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「運命を弄ぶ悪魔に相応の報いを」

「これは……!」


 飛翔した武士が監視塔の前に降り立った時。そこで見たものは、頭を柘榴のように砕かれ、四肢をあらぬ方向に折り曲げて倒れ伏し、絶命している女性の姿だった。


「新崎、結女さん……」


 変わり果てたその姿から、かろうじて風貌を読み取り女性の正体を認識する。

 武士にとっては、直接相対したことは一度だけ。

 かつて芹香がクラスメートの灰島義和に攫われ、救出に向かった新宿の廃ビルで、北狼部隊とともに現れた女性だ。

 その後の継と柏原の調査で、新崎結女は鬼島首相の私設秘書・九龍直也の情報ネットワークメンバー・刃朗衆の諜報部隊員の三つの顔を持つトリプルスパイであったことが判明する。


「葵ちゃんたちに九龍先輩、皆をずっと掻き回していた……あなたが悪魔メフィストでしたか」


「その通りだ」


 監視塔の入口から、仕立てのいいダークスーツに身を包んだ壮年の男性が現れた。

 落ち着いた口調でありながら、圧倒的なまでの存在感とプレッシャー。

 その男の正体を、武士はたとえ新聞やテレビで彼の顔を知っていなくとも、察することができただろう。


「……鬼島首相」

「田中武士君だね、初めまして。不肖の息子が迷惑を掛け続けて、申し訳ない」

「あなたが新崎さんを……」

「ドイツの魔術師どもが作り上げた、退魔の銀弾で始末した。さしもの魔女であっても、確実に死んだはずだ」

「どうして、ここにいるんですか」

「もちろん、この女を始末する為だ。私の秘書としての地位を得て、影でこそこそと動いていたこの女が黒幕だと、分かってはいたのだがね。確証と、人外の存在を倒す決め手がなかった。私自身、恥ずかしながらこの魔女に操られていたことがあってね。回りくどい方法だったが、この女と直接関わらずに正体をあぶり出すため、君たちには苦労をかけてしまった」

