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彼女のふとした瞬間

少し長いです。

 スノウの噂はあっという間に広まった。

 元々小さな村だ。よそ者が村の中に招かれただけで、珍しがる者も多い。


 しかも、彼女はかなりの美人だ。−−−村人たちの興味を引くのは当然だった。



「おい!ギル。お前、なんだってあんな美人を捕まえれたんだよ!?」

「てか、お前に会いに来たんじゃない!スノウちゃんに会いに来たんだ!」

「………」


 寒い中ご苦労なことである。というよりも、こんな雪の中わざわざスノウに会いに来たとはかなりの暇人なのだろうか?


 俺は朝食を食べ終えて早々にやって来た男共を見て内心呆れた。


「あ、ギル…?どうしたの?」


 玄関先での騒ぎが気になったのか、スノウが俺の背後から不安げに問いかけて来た。一応俺が壁になるように扉の前に立っているため男共には彼女の姿が見れないようになっているが、やはり、見せたくないと言うのは俺の我儘だろうか。


 俺は首だけ後ろに回し、スノウに微笑んだ。


「いや。何でもない。スノウ、今日は猟に一緒に行く約束をしていただろう?先に準備していてくれないか?」

「おい!ギル、邪魔だ。スノウちゃんが見れねえ!」


 うるさい!見えないようにしてんだよ!!


 なんて怒鳴ってやりたかったが、スノウが見ている前でそのようなところは見せられない。俺はのど元まで出かかった言葉を飲み込み、なるべく落ち着いて対応した。−−−少々顔が引きつってしまったが、そこは気にしない。


「うるさいな。今の会話聞いてただろ?これから出かけるんだよ」


 ほら、帰れ帰れ!


 心底迷惑だと表情で語れば、押しかけて来た男共は渋々回れ右をした。「ギルのバーカ!」とか「けちんぼっ!」なんてガキくさい捨て台詞をほざいていたが、敢えて何も言わずに扉を閉める。同い年くらいなのに、何とも情けない会話だ。


 だが、これでスノウを他の野郎どもに見られなくて済んだ。一人だけ、どこで見たのかスノウを知っている人物がいたが…あいつは後で殴っておくことにする。どうせ知られるだろうが、こんなに早くに彼女を他の男に見られたのが気に入らない。


 せめて春までは俺の家に隠しておきたかった。


 いや、俺以外の男に会わせたくなかった。


 つまらない独占欲。−−−スノウは俺のモノだと言いふらせたら、これほどの不安を抱かなくて済むのだろうか?


 曖昧な関係。

 『ただの同居人』の俺が、彼女を縛り付ける権利など無いのに…。


「ギル…?準備できたよ?」


 扉を閉めたまま動かない俺を心配したスノウが、ちょんと俺の服の裾を引っ張った。視線の先にはキョトンとした黒曜石が、不安気に揺れている。


 俺ははっとして、急いで笑みを浮かべた。−−−先ほどとは違う理由で、今はその笑みが強張ってしまう。


「あ、ああ。ごめん、ぼうっとしていた」


 直ぐに行こう。


 その言葉を言い切って、俺はその後の準備を進めた。その間、彼女の顔をまともに見ていられなくて、俺は敢えて彼女との会話を極力避けた。

 顔を会わせたらばれてしまう。

 自分がひどく情けない顔をしていることも。

 自分が醜い心を宿していることも…。


 スノウも俺のそんな態度が気になっているようだが、こちらが口をきこうともしないので、彼女も何か言うことは無かった。





 無言のまま歩く山道は気が重い。


 ただでさえ雪で足元が取られるのに、余計に足が重たくなってしまう。俺は後ろを歩くスノウを気にしながらも、なるべく視線は合わせないようにしていた。


「ねえ、ギル?」


 やがて、焦れた彼女が俺に問いかけてくる。

 だが、俺は何も言えない。


「ねえ…どうして、怒ってるの?」

「怒ってない」

「うそ、怒ってるよ!」


 即座に返した言葉を彼女は気に入らなかったらしい。話さないつもりでいたのに、スノウの弱々しい声音に負けてしまった。歩みを進める足は止めず、俺もスノウも会話を続ける。無意識のうちに、歩調が速くなっていく。ついて来る彼女の息が若干乱れてきたが、俺はそれに気が付かないふりをした。


