彼との思い出
短いです。
私は、雪の中で目覚めた。
薄暗い洞窟の中で最初に見つけたもの。それは、暗い中でも目を見張るぐらい美しく煌めく金色。逞しい身体の男の人。
この世で誰よりも優しい、男の人だった。
ギルと出会ったのは、運命だった。言い伝えでは、一度目の『眠り』から目覚めさせた人が、自分の運命の人だと言われていた。正直、私はそれをあまり信じていなかった。
だって、それは自分の心とは関係なく働くものだと思っていたから。私の心を無視して、言い伝え通りによく知りもしない人に心を奪われるなんて、おかしい。最初は、そう思っていた。
だけどね、あの瞬間。
ギルと、初めて出会った瞬間にね。
ああ、言い伝えは本当だ…、と。心のどこかでは思ったの。
射抜くような、鋭い視線。
透き通るような、青色の瞳。
労わるような、優しい眼差し。
あなたの目を見た瞬間。−−−私は、確かに恋に落ちた。
ギルと出会って、私は私の世界が変わっていくのを感じた。ギルは目覚めてから知識が乏しい私に、一から教えてくれた。丁寧に根気よく。それはもう、本当に親切に。
「スノウ。これはトウモロコシの種。こっちが、ジャガイモの種。まだ雪が残っているから無理だけど、畑に植えるんだ」
特に熱心だったのが、畑についてだった。ギルは小さい頃にご両親を失ってしまったと言っていて、それ以来何でも自分でしていた。だから、畑についても詳しくて、彼はいつも力を込めて説明してくれた。
「特に、このトウモロコシはうまいぞ。収穫の時になると大きく実って、実がぎっしり詰まっているんだ。生で食べてもいいんだぞ!」
「へえ…。私、生で食べてみたいかも…」
「なら、スノウにも食わせてやるよ!」
そう言って私の方へと向けた笑顔は、とても眩しくて。私もつられて、笑顔になる。
同時に、顔に熱が昇るのを感じながら。ドキドキと高鳴る鼓動を、必死で押し殺しながら。
ギルはその後、私の様子に気が付かずに、また野菜の説明に入ってしまった。心があたたかくなる笑顔が見られないことを、少し残念に思いながら、私は彼の手のひらに乗った小さな種へと視線を向ける。
だけど、本当は相槌をうつふりをしながら。−−−こっそり、隣の彼の様子を覗き見て。
真っ直ぐに小さな種へと向けられた視線。種類の違うそれらを一つ一つ指さしながら、ギルはそれがゆくゆくはどのように成長するのかを語る。
「野菜って、こんな小さな種から大きく育つんだ。甘かったり、苦かったり。大きかったり、小さかったり。形も味も色もバラバラなのに、最初はみんなこんなに小さな種なんだ。そう思うと、なんだか無限の可能性を秘めていて、おもしろいよな」
最後にそう言って、無邪気に笑う。歳は19だと言っていたのに、その横顔は幼い少年のようだった。なのに、夢を語る瞳は真剣そのもので。
私は、その横顔を食い入るように見つめた。きっと、私と同い年くらいの筈なのに、彼はあまりにも逞しくて大きくて。身体だけじゃなくて、心が。−−−ギルの心そのものが、その言葉には現れていた。
私はただ一言、「そうだね」と返すと、ソファで隣に座るギルへと身体を凭れさせた。こつんと肩に頭を乗せて、うっすらと染まる頬を隠すように身を寄せる。少しだけなら。−−−気付かれない程度になら、甘えてもいいのかな?
肩を乗せた途端に、ピクッとギルの身体が反応する。怒ったのかなとドキドキしながら身を固まらせていると、彼はそのまま何も言わずに話を進めだした。
嫌がるような態度を取られなかったことと、振り払われなかったことに安堵して、私はギルの話を聴いた。目の前で暖炉の炎がパチパチと燃え、淡く優しい光を放っている。その橙色が、優しく私たちを照らしてくれた。
「早く…、植えたいね?」
「ああ。二人で、な」
二人で。
そう自然に返したギルの言葉に、私はどうしようもなく鼓動が跳ねた。嬉しさで心が満たされて、じわりと視界が滲む。だって、その言葉には二人の未来が現れていたから。
記憶を無くした、厄介者だと思われていても当然。迷惑をかけていることを、自分が痛いほど理解している。
だけど、そんな私をギルは快く受け入れてくれた。今も、こうして未来の話をしてくれる。
いつまでもいてもいいんだって…言われている気がして。
「うん。ギルと、一緒にね」
顔を上げて微笑んで、小さな種が乗った手のひらに自分のそれを重ねる。それにギルが驚いたような声を出したけど、敢えて何も言わずにぎゅっと指を絡ませた。二人で種を包み込むように、優しく握る。
「ス、スノウ…?」
心なしか、ギルの声は若干裏返っていた。それが可笑しくて笑いそうになったけど、ここは我慢しようと必死で息を詰める。−−−本当は、私の鼓動に気付かれたくなかったから…っていうのもあるけれど。
ドキドキと、高鳴る鼓動。気付かれたくないって気持ちと、気づいてほしい気持ち。
切なくて、苦しくて。でも、幸せで。ギルと一緒にいると、ドキドキが増えていく。それが、私にとって何にも代えがたい愛しいものだった。
この時から、ギルへの想いが恋だけじゃなくなった。それは紛れもない尊敬の想い。しっかりと自分の信念と夢を持っている彼に、私は惹かれていった。
この人と、一緒になりたい。この人の、役にたちたい。この人を、支えたい。
ギルと…、ずっと傍にいたい。
だけど、その願いがどれほど身勝手で我儘であるのか。他ならぬ私自身がよく解っていた。