表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/120

「君は神様じゃない」

 時は少し戻る。

 半壊した青梅の病院の一室で、紅華と武士たちが話し合いの末、共同戦線をとる方針で一応の一致を見た後。

 灯太奪還に向けて、個々で準備と調査を行う為に、その場は一度解散となった。


「紅華。形としてお前は、この部屋で拘束を続けてる事に、させてもらう。ジジイを襲った犯人、自由にしたら、事情を知らない御堂組員は、良く思う筈ないから」

「……仕方ないだろう。だが、朱焔杖は返してほしい」

「わかった」

「マジかよ、兄貴」


 解散際、紅華の要望にあっさりと頷いた継に、ハジメは驚きの声を上げる。


「どのみち、管理者を封じられて、朱焔杖の真の力は、使えない。前の武士君の時みたいに、灯太の魂を少しでも感じられる可能性が、あるんだったら。朱焔杖は紅華の近くに、置いておいた方がいい」

「……けどよ」


 実際に紅華と戦ったハジメとしては、たとえ炎を操ることはできないとしても、彼女に得物を持たせることには脅威を感じる。

 鬼島や北狼と戦う為、紅華と共同戦線を持つことに異論はない。

 だが、あまり信用しすぎるのは危険に思えた。

 紅華の自分たちに向ける敵意の大きさは尋常ではなかったのだ。


「それとも、対処する自信が無い? ハジメ。炎の力が使えなくても、杖を持った紅華と敵対した時に、抑える自信がない?」


 継が挑発するように、ハジメに問いかける。

 普段の血気盛んな弟であれば、ここで「ふざけんな!」と来るところであるのだが。


「……ああ、自信ねえよ。負けるとは思わねえけど、こっちに損害を出さねえで、紅華を制圧する自信はねえ」

「ふうん……」


 弟の冷静な戦力分析に、継は思わず感嘆のため息を漏らす。


「なんだよ」

「べつに」


 ハジメから視線を逸らしながら、継は嬉しそうに笑った。


「何笑ってんだよ」

「なんでも、ないよ」

「だったら俺が彼女の見張りにつこう」


 兄弟の会話に入ってきたのは直也だった。


「……んだと?」

「俺も御堂組に、というか刃朗衆に歓迎されてないだろう? 俺がこの部屋で紅華の見張りを続けていれば、君たちにとって面倒な人間が一か所にまとまって都合がいいんじゃないか?」

