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「悪魔」

 神道使いの少年・神楽は混乱していた。


 自分の力を認め、尊重し、重要な任務を任せてくれた鬼島司令。

 この国の首相となった彼の役に立つ為に、少年は全力を尽くしてきた。

 鬼島の命を奪うと予言された九色刃・命蒼刃と、その契約者。忌まわしいその予言を覆す為に、また、九つの力を統べるとされる命蒼刃を真に相応しい鬼島首相に渡す為に、彼は戦ってきたのだ。


 一度は管理者とともに命蒼刃を手に入れ、あと一歩で契約解除できるところまで辿り着いた。

 だが、偶然命蒼刃と契約してしまっただけの愚かな一般人である田中武士、そして鬼島の実の息子でありながらその気高い思想を理解せず、敵対してきた九龍直也、彼らとその一党の邪魔が入り、神楽の計画は水泡に帰してしまった。


 しかし、少年はもう一度チャンスを得る。

 何故か九龍の元で動いていた神楽。

 その理由は今でも分からないが、神楽としては常に鬼島の為に働いてきたつもりだった。

 深井から鬼島のメッセージを渡され、神楽は自分が為すべきことを思い出す。


 捕縛した朱焔杖の管理者を餌に、現時点で存在を把握している九色刃、命蒼刃・碧双刃・朱焔杖とそれぞれの契約者たちを呼び寄せる。

 そして零小隊と神威結界、それに傭兵が持つ魂の力を打ち消す腕の力で罠に掛け、すべてを手に入れるのだ。

 合わせて目障りな刃朗衆に御堂組、それに九龍直也を倒すことができれば、鬼島首相はこれから何も恐れることなく、その理想実現に向けて邁進することができる。

 偉大な彼の、役に立つことができる。


 餌となる朱焔杖の管理者は奇しくも自分の血を分けた兄弟だったが、そんなことは意に介す必要もない。

 重要なのは、神楽を認めてくれた偉大なる指導者、鬼島大紀の役に立つことなのだ。


 そのはずが。


(ボクは今、何の為に戦っている……?)


 思考が靄がかかっているように、ハッキリしない。

 司令の為に動いていたはずが、いつの間にか九龍直也の為に動いていた時のように。


「ガ……ア……」


 目の前で、深井隆人が漆黒の腕を砕かれ、地に倒れ伏した。

 命蒼刃の管理者、『偽りの英雄』が打ち倒したのだ。

 九龍直也に刃朗衆、御堂組の一党は、信じられないものを見ているかのうように立ち尽くしている。


(……!……ボクは何をしていた!? チャンスだ、今の内に零小隊で!)


