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「北狼・零小隊」

「ここの場所を知られた!?」


 灯太が拘束されている建物の一室。

 意識を取り戻してから、倒れている灯太に再び簡易封縛の術を施した後。

 深井から状況を告げられた神楽は、驚愕と失望が混ざり合った声を上げた。


 先に魂に直接ダメージを与える「魄破」の術を破られたことから、陣を使わない簡易版とはいえ、勾玉の鎖による灯太の封縛は二重三重に施されている。


「ああ、麒麟の紅華にな。朱焔杖の力を使えなくなった紅華は十中八九、御堂組と刃朗衆に敗れて、捕まっているだろう。つまり連中にも、こちらの場所を知られたってことだ。ついでに、合流しただろう九龍の坊やにもな」


 悪びれもせず、深井は答える。


「何をやってるんだ、アンタは」

「言うなよ坊主。もともとはお前の不手際だろ? テレパシーが使える灯太を相手に、封印とやらを解いちまったんだ。あっさりKОされておネンネしてたのは、どこの誰かな? 天才神道使いクン」

「ぐっ……」


 深井の反論に返す言葉が出ない神楽。


「だ、だいたいお前は勝手すぎるんだ! そもそもあの儀式場を出た後、どうして命蒼刃の使い手達の襲撃に行ったんだ! 朱焔杖の使い手と刃朗衆の戦いの結果を見て、もし刃朗衆が勝っていたら、すぐにこっちに合流して迎撃体勢を整える手筈だっただろ!」


 ヒステリックに神楽は声を荒げた。

 深井は義手の右腕でポリポリと頬を掻きながら、何も言い返さない代わりにニヤニヤと笑っている。


「何笑ってるんだ! その上、むざむざ命蒼刃を取り逃がしやがって。その後もすぐにこっちに合流しなかったのは、『偽りの英雄』にやられた部下どもの手当ての為だったんだろ!? ったくあんな素人にやられるとか、無能な男の部下はやっぱり無能揃いってわけか」

「取り消せ、ガキ」


 神楽の喚きが部下の中傷に及んだとたん、深井の表情から笑みが消える。

 放たれるのは、殺気にも似たプレッシャー。


「う……」

「俺の部下は、テメエや北狼みてえに未知の力を相手にした戦闘経験はねえ。鬼島のダンナから多少の情報は貰っちゃいたが、あんな非常識な光の剣は想定外だ。俺だってこの腕がなけりゃやられていた」


 義手の腕をバンと叩く。


「……光の剣? ああ、霊波天刃か」

「だがガキ、テメエの言う通り失態は失態だ。ギャンギャン喚かなくても、この借りは必ず返してやるさ」


 深井は語りながら、徐々に口角が上がってくる。


「灯太の居場所を掴んだ連中は、すぐにでもここを襲撃してくるだろう。あの九龍の坊やと、もしかしたら朱焔杖の姉ちゃんも一緒かもしれん。目的は同じだろうからな。だが連中の手の内はもう分かっている。俺一人でも、今度こそ仕留めてやるさ」

「お前……楽しんでいるだけじゃないのか?」


 凶悪な笑みを浮かべている深井に、神楽は呆れた声を出す。

 だが、神楽はハッと何かに気づき眉をひそめると、ついでニッと笑った。


「……残念だけど、深井隆人。お前の出番はないかもしれないね」

「なんだと?」

「さすが司令だ。秘密裏に動かさないといけない状況で、よくこのスピードで派遣して下さった……!」


 歓喜とも呼べる表情を浮かべ、嘆息する神楽。


「はあ? 何を言って……!!」


 たとえ。

 まったくの無音で「ソレ」が近づいたとしても、深井には察知できる自信があった。

 傭兵稼業を二十年以上も続けてきて、その感覚は神楽や灯太たちのようなオカルト能力とは無縁ではあるが、それに勝るとも劣らない鋭さを磨いてきたと自負がある。


 それが、唐突に背筋に冷たいものが触れたような感触を覚え、人間以外の生物が蠢くような気配を覚える。

 そんな気配が、この距離まで近づくことに深井が気づかないことなど有りえない筈なのだ。


「実物を見るのは初めてだろう? 紹介するよ。ボクの秘術、魂鎮めの式をもって精神活動を抑え、意識を統一しボクの意のままに操ることのできる最強の陸戦部隊。北狼の『零小隊』さ」


