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「変容」

 傭兵・深井隆人が魔女によって与えられた義手から撃ち出された、漆黒の杭。

 それに心臓を貫かれた武士は、胸に杭を突き刺したまま、ダムの奥底へと沈んでいった。


「――っ!」


 最初に動いたのは紅華だった。

 朱焔杖から放たれた熱線が、深井を襲う。


 ジュォン!


 しかし、容易く反応した深井の義手により、あっけなく熱線はかき消された。


「うわあああッ!!」


 その音をきっかけに、我に返った葵が武士を追ってダムの湖面に飛び込もうとする。


「おっと」


 だが、あまりに無防備に深井に背を向けてしまった為、飛び込むより早く葵は背後から深井に腕を掴まれ、そのまま関節を極められ地面に組み伏せられた。


「後追い自殺はいけねえよ、お嬢ちゃん」

「離せぇっ!! 武士、武士がっ!!」

「葵ちゃんっ!!」


 翠が木片と碧双刃を構え、またハジメの二丁のダブルイーグルの銃口を向ける。


「動くなよ小僧ども。俺に今度はこのお嬢ちゃんを撃たせようってのか?」

「ち……!」


 深井は葵を組み伏せながら、拳銃をその頭に押し付ける。

 ハジメの技量であれば、深井のみ撃ち抜くことは可能だったが、反動で葵に突きつけられた銃の引き金も引かれてしまう可能性があった。


「……翠姉っ! ハジメ!! 私はいいから武士を! 早く武士を引き上げてっ!!」


 完全に深井に拘束されながら、葵は必死の形相で叫ぶ。


「葵ちゃん?」

「おい葵、気持ちはわかるが落ち着け! 武士はお前さえ生きてれば、死なねえんだ! まずはお前が――」

「ダメなの!」


 ハジメの言葉を遮って、葵が悲鳴のように叫ぶ。


「命蒼刃の力が! 魂の力が! ちゃんと届いてない……何かに邪魔されて!」

「んだって!? あのガキの結界は武士が吹っ飛ばしたんじゃ……」


 ハジメが慌てて神楽を見る。

 だが神道使いの少年は、虚ろな目で中空を見つめたまま呆けているだけだ。

 その様子から、彼が神威結界を復活させたようにはとても思えない。


「深井隆人! 今の黒い杭はなんだ!?」


 声を荒げたのは、紅華の横に立つ灯太だった。


「灯太、下がって」


 前に出ようとする灯太を、紅華が体を入れ替えて遮ろうとする。

 しかし灯太は構わずに深井に叫ぶように問いかけた。


「命蒼刃の使い手に突き刺した、お前の腕に仕込まれていた杭はなんだ!?」

「何のことだ? 坊主」


 深井はニヤリと笑う。


「とぼけるな! お前のその義手、魔女から貰ったと言っていたな。九色刃の力を無効化して、命蒼刃の回復を阻害するその力。お前は今でも巫婆フーポウに操られているんだ!」

「だから知らねえって言ってんだろ。フーなんとかって奴は」


 苦笑いしながら、深井は答える。

 しかし灯太は確信していた。


「断言してやる、深井隆人。お前にその腕を渡した女、お前自身が魔女と呼んでいた女の正体は、CACC……いや、華那国の時代から巫婆フーポウと呼ばれている人外の者だ。人を誑かして、時に超常の力を与えて人を互いに相争わせる、魔性の存在だ!」


