけど如何すれば良いのだろう  作者:
第二章 異世界で男爵になるみたいだけど如何すれば良いんだろう?
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第494話 両親のいる生活の始まり

 書類を確認し、決裁のサインを書く。戦争なんて、一に事務処理、二にお金、三四が無くて、五に兵士だ。仕事と一緒で、事務が回らないと何も進まないし、進める為にはお金がかかる。練兵なんて、大きな意味での兵站が成り立たない限り手も出せない。突発的な防衛なら話は別かも知れないけど、その場合は後処理に今よりももっと労力を割かないといけなくなるだろう。情報収集は大事だよって孫子で書かれているが、本当にそう思う。情報収集からビジョンを見出し、ミッションを定めて、タスクに落とし込む。ここまで来て、初めて実動だ。分かってはいるけど、もう、書類の処理に飽きたー。辛い。目がしょぼしょぼする。


 こきりこきりと首を傾け、腕を天に向けて伸ばす。リズを運んで来てから一時間程かな。もう、日も落ちてしまっている。雨は相変わらず降っているが、小降りにはなっている。明日には止んでくれると良いけど。準備作業に差し支えるのと、タロとヒメの元気があり余る。


『まま、なでるの? なでて』


『ぱぱ、ぽふぽふ』


 膝の上に、二匹が飛び乗ってきて、構って構ってと鳴き続けている。散歩にも出せないので、練兵室が空いている時はそこで遊ばしているみたいだが、どうも足りないらしい。もっとスキンシップを希望される。でも、小さな頃に比べて侍女に任せられる部分も出て来たので、前程べったりと言う感じでも無い。


 タロをくしゅくしゅと撫でつつ、ヒメは太ももで挟んで押さえたり放したりしてあげる。どうも前にリズがやっていたのを気に入ったらしい。二匹共キャッキャ言いながら楽しんでいる。まぁ、気分転換かと思いながら相手をして、箱に戻す。ある程度満足したのか机の方までは来なくなった。


 そろそろ夕ご飯の時間かなと、リズの様子を見ると安心しきったようにふへーっと言う感じで眠っている。暫く会っていなかった両親に会えたのも大きいのかな。


「リズ、そろそろ夕ご飯だよ。起きて」


 そっと肩を揺すると、目を開く。こそっと口の端を拭っていたのは見なかった事にする。


「ヒロ、おはよう。あれ、いつの間に寝ていたのかな……」


「二人と話をしている最中に寝ていたから、ベッドまで運んだよ」


「うわぁ……気付かなかった。ありがとう……ごめんね、大変だったでしょ」


「全然。可愛かったよ」


「もう、なんだか嫌だ。寝ている時を褒められても嬉しくない」


「はは。元気そうなら何よりだよ。まだ少し時間が有りそうだから、片付けの手伝いに行く?」


「うん!」


 リズが元気よくベッドから起き上がり、きゅっと抱き着いてくる。


「ヒロ、大変なら言ってね……。私、頑張るから」


「リズ、あまり気にしない方が良いよ。自然で良いよ。変わる必要が有るなら、少しずつ変われば良い。いきなり色々と変えようとすると、無理が出ちゃうよ」


「むー。でも、ありがとう。じゃあ、行こうか」


 リズがちょっとむくれた後に、にこりと笑いそのまま部屋を出る。


 アストとティーシアの部屋の扉をノックすると、ティーシアの声が聞こえる。リズが起きた旨を伝えると、中から扉が開かれる。


「リズ、起きたの。貴方、本当に子供みたいね。話の途中に寝ちゃうなんて」


 ティーシアがくすくすと笑いながら言うと、リズが顔を真っ赤にして反論する。


「もう、お母さん!! あれは……なんだか疲れたの。気付いたら寝てたの」


「ふふ。それで二人揃ってどうしたのかしら」


「いえ、片付けのお手伝いをと思いましたが……。もう、終わられましたか」


 部屋の中を見ると、すっかり様変わりしている。持ち込んだ荷物の山も無い。包んでいた布が綺麗に畳まれて部屋の端に積まれている程度だ。


「元々それ程荷物も無いもの。収納場所は有り余っているから詰めていくだけだから。気楽な物よ」


 一部、狩猟の道具も有るが大部分は引き継いできたのだろう。在庫で有ったと思うからそれを使ってもらおう。猟師ギルドの場所だけ紹介すればアストの方は大丈夫かな。


「でも、家具も良く考えられているわね……。部屋の見た目は損なわずに、あんなに収納空間が取れるなんて」


「その辺りは大工達が今頑張ってくれています。歓楽街の方は単身での生活をする方が多いので、部屋の空間と収納スペースの確保と土地の利用法はかなり悩んでいるところですので」