 高額なオモチャを自慢するが如く、神楽が言い放った直後。

 ひとつしかないドアから完全武装の兵士たちの集団が音もなく滑り込んできた。


「……っ!」


 神楽と深井を中心に、弧を描くように展開する六人の兵士たち。

 彼らの肩に下げられた89式5.56mm自動小銃は下を向いているが、もし、その六つの銃口すべて深井に向けられていたら。

 狭い室内で逃げ場もなく、深井隆人は一瞬で制圧されていたのだ。


「これが……」


 歴戦の勇士をして、背筋を冷たい汗が流れる。

 いや、歴戦の勇士だからこそ、この恐怖を真に実感できるのだ。


 気配を消せる者はいる。

 実際に戦闘で相対したこともある。

 だが、それは単独の暗殺者やスナイパーが相手だった。

 小銃とボディーアーマーで完全武装した集団が、ここまで気配を消せるという事実。

 深井は情報として知ってはいたものの、反応もできずに囲まれて初めて、その脅威を実感していた。


「ここのいる六人だけじゃないよ。あと二個分隊が、建物の外と森に展開してる。あとは結界を完成させて、この管理者のガキを放り込めば。刃朗衆をお迎えする狩り場の完成だ」


 勝ち誇った顔で、唖然としている深井を見上げる神楽。


「九龍直也と麒麟の紅華が連中に加勢したとしても、ボクの零小隊の敵じゃない。都心の街中と違って、周囲を気にする必要もない。……命蒼刃に碧双刃、朱焔杖。すべて手に入れて鬼島司令に献上する」


 自信に満ちた表情で高らかに宣言する少年。


「深井隆人。ボクの完全な勝利を指を咥えて見ているといい」


 無表情で、深井たちを囲む兵士たち。

 その彼らの様子を観察し、彼はふと一人の兵士に目が止まる。

 その兵士は、女だった。

 ボディーアーマーの上からでもそれとわかる、グラマラスな肢体。

 だが鍛えられたその体は、男と遜色のない戦闘力を持っているだろう。

 しかし深井がその兵士に目が止まった理由は、兵士が女だったからではなかった。


 深井は、胸を張っている神楽に向かって疑問を口にする。


「おい坊主。この零小隊とやら、コントロールできるのはお前だけなのか」

「当たり前だ。事前に魂鎮めの式を行った術者であるボクにしか、彼らと意識共有することも、操作することもできない。ある程度の命令と判断は部隊長ができるけど、戦闘で部隊を完全に管理下に置けるのはボクだけさ」

「ふうん……」


(手足がいくら優秀でも、頭がガキではな)