 真剣そのものの口調で、灯太は叫ぶ。

 そのあまりに唐突で荒唐無稽な発言に、武士がダムに落ちるという事態で緊迫感を増しているハジメたちは、灯太が何を言っているのか理解できない。


「お前、こんな時に何を……」

「はっ。人外? 魔性? ガキらしい発想だなあ、灯太。悪いがな、大人はガキの妄想に付き合っている暇はねえんだよ」


 鼻で笑った深井は、銃口を組み伏せた葵の後頭部に強く押し付ける。


「さあお前ら全員、武器を捨てて投降しろ。この嬢ちゃんの頭を割れた西瓜と同じにしたくなかったらな」


 沈黙が流れた後。


「……わかったわ。だから、葵ちゃんを放して」


 ガラン、と二振りの曲刀を地面に投げ捨て、翠は両手を上げる。

 しかし。


「おっと。そういえば、お嬢ちゃんたちは九色刃に触れていなくても力が使えるんだったな。妙な動きはするなよ、何せ俺の銃の引き金は羽根のように軽いからな」

「……ちっ」


 油断を誘う為に碧双刃を投げ捨てたことを読まれ、舌打ちをする翠。

 だが、その違和感にすぐに気が付いた。


「……なんで、アンタがそれ知ってるワケ?」

「ああん?」

「あたしはこの力に、昨日の夜に初めて目覚めた。なんでアンタが知ってんの?」

「なんでって、そりゃあ……?……俺は……どうして……」


 傭兵の一瞬の動揺。

 その隙を麒麟の手練れ、紅華は見逃さなかった。


 ――シュォン!


「ちいっ」


 朱焔杖から放たれた熱線が、深井の手にしていた銃を正確に射抜く。

 生身の左手に猛烈な熱を感じた深井が怯んだその隙に。


「死ねっ!!」


 ガンガンガン!!


 ハジメのデザート・イーグルが火を噴いた。

 しかし深井は義手の右腕を曲げて、最小限に身を屈めて腕を盾にし、銃弾を受けながら駆け出した。


「その腕っ……何で出来てやがる!!」


 たとえ鋼鉄であっても、五十口径のマグナム弾の連射を受けて無傷でいられる筈がない。

 遠目で見ても傷一つついている様子のない深井の義手は、この世の物質でできているとは思い難かった。


 薙ぎ払うように放たれた二発目の熱線も飛び越え、


「……人質変更といこうか」


 深井が駆けた先に倒れていたのは、ナイフで脇腹を深く突き刺された直也。


「ぐっ……」

「ちっ、九龍……!」


 やむなく、銃撃を止めるハジメ。

 紅華もいつでも熱線を撃てるよう朱焔杖を構えているが、深井にぐったりとしている直也を軽々と片手で持ち上げられて、その体を盾にされている。


 ハジメは改めて二丁拳銃を構え直し、叫んだ。


「おいオッサン! そいつが俺たちにとって人質になると思うか? そいつは敵だ。鬼島首相の息子で、御堂組の敵なんだよ!」

「ハッタリならもう少しマシな殺気を出してから言うんだな、ガキ」

「……クソが」


 あっさりと看破され、二の句が継げないハジメの横で。


「待って葵ちゃん!」


 束縛から解放された葵がダムに飛び込もうとしていたところを、駆け寄った翠に止められていた。


「離して翠姉! 武士が!」

「こんな暗い中で何の装備も無しに飛び込んだって、見つかるわけないでしょう!? どれだけ深いと思ってるの!?」

「その暗くて深い中に、武士が!」


 取り乱して暴れる葵の足にコツンと、堅い物があたる。

 それは武士が杭に心臓を撃ち抜かれた拍子に取り落していた、二人の魂を繋いでいる筈の短刀。


「命蒼刃!」


 飛びつくように葵は拾い上げると、両手で強く握りしめ祈るように手の甲を額に押し当てる。


「武士……武士!!」

「無駄だよ、お嬢ちゃん!」


 深井が声をかける。


「あの杭が刺さっている限り、使い手の坊主は回復しねえ。命蒼刃とやらの力はアレに吸い取られちまうんだよ」


 直也の体を盾にし、首筋にナイフを突きつけながら深井は嗤う。


「上手くすれば水ン中で酸素がいかなくなった脳みそくらいは、回復できてるかもしれねえがな。アレが刺さったままじゃ肝心の心臓が回復しねえ。偽りの英雄は永遠に、このダムの奥底で生き返っては死んで、生き返っては死んでを繰り返すだけだ」


