第220話 ペットって偶に勝手に行きつけの店とか作っていないですか?
皆でわいわいと受付にお金を預けていく。前回の冒険者ギルド制圧の際に、私達が男爵一行と分かっているので、もう早々手出しする人間はいない。この辺りの人の子爵への信頼は厚い。
ギルドを出ると、リズとドル以外は屋敷に向かう。カビアは馬車で寝かせるので、特に問題は無い。テントを予備で数個買うらしい。まだ傷む程使ってはいないが何かあってからでは遅い。
フィアがリズの脛当てを引き継いだので、その他の装備をどうするかをリナと相談している。町なら既製品が在庫で有るので、調整するらしい。また、リナも重装化をしたいが既製品だと胸がきついらしい。
そうなると、ドル忙しすぎ。でも、あの重装での突撃はもう手放せない。
皆についていこうとするロッサを引き留めてドルが何かを言っている。それを聞くロッサもにこやかに答えているので、良い感じなのだろうか。
リズは迷ったが、結局残るらしい。冬服がぁぁとか言っていたが、フィアに頼むらしい。色の好みは若干違うがシルエットの好みは似た感じなので、くれぐれもと念を押されていた。
取り敢えず引率のロット先生はまとめるのに一苦労だ。まぁ、個性的なのが集まった。でも前衛重めなので後衛と言うか、魔術士が欲しい。チャット並みの魔術士落ちていないかな。
そんな馬鹿な事を考えながら、皆が屋敷に向かうのを見送る。リズは家に戻って家事の引継ぎらしい。ティーシアが般若になってしごいている。仕事と並行で大変だと思う。ドルはそのまま鍛冶屋に直行だ。
私はてくてくと木工屋に向かう。主人に挨拶をして、タロの玩具の仕様と衝立改の設計図を渡す。
「えーと、粘りが有ってささくれ立たない木で骨の形に削れば良いんですね」
「はい。木の匂いで好みが分かれると思いますので、何種類かを幾つか作って欲しいです」
「分かりました。こちらは端材で出来ますのですぐですね。こちらの衝立は、結構ややこしい作りですね……。折り畳みにドア付きですか……。屋根は……あぁ、乗せて固定ですか」
「いけそうですか?」
「はい。全体的にドアの蝶番が使えますので、可能です。両方合わせてそうですね……。2日か3日と言う所でしょうか」
「分かりました。お幾らですか?」
「まとめて5万ですね。衝立の木材と構造がちょっとかかります」
「はい。では先にお支払いします」
説明を終えて支払いを済ませる。向こうも開発案件は儲けが有るのでホクホクだ。
良い時間なので、そのまま食堂で食事を済ませる。今日はヤギ汁だ。ちょっと沖縄時代を思い出したが、昆布出汁が効いていないので寂しい。
そのまま少し休憩して、ネスの所に顔を出そうと鍛冶屋にてくてく向かう。
「ご機嫌如何ですか?」
「良いよ!!どした」
「いや。特に用事と言う程では無いのですが。ドルの様子はどうですか?」
「あぁ、嫁さんの装備か。ガントレットは今日中だな。キュイッスは土台が出来ているから、ある程度まとまった時間がありゃ出来る」
「ふむ。安心しました。あぁ1点、防寒具なんですが、思いつきました」
「あん?うちに関係有りそうか?」
「はい。故郷じゃ温石と言いまして、火に焼いた石を木綿の布で包んで懐に入れていたんです。石で出来るなら鉄でも良いかなと。保温性も有りますし」
「あー。煮炊きに使う火にそのまま放り込んで、温めた鉄を布で巻くか。2,3時間なら温かそうだな。鋳物で斑無く作りゃあいけるか。厚みも考えねぇと駄目か」
ネスが腕を組んで、空を睨む。
「うし。まぁ、あれだろ?湯たんぽ代わりに使う世帯向けだろ?」
「分かりますか?」