 深井は両手を上げて、神楽に向き直った。


「まいった! 神道使い。こんな連中を自在に操れるなんざ、俺の出る幕はねえな。神楽、お前の横で戦いを観戦させてもらうよ」


 零小隊を直接目にして、ようやく一介の傭兵でしかない己と自分との力の差を認識したのか、と。

 降参した深井に、神楽は心地よい満足感に満たされた。


「分かればいい。お前がご執心の九龍直也も、ボクが倒してやる。そうすれば司令も、ボクこそが北狼の統べることができる、司令にとって最強の存在だと認めてくれるだろう」


 満足げに言い放つと、神楽は兵士の一人に視線を向けた。

 兵士は黙って歩みを進めると、勾玉の鎖で拘束され気を失っている灯太を担ぎ上げる。


「ボクは結界を完成させて、零小隊を配置する。お前は茶でも飲んで待っていればいい」


 神楽は捨て台詞を吐くと、先頭に立ち兵士たちを引き連れて、悠々と部屋を出て行った。


「……ガキのお守りは大変だな。せいぜい頑張れや」


 その列の最後について行こうとした女の兵士に、深井は小さく声を掛ける。


「……ふっ……」


 秘術によって神楽のコントロール下に置かれている筈の女兵士は、深井の言葉に薄く笑って応えた。


  ***


 上小内ダム。

奥多摩にある標高500メートルに位置する、都が管理しているコンクリートダムだ。

 巨大コンクリートの堤体で堰き止められた、多摩川上流を水源とする集水域は大きな湖を形成し、その水深は最大で最大で150メートルにも達する。

 そして、堤体の入口に建てられた管理棟。

 周囲には深い森が広がり、一番近い人里でも十キロ以上の距離があった。


「……ここに、灯太君は、拘束されてる」


 パソコンを操作しながら、プロジェクターで壁面に映し出された地図を継は指し示した。


 病院の一室。カンファレンスルームに集まっているのは、継、紅華、直也、ハジメ、翠、そして葵と武士の七人。


 灯太の念話を受けた紅華が、継を呼び地図で灯太の魂を感じた場所を示したのを受け、継が実際に戦闘可能なメンバーを集めたのだ。


 時沢は回復が思わしくなく、救出作戦の参加は断念することになった。

 その代わり、時沢は継に代わってこの病院を中心とした御堂組の守りを一手に引き受けることになり、ベッドの上から御堂組員たちに指示を飛ばしている。


 また柏原は別室でネットを介し、引き続き情報収集と解析に当たっていた。

 紅華が示した位置の情報を集め、合わせて鬼島側の動きを探っているのだ。その分析内容は、カンファレンスルームで作戦会議を仕切る継の端末にリアルタイムで送られている。


 芹香は例によって作戦会議に自分も出ると騒いだが、今度こそ邪魔になると追い出された。

 妹に甘い直也が危うく許可しそうになったが、釘を刺したのは意外なことに武士だった。


「芹香ちゃん。敵が体勢を整える前に作戦開始する必要があるんだ。スピード勝負なんだよ。戦わない人が、話を混乱させないでほしいんだ」

「え……た、武士君……?」


 彼らしくない厳しい物言いに、その場の全員が呆気に取られる。

 思わぬ人物からの辛辣な言葉に虚を突かれ、その間に芹香は直也に促され、部屋を出て行くことになった。


「武ちんらしくない言い方だねん。……ん? 葵ちゃん?」

「……え? ああ、うん……」


 いつもなら常に武士を守るように、寄り添うように立つ葵が、今はテーブルを挟んで翠の横に立っている。

 浮かないその表情と、ずっと武士から視線を外していることから、翠は訝しんで問い質す。


「武ちんと何かあったの?」

「……うん。私が、悪いんだ」

「どゆこと?」

「時間が無い、打ち合わせ、始めるよ」


 翠の問いかけは、継が話し始めた為に中断される。


「おおざっぱな作戦は、もう紅華と九龍と、立てた。今からそれを、簡潔に、説明していく」

「ちょ、なに兄貴勝手に」


 ハジメが不服そうに声を上げるが、


「船頭多くて船山に登る、って言うでしょ。それに、ハジメがいちいち、九龍を疑ったり、文句を言う時間が、惜しい」


 継はその声を一蹴する。


「センドウ多く……? まあ、いいけどよ。俺だって納得して動きてえんだ。最低限の話は聞かせてもらう。おい紅華。灯太は生きてたんだな?」

「あたりまえだ」

「……死んでんじゃねえかって、すげえビビッて取り乱してたくせに」


 気丈に振舞う紅華をからかうハジメ。

 紅華はその意志の強い眼差しでギッとハジメを睨んだ。


「……殺すぞ」

「やってみろよ、放火魔女」

「やめろ御堂。そういう下らない真似をするから、お前はお兄さんにいつまでも信用されないんだ」


 直也が間に入って、ハジメの軽口を責める。


「なんだよ、うさんくさい連中同士、さっそく仲良くなったか。類は友を呼ぶってやつだろ」

「ハジメ」

「ハジメ、やめなさい。話が先に進まない」


 継と翠に同時に諌められ、ハジメは首をすくめた。


「……それで、灯太君はどんな連絡をくれたの? テレパシーみないなのが使えるんでしょ?」


 ハジメと違って、武士が冷静な口調で問いかけた。


「私たちは、『念話』と呼んでいる。どんなに距離が離れていても、灯太と私の間で意思疎通できる能力だ」


 そこまで言って、紅華は翠とハジメの方を見る。


「お前達との戦いの最中に魂の繋がりが断たれてから、念話は通じなかったが……一時間ほど前に、灯太の意識が突然、流れ込んできた。一瞬のことで、私が何かを言う暇もなく、灯太から一方的に話をされた……というか、圧縮したメッセージを一気に渡された、という感覚だ」

