母は苦労人、父はヤンデレ
私の母はとても良くできた人だ。
実の両親に反対されながらも19歳で子を産み、15年間育て上げたにも関わらずまだ二十代の若々しさを持つ。容姿は取り立て良いとは言わないが整っていて上の下ぐらいだろう。それよりも体から滲み出る溌剌さや子供っぽい笑顔。賑やかな性格が母の魅力だ。
そんな母にどうしても聞きたいことがある。
なぜ父を選んだのか、正直いって父は母のことを溺愛しているが母はそうでもない。
……夫婦揃って娘である私への溺愛っぷりは凄いものだが。
目の前にはテーブルを挟んで椅子に座る母がいる。
絶好のチャンスだ。
そんなわけで私はまどろっこしいことが苦手なので母に単刀直入に聞いてみることにした。
「で、どうなの?馴れ初め」
「お母さん恥ずかしいかなー。言わなきゃダメ?」
「駄目だよ」
「パパが拗ねるんじゃない?」
「大丈夫!おやっさんから直々に聞いてこいって言われたから」
「ちょっと水樹さーん後でお話しましょうねー」
母し死んだ魚のような目は父の書斎に目を向けた、後でお説教ねと呟いたのは聞かなかったことにする。いやまあ、あの人なら構ってくれるならなんだっていいんだろうけど。
さあどうぞと催促すると困ったように笑いなあがら洗濯物を畳んでいた手を休めた。
「ちょっと昔話も入るけど、聞いてちょうだいね」
◇◆◇◆
話はパパと遭う前になるのかしらね。あうの字がちがく無いかって?間違ってないわ、パパとの出逢いは逢うより遭うのほうが正しいの。
まだ高校生だったママには5つ上の義姉が居たの。仲も良くて、実家との折り合いが悪くなったときよく泊まらせて貰っていたわ。彼氏さんが丁度いなかったのもあるけど、殆どその義姉さんの家で過ごしていてね。
話が変わるけどママ、変態さんによく遭う家系なの。お婆ちゃんから受け継いでいるのだけど。全く嬉しく無いわ。例えかっこよくても気持ち悪いだけだしね。
その頃はもう自営もバッチリで被害も最少だったからかしら。
……油断してしまったの。
義姉さんに彼氏ができてねよくしてくれたわ。けど実家に居場所がないから転がり住むようにしていたからかち合わないように苦労したわ……。
それよりも問題はその彼氏のお友達ね。二人っきりになると近付いてきて体を触ってきたりしたの。あれは気持ち悪かったわねー。逃げようとしても逃げられなかったし。男は狼なの、油断しちゃダメよ!
しかもだんだんと無視できないところまで来ててね。下着は盗まれるはストーカーされるはで警察沙汰になったのよ。当時はまだストーカーなんて言葉なかったから気の迷いだって言われたし自意識過剰だと罵倒されたわ。まあそのお巡りさん近所の人の目が厳しくなって辞めちゃったけどね。
ほんとは告げ口しても良かったの。
けど義姉さんがとっても幸せそうでね。
邪魔しちゃいけなかったし、する気もなかった。
憂さ晴らしに友達の彼氏の家に友達と遊びに行ってね。ほら鈴木さん知ってるでしょ?あの二人がそうよ。まあそこで愚痴ったりお菓子食べたりして騒いでたの。
男二人女二人でママ以外恋人もちだったから間違いも起こらなかったしね!
それから少しして、男の人が入ってきてね。目付きが鋭くて、まるで不良だったわ。そんなひとがいきなり「てめぇ何女連れてきてんだよ!」ってね。ズカズカと入ってきたから怖くて。ママたちに気付くとしまった、って顔して頬を掻いてたのがまだ覚えてるわ。
案外話し掛けたら面白くて、楽しい人だってわかったの。ちょっと話してお別れだったけどとっても楽しかったわ。
「それが父さんと母さんのファーストコンタクト?」
「ええ、まあそうね」
実は母の一目惚れから始まってたのかな?と心中想いながらもまた母たちの馴れ初めに耳を傾ける。
まあ男の人。パパが部屋を出たあとに心配されてね。
その頃のパパ、女の子を取っ替え引っ替えしてて女好きの称号をもらっててねー。毒牙にやられないか心配だったそうよ。ママはこんな小娘興味ないでしょうといって気にしなかったのよね。
連絡先を交換してたからある日電話が来てね、デートしないか?って。休みの日に家にこもってると嫌なことしか起こらないからすぐに二つ返事でOKしたわ。まあデートってところは否定したけど。
そこから隠れた喫茶店に行ってね。当たり障りのないことから段々と家の愚痴を。特に変態についてそれはもう愚痴ったの。
吐き出してスッキリしたママにパパ何ていったと思う?「俺たち付き合わないか」だって。
すっごく真剣な顔で言うもんだからからかってるのかと思えなくて。
ビックリしちゃったわ。だってイケメンが冴えない小娘に告白よ?しかも対して話してないのにね。
すぐに警戒するママをよそにパパは「その男が諦めるまで俺と付き合おう。軽い気持ちで考えてくれ」といった
それからはもう今の通りよ。過去の知られたくないものとかは清算して付き合って、家を早く出たかったママは段々と通い妻から同居に変わったの。高校卒業後入籍して、それからしばらくして貴女を産んだわ。
「これで十分かしら」
にっこりと笑う母に冷や汗をかきつつ“それだけ”じゃ無いでしょうと内心突っ込む。父の不穏な気配を感じ「十分十分!私部屋に戻るねー」と駆け出した。背後から母の小さな悲鳴が聞こえたのは気にしない!
◆◇◆◇
突然抱きついてきた水樹をデコピンしながら夫婦の寝室のベッドに座る。
目の前に座る男は40を過ぎているはずなのにまだ若々しく艶のある髪をしている。鋭い双眼は獣のような強い意思を感じる。美しい彼は私と、おまけに娘を溺愛している。堪えきれず再度抱きついてくる水樹を抱き返しあやすように背を撫でた。
あのときの告白はそれだけではなかった。まるで呪詛のような台詞を水樹は恋文でも朗読しているかのように恍惚とした表情で私の両手を握った。人から見れば何てすばらしい愛の告白なんだと思われそうな雰囲気。しかし彼は私を逃さぬよう痣になるまで故意的に強く強く握っていた。
逃げられない。
そう感じた。
「晴海……」
「なあに」
「俺を棄てないでくれ。君が俺の全てなんだ。愛してる、愛してるんだ。あの勘違い男はブタ箱送りよりももっと辛い思いをさせてやったしあの屑警官はノイローゼ迄追い込んでやった。今度はどうしようか君を罵倒する両親?それとも最近彷徨いてきたあの傲慢な義姉がいいか?何でもする何でもするからどうか。嫌わないでくれ。」
年々壊れていく水樹を抱き締めながらこの狂犬の手綱を操らねばならない自分にため息をはいた。娘は気付いていないだろうけど流石は私の血を引く子。水樹にはあまりになかったせいか変態ホイホイはいまだ健在だ。
愛娘の将来を予想しながら不満げな旦那に愛の言葉を繰り返しいい続けるのだ。
ヤンデレの下りは違うけど大体の馴れ初めが両親の馴れ初めでモデルにしてみたった。後悔はしてる。