彼女の真実
今回短いです。
スノウの一族は、ある『性質』を持っているらしい。
その『性質』こそ、生まれてから二度『眠る』ものというのだ。理由は分からない。何時から発生したのかも分からない。ただ分かるのは、その『性質』は必ずしもその子供に受け継がれるものでは無いらしい。スノウの母親は『性質』があったらしいが、そのまた母親には何も無かったのだそうだ。
スノウはボロボロと涙を零しながら続ける。
「私も…ギルと出会う一年前に、『眠った』の…」
一年前。これまた不思議なことに、この『眠り』は目覚めさせてくれる人と出会う丁度一年前に第一回目が起こるらしい。スノウも、俺と出会う一年前に『眠った』記憶があるのだそうだ。
だが、問題はそこでは無い。この『性質』の一番厄介なところは、『眠った』後だった。
スノウの話によると、この『性質』は『眠る』と、それまでの記憶が一切消え去るらしい。自分の名前、それまでの生活、出会った人々…。両親と自身が持つ『性質』以外の記憶を全て失うというのだ。
俺は、スノウの話を聴いて、愕然とした。到底、真信じられるものでは無かった。ただ、ふと脳裏に浮かぶのは出会ったばかりの、まるで右も左も分からないスノウの姿。当時の彼女を思い出し、もしかして…という想いがあるのも事実だった。
俺は濡れた黒曜石を、ただじっと見つめた。スノウは不安そうに眉を垂らし、俺に縋るような視線を向ける。
「ギル…私も、忘れるの…?」
そう零すスノウの声が震えている。
彼女の話によると、二度目の『眠り』はいつ来るのかも分からず、その予兆が現れてから『眠る』までに正確な時間は定められていないのだそうだ。
「いや…ギルのこと、わすれたく、ないっ…! ハンナのこと、わすれ、たく…ないよぉ…!!」
「っっ、」
スノウが、細い肩を震わせて想いを吐露する。正直、俺の頭は混乱していた。『眠った』後は、記憶を失う…だと? ならば、彼女は俺のことを忘れるのか?
茫然とした俺に、スノウはそれ以上何も言わず、ただ泣いていた。ヒック、ヒックとしゃくりあげながら泣く彼女に、思考が定まっていない俺が想うのは『泣かせたくない』だった。
そう思った途端、身体は勝手に動いていて。
ガタンと立ち上がった俺に、目の前の彼女はびくりと大きく震えた。
涙で濡れた黒曜石が、俺をおぼつかない様子で見上げる。
俺はそんなスノウに無言で近づくと、その震える身体を抱きしめた。突然のことに驚く彼女を、俺の精一杯の力で抱きしめる。不安を飛ばすように。−−−せめて、俺の存在をちかくで感じられるように。
最初こそ驚いたスノウも、俺の背に身を捩って腕を回した。ただでさえ細い腕がこの時は、それ以上に頼りなくて、俺は夢中で華奢な身体をかき抱いた。
耳元から、すすり泣く声が聞こえる。スノウの嗚咽が、俺の胸に痛みを伴って突き刺さった。
「ギル、私、嫌だよぉ…! こんなに、ギルのこと好きなのに…、ハンナも、生まれたばかりなのに…! 記憶、無くすの…やだぁっ!!」
「っっ!!」
俺にそう涙ながらに訴えるスノウは、まるで小さな子供だった。いやいやと首を振っては、ボロボロと零れた涙が俺の肩口に染みを作っていく。その感触に、俺はさらにこの身体を抱く腕の力を強めた。
なんて言えばいいのかなんて、分からない。
ただ、これ以上スノウを泣かせたくなんかなくて。
俺はただ夢中だった。
縋り付く細い身体が、いつの間にかこの腕から消えてしまいそうで怖くて。
俺は何も言えないまま、スノウの背を撫でていた。
それは、幼い子供をあやすように。
これが、スノウが俺に隠していたことの全てだった。