 深井の言葉に、葵の想像力が最悪の方向に加速する。


「……貴様ぁぁ!!」


 葵の身体が弾けるように飛んだ。


「――っ!!」


 人質の直也に一切構わず、葵は感情のまま深井に襲いかかる。

 深井は直也の体を突き飛ばし、ナイフを構えた。


「葵っ!」

「葵ちゃん!!」


 空中からの蹴撃。

 深井のナイフが閃きその脚を斬り飛ばそうとするが、幼い頃から体に染み込んでいる葵の格闘スキルは、暴発した感情とは無関係に蹴撃の軌跡を変化させる。


「ハァッ!!」


 縦から斜め横に変化した蹴りが、ナイフの横腹を弾く。

 そのまま空中で葵の体はスピンし、逆脚が鞭のようにしなって深井の延髄を狙う。

 深井の丸太のような筋肉の腕は、その連撃を完全にガード。

 だが葵のコンビネーションは止まらない。

 両腕から着地した葵は、そのまま腕を交差させて体を回転させる。

 得意の逆立ちからの回し蹴り。

 トリッキーな奇襲技であるだけでなく、遠心力を鍛え上げた脚力に上乗せし、葵はこの技を一撃で大男を昏倒させる必殺技に進化させている。


「っと、やるね嬢ちゃん」


 しかし深井は初見である筈のその技をあらかじめ知っていたかのように、バックステップで躱し、支点となっている葵の腕を脚で払って転倒させる。


 ガンガンガンガン!


 倒れた葵に追撃をかけようとした深井を狙い、放たれた銃撃。

 しかし。


「なんで躱せる!?」


 義手の腕で防がれないよう、今度は足元を狙ったハジメの射撃は、今度はサイドステップで避けられる。


「下手だからじゃないのっ……!」


 月夜をバックに、ゴスロリ少女が跳ねる。

 袖から転がり出る無数の木片。

 翠が拾い上げていた二振りの碧双刃がカシンと重なりあり、乾いた音を響かせると同時に。


「檜のっ……森ぃぃ!!」


 ガガガガッ!!


 十をゆうに超える数の『最強の檜の棒』が、四方から深井を襲った。


「やったかっ!?」


 文字通り林立する檜の棒に視界を遮られ、深井の姿を見失ったハジメが叫ぶ。


「バカ、それフラグ……くぅっ!?」


 翠が迂闊なハジメの叫びにツッコミを入れようとした途端、またも不快な波長が翠を襲う。


「ひでえ事するね」


 ボロボロと檜の森が急速に腐り落ち、その中から現れたのは迷彩の戦闘服こそあちこち破けているものの、その身に傷ひとつ負っていない傭兵の姿。


「なっ……」


 ハジメは息を飲む。

 件の義手で、また九色刃の力が無効化された。

 それは分かる。だが異様な気配を感じたのは、その異容だ。


「腕が……?」


 破れた服から露出している義手の色が、それまでの肌の色から変わって漆黒に変色している。

 しかしハジメが異容さを感じたのは変色そのものではなかった。


 腕の付け根から胸にかけて、暗黒が彼の体を侵そうとしていた。


「……炎剣」


 直後、深井の背後から炎の大剣が振り下ろされる。


「ふんっ!!」


 後ろを見ないままの腕の一振りは、紅華の朱焔杖による渦巻く炎をかき消し、抜き放たれた刃の実剣を受け止めていた。


「おおおおお!!」


 葵が吠え、怒濤の連撃が繰り出される。


「力が通じなくたって、牽制くらいなら!」


 翠の服の背中から、翼のように枝葉が広がる。


「天使の……羽根ェ!!」


 打ち出されたそれは、針葉樹の葉。

 無数の弾丸のように、近接戦闘を挑む紅華と葵を避けながら深井を狙う。


「何をしてるの!? ハジメっ!」

「お……おう、わかってる!!」


 ガン! ガン!