「だって、ギル朝から変なんだもん。私…何かした?」


 そう泣きそうな声で訴えるスノウ。


 違う。

 彼女のせいじゃない。

 俺がいけないんだ。


「…スノウのせいじゃ、ない」


 絞り出すように思いを吐露する。

 不意に、背後で息を飲むような…言葉に詰まったような気配がした。


「う、そっ!!だ、てギル…ずっと、こわい…」


 消えそうなほどの震える声で告げる彼女に胸が締め付けられる。

 出会って日が経っていないのに、俺はこの声を聴くとどうしようもない想いに駆られてしまう。


 彼女を泣かせたくない。

 俺が守りたい。

 俺の傍にいて欲しい。


 そんな感情がせめぎ合い、胸の中で渦を巻く。

 

「ギル…、私…迷惑?一緒にいるの…迷惑なの?」


 そんなわけない!


 ピタリ、と歩みを止め、俺は背後に語り掛ける。


「違う…これは、俺の我儘なんだ。俺はスノウを…閉じ込めておきたいんだ!!」


 つい叫ぶような口調になってしまった。

 必死で告げたため、最後の方は俺の願望やら欲望やらを詰め込んだ内容になってしまったことに、今更ながら羞恥心を隠せない。


「あ、いや…。これは、その…」


 段々真っ赤になっていくのが自分でも分かる。どさくさに紛れて、俺はなんて恥ずかしいことを言ったのだろうか?


「…」


 しかも、背後からの返答はない。

 それもそのはずだ。出会って間もない人物に、いきなりこんなこと言われても困るだけである。


「あー、いや。スノウ…」


 何とか言い訳をしようと振り返った時。


 俺は、自分が見た光景に目を見張った。


「スノウ…?」


 そこにいるはずの人物の姿が…ない。


「スノウ!!」


 ザクザクと雪を踏みしめ、必死で辺りを見回す。

 だが、あるのは一面に広がる白ばかりで、肝心の彼女の姿はどこにもない。


「くそっ!スノウっ!!」


 絡みつくように足に纏わりついて来る雪がもどかしい。

 いつもより多く積もった雪が、俺の行く手を阻んでいた。


 俺は自分がしてしまったことに後悔した。

 どうして彼女をもっと気にかけてやらなかった?

 どうして彼女の隣を歩かなかった?

 どうしてつまらない意地を張っていたのか?


 苛立ちが思考を鈍くし、焦りが判断力を削いでいく。


 スノウ、スノウ、スノウ…!!