 神道の秘術で精神を繋いでいる、零小隊の兵士たちに攻撃を指示しようとしたその瞬間。


「ぐっ……!!」


 いつの間にか距離を詰めていた紅華が、朱焔杖を神楽の鳩尾に強烈に叩きつけた。


「く……そ……」


 神楽は意識を失い、紅華の腕にぐったりと倒れ込んだ。



 ズシャ、と糸が切れた人形のように、神楽を取り囲んでいた零小隊の兵士たちも、その場に崩れ落ちる。


「哀れな子だ。こんな幼い子どもたちを洗脳して、貴様ら日本人は、やはり最低の人間だ」


 神楽の体を抱えたまま、紅華が呟く。


「……このガキを操っていたのは鬼島だ。一緒にするんじゃねえ」


 呟きを聞いたハジメが文句を言うが、紅華は黙って首を竦めるだけだった。

 CACCも同じ事をしているけれど、と口にすることはない。


「とにかく……これで終わりか」


 ハジメが深い息を吐いて、周囲を見回した。

 今、ダムの堤体の上に立っているのは、武士に葵、翠、紅華に灯太、直也、そしてハジメの7人。

 敵対する存在は、もう立ってはいない。


「違うよハジメ。まだ何も終わってない」


 静かに、しかし確信をもった否定の言葉が発せられる。


「武士……? お前、また目が青く……」


 半人半魔となった深井に対し、武士は葵と自分だけの力で戦うと宣言し、その身を包んでいた圧倒的なオーラを消して戦った。

 戦闘が終わった今も、蒼いオーラこそ発せられていないが、瞳の色はまた青に戻り、髪も淡い蒼光を発していた。


「どういう意味だ田中。それに、その姿はいったい何だ?」


 抜き身の刀をぶら下げたまま、直也が武士に歩み寄り問いかける。

 他の面々も、武士の周囲に集まってきた。


 気絶した神楽を抱えた紅華だけが、やや離れたところに立っている。


「ハジメ、九龍先輩、みんな。この状況を作ったのは鬼島首相だけじゃない」

「どういうことだ?」


 諸悪の根源は鬼島大紀、と思い込み疑うことをしてこなかったハジメが、武士の唐突な言葉に問い返す。


「ハジメ。継さんに病院で出された宿題を思い出して」

「しゅ、宿題? ええっとな……」

「この状況を狙ったのは鬼島の他に誰か。それに、麒麟の本隊がこの一件に手を出してこない理由、ねん」


 咄嗟に出てこないハジメに代わり、翠が答える。


「そう。それは深井さんや、あの神楽君を操っていた相手だよ」

巫婆フーポウ……だね」


 武士の言葉に、灯太がハッキリとした口調で答えた。

 疲労の色を見せながらも、強い意志を見せながら語る灯太に、武士は頷く。


「フーポウ? それ、さっきも深井に言ってたよな。なんだよそりゃ?」


 二人の間で頭が?マークだらけになっているハジメが、灯太に聞き返した。


「CACCで、古くは華那国の時代から為政者の影で暗躍してきた老婆のことだ。現連合評議会の背後にも、コイツの存在がちらついている。今も日本とCACCの関係が戦争直前まで悪化しているのは、巫婆フーポウの策略だとボクは思っている。それに……おそらく呉近強も同意見だ」

「呉近強って、麒麟のトップだろ」

「……なるほどねん。それが、継君が『灯太奪還作戦に麒麟は介入しない』って読んだ理由ってことねん」


 翠が顎に指をトントンと当てて呟く。


「は? どういう事だよ」

「バカハジメ。あんたが出された宿題でしょ?」

「わかんねーよ」

「ったく……。いーい? さっきの深井隆人みたいに、他人を操ることができる奴がいて、そいつがCACCの内部で暗躍してた。その存在を、麒麟のトップが知ってたってことは?」

「……どういうことだよ」

「邪魔でしょう? そんな奴。確か呉近強自身、連合評議会のメンバーよね?」

「そう。そして呉は、自分が評議会トップに上り詰めることを狙っている」


 灯太の答えに翠はウンウンと首を縦に振って、わざとらしくハジメを見た。


「そりゃあ、そんな男にとって、九色刃の確保なんかより、自分の国を影から操ってる訳の分からない存在を確認する方が先決よねん?」

「……てことは、麒麟の本当の狙いは命蒼刃じゃなくて」


 ようやく翠が言いたいことが分かってきたハジメは、ゴクンと唾を飲む。

 翠は真顔になって頷いた。



巫婆フーポウとやらを誘き出すこと。その存在を確認して、始末することでしょーね」

「待て……待ってくれ」


 翠の結論に待ったをかけたのは、直也。


巫婆フーポウという老婆の存在が仮に事実だったとしても、そいつが何故、日本でこんな事態を引き起こす必要があるんだ?」

「……九龍、本気で言ってるのん?」


 直也の顔をマジマジと覗き込んで、眉をひそめ疑いの表情を翠は浮かべる。


「どういう意味だ」

「アンタが一番最初に気づきそうなもんだけどね……。目的なんて、『命蒼刃』に決まってるでしょ」

「どうしてだ」

「はあ? あんた、まさかのハジメと同レベル?」

「んだとコラ」


 珍しく要領を得ない直也の反応に翠は驚き、とばっちりを受けたハジメが突っ込む。


「だって巫婆フーポウはCACCと日本に戦争させようとしてんでしょ? その『戦争の災禍』を防ぐって予言されてるのは、何?」

「……命蒼刃だ」

「でしょう? 九色刃の力を無効化する妙な腕をアイツに仕込んだりして、巫婆フーポウは確実に九色刃の事をよく知っている。白霊刃の予言も知ってるんでしょう。だったら、巫婆フーポウが命蒼刃を狙うってのは分かり切った話っしょ?」

「おお。なるほど」

「やっぱりハジメは今理解したのね……。で、麒麟の呉近強もそう予測したんでしょ。だから紅華一人を日本に寄越して、あたし等を引っ掻き回して、命蒼刃を狙う巫婆フーポウを誘き出そうとした」

「いや……翠さん、それは憶測に過ぎない」


 否定的な発言で翠の発言を止める直也。


「紅華が日本に来て刃朗衆と事を構えれば、命蒼刃を奪うチャンスができて巫婆フーポウが動くと、呉近強が読んだ? 華那国で長く暗躍してきたという人外の存在の思考を、たかが人間の呉が読んだというのか? バカげた話だ」

「……九龍?」


 あまりにも違和感のある直也の発言に、翠たちは不審な目を向ける。

 それでも直也の口は止まらない。


「そもそも巫婆フーポウという老婆が実在している前提がおかしい。灯太君、確証はあるのか? 政界によくある黒幕を指した例え話だとか、そういう噂レベルの代物じゃないのか?」

