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俺と彼女の幸せ


 その日は良く晴れた日だった。

 青い空がどこまでも続き、白い雲はあたりを見回しても見つからない。鳥たちは歌いながら旋回し、この日を祝ってくれているかのようだ。


 俺は陽の光の眩しさに目を細めつつ、そっとその様子を眺めていた。


 ああ、遂にこの時が来たのかと…。感慨深く思っていた時。


「おいっ、何黄昏てんだよっ!!」

「いっっ!!」


 バシンっ、と勢いよく背をはたかれた。少しジンジンするそこを気にしつつ振り返る。−−−そこには、少し不機嫌ながらも笑みを堪えた幼なじみがいた。


「何だよ、ジャック」

「なんだじゃねーよ。お前、スノウちゃんと結婚できるからって、うかれてんなよっ!」


 そう言う奴の目には悔しさがほんのりと滲んでいた。不機嫌になったり、笑ったり、悔しんだり…。忙しい限りだ。


 俺はそんな幼なじみに向かってふっと微笑むと、奴の肩にポンと手を置いた。


「大丈夫だ、ジャック。−−−俺、世界一幸せ者だから、最初から浮かれてるんだ」

「んなっっ!!」


 その言葉にジャックの目が驚きで見開かれ、次いで呆れたように苦笑した。−−−でも、その瞳から悔しさは抜けていない。


「全く、お前らのアツアツぶりは最初からだったけどな。まあ、幸せになれよ」


 そう祝言を告げると、奴はもう一度俺の背を勢いよく叩いた。





 今日は結婚式だ。−−−俺とスノウの結婚式。


 村長の奥さんが指定した”春の芽祭り”と同日に行われた式は、とても賑やかだった。この日は、一日中春が来た喜びと、これからの作物の豊作を祈ってお祝いする。この村独自の祭りだ。

 

 そんな祝い日と重なったためなのか、村人たちの興奮はひとしおで、俺とスノウは一日中休む暇など無かった。


 朝早くから村長宅へと向かったスノウは、奥さんと村の女たちにこれでもかいうほどめかしこまれた…らしい。まあ、もとがいいからそれほど苦労しなかったのだと思うが、逆に何でも似合いすぎて途中から着せ替え人形のようだったそうだ。村長の奥さんが着ていたという結婚式用のドレスは、町の女が着るような純白の美しいものだった。

 スノウはその純白に身を包み、高く結った頭には色とりどりの花が飾られていた。何でも、女たちの意見が一致したのが、この生花で飾る手法だったらしい。彼女の本来の美しさが際立って、一瞬俺は呼吸を忘れた。


「……ギル?」


 不安そうに、俺を見るスノウ。


 少しも動かず、目を見開いたまま固まる俺に、スノウが眉根を寄せてじっと俺を窺っている。

 俺は目の前に現れた妖精に、本気で呼吸を奪われた。


「こら、ギルっ! あんた、ちゃんと褒めないと駄目でしょうっ!!」


 何見惚れてるのよっ!?


 そう言って、村長の奥さんが俺をバシバシ叩く。−−−ジャックをは違い、頭に。容赦がない。


「いててっ…!」


 俺は叩かれた頭を撫でながら、涙目になった。女の割には恰幅のいい奥さんは、その力も尋常じゃない。何時ぞやのことだが、たまたま奥さんと村長の夫婦喧嘩を目撃したが、村長の左頬にはくっきりとした真っ赤な張り手の跡がついていたのを覚えている。女って怖いな、と思ったがどうやらあれは奥さん特有のことらしい。−−−現に、スノウの腕はこんなにも細くてか弱い。


 俺はその真っ白で細い手をとった。急のことに驚いたスノウが、一瞬握られた手に力を込める。だが、俺はそれに構うことなく、そのすべすべの甲に唇を落とした。


「ギ、ギルっ…」


 瞬間、スノウの頬がかあっと赤くなる。恥ずかしそうに視線を彷徨わせ始めた彼女が可愛くて愛おしくて、俺はふっと口元に笑みを零した。


「似合ってる。すごく、きれいだ…」

「あ…」


 そう、視線を外さないまま言えば、スノウが顔を真っ赤にしながらも嬉しそうに微笑んだ。ふわりと浮かべられた微笑みに、俺の心もぽっとあたたかくなる。


「ありがとう…」


 ギルも素敵だよ。

 

 なんて、はにかみながら言う彼女は心底かわいい。俺はくすぐったい気持ちを抱え、目の前の彼女を思い切り抱きしめようと腕を広げた。


 が。


「なーに、人前でいちゃついてんのよっ!!」

「あいてっっ!!」

「ギ、ギルっ!?」


 ずっと傍で見ていた奥さんに、思い切り頭を叩かれた。−−−あの、物凄く…痛いんだけど。なんて、反論できるはずもなく、俺の結婚式の思い出は、幼なじみと村長の奥さんの張り手になった。




