第336話 「隣の彼女にも同じ物を」と言ってナンパに成功した感じでしょうか?
外に出た瞬間ヒメがたーっと走り出そうとして、またぐえっとなった。
『ぱぱ……いたい』
『走り出しちゃ駄目。ゆっくり歩いて行こう』
リードの範囲しか移動出来ないと認識したのか首の締まらない範囲で、ヒメがとことこと移動して興味を引いた物をクンクンする。タロはもう慣れているのでその様子と言うか、ヒメの行動を見ながら、偶に一緒にクンクンしている。対象をクンクンしているのかヒメをクンクンしているかはちょっと謎だ。ただ、タロも楽しそうにクンクンしているので、良いかなとは思う。
子犬の散歩とかだと、複数を連れていると、双方が明後日の方向に行って絡まったり、引き裂かれそうになったりしそうだけど、タロがヒメの方に着いて行くのでそう言う意味では楽だ。
タロも少しずつ暖かくなって芽を出し始めた植物など気になるのか、ヒメを誘ってダブルクンクンブルドーザーとして、匂いを嗅いでいる。ヒメも森の中では感じられなかった匂いに興味津々でクンクンブルドーザーで、じりじりと散歩をしている。馬などの大型動物が通った跡などは、何が通ったか分からないけど大きそうな物が通った跡として分かるのか怖がってヒメがこちらに逃げてくる。タロが大丈夫みたいな感じで顔をペロペロ舐めたりして微笑ましい。
外周をゆっくり歩きながらヒメの好奇心を満たしていると、タロが進路変更を要求してきた。市場側なので、あそこか……。
『まま、こっちなの』
タロが自信有り気に、先頭を歩む。ヒメも良く分からないけど、先頭の対象がいるなら付いて行くかと言う感じで、周囲を確認しながら着いて行く。市場に入るといきなり雑多な匂いが増えてヒメがちょっと混乱する。それでもタロが首元と首元を擦り付けたり、顔を舐めたりして、安心させている。何と言うか、いつの間にか大きくなってと言うか、そう言うテクニックをどうやって覚えるのかと問いたいが、本能なのか自分でやられて嬉しい事なのかは謎だ。ヒメもその甲斐有ってか落ち着いて、少しずつクンクンしながら前に進む。タロとしては行きつけの店に行きたくて仕方が無い様子だが、きちんとヒメを待っている。ただ、しっぽは物凄い勢いで振られているので、待ちきれない感じなのだろうか。
じりじりと進みやがて目的地が近付いてくると、タロの喜びが最高潮になる。
『まま、まつの』
タロが『馴致』で伝えると共に、キャンと鳴き、お座りをする。ヒメも良く分からないが、指示された通りなのか、お座りをする。
暫くすると、店主がタロの鳴き声を聞きつけたのか、店頭に出てくる。
「いらっしゃい。おぉ、タロちゃんか。あれ、新しい子かい?」
「はい。ヒメと申します。新しく拾った雌の狼ですね」
「へぇ、真っ白で別嬪さんじゃないか。こりゃ、サービスしないと駄目だね」
そう言いながら、薄く切ったイノシシ肉を2枚用意してくれる。
「あ、流石にお代、お支払いしますよ」
「良いって、良いって。アストさんにゃ、世話になってんだ。この程度安いもんだよ。タロちゃんとヒメちゃんが喜ぶなら嬉しいってもんだ」
店主がそう言いながら、2枚をそれぞれタロとヒメにそっと投げる。タロはいつも通り、ぱくっとキャッチしてハクハクと食べる。ヒメは噛んだけど、食べて良いのか判断がつかず、唾を垂らしながらこちらを見る。
『ぱぱ、たべていいの?』
『この人がくれたから、良いよ。食べちゃおう』
そう答えると、しっぽを振りながらハクハクと噛んで食べる。快の気持ちが流れてくる。ヒメが食べ終わったのを確認して、タロがキャンと鳴き、合わせるようにヒメがウォフッと短めに鳴く。
「ありがとうって言っています」
「はは。嬉しいね。可愛いのが2匹も来てくれるんだ。俺も頑張んないといけないね。また来てよ」
店主が笑いながら、また店内に戻る。
『まま、いくの!!』
用は済んだと言う感じで、タロが颯爽とその場を去ろうとする。ヒメは良く分からないけど、タロのお蔭で餌が貰えたと理解したのかしっぽを振ってタロに体を擦り付けにいく。タロも嬉しそうにお互い体を擦り付け、顔を舐め合う。あれか?バーで女の子を口説いて上手くいった感じなのか?タロもいつの間にか、そう言うテクニックを覚えたのか……。まぁ、本能か。作戦成功なのだろう。良かった。良かった。
『ぱぱ、たろがいのししをくれたの?』
『そうだね。タロがあの人にイノシシを下さいって言ったから、ヒメも貰えたかな』
『たろ、いのししくれた』
食事をくれる上位者扱いになったのか、ちょっとだけ尊敬の思考がヒメから感じられる。タロ、上手い事やったな。このまま仲良くなってくれると嬉しい。
そのまま市場を抜けて、畑側を歩き始める。青々とし始めた畑を横目に、てくてくと2匹と歩く。ヒメが頻りにクンクンとして、タロも付き合ってクンクンする。その姿を微笑ましいなと思いながら、見る。やがて、ヒメがちょっと辛そうな顔をする。まだ、左後脚が治ったばかりだ。無理はさせられない。
『ヒメ、きついなら、抱いて帰るよ』
『へいき』
強がりが返ってくるが、明らかに足を引きずり気味にしている。今まで庇って使っていなかった筋肉だ。衰えているだろう。ゆっくりリハビリすれば良い。ひょいっと抱き上げて、右腕に抱える。興味を示した物を嗅げなかったのが残念なのか若干じたばたするが、すぐに大人しくなり、丸まって体重を預けてくる。
それを見て、タロも頻りに擦り寄ってくる。最近結構歩けるようになったので、疲れたからと言う訳では無いだろう。純粋にヒメが抱っこされているのが羨ましいのかな?
『タロはまだ、大丈夫だよね。歩けるよね?』
『馴致』で思考を送ると、がーんと言う、目をちょっと見開いて悲しそうな顔をして、項垂れる。悪戯が過ぎたかと思い、タロを左腕で抱きかかえる。タロがしっぽを盛んに振るので、バランスが取り辛い。
2匹が肩に前脚を乗せて、後方を見ながら、しっぽをふりふりしている。揺れるしっぽを見て、微笑ましいなと思いながら、家路をゆっくりと歩む。夕焼けの中、あぁ、こんなゆったりした時間も良いなと。ヒメが無事に歩けて散歩を楽しめたのが嬉しいなと。ふわふわとした幸せを感じながら、てくてくと歩く事にした。