「メッセージってのはなんだ」


 ハジメが問い返す。

 紅華は一瞬、考え込むように視線をテーブルに落としたが、すぐに決意したように顔を上げた。


「とにかく、私に『ここに来るな』と。今回の件、最初からすべて鬼島首相に筒抜けだった。敵の目的は、灯太を餌に九色刃を誘き寄せ、手に入れること。敵は日野神楽と、その神道の秘術によって意思統一された北狼部隊。それに深井隆人。あの子が囚われている場所は人里離れた山奥にある、軍が管理できる建物。北狼が周囲を気にせずに戦える環境だから、一戦闘員が対抗できる状況じゃない。戦っても勝ち目はない。もし私が刃朗衆と御堂組に囚われているのなら、そのまま降伏して、麒麟を抜けろ……と」


 無表情で淡々と語る紅華。

 灯太に刃朗衆に降れと言われたことに対して、この場で感情を見せることはしなかった。


「……もう北狼部隊の配備は済んじまってるって事か」

「そうだね」


 ハジメの言葉を受けて、継が答える。


「ちょっと待って」


 口を挟んだのは翠だ。


「紅華。灯太から受け取ったメッセージは、今ので全部なの?」

「言葉として受け取ったのは、今ので全部だ。後は灯太の視覚と聴覚。体格のいい義手の男と戦っているようだった。場所は殺風景な室内。窓もあったが、外はよく見えなかった」


 感情を交えずに、紅華は事実を淡々と語る。

 現状、紅華は刃朗衆に御堂組、九龍直也を頼るしかない。

 正確に作戦を立てる為には、嘘偽りなく情報を共有しなくてはならなかった。


 だが、翠は疑いを持った。


「それでどうして、灯太の場所がこの上小内ダムだって分かるワケ?」

「一瞬だったが、魂の繋がりで灯太の場所はわかった。貴様も、その力で私が隠した碧双刃を見つけだしたんだろう?」

「でもあんたは、今までずっと灯太はCACCに居るって思わされていたんでしょ? 灯太の操る魂の力に騙されて」


 騙されて、という言葉に一瞬眉をひそめるが、紅華は素直に頷く。


「それは、その通りだ。だが今回は騙されていない」

「どうして言い切れるわけ!? 灯太はあんたを……あんたを守る為に戦っている。あんたに『助けに来るな』と言ったんでしょ? 灯太は優しい子だ。敵が待ち構えている危険な場所にあんたが来ないように、また自分の場所を偽装しているに違いないよ」


 幼い頃に記憶に残る、あどけない笑顔の少年を思い出し、翠は断言する。

 だが、紅華は首を横に振った。


「それはない」

「なんで! 灯太は……」

「灯太は誰よりも、私のことを理解してくれている。どんなに来るなと言っても、どんなに危険でも、私は必ず灯太を助けに行くことを知っている」

「……!」


 迷いのない紅華の言葉と視線に、翠は思わず息を飲む。


「それに、いずれ敵の準備が整ったら、あの子の命と引き換えに私は北狼が待ち構える場所に呼び出される。朱焔杖を持ってこいと。だったら先に正しい情報を渡しておいた方がいい。灯太はそう考える。それに灯太は、私にお前達に降伏しろと言った。それはつまり、もし自分を助けに来るなら、せめてお前達と協力しろと。そう言っているんだ」