「すべて、悪魔メフィストを倒すためだったと言うんですか」

「それだ」


 パチン、と鬼島は指を鳴らす。


「メフィスト・フェレス。ドイツの錬金術師ゲオルグ・ファウストが己の魂と引き換えに召還したと伝説にある、悪魔の名だ。それがこの魔女……巫婆フーポウの正体か」

「あなたは、あなた達はどこまで知っているんですか」

「聞いているのはこちらだ」


 蒼いオーラに身を包む武士に動じることもなく、鬼島はプレッシャーとともに鋭い視線で武士を睨み、低いトーンで問い詰める。


「君もこの魔女と同類ではないのか? こいつは君のことを精霊と呼んでいたが」

「……誤魔化しはきかないみたいですね、首相。確かにわたし(﹅﹅﹅)とメフィストは同じ世界の存在です。けど、()は違う。れっきとしたこの世の人間です」

「人間である君の中に、別の存在がいるのか。何者だ」

「アーリエル」

「ゲーテの戯曲、『ファウスト』に登場する風の精霊の名だな」

「そして、()の母親です」


 夜風が吹き、蒼く輝く武士の髪を揺らした。


「……なるほど。御堂征次郎も面倒なことをしてくれたものだ」

「感謝していますよ。彼が予言を教えてくれなければ、わたし(﹅﹅﹅)は自分の息子を守ることができなかった」


 武士は目を細め、過去を振り返るように語る。

 その表情は、穏やかな女性のようにも見える柔らかなものだ。

 そこまで武士が話したところで。


「どういうことだ? 田中」


 堤体から飛翔した武士を追ってきた直也が、言葉を交わしていた二人の前に姿を現した。


「九龍先輩」

「お前は人間じゃないのか? 母親が精霊? どういう意味だ」


 夜の闇の中、淡い蒼光を纏っている武士に向かって歩みを進めながら、直也が厳しい表情で詰問する。


「落ち着きなさい、直也」


 落ち着いたトーンの大人の声が、その歩みを止めさせた。


「……鬼島」

「それが久しぶりに会う父親の呼び方か?」

「黙れ。貴様がどうしてここに……!!……待て」


 そこで初めて、直也は武士と鬼島の間で倒れている人影に気がついた。

 直也の顔から表情が消える。


「そこに、倒れているのは、誰だ」


 途切れ途切れに、口を開く直也。

 武士の蒼光に淡く照らし出されている、ピクリとも動かない人影。そして大きく地面に広がる大量の黒い血の染み。

 一目見て、明らかに生きている気配はない。


「何をしている? 田中。人が、倒れているじゃないか。回復を、しないのか」

「……九龍先輩?」


 無表情でポツポツと話す直也に、武士は異様な気配を覚える。


「お前らしくないじゃ、ないか。田中、早く、回復を」

「……命蒼刃の力でも、既に失われた命を取り戻すことはできません」

「何を、そんな、冷静に……お前は、全部を助けたい、優しい男じゃなかったのか?」


 ゆっくりと、倒れている人影に歩を進める直也。

 その声と足は、微かに震えている。


「先輩、この人は……」


 直也の歩みが止まる。

 倒れているのが誰なのか、充分に認識できる距離。


「……どっちだ」

「えっ?」


 唐突な直也の問いに、武士は一瞬何を問われているのかが分からない。


「田中か? 鬼島か? どちらがこのひとを殺したんだ」

「私だ」


 息子の問いに、鬼島が極めて簡潔に答える。


「……」

「待ってください先輩! この女は、新崎結女は先輩の仲間じゃない。異世界の悪魔だ! これまで自分の愉悦の為だけに人間同士を争わせてきた、魔女なんです!」

「……」


 俯く直也の表情は読めない。

 だがその不穏な気配に、武士は必死に訴える。

 直也個人の仲間だった新崎結女。

その遺体を前に彼が冷静でいられるはずもないが、これはすべて魔女によって作り出された状況だったのだ。

なんとか落ち着かせ、真実を直也に伝えなくてはならない。


「人の運命を弄ぶ悪魔に相応の報いをくれてやっただけだ」


 しかし、狼狽える武士とは逆に、鬼島が落ち着いた口調であっさりと言い放った。


「――ッ!!」


 直也の足元で爆発が起こる。

 葵と同じ動体視力を得ている武士をもってしても、瞬間移動としか思えないスピードでの加速。

 そして彼が手にしていた日本刀・備前長船は、神速の抜刀術をもって鬼島に襲いかかった。


 ギィン!!


 鈍い音が響く。

 文字通り目にも止まらない一閃は、鬼島の手にしていたハンドガンのグリップで受け止められていた。


「……屋敷から私のコレクションを持ち出したのはお前か、直也。天下の銘刀をよくもここまで血で汚してくれた。お蔭でとんだナマクラではないか」

「殺してやるっ!!」


 柄尻で顔面を打とうと振り抜くが、鬼島は僅かに仰け反るだけで紙一重で躱す。

 僅かに開いた間合いで直也は刀を構え直し、目線の高さで鋭い突きを繰り出した。

 鬼島はそれも、ごく僅かに体を傾けるだけで避ける。

 続けて横薙ぎに変化する剣閃。

 しかし跳ね上げた銃身で大きく捌かれた。


「よくもっ……! よくも結女さんを!!」

「落ち着いた方がいい。そんな感情に任せた剣を教えた覚えはないぞ」

「貴様に教わったことなど何一つない!!」


 一撃一撃が必殺の間合いで繰り出される、閃光の如き直也の斬撃。

 それを、鬼島大紀はまるで赤子を相手にするかのような容易さで回避し、捌き、立ち回っていた。


「九龍先輩、落ち着いて下さい!」

「結女さんは! 貴様が捨てた俺を、姉のように育ててくれた! 事あるごとに助けてくれた! 恩人なんだ! それを、貴様は!!」


 斬撃に加え、体術も織り交ぜて怒濤の攻撃を放つ直也だったが、それでも鬼島の体には触れることもできない。


「女々しい奴だな。そこまであの女に籠絡されていたか。なるほど、お前ごときの幼い精神では、奴の支配に抗う事などできる筈もなかったか」

「黙れ!!」

「まったく、私たち親子は度し難いな」

「一緒にするな! お前など親であるものか!!」


 ギィン!!


 再び、直也の剣が鬼島の銃に受け止められ、動きを止める。


「やめて下さい九龍先輩! 話を聞いて下さい!!」

「やめる……?」


 壮絶な攻防に一瞬見入ってしまっていた武士が、慌てて声を上げる。

 しかし、その言葉は直也の怒りの炎に油を注いだ。


「……田中。この男を殺すのをやめろと言うのか。お前が? 命蒼刃の使い手が? ……予言の英雄が?」

「先輩?」


 ギリギリと刀を押し込もうとしていた直也に、それを表情一つ変えず受けていた鬼島が笑う。


「直也、その少年が英雄となって正解だったな。お前のような未熟者が命蒼刃を手にしていたら、この国には魔女に弄ばれる陰惨な未来しかなかっただろう」


 ギリ……と歯を食いしばる直也。

 刀を横に捌き、膠着していた鬼島から飛び下って距離をとった。


「……貴様を殺すのは後だ、鬼島大紀」

「あまり暇ではない。これでもこの国の首相だ」

「そこまで待たせないさ」


 父親に背を向けて、直也はくるりと武士の方を向く。


「先輩」

「田中。お前だな? お前が結女さんを魔女と決めつけ、この男に殺させた。そうだな?」

「誤解です先輩、僕は……」

「お前は何もかも、俺から奪っていく。命蒼刃も。芹香も。英雄として戦うことも。そして、今度は結女さんまでも」

「……話は聞いてもらえないみたいですね」


 鬼気迫る直也を前に、武士は言葉で応えようとする無意味さを悟る。


 武士は両腕を胸の前に持ち上げ、ザッと片足を引いて、半身の構えを取った。

 対して直也は刀を振りかざし、上段の構えを取る。


「やはり俺は、お前を倒さなければ前に進めないみたいだ」

「その道が間違っているんです、九龍先輩」


 二人の死闘の幕が、再び上がろうとしていた。



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