第110話 作品を作る時に相手の顔が見えなくて途方に暮れる時が有ります
家に戻ると、リズが帰って来ていた。買い物も終わり、昼ご飯と言う事で解散したようだ。
「ただいま」
そう言いながら、リズの方に向かうと、怪訝なような怒ったような顔をしている。
「ヒロ、どうしたの?酷い顔色……。何か悪い事が有ったの?」
「いや、悪い事では無いけど。詳しくはまだ言えないけど、結構とてつもない話になってて、ちょっと困っている」
リズは黙り込み、思案顔でじっと見つめて来る。
「ヒロ。ヒロは、歩く時、どこを見て歩くの?」
「前か、足元じゃないかな?」
「うん。貴族様は、時には遠くを見なければいけない時も有ると思う。けど、歩く時は違うよね?」
「そうだね、歩く時は遠くを見ていると、転んじゃう」
リズが、花が咲く様に笑う。
「ヒロも一緒よ?今、ヒロは遠くを見たまま歩こうとしている。そんなんじゃ、すぐに転んじゃうわよ」
そう言われて、納得する。国家規模の予算と言う言葉に踊らされて本質的な物から目を背けていた。
あの日、ロスティーやノーウェと話したのは、夢じゃ無い。国が民が幸せに暮らすにはどうすれば良いのか。そこを共感し話していた。
私の足元にはこれから多くの民の人生が積まれて行く。この民の人生を幸せにする為にどうすれば良いのかを考えなければいけない。
貿易も手段の一つだ。目的では無い。目的はあくまで私の、自領の発展とそれに伴うそこに生きる人々の幸せだ。
「ごめんね、リズ。きっと、大きな話過ぎてどこかで見誤っていた。曲解していた。ありがとう。思い違いに気づけた」
「うん。良い顔になった。折角なんだから、いつも格好良くいてね」
そう言うと、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「前にも言ったでしょ。一人で抱え込まないでって。ヒロは一人じゃないし、一人で全て決めないといけない訳じゃない。だから、そんな顔をしないでね」
リズは、そっと頬に口づけ、にこっと笑うとキッチンの方に向かう。
あぁ、何度繰り返しても治らないな。所詮サラリーマンだ。出来る事しか出来ないなら、出来る事をしていけば良い。話に呑まれていた。
まだまだ修行が足らないなと、頬を叩く。取り敢えずはノーウェに真意を確認しないといけない。
執事候補が何時来るのかは分からないけど、近日中には一度町に行く必要が有る。
食事を終え、村に出る。執事の宿泊地の目星だけでも付けておこうと、空き家の情報を確認してまわる。
周囲の話では、どうも子爵領の役人が滞在する家屋が1軒、村内に有るらしい。場所も教えてもらった。
折角だから見に行こうかと歩き始めると、正面からドルが歩いて来る。
「こんにちは、ドル。買い物は無事に済んだ?」
「うむ。問題無く。皆には世話になった。代わってお礼を頼む」
そう言えば、ネスに紹介したいなと思っていたか。
「そう言えば、紹介したい人がいるんだけど、今は時間有る?」
「村を巡っていただけだ。問題無い」
返答を聞き、そのまま鍛冶屋に向かう。
丁度手が空いていたのか、声をかけるとネスが出て来る。
「こんにちは。今日は紹介したい人がいたのでやって来ました」
そう言いながら、ドルに手を向ける
「あぁ?あー。ドルティオじゃねぇのか?どうしたこんな東の外れに。王都で暴れ回ってたんじゃねえのか?」
どうも知り合いらしい。
「お知り合いですか?」
「いや。直接の面識はねぇ。ただ、鍛冶ギルドでは有名だ。良いのを作る若いのがいるって評判になった。最近は動きがねえから、どうしたのかと思ってたぜ」
「冒険者として、武器、防具の確認の旅を続けていた」
ドルが訥々と話す。
「鍛冶屋が実践かよ。真面目だなぁ。お前さんの腕なら問題無いと思うが。まぁ、この村で活動するなら、この工房も好きに使ってくれ。お前さんなら大歓迎だ」
そう言いながら、ネスが笑う。
「ありがとう」
ドルは表面上は笑っているが、目の奥が笑っていない。どこか悲しげな感じもした。
「では、また、武器、防具を修繕や作る際にはお借りしても問題無いですか?」
「どうせ、道具一式は持ち歩いてんだろう。設備は好きに使え。材料も言えば出してやる」
そんな感じで話ながら、ドルの様子を見ていたが、どうも浮かない。これは聞き出す方が良いか……。
「んじゃ、ネス。また整備にお邪魔します。ドルの新規開発でちょっと工房を借りるかもしれないけど」
「好きに使えって。ドルティオなら信用してるって」