「スノウっっ!!」


 もう一度、木と白しかない世界に叫ぶ。



 すると、視線の先にあるこんもりとした雪山から、ぼすっと手が出て来た。


 そして、その手が「自分はここだ」というようにひらひらと動く。


 俺は急いでその場所まで向かい、肘まで見えているそれを掴むと一気に上へ引っ張った。バサバサっと音を立てて雪が落ち、真っ白い中から漆黒が覗く。


「はあっ、たすかったー…」


 寒さから顔を真っ赤にしたスノウが、心底安堵したようにそう呟いた。

 雪でしっとりと髪が濡れているものの、それ以外に目立った外傷はない。無事のようだ。


「はー。いきなり雪が真上から落ちてくるんだもん。びっくりし、た−−−−!?」


 彼女が言い切る前に、思い切りその華奢な身体を抱きしめた。


 俺の腕の中にすっぽりと入るスノウ。

 突然の行動に驚いているのか、彼女が俺の耳元で慌てふためく気配がする。


 だが、放すなんて出来なかった。


 服越しから、ドクドクと彼女の鼓動が伝わる。

 生きている音。ここにいる音。


 彼女が確かに俺の傍にいる音が聞こえる。


 そこでようやく、俺は実感した。−−−スノウが無事だったことを、ようやく認識した。


「よ、かった…。スノウ」


 こぼれ落ちた言葉は、情けないほど震えていて。

 だけど、心の底から出た紛れもない本心で。


 いつまでも放そうとしない俺に、スノウは何も言わず、ただ俺の背中に腕を回した。子供をあやすように、俺の背中を撫でている。


「うん。私も…ギルに見つけてもらえてよかった」


 耳元で囁かれた言葉は甘く。

 それでいて、すっと俺の耳に入り込んできた。−−−優しい音だった。



 しばらくの間、俺たちはそのまま抱きしめあっていた。





 帰り道。

 

 あの後一頭のシカを発見し、俺は獲物を捕まえた。スノウは、どうも生き物を殺める瞬間が苦手らしい。まあ、女だからそれも分かるが、青ざめたまま座り込んでしまった時は心底困った。


 俺もそう頻繁に猟に出る訳でもないし、毎度毎度獲物が捕れる訳でもない。全ては運任せだ。

 

 それに、命を軽く考えてもいないので、生態系を崩さない以外にもやはり、限度をもって猟をするように心がけている。


 

 ようやくスノウの様態も良くなり、俺たちは並んで帰路を歩く。


 獲物を持っていない方の手に、スノウの細い手が重なった。

 俺は驚いて「生き物を殺めた手が怖くないのか?」と聴いたら、「ギルは優しいよ。それに、それは仕方がないじゃない。他の命を頂いて、私たちは生きていられるんだし」と笑っていた。


 

 今日は澄んだ青が一面に広がっている。


 山は白く輝き、吐息までもその色を白く変化させる。


 キラキラと眩しい程に輝く白に、隣の彼女はその頬を上気させた。


「すごいきれい!ねえ、ギル。家が、あんなにも小さいね!!」

「ああ。そうだな」

「あ!見て見て!!小鳥っ!こんなに近くに飛ぶんだね!」


 どうやらスノウにとって、この景色は新鮮らしい。

 見るもの全てに驚き、感じたことを楽しそうに話す。


 雪でここまで興奮していることから、彼女は雪国出身ではないのだろうか。


 そう考えていた時、突然顔面に白い弾丸が飛んできた。


 ボスっ!


「うわあぁっ!つめたっっ!!」


 ブルブルと顔を横に振り残った雪を払うと、少し先にいたスノウがクスクスと笑っていた。


「ふふっ。ギル、犬みたい!!」

「くそっ、やったな!!」


 だが、仕返しをしようにも、俺の片手は先ほど仕留めた獲物で埋まっている。


 歯がゆく思っていると、スノウが満面の笑みを浮かべながら抱き着いてきた。


「!!」

「へへっ。ギル、やっと笑ってくれた」


 それはそれは嬉しそうに、俺の胸に頬を寄せる。


 瞬間、俺の心臓がドクンと跳ねあがった。


 奪いたい。

 彼女の唇を…奪ってしまいたい。


 そんな狂気にも似た感情が沸き起こる。


 華奢な身体を抱きしめて、薄く色づく頬に手を添えて。

 赤い唇に、己のそれを重ね合わせたい。−−−息つく間もなく、貪ってしまいたい。



 だけど、それは…。

 それだけは、してはいけない。


 唯一残る微かな理性が、俺の暴走しそうになる心を押しとどめた。


 ゆっくり深呼吸をし、スノウにばれないようにそっと空いている方の手を握りしめた。爪が食い込み、若干の痛みを伴ったところで、ようやく荒れた波が静まった。


「スノウ。陽が高くなってきた。そろそろ帰ろう?」


 また、先ほどのように落ちてきたら大変だ。


 努めて冷静さを装ってそう囁くと、照れたように顔を放した彼女が「うん…」と小さく頷いた。



 行きと違って重たい空気ではないものの、何故かお互い顔を見合わせることが出来なくて。


 しっかりと握った手はそのままに、俺たちは無言で山道を下った。

 


じれじれ展開、まだまだ続きます。

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