「そうなの。そう言う努力の集合体なのね。面白いわ」


「領主館の中に、アストさんが来られた時の為に猟師小屋は設けております。解体や加工に使って頂ければと思います。井戸も近場に掘っておりますので不便は無いかと」


「まぁ、過分な対応ありがとうございます。ねぇ、あなた」


 ティーシアが嬉しそうに微笑むと、アストに問いかける。アストも少し興味が出て来たのか、そわそわしながらこくりと頷く。


「確かに仕事場だからな、気にならん訳が無い」


「明日晴れていれば、侍従に案内させます。町の住民の数が多いので、食肉の安定した流通の為に猟師ギルドも頑張っていますよ」


「顔繋ぎだけはお願いしたいな。手間をかけさせるが、頼む」


「はい。雨も小降りになっていますし、明日は止むかと。ご不便なく生活して頂ければ幸いです」


「すまん、ありがたい」


 そう言ってアストが目礼すると、ティーシアがそっと後ろから抱きしめる。


「良かったわね、あなた。人生にこんな時間が待っているなんて、思っていなかったわ」


「お前には苦労をかけっぱなしだったからな。アキヒロのお蔭とは言え、良い事に変わりはない。喜ぶ事にしよう」


 二人が揃って頭を下げて来るので慌てて止める。そして、笑いに包まれる。温かい家族かぁ。久々の感情だなぁ。

 そう思っていると、部屋の扉がノックされる。私が声をかけると、食事の用意が出来たとの事。


「では、食事にしましょうか」


 そう言うと、二人も頷くので、そのまま食堂へ。もう皆席に着いて待ってくれている。


「改めて紹介がいる間柄でも無いけど、アストさんとティーシアさんです。私とリズの両親と言う事で、皆様仲良くお願いします」


 そう言いながら、席を勧めて、私も座る。


「おばさん、お久しぶりー」


 フィアが手を振る。


「あら、フィアちゃん、ちょっとふっくらしたかしら……」


 ティーシアが目を眇めつつ、そう言う。


「え、本当に!? 運動しているけど足りないのかな。ロット、甘やかせすぎ!!」


「いや、私の所為じゃないと思うよ?」


「ふふ。冗談よ。でも皆、幸せそうね。村にいた時より、生き生きしているわ」


 フィアがロットと漫才をしているのをおかしそうに見ながら、ティーシアが告げる。

 雑談をしながらわいわいとしていると、侍女達が温かいうどんを持って来てくれる。


「移動の疲労も抜けないかと思い、優しい物を用意致しました。鶏を朝絞めましたので、そちらのスープとなります」


 鶏ガラスープと香草の優しい香りが湯気と共に上がる。皆、顔を輝かしている。うどん好きだなぁ、本当に。


「新しい家族も増えたと言う事で。伸びる前に、では、食べましょう」


 箸で摘まんでちゅるりと啜る。うどんに関してはアレクトリアがいなくなってもきちんとレシピと引継ぎが出来たのか、きちんとうどんだ。鶏ガラのスープもきちんと出ている。塩ベースのスープに香草の香りが漂い、優しくも食欲をそそる香りになっている。