別れの挨拶を告げ、その場で解散したそうな雰囲気を感じたが、呼び止める。
「少し、飲まないかな?」
昼からではあるが、休養日だ。酒場も騒がしい。青空亭で酒を買ってきてもらうか。
2人で、青空亭に向かう。ドルは何かを考えているのか道中無言だった。
「では、出会いを祝して乾杯」
「乾杯」
店主には、急いでワインの良いのを仕入れて来てもらった。この店は本当に良い店だ。頭が上がらない。
食事もお昼ご飯の後と言うのも有り、ベーコンや生ハムなどの軽食が主体だ。後は塩漬けキャベツか。
ちなみに、ドワーフだが、特別酒好きと言う訳では無い。元々洞穴生活が主体だった為、貯蔵していた果汁類が発酵し、アルコール飲料になった。
飲める物は飲むと言う事で、酒になってもお構いなしに飲んでいたらしい。その内耐性が付いたのか、皆酒を飲んでも大丈夫な種族になった。
分解酵素が多いドワーフが遺伝しているのか?そんな事も思った。
「単刀直入に聞くけど、何故冒険者になったのかな?鍛冶屋としても大成していたみたいだけど」
そう聞くと、ドルがワインの杯を一気に空ける。すかさず、注ぐ。
「俺が王都で鍛冶屋を始めた時は、まだひよっこだった。客の顔も見ず、延々打ってた」
杯を手元で回す。
「あんときゃ、分からなかった。自分で店構えて、客の顔を見ながら商売ってやつを始めてからやっと見えてきた」
また、杯を空ける。すかさず、注ぐ。
「昨日来た客が今日は来ない。聞けば死んだと言う。俺の武器で、俺の防具で戦った客がだ。今日来た客が明日は来ないかもしれない」
深い嘆息を吐く。
「悩んだ。俺の腕が足りないのかと。俺の作品が、客を殺すのかと。周りは言うさ、気にし過ぎだ。自業自得だと。でもな、俺の客なんだ……」
杯を握りつぶさんばかりにぎゅっと握り込む。
「だから、知りたかった。冒険者って奴に必要な武器は、防具は何かって。そう思ったら、店を捨てて飛び出してた」
一気に杯を流し込む。タンっと軽い音を立てテーブルに置く。
「一人で右も左も分からずもがいていた時にお嬢に会った。後はあの女と3人で冒険者家業だ。死なせねえ装備って考えて行ったが、今じゃ俺専用になっちまった」
再度、ゆっくりと瓶から注ぐ。
「今でも鍛冶ギルドの伝手は有る。色んな場所を巡りながら、修繕、改良もしてきた。だが、まだ見えねえ。本当に必要な物って何だ?」
顔を上げ、真摯な瞳でこちらを貫く。
「必要な物は、その時に必要な物だよ。ドルの渾身の一振りも状況に合わなければ、無駄だよ。だから、冒険者は先を想定して用意する。それを怠る奴は死ぬ」
冷酷なまでにはっきりと言った。
「ドルの自責の念は分かる。その疑問は私も持った。私の作る物が本当に必要なのか?本当に悩んだ。でもさ、答えなんて無いんだ、これって」
私も杯を呷る。
「客なんて、何を考えているか分からない。それならば比較的多くの人を幸せに出来る物を作るしかない。少数の不幸にだけ目を向けていると、地獄を覗く」
「俺の客が死んでも気にするなって話か?」
「それは話のすり替えだ。ドル。お前、何様だ?お前の武器が、防具が有れば死なない人間になるのか?無理だろう?」
ドルが黙り込む。
「ドル、今出来る事は、仲間が死なない様にどうすれば良いか、まずはそこから考えろ。狭かろうが、まずは一歩だ。先に進め。後ろの死人を見てても引っ張られるぞ」
それぞれの杯に注ぐ。
「ティアナだって、新しい仲間だっている。うちの連中なんて、もう家族みたいなもんだ。新しい家族が増えるって大はしゃぎだ」
顔を上げ、出来る限り、微笑む。
「客なんて堅苦しい事考えんな。家族守る為に如何すりゃ良いかだけ、考えろ。今のお前の腕は家族を守る為に有る。そこから始めろ」
そう言うと、どこか暗かった顔が少しだけ明るくなった。
双方で乾杯し、杯を呷る。
「リーダーってのも大変だな。こんな面倒まで見なくちゃなんねぇんだから」
「家長の責任だ。家族っつっただろ?皆俺の子供と一緒だ。死なせねえし、幸せにする。そう腹を括った。お前も括れ」
その後は杯を重ね取り止めの無い談笑を続けた。
もう、纏っていた陰鬱な空気は無い。取り敢えずは大丈夫だろう
しかし、ドルも苦労している。
少ない稼ぎの中で鍛冶ギルドの伝手を使って、色んな町や村の鍛冶屋に頭を下げて、補修、修繕、新規開発をしながらここまでやって来た。
文句無しの職人だ。良い仲間に出会えた。その事に、心の中の何かに感謝をする。




