第9話 レバ……ニラ……?
魔法が存在する事に驚きを隠せない状況だったが。取り敢えずまずは目の前のイノシシの処理を進める事にする。
血抜きは流れ出す程度まで行えば良い。触れるとまだ体温に近い程度に温かい。
「よし。折角池が有るしそのまま冷やそう」
戻ってきたリザティアにイノシシの運搬をお願いする。
「はい。じゃあ持って行きますね」
彼女が前足を持って担ぎ上げ、イノシシを池に沈める。
「あの、猟の仕方をご存知のようですが。生業だったのでしょうか?」
池の縁に腰かけ話し始める。身長は彼女の方が高いのに、上目遣いで見上げられる。腰高いなぁ。
「祖父が猟師をやっていたのである程度は分かるよ。流石に石槍で狩ったのは初めてだけど」
「そうですか。お爺様が猟師だったのですね」
お昼は回っていたが、まだ興奮が残っているのかお腹は空かない。
ぼけっと、イノシシが冷えるのを待ちながら雑談を続ける。
離婚してから女の子と話す機会なんて会社の子しかなく、非常に楽しい。
それとは逆に、生活基盤も無くいつ如何なるかも分からない状況でこの子と一緒に過ごして良いものかと気分は落ち込んでくる。
まぁ、求婚と言っても誤解も有った事だし、取り敢えず村に着いてからきちんと話をしようと。
2時間程度が経ち、イノシシの温度も下がって来た。
「さて、そろそろ解体しますか」
イノシシクラスの大物の解体は中学生以来で全く自信が無い。
「あ。そちらはご心配無く。私の方でやっておきます」
リザティアが助け舟を出してくれる。
池から引き上げたイノシシを幌のような布の上に仰向けに寝かせ、四肢を広げる。あ、オスだ。
肛門に布を詰める。脂肪層ぎりぎりに皮を丁寧に剥いでいく。
解体用のナイフで首元から頭を落とし、喉から肛門付近の腸を紐で縛る。
生殖腺や膀胱を避け、腹の中心から一気に喉元までを割く。横隔膜を割いた途端、内臓が零れ落ちる。
残った膀胱は細心の注意を払い取り除く。
「肝臓貰って良い?昼食を作りたいんだけど」
「分かりました。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
「後、フライパンは有るかな?それとナイフも貸して欲しいのだけど」
「フライパンは有りませんが、厚手の鍋が雑貨袋に入っています。そちらをお使い下さい。後少しですが塩も入っています」
彼女が胸元からナイフを引き抜き手渡してくる。
昨日見渡した際にニラと唐辛子が群生していたのは確認している。
雑貨袋の中から厚手の片手鍋と塩を取り出し、昨日の簡易かまどに向かう。
薪は昨日拾った分が残っていた為、火を熾す。ニラは池の近くに唐辛子は川と森の境辺りから採取してくる。
ニラと肝臓をざく切りにし、唐辛子は種を除き石で磨り潰す。
片手鍋にイノシシの脂肪を落とし溶けるのを待つ。
ふんわりとラードの香ばしい香りが上がってきたところで、唐辛子を入れさっと炒める。
刺激的な香りが上がってきたところで肝臓を入れる。仄かに色付いたところにニラを入れる。
ニラに油と熱が回り瑞々しい緑色になったところで塩を投入し、火から下す。
「昼食出来たよ」
池に向かうと、腸を丁寧に洗っているリザティアの姿が見える。
「こちらも一段落つきました。食事にしましょう」
解体現場を確認すると、各部は枝肉となっていた。
可食部位の内臓は種類毎に布袋に納め池に沈められ、食べられない部分は全て穴の中に埋められているようだった。
彼女は木匙を私は削り出した適当な箸を持ち、鍋に向かう。
「あの植物でこんな料理が出来るんですね。薬草としてしか認識していませんでした」
「私の地方の料理だけど、調味料が少ないから若干未完成かな?」
ニコニコと微笑みながら、つまみ始める。
「んっ……んー。美味しい。これ、塩だけですよね?」
驚きと零れるような微笑みを浮かべる彼女。
「やっぱり新鮮な肝臓は美味しいな」
過剰な塩分に慣れた現代人として、やはり塩味は重要だった。
食事を終え、後片付けとイノシシの処理も済み、後は村へ向かうだけとなった。
「では出発します。村までは5km程になります」
それを聞き、後1時間も歩けば居住区が見つかっていたかもとちょっと残念に思ってしまった。
出来れば野宿はなるべく勘弁して欲しいなと神様に祈る事にした。