 迷いのない言葉。

 迷いのない眼差し。

 紅華は灯太の心を理解し、信じている。

 そして灯太も、紅華を理解し、現状で最善の方法を考えている。

 きっとそれは、正しいのだろう。

 翠にはそう感じられた。

 だが。


「……どうして、そんなことが信じられる?」

「ずっと灯太と一緒に生き抜いてきた。呉大人の他に唯一信じられる、姉弟のような子だからだ」


 視線を外したのは、翠だった。

 自分が灯太と重ねることができなかった時間を、紅華は重ねてきた。

 その事実を、改めて思い知らされたのだ。


「……納得したのなら、話を進める」


 パソコンを操作しながら、継が話を先に進める。


「九龍の話では、深井と神楽は、灯太君が念話を使えると、知ってる。だから、こちらが場所を特定したと、知られているはず。既に北狼部隊を配置して、迎撃態勢、整えている」

「連中の準備が整う前の強襲は、無理だったか」


 ハジメが残念そうに漏らした。


「こちらのアドバンテージは、完全に無くなったな」

「実は、そうでもない」


 落胆するハジメに、継がパソコンから顔を上げてニヤッと笑う。


「どういうことだよ、兄貴」

「灯太君だ。紅華への念話、途切れてから。また封印されたと思っていたけど」


 そこまで答えてから、継は続きを促すように紅華に視線を向ける。

 

「……ひどく断片的だけれど」


 紅華は頷くと、口を開いた。


「今は、灯太が聞いている音が時折、私にも伝わってきている」

「なんだって?」

「おそらく灯太は、また封印されたけれど、完全ではないのだろう。こちらがいくら呼びかけても応えてくれないが、灯太が感じていることが……目を閉じているようだから音だけだが、時々私にも伝わってくる」