 二人で愛を誓い、皆から祝福を告げられる。

 それにはにかみながら答えていると、ふと、隣に座るスノウの様子が気になった。


 スノウは時折、切なげに瞳を揺らす。まるでこの光景を忘れないように、じっくりと見渡しては、潤む瞳を隠すようにそっとその白い手で拭っていた。


 俺は堪らなくなって、どうしたんだ? と声かけた。

 だけど、彼女は淡く微笑んで、何でもないよ? と笑っていた。



 俺はそんな彼女の様子が気になりつつも、皆から次々にグラスに注がれる酒に応じ。いつしか、スノウの態度もいつもの彼女のそれへと戻っていった。




 その日の晩。

 俺は高鳴る胸を抑えきれずにこの瞬間を迎えた。


 おそらく、俺の顔は情けないくらいに真っ赤だろう。だが、相対する彼女もまた、顔を真っ赤にさせていた。


 俺たちは今日、夫婦になった。神に永遠の愛を誓い、俺たちは誰からも認められる『夫婦』になったのだ。

 ならば、その最初の夜はもちろん。−−−『初夜』というもので。


 俺たちが家に帰ったのは、もうとっくに陽が落ちた時だった。

 真っ暗な夜道を、ふたりで手を繋いで歩いて。お互いいつものように、交代で湯に浸かった。−−− 一応、念入りに身体は洗った。


 そして、ベッドに座って、お互いに見つめ合う。

 正直に言うと、これまでは俺たちは別々の寝所で寝ていた。誰か、俺の理性を褒めて欲しい。俺はあどけない顔で見つめるスノウに、これまで一切手を出していない。−−−キスは、別として。


 だから、これは正真正銘の『初夜』なのだ。


 バクバクと、痛いくらいに鳴り響く心臓。

 俺と向かい合って座るスノウも、不安そうに俺を見つめて来た。


 湯上りの火照った頬が、ひどく艶めかしい。熟れた果実のような唇は、浅い呼吸を繰り返していた。俺を不安そうに見つめる黒曜石が、ほんのりと潤みだす。


 俺はそんなスノウの真っ白で滑らな頬に手を添えた。瞬間、ピクッと震える彼女の身体。


「あ…ギル、」

 

 スノウの瞳に、さっと後悔の念が灯る。申し訳ないような、怖いような…。そんな色を宿した彼女の瞳は、俺を見てはまた潤みだした。


「ご、めんなさい…。その、これは…」


 スノウが慌てて謝罪する。俺は無性にそんな彼女が愛おしくなった。溢れる想いを堪え切れなくて、俺は震える華奢な身体を抱きしめた。


「!!」


 驚きで、身体を強張らせるスノウ。俺はそんな彼女を優しく抱きしめる。胸元にすっぽりと埋まった彼女に、俺は言い聞かせるように囁いた。


「大丈夫…。怖いのは、俺もだから」

「!!」


 その言葉に、スノウが息を飲む気配がした。俺はそんな彼女に苦笑しながら、「ほら…」と心臓の上に耳を当てさせる。俺の鼓動は相変わらずバックンバックンと音を立てていた。その音を聞いて、強張ったスノウの身体が徐々に緊張を解いていく。


「俺も、初めてで…こわいよ。−−−スノウを壊してしまいそうで、こわい」


 こんなに細くてか弱い身体だから。


 そう告げて、俺は胸に蹲っていたスノウの顔を上げさせた。黒曜石の瞳を覗き込めば、スノウが困ったような嬉しいそうな複雑な表情を浮かべていた。

 濡れた黒曜石に、俺の顔が映り込む。スノウはじっと俺を見つめたまま、動かないでいた。


 そんな彼女に、俺は想いを吐露していく


「スノウが大切だ。誰よりも、愛している。だから、俺は…それでも、きちんと『夫婦』になりたい。−−−スノウが、ほしい」

「っ、ギル…!」


 瞬間、スノウの瞳がぶわりと潤んだ。ボロボロと大粒の涙となって零れる彼女の雫を、俺は丁寧に唇で拭っていく。少し塩辛いそれを、俺は何度も吸っていった。スノウが時折、くすぐったそうに身を捩る。


 もう、彼女の身体からは強張り何てなかった。


 あるのは、俺と同じくらいに熱い身体。俺はそんな彼女の両頬をそっと包み込んだ。


「スノウ、愛している。だから、優しくする。−−−いい?」

「っっ…!」


 俺が真っ直ぐに瞳を見つめて請えば、感極まったようにスノウも頷いた。その拍子に、瞳から雫が一粒零れる。


「−−−はいっ!」


 嗚咽混じりの吐息と共に、スノウが笑顔で頷いた。

 泣き笑いの顔で微笑む彼女の赤い唇を、俺の少し厚い唇で覆うと。



 俺は縋り付くように腕を回したスノウの身体を、そっとベッドに押し倒した。






 こうして、俺たちは『夫婦』になった。

 

 そして、俺たちは幸せに暮らした。

 そう、誰よりも幸せに…。



 だから、俺たちの間に、新たに『幸せの証』が誕生するのも。

 そう、遠くは無かった。



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