 二丁拳銃の一丁をホルスターに収めて、ハジメは両手で一丁のデザートイーグルを構え、葵と紅華の合間を縫って深井を狙撃する。


 葵の蹴撃。

 紅華の朱焔杖から抜き放たれた斬撃。

 翠とハジメによる援護射撃。


 その連続攻撃を、深井隆人は一人で受けきっていた。

 葵の蹴りを受け止め、紅華の斬撃をナイフで捌き、隙をついて放たれる熱波と熱線、そして翠の針葉樹による攻撃を右腕で打ち消す。

 間隙を縫って撃ち込まれるハジメの五十口径マグナム弾は、どこを狙われるか知っているかのような動きで回避していた。


「九龍、しっかりしろ。大丈夫か?」


灯太は倒れていた直也を抱えて、少し離れた場所までその体を引きずってきた。


「あ、ああ……すまな、い……」

「気を失っていないだけ、大したもんだ。無理に動かないで。止血する」


 倒れていた零小隊の装備から、灯太は銃と救急キットを奪っていた。

 慣れた手つきで、直也の傷の応急処置を行っていく。


「あの動き……俺が戦った、深井隆人じゃない」


 処置を受けながら、葵たちの戦いを見て直也は漏らす。


「でしょうね。ていうか、あれは人間にできる動きじゃない。化け物ですよ。巫婆フーポウの力を借りてるんです」

「さっき……君が、言っていた……人外の者の力か」

「信じられませんか?」

「いや……あれを見たら、な」


 紅華が通常攻撃の中に時折混ぜる、炎の攻撃。

 そして翠の植物による攻撃。

 受け止める度に、深井の右腕は徐々に異形に変容していく。

 突起物を生やし、金属の生命体のように。

 そして、深井の肉体に少しずつ浸食していく。


「楽しいなぁガキども!! もっと来い!! もっと俺を愉しませてみせろ!!」

「深井……隆人……!!」


 処置を終えた直也が立ち上がり、痛みを堪えながら叫んだ。


「おう! 復活かい? 九龍の坊や。いいぜ、お前もかかってこいよ!!」

「これがあなたの言った、先に進むための決着ですか?」

「ああん?」


 深井は戦いながら、なんのことだと首を傾げてみせる。


「人質をとったり、不意打ちをしたり、得体のしれない力に身を預けたり……そんな戦い方が」

「何言ってやがる。得体の知れない力を使ってんのはテメエらだろう?」

「それでも刃朗衆は、紅華さんも、そこにいるハジメだって、彼らの意志で、手にした力で戦っている。深井さん、今使ってるあなたの力は……俺との再戦を望んだあなたの戦いは、本当にこれでいいんですか? この戦いは、本当にあなたの意志なのか!? 今のこの戦闘が、あなたの生きた証でいいのか!?」


 辛うじて立っているだけの直也から放たれた言葉に、深井の顔色が一瞬変わる。


「……俺の……戦い……?」


  ***


「あははははっ……! 滑稽! 愚かねえ、誰が、誰に向かって言っているのかしら!!」


 魔女の嘲笑が夜空に響く。

 しかし、その笑い声は何故か眼下の少年たちの鼓膜を振るわせることはない。


「ああ面白い! やっぱり貴方は最高の玩具よ! あの女も仕留めたし、後は貴方を使ってたっぷりと……ん?」


 魔女の嘲笑が止む。

 新崎結女が、監視塔の上から戦場を凝視する。


「……さすが実の父子というわけね。言葉だけで私の呪いを弱める、あの男にできるのなら、直也クンにできても不思議はないということね」


 ニタリと、今度は冷たい微笑を浮かべる。


「でもね……わたしは二度も、人形の糸を手放すつもりはないの。まだまだ踊ってもらうわ。いっぱい苦しんでね、直也クン?」


  ***


「面白いコトいうねえ、九龍の坊や。これは俺の戦いで、この力は俺の力だよ。そうだよなあ、神楽ぁ!!」 

「なにっ!?」


 武士に神威結界を吹き飛ばされ、呆然自失の状態になってた神道使いの少年・神楽が、いつの間にか神剣と勾玉の鎖を構え、立ち上がっていた。


「しまった!」


 灯太が、救急キットとともに奪っていた拳銃を構え、神楽に向かって発砲する。

 しかし、その銃撃は盾になるように神楽の前に立った人物の体で止められた。


「零小隊……!」


 深井の右腕により碧双刃の力を打ち消され、蔦の拘束を解かれた零小隊の兵士達が、気力を取り度した神楽の術の支配下に再び入り、立ち上がり始める。


「いつまで呆けてんだ、神楽の坊主!」

「うるさい傭兵風情が! 神威結界が無くても、ボクにはこの秘術がある。この力で、司令の為にボクはまだ戦えるんだ!」


 重傷を負っているはずの兵士達が、またもゾンビ兵のように動きだし、銃を構える。


「まずいよ九龍、このままじゃ!!」

「くっ……!」


 直也は痛みに耐えながら、日本刀・備前長船を構える。

 葵たち四人は、狂戦士バーサーカーと化した深井を抑えるだけで精いっぱいだ。この上、零小隊を相手にする余裕はない。


「今度こそ終わり……死ぬまで踊ってみせてよね」


 神道使いの少年は笑う。

 悪魔に憑りつかれたように。


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