 アスト、ティーシアには蕎麦を出したし、麺類と言う事で何か困った感じはせず、するするとフォークに巻きながら食べている。


「食感も良いし、このスープの香りも良いわね……。年末に作ってもらったソバも美味しかったけど、これも好きよ」


 ティーシアがにこやかに言う。


「ソバって何? リーダーまだ何か隠している?」


 フィアが目を眇めつつ、聞いてくる。


「隠しているって心外な。まだ作っていない料理は沢山有るよ」


 そう言うと、他の皆の顔が輝く。


「まだ、知らない料理が沢山食べられるんですね。あたし、楽しみです……」


 ロッサがほわーっとした笑顔で中空を見ながら、幸せそうに言う。それをドルがぽんぽんと頭を優しく撫でる。

 あまり付き合いの無かったリナやティアナ、チャットがティーシアと仲良く会話をしながらうどんを啜っている。ティーシアが異例な程に若く見える為、混じってもそんなに違和感が無い。華やかに会話を楽しんでいる。


 食事が終わり、お風呂と言う事で女性陣がきゃっきゃとしながら、部屋に戻って行く。私は浴場に寄ってお湯だけ満たして、部屋に戻る。部屋に戻ると、リズが丁度荷物をまとめて、風呂に向かうところだった。


「ヒロ、ありがと」


「ティーシアさんと一緒にお風呂と言うのも初めてだね」


「あー、そう言われてみれば、そうだね。うん、楽しんでくる」


 そう言うと笑顔で部屋を出て行く。お母さんに甘えられるのが嬉しいのかな。まだ、十六の女の子に無理をさせているなとは思う。と、手に持った食事の匂いを嗅いで箱から二匹がまだ? まだ? みたいな顔で催促しているので、いそいそと持って行く。待て良しであげると、ばりばりと骨から美味しそうに齧る。もう、歯も生え揃って、口を開くとちょっと怖い。歯磨きの手間はかなり増えた。


 水を生んで飲み終わったら、ふにゅんと伏せて微睡んでいるので、一匹ずつ抱えて、歯を磨く。それなりの頻度で拭っているし骨を食べているせいか、歯垢、歯石はほぼ付着していない。駄目なら、小さなブラシみたいな物を開発しないと駄目だなと思いながら、布で拭っていく。気持ち良いのかしっぽをふりふりするのが太ももに当たってこそばゆい。タロが終わって放すと、足元に擦りついてくる。


『まま、すき』


 頭を撫でて、ヒメを担ぎ上げる。ヒメの方も虫歯は無いかなと蝋燭の明かりの向きを調整しながら、歯を拭っていく。ヒメもそうなのだが、体格が良くなって、しっぽも伸びて、抱えて歯を磨くと太ももやふくらはぎ辺りでしっぽが延々ふりふりされるのが、気になる。まだ、歯に触れられるのは快感なのか、呼吸を荒げながら口を開けてくれる。かぷっといかれるのは流石にもう嫌だなとは思う。怪我で済まない気がする。

 拭い終わって放すと、ヒメも同じように足元にじゃれついてくる。


『ぱぱ、ぬくい』


 ぴとっと寄り添って、丸くなる。

 書類でも読もうかと思ったけど、難しそうなので、左手で咥え紐、右手で骨の玩具を持って二匹と遊ぶ事にする。と言っても、結構大きくなって部屋の中で走るとすぐに追いつかれるし、侮れない程度には引っ張ってくるようになったので、結構注意しないと負けそうだ。腹ごなし程度に軽く遊んでいると、リズが上気した顔で部屋に戻ってくる。湯上り美人さんだ。


「おかえり。皆、もう出たかな?」


「うん。お母さん、喜んでいたよ。広いお風呂って気持ち良いねって」


「それは良かった。アストさんも喜んでくれると嬉しいけど。んじゃ、私も行ってくるね」


 そう言いながら、下着や布を用意する。二匹を抱えて風呂場に向かう。ティーシア、きちんとアストにお風呂って伝えてくれるかなと思いながら、浴場に向かう。基本的に部屋が分からなくなったら使用人に聞いて欲しい旨は伝えているので大丈夫だとは思う。