「安上がりな暖房器具だからな。まぁ火傷に気を付けりゃ、いけるだろう。サンプルは作っておく」
「ありがとうございます」
「あぁ、そう言や、湯たんぽの売り上げが好調だ。驚えた」
「そうなんですか?ちょっと高めなので、若干余裕の有る家だけかと思いましたが」
「冬場の寒さは身に染みるからな。母ちゃんが井戸端で喋ったら、すぐに発注発注だ。作った端から売れてる。どうも町に売り込みに行ってる奴もいる」
あー、冒険者か何かかな?まぁ、目端の利くのはどの世界にもいるか。
「これで、冷え性に悩む女共が減りゃぁありがてぇ」
ネスらしい。微笑みが零れた。
「そう言えば、遠征を考えているんですが、10個程まとめて買うのは可能ですか?3日後くらいでお願いしたいんですが」
皆の話で湯たんぽは出なかった。テントの中も寒いので、有っても良いだろう。
「その程度なら構わねぇ。除けとく。しかし結構な数だな。どうした?」
「いえ。男爵領の様子を見に行こうかと。護衛がてらと思っていましたが、結構な儲けが出まして。もう、さっさと行っちゃおうかなと」
「あぁ、そう言う事か。んじゃ、お仲間が買いに来てももう話を聞いてるで帰せば良いな?」
「はい。それでお願いします。んじゃ、先に支払いますね」
そう言って、湯たんぽの料金を支払う。後は雑談だ。男爵領のネスの製造の工場と販売所の設置場所等の話を進める。まぁ、ネスは取り込む可能性が高いので工場は半官半民の設備扱いかな。
序盤は鉄材での仕入れで、北の露天鉱床の開発が進めば高炉の設営も視野に入る。そう言う話はやはり本職なのかネスが食いついてくる。
そんな感じで雑談をしているとお客さんが入って来たので、辞去する。
家に戻ると、ティーシアは納屋で石鹸作り中だった。最近は香油を買ってきて、色々試しているらしい。リズが余裕が出来たので、どんどん買っては自分の気に入るやつを探している為、気に入らなかったものを石鹸に回しているらしい。
ティーシアが一段落つくまで作業を手伝い、一緒に家に入る。部屋ではタロが大人しく遊んでいる。遊んでいると言うか、マーキングのように壁に体を擦りつけては匂いを確かめている。箱から部屋全体がタロの領域になったらしい。
『まま!!』
私に気付いたタロが飛びかかってくる。まだ、膝上くらいまでだが、その内大型犬並みになったら、倒されそうだ。こちらの顔を窺っていたかと思えば、何かに気付いたのか、とことこと部屋の隅に行き、首輪を咥えて引きずってくる。
『さんぽ、いく?』
しっぽを振りながらきゃんきゃんと聞いてくる。これは聞くと言うよりおねだりか。元々そのつもりだったので異論は無い。タロに首輪をつけて、家を出る。周辺はかなり慣れたのか、特に見向きもせずにぱたぱた進む。
今日は市場の方に向かおうかと、進路を変える。一緒に遠征するなら人にも慣れる必要が有る。てくてくぱたぱたと一緒に道を進む。ふっと紐が重くなると、何か目新しい物を見つけて嗅いでいる。根気よく付き合う。
市場に近付くと人通りが増えてくる。リードが付いているのと子狼と見てか、皆特に気にしない。ティーシアが買い物ついでに散歩させていると言ったが、そういう意味でも慣れているのか。タロも人見知りせずに進んで行く。
奥様方がきゃーきゃーと声をかけて手を伸ばしてくるが、嫌がりもせず受け入れている。大物だ……。と思っていたら、肉屋の前でストップする。紐を引っ張るが頬をぎゅうっと寄せても動かない。何故だろう?と思っていると、肉屋の主人が店の奥から現れる。
「おぅ、アストんとこのタロだろ。ティーシアさんが連れてくるんだ。ほれ、これだろ」