「……灯太が、神楽の封印を破っているということ?」


 驚いた葵が声を上げる。

 同じ術を受けた身として、信じ難いことだった。


「灯太は天才だ。多分おとなしく封じられた振りをしながら、こちらに情報を流してくれているんだ」


 そう語る紅華の口調には、心なしか誇らしげなニュアンスが含まれていた。


「しかも、北狼を操る神楽とかいう術者、灯太君を傍で見張りながら、指示を出している」

「……そいつはまた、間抜けな話だな」


 ヒュウ! と口笛を吹くハジメ。


「神楽は、神道のプロフェッショナルかもしれない。けど、集団戦闘のプロじゃない。小隊長らしき人物と、地図を見て、やりとりをしている」


 継は話しながら、プロジェクターで映した地図に△のマークを打っていく。


「部隊長の術を、一時的に解いて、戦術の相談をしている。神楽が操る部隊名は、『零小隊』と、呼ぶそうだ。その零小隊の配置いついて、打ち合わせていた」


 地図には、ダムの周りに配置された部隊の位置が記載されていく。


「『零小隊』……かっけえな」


 中二心をくすぐられて、ボソリとハジメが呟く。

 無視して、継は地図へのマーキングを終えた。


「だから、おおよそ敵の配置は、予測できてる。じゃあ、作戦を説明するよ」

「……その前に、継さん」


 手を挙げたのは、暗い目をした武士。

 だが。


「却下だ、武士君」


 武士が発言するより先に、継は切り捨てる。


「継さん」

「さっき言ってきた、葵さんを置いていく、って話でしょ。却下」

「え? なにそれ」

「どういうことだ、武士」


 何も聞いていなかった翠とハジメが面食らう。

 葵は俯いたままだ。


「でも、継さん。葵ちゃんが安全な場所にいてくれれば、僕は何度でも復活できる。いい作戦だと思うんだけど」

「うぬぼれないで」


 厳しい言葉で、継は言う。


「彼女のサポートなしに、君が使い物になると、思う? それに、今回の作戦の要は、命蒼刃の『ブースト』。君たちが離れた場所にいるとか、ありえない」

「……」

「ふざけたこと、言っている時間、ない。作戦を説明する」


「……葵ちゃん。マジで、何があったの?」

「……私が、悪いんだ」


 心配する翠の問いかけに、葵は答えになっていない答えを呟くだけだった。


  ***


「こんなの、絶対にダメよ!!」


 一通りの作戦説明が終わるや否や、叫んだのは葵だった。


「継さん、武士をなんだと思っているの!?」

「これが、彼の、一番有効な、使い方。これ以外に、北狼に対処する方法は、ない」

「使い方って、こんなの……!!」


 まるで道具扱いじゃないか、と。

 顔面蒼白で絶句する葵。

 テーブルを挟んで向かいに立つ武士は、しかしコクンと頷いた。


「……わかった。僕、頑張るよ。葵ちゃん、フォローをお願いね」

「何を言ってるの!!  私は、武士がこんなことになるのが嫌だから……!」

「だったら、俺が代わろうか、葵さん」


 もはや絶叫している葵に対し、冷静な口調で声を掛けたのは直也だった。


「はあ? 何言ってやがる」


 つっかかるハジメを無視して、


「継君の立てた作戦は合理的だ。これ以上に効率的なプランはないだろう」


 直也は葵に訥々と語る。


「確かに田中の心身への負担は甚大だ。だがそれは、今に限った話じゃない。これからも命蒼刃の使い手として戦う限り、同じような状況は続くだろう。彼がそんな目に合うのが嫌だったら、葵さん。俺が田中に代わって命蒼刃の使い手になろう」

「……!」

「テメエ、どさくさに紛れて何言ってやがる」


 直也の言にハジメがまた詰め寄ろうとするが、武士が腕を上げて、行く手を遮った。


「武士」

「九龍先輩。どうしてそれを……僕じゃなくて葵ちゃんに言うんですか?」


 これまで、あまり見せることのなかった厳しい表情で、武士は直也を睨む。

 直也は正面から武士の視線を受け止めて、肩を竦めた。


「彼女が、君が傷つくことを嫌がっているからだよ」

「僕自身は受け入れている事です。葵ちゃんが決めることじゃない」

「……武士……私は、」


 カタカタと震える葵。

 横で葵の様子を見て、翠はギリッと歯を食いしばる。


「武ちん! いくらなんでも、そんな言い方――」

「いいかげんにしろ」


 バン、とテーブルを叩き、継は言い争いを止める。


「どのみち、今この場に、九色刃の契約解除の方法は、ない。九龍も徒に、こいつらを動揺させるような事、言うな」

「ああ、悪かった。葵さん、田中、すまない。忘れてくれ」


 あっさりと頭を下げて、謝罪する直也。


(……九龍直也、思った以上にしたたかな男だな)


 一連の様子を傍らで見ていた紅華は、内心で舌を巻いていた。


「作戦は以上。地図と合わせて、詳細はプリントアウトして、柏原さんから、皆に配るから」

「ちょっと待って」

「わかりました」


 なおも止めようとする葵の言葉に重ねるように、武士が了解の意を示す。


「決行は日が落ちてから。17時に再集合。各チームで作戦を確認してから、出発する。それまで各自、仮眠を取るなり、準備するなりして」

「はい。じゃあ先に、休ませてもらいますね」


 継の指示に頷き、武士は一人で先に部屋を出て行った。


「……武士……」

「……武ちん、待ちなさい!」


 気落ちしている葵の肩を叩いた後、翠が後を追って部屋を出て行く。


「では私は、柏原と詳細を打ち合わせよう」


 紅華も静かに部屋を出て行った。


「……意外だな、御堂」

「何がだ」


 部屋に残っている葵は俯いたまま立ちつくし、継はパソコンを操作している。

 椅子にどっかりと座ってため息をついたハジメに、直也が声を掛けた。


「お前も葵さんのように、田中に負担が大きいこの作戦に異議を唱えると思っていた」

「……武士が納得していることだ。それを否定するんだったら……テメエの言うように、命蒼刃の使い手を交代しろって話になっちまう。そっちの目的はそれなんだろうがな」

「察しがいいね」


 悪びれもせず、ハジメの言葉を肯定する直也。

 ハジメは舌打ちをする。


「テメエが言った通り、これ以上の作戦はねーだろうな。俺は武士ならできるって確信してる。……葵、お前は武士を信じられないのか」

「……私は」


 話を振られるが、葵はそれ以上言葉が出てこない。

 カタカタと、継が叩くキーボードの音だけが室内に響く。


 作戦のカギとなる命蒼刃の管理者と使い手。

 その二人の間に深い亀裂が生じたまま、灯太の救出作戦は決行されようとしていた。


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