 誰もいない脱衣所で服を脱ぎ、タロをタライにぽちゃんと浸ける。大きめに作ったタライももうそろそろ小さくなってきた。そろそろ作り直しだなぁ。そう思いながらもにゅもにゅと揉み洗っていくが運動がちょっと足りないのか、中々スヤァとまではいかない。脱衣所で遊ばしておくかと全身を拭って、ブローすると目を細めながらしっぽをふりふりしている。ほいっと脱衣所に出すと、伏せてこちらの様子を見ている。ヒメも同じように寝ない。んー、晴れてくれないとちょっと面倒だな。服を着直して部屋に先に戻そうかな。でも汚れた下着をまた着るの嫌だなと思っていると、タロが欠伸をしてふてんっと眠り始める。時間差か、と思いながらならヒメも寝てくれるかと、ブローして放すとタロに寄り添って伏せて耳を上げたまま目を瞑る。このまま寝てくれそうかな。

 タライを洗って干していると、脱衣場の方に皆が集まってくる。アストが感心したように服を脱ぎ、籠に入れていく。


「食事は足りましたか?」


 体を洗い始めたアストに問うてみる。


「移動とは思えない程、食事は充実していたからな。三食が携帯食と言うのも覚悟したが、快適だったし、そこまで腹の調子も悪くは無い。疲労は有るが、寝れば治る程度だろう。あれだけ食べられれば十分だ。美味かった」


「良かったです」


「しかし、樽から考えると、このサイズは圧巻だな」


 頭と体を洗い終わり、風呂に皆で浸かる。


「やはり、手足を伸ばして入りたいですから」


「トルカでも領主様から、風呂の為の薪として端材が送られてくるようになった。どうも傷病予防の効果が有ると言うお触れだったな。そのお蔭で石鹸の売り上げもどんどん伸びている」


「と言う事はお義兄さんは安泰と言うところでしょうか」


「嫁さんは大分大変そうだがな。元々農家の娘さんだ。慣れれば大丈夫だろうが……。線の細い子でな、初めて見た時は商家の娘かと思った」


 アストが湯の中で体を伸ばしながら、答えて来る。


「お義兄さんには不義理をしていますので。どこかで挨拶には行きたいのですが……」


「構わんよ。もう、貴族に列せられている身だろう。アテンの方から顔を出すべきだしな。出来れば結婚の際には顔を出したいとは言っていた」


「あぁ、なるほど。ノーウェ様も来られると思うので、その際に拾ってもらうようにしましょう」


「はは。あいつも驚くだろうな。領主様が自分を連れていくなんて思ってもみないだろうし」


 アストが一頻り笑い、そっと俯く。


「しかし、すまんな」


「何がですか?」


「態々、こんな生活を用意してもらってだ。ティーシアはあれだからな。状況に順応する性質だが、若干肩身は狭いな。だが、アテンの事を考えればいつかはこうなっていたか……」


「その辺りはお気になさらず。先程も言いましたがもう私にとっての父母はアストさんとティーシアさんです。自分の父母と一緒に生活出来るのは幸いです」


「リズに気を遣っているだろう? しかし、ありがとう。世話になる」


「はい。存分にお楽しみ下さい。健康の為程度に動いて頂ければ良いと考えている程度ですので」


「馬車から見たが、でかい町だし、まだまだ広がるのだろう。この風呂もそうだが、あらゆるものが想定を超える。きっと豊かになるのだろうな」


「そう思って、頑張っております」


「人が集まれば、食の問題は出てくるか。微力ながら、力になれれば幸いだな」


 アストがそう言うと、笑って手を出してくる。それを握り、笑い返す。


 風呂から上がり、体を拭うと結局二匹共寝てしまっていた。そっと抱き上げると、寝言なのか、ひゃうひゃうとタロが何か鳴いている。昔の飼い犬も寝言とか、夜中突然走り回ったりしていたなと思い出す。寝たまま走り出して、どこかにぶつかると、起きて驚いていた。ちょっと面白かったが。


 部屋に戻ると、リズはベッドでぐっすり眠っていた。予想はしていたが、まだ疲れているのだろう。

 タロと、ヒメを箱に戻すと器用に寄り添うように丸くなる。


 書類の方は明日でも良いので、今日は寝るかと蝋燭の明かりを消す。

 窓の外の雨はもう音も感じない程度になっている。明日はもう少し天気も良くなるだろう。リズの額に唇を軽く当て、おやすみと囁く。目を瞑ると微かな雨音を感じる。ポタンポタンと屋根から落ちる雨垂れを子守唄に、ゆっくりと意識を手放した。

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