「おいおい九龍、お前どうした? 何言ってんだよ」


 ハジメが呆れたように声を上げる。


「現実に深井隆人が操られて、半分化け物になったのをお前も見ただろうが。九色刃と同じオカルトめいた力を使う正体不明の敵がいるのは間違いねえんだ。そいつの正体と対策が一番の問題だろ? 武士がいなきゃ、俺たちは奴を相手に全滅してたんだからよ」

「いや。一番の問題は、その田中の方だ」

「ああ?」


 ハジメの言葉を即座に否定した直也は、問題提起した後は何も語らず、黙って会話を聞いているだけだった武士に向き直る。

 違和感のある直也の様子を、武士と葵だけは平静に見つめていた。


「田中。その力はなんだ」

「灯太君の言った通りです、先輩。ダムの底で復活できないでいる間に、葵ちゃんの魂が僕の体に深く刻み込まれて、葵ちゃんと同じように動けるようになったんです」

「げ、あのバトル中にこっちの話聞いてたのかよ、武士」

「うん。少し耳も良くなったみたい」


 驚愕するハジメに、武士は青い髪と瞳でにこやかに笑う。


「違う。そんな話をしているんじゃない。空を飛んでここまで戻ってきた、そのオーラの力だ」


 意図的に直也の問いの真意をズレた答えをした武士に、直也は苛立ったように言葉を重ねる。


「他の九色刃と明らかに違う、その力はなんだ。どうやってそんな力を手に入れた? そちらの方が、巫婆フーポウなどという実在するかどうかも分からない老婆より、よほど重要な問題だ」

「……やけに『老婆』を強調しますね、先輩」


 穏やかな表情を崩さない武士に、直也はたじろぐ。


「な…に…?」

「魔女」


 武士がポツリと口にした、たったひとつの単語。

 直也は物理的に圧力を受けたかのように一歩、後ずさった。


「……深井さんは、あの腕を貰った相手は九龍先輩もよく知る人だと言っていましたね」


 武士は静かに語る。

 その青い瞳は、すべてを見通しているかのような輝きを揺蕩えていた。


「田中、お前は、何を言いたい?」

「先輩が問い詰めたんですよ? 深井さんに。その腕を渡した『魔女』とは誰だって」

「……それは」

「先輩がよく知るその人物は、きっと『老婆』ではないんでしょう。先輩はだからこそ巫婆フーポウが、深井さんに腕を与えた魔女が、『老婆』だと思い込もうとしている。皆に印象付けようとしている」

「田中、それこそ憶測だ。俺は」


 なおも抵抗する直也に、武士は初めて厳しい視線を向ける。


「――諦めろ、悪魔メフィスト。もう誤魔化せない」


 その名を告げた瞬間。

 武士はバッと後ろを振り返った。

 同時に。


「――姉貴っ!?」


 灯太も振り返る。

 視線の先には、ぐったりとした神楽を片手に抱え、朱焔杖を構えている紅華。


 空間を熱線が斬り裂き、一直線に武士を襲う!


「――ッ!!」


 バォン!!


 武士の突き出した掌から蒼いオーラが噴出し、熱線が受け止められ、消失する。


「チッ……」

「紅華っ! テメエなにしやがる!!」


 舌打ちする紅華に向けて、ハジメが反射的に銃を構えるが、


「待ってハジメ!」


 武士が発砲を制止する。


「姉貴、何をっ……!?」

「お前に姉貴などと呼ばれる筋合いはない」


 困惑する灯太に、紅華は冷徹に言い放つ。


「私の魂の弟は、灯太一人だけだ」

「!? 姉貴、まさか……」


 神道使いの少年の体を愛おしげに抱き、灯太に向けて冷たい視線を向ける紅華。


「灯太君ゴメン。わたし(・・・)の、いや僕のミスだ」

「武士?」


 武士の言い直しにハジメはひっかかるが、今はそれどころではない。


巫婆フーポウが、今度は姉貴に……」


 灯太は、紅華の異常な様子に冷や汗を流しながら、最悪の状況を悟る。


「神楽君の体そのものが媒介にされて、紅華さんは支配されてる。彼女は今、灯太君と神楽君を逆に認識してるんだ」


 武士の青い瞳には、気絶している神楽の体から滲み出してしる漆黒のオーラが、紅華を包んでいる様子が映し出されていた。


「刃朗衆に御堂組。灯太を取り返せれば、もう貴様らに用はない。呉大人の為に、お前達にはここで消えて貰おう」


 紅華が朱焔杖を構え、ハジメ達は戦闘態勢を取る。

 その後ろで。


「……結女さんが……そんな、まさか……」


 直也が、頭を抑え蹲っていた。


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