そう言うと、主人が薄く切ったイノシシ肉を一枚ぴらぴらさせる。それを見たタロが激しくしっぽを振り始める。なるほど、毎回ここで餌付けされていたのか。道理で梃子でも動かない訳だ。
主人が軽く放り投げた肉を器用に口でキャッチして、はむはむと噛んで飲み込む。きゃんと鳴き、また道を進もうとする。
「すみません。ありがとうございます」
「いや、良いって事よ。アストんとこには、いつも世話になってるからな。よろしく伝えてくれ」
主人はそう言うとまた店に戻る。タロが早く早くと引っ張ってくるが、夕ご飯はちょっと減らすと心のメモに書く。そのまま夕方前の騒がしい市場を抜けて、村の外れに到着する。
後は距離を稼ぐだけなので、大回りに回って家に戻ろうと考える。初めての散歩から考えれば、歩く距離もかなり伸びた。ふんふんと道端の草の匂いを嗅ぎ、ふんっと顔を背けると、次の興味の対象に移動する。
そんな感じで、家に戻る道の途中でタロに限界が来た。
『あし、つかれた』
足元にすりすり寄ってくる。抱え上げて、ゆっくり歩きながら家を目指す。徐々に赤みを増す夕暮れに子狼を抱いた影が長く伸びる。
胸元では、タロが丸まりながらも鼻先を当ててすんすんと嗅ぎながらリラックスしている。
『まま、まま』
普通はこういう時、首を咥えられて持って行かれるのか。まぁ、そういう意味では野性味が足りない子になりそうだが、しょうがないか。
そんなゆったりとした穏やかな時を過ごしながら、家に到着する。
端切れで足を拭い、部屋の箱に入れると落ち着いたのか、尿をし始める。トイレ用に箱も持って行ってあげないと駄目か。
そう思いながら、タロを箱の外に出して、敷布を取り替える。タロはたーっと走って行き、骨と戯れ始める。
敷布を洗濯し、物干し竿に括る。お湯で洗っているので、立ち上る湯気を見て、思い出す。あぁ、ダニや蚤ってスチームアイロンで殺していた。
確か65度以上になったら死滅する筈だ。そう考えると、羽毛の処理の仕方が見えてきた。数がまとまったら、一回水蒸気で殺しつくしてムクロジで洗おう。
解決策が浮かびうきうきしながら、キッチンに顔を出すとリズとティーシアが料理の支度をしていた。手伝おうか聞いてみたが、修行の場らしく、今日は遠慮する事にした。リズに家庭の味を覚えて欲しい。
部屋に戻り、タロと戯れながら、夕ご飯を待つ。程無くしてアストも帰ってきて食事となる。アストは今日も獲物が有ったらしく笑顔だ。楽しく温かい団欒となった。
お風呂も終え、湯たんぽの準備もした。後は寝るだけと部屋に戻る。
お風呂の途中で寝てしまったタロを見つめながら、優しい顔をするリズを眺める。
「ん?どうしたの?入ってこないの?」
「いや、私のお嫁さんは綺麗だなと思って」
「もう、またそんな事言って。何か有ったの?」
「いや、何もないよ。ただただ綺麗だなって思っただけ」
そう言いながら、ベッドに座ると、リズも横に座ってくる。肩に頭を乗せながら呟く。
「また、長い旅だね。こうやって二人なのも少しお預けかな?」
寂しそうにリズが呟く。
「ん?ロットと一緒で、同じテントだよね?そのつもりだったけど」
そう答えると、リズがやや紅潮した顔で答える。
「え?皆に声聞かれるとか恥ずかしいよ?」
「別に、そんな事をするって言っていないけど……。リズはそんなにしたいんだ。光栄だよ」
そう言いながら口付け、そのまま押し倒す。
「あ、ずるい、こら、そのまま下に移動するの、あん、胸駄目……」
ほのかに石鹸から香る香油の香りを感じながら、蝋燭を消す。温かさを頼りに探り探り手と唇を進めていく。木窓から差し込む月と星の明かりに照らされた白い体を感じながら、夜は更けていく。