「胡散臭さと危険度の二乗倍じゃねえか」


 かつての敵がひとところに集まっておこうという提案に、ハジメは率直な感想を漏らす。

 だが継の反応は違った。


「そうしてくれれば、ありがたいよ」

「おい、マジかよ兄貴」

「でも九龍。そっちでも、灯太探しに動いてくれると、期待してたんだけど」

「それは柏原さんがやってくれるから」

「え? あ、わかりました……。継君、パソコン貸してもらえるかな」


 直也から顔も見ずに当たり前のように振られた話に、柏原は一瞬戸惑いながらも、いつものこととすぐに受諾する。


「なら問題ない。朱焔杖は後で、持って来させる。事態が動くまで、直也と紅華は、この部屋で軟禁っていう形に、する」

「兄貴待てって。コイツが紅華と組んで、なにか良くねえ事を企んだら……」

「芹香・シュバルツェンベック」

「はい!」


 さっさと話を進める兄をハジメは止めようとするが、継は無視して直也の刀を抱えるように持っているダークブロンドの少女に声を掛ける。


「君は、お目付け役。同じ部屋で、お兄さんと紅華を両方、見てて。武士君たちにとって良くない事、二人が話してたら、僕達に教えて」

「ちょ、ちょちょ、ちょっと待て御堂継。それはダメだ」

「了解であります!」


 狼狽する直也の横で、明朗快活な敬礼を返す芹香。


「いや待つんだ芹香。お前は帰るんだ。北狼がここに乗り込んでくる可能性だってあるんだ、危険すぎる」

「向こうは待ち構える戦術で、攻めてくる可能性はほぼ無いことは、さっきの話し合いで、確認済みだと思ったけど」

「そうよそうよ」


 淡々と語る継の言葉に、理解しているのかしていないのかイマイチ分からない調子で、芹香は同意する。


「ハジメ君のお兄さん、ハジメ君。安心してね、バッチリ見張っておくから! それで証明するね、お兄ちゃんはみんなの味方だって!」

「待て」

「その意気だ、芹香・シュバルツェンベック。君には、期待してる。君こそ、亀裂が生じている僕たちの関係を繋ぐ、重要なキーパーソンだ」

「おい」

「!! ……任せてねっ! 燃えてきたよッ!」

「待……」

「頼りに、してる」

「頼りにしてて!」

「……」

「……えげつねえな、兄貴。おい九龍、一瞬だけどテメーが可哀想になったよ」

「その憐みは、謹んで受け取っておくよ……」


 今まで一般人一般人と部外者扱いのオンパレードだった芹香が、継から明確な役割を与えられ、使命感で無駄に燃え上がる。

 その横で悲壮感すら漂わせて立ち尽くす直也の姿は、ハジメですら同情を禁じ得ないものだった。


  ***


 話し合いの後。

 廊下で時沢が一瞬意識を失いかけて、慌てた武士と葵に両側から支えられた。


「大丈夫ですか、時沢さん!」

「すみません武士君、葵さん。ありがとう」

「そんな、こっちこそごめんなさい。僕がちゃんと時沢さんを治せていれば……」


 時沢に丁寧に謝意を示され、頭を下げたいのは武士の方だった。


 命蒼刃の力は、致命傷を負った葵を癒し、芹香の白血病も根治させ、斬り飛ばされた翠の腕は一瞬で繋ぎ直し、自分の体に至っては粉々になっても再生する。

 だが、時沢の全身火傷は完全に治すことができない。

 魂の力とやらが人を選んでいるのだとしたら、こんな非情で独善的な話はない。

 武士が、治せない相手は大切な相手じゃないと心の奥底で思っていると宣言しているようなものだ。


「……武士君、思い上がらないで下さい」

「はい! すみません!」


 時沢に厳しい言葉を掛けられ、それも当然と武士は深く頭を垂れる。

 その横で、葵は時沢の痛切な言い様に抗議の声を上げようとするが、厳しい時沢の表情の奥にある優しげな眼差しから、彼の真意に気づき言葉を飲み込む。


「武士君、君は神様ですか?」

「え?」

「もし君が全知全能の神様だとしたら、私は君を呪いましょう。どうして私や組長、継さんの体は治してくれないんだと。不公平じゃないかと。それで、どうですか? 武士君。君は神様ですか?」

「……違います」

「当たり前です。君は神じゃない。なんでもできるわけじゃない。君が思い悩むことなど、何もない。君が誰かを助けられなかったとして、それが自分のせいだと落ち込むことは、ひどく傲慢な考えだと知って下さい」

「……でも」

「もっとも」


 頬の傷跡を撫ぜながら、時沢は薄く笑う。


「君が誰のことも助けようと思う、幼くて青臭くて傲慢な考えを持つ人間じゃなかったら、私もハジメさんも、それに葵さんも、ここまで君に肩入れしなかったでしょうけどね」

「時沢さん……」


 時沢の言葉を受けて、葵も静かに頷いた。


「葵ちゃん」

「感謝してますよ、武士君。君が来てくれなかったら、私はあのまま死んでいた。火傷が全身七十パーセント以上に及ぶと、致死率は非常に高くなります。君と葵さんのおかげで、なんとかその半分くらいには、火傷の範囲は抑えることができたようです」


 時沢は病院着の胸をはだけさせ、武士に見せる。


「私は訓練で君を何度も死ぬような目に、いや実際に何度も殺してきました。そんな私をここまで癒してくれるだけでも、君は人間を超えた神のような人だと思いますよ」

「と、時沢さん。さっきと言ってることが真逆じゃないですか」

「学がないもので。話すのが下手なんですよ、自分は」


 そう言って時沢は笑うが、彼の気持ちは武士に充分に伝わった。

 時沢の言うことに、横で聞いていた葵も全面的に同意する。

 葵にとっても、武士は神様のような存在だ。

 だけど、同時に。

 「武士は一人の高校生で、この戦いには巻き込まれただけだ」と。

 あのブロンドの少女の言葉で改めて思い返された。

 武士の優しさにつけ込んで、彼を利用しているだけなのではないかと。


 時沢を二人で病室に送り届けた後。


「武士、話があるの」


 ハジメや翠たちと合流しようとしていた武士を、葵は呼び止めた。


  ***


「ハジメ。昨夜の戦闘には、間に合わなかったけど。これ渡しておく」


 継が拠点として定めた、病院の辛うじて通信設備が生き残っている一室で。

ハジメと翠と継、その三人だけとなった時に、継はハジメに白い長方形の箱を手渡した。

 箱を開けて中を確認したハジメは、頭をボリボリと掻いて継の顔を見る。


「兄貴は結局、あの放火魔女のことを信用してんのか? してないのか?」

「信用できるはず、ないだろ。呉近強の指示ひとつで、例え灯太が敵の手に落ちたままでも、あの女はまたこっちに、牙を剥くよ」


 あっさりと答えた継に、ハジメと翠は目を丸くする。


「ちょっと継君。それじゃなんで共同戦線とか」

「あの女の戦闘力は、必要。それに、麒麟がまた紅華に接触してくる可能性は、少なくとも鬼島との戦いが終わるまでは、まずない。だったら、灯太と助けるっていう利害が、一致している内は、裏切られることは、ない」


 翠の質問に、継はいつものようにパソコンを操作し続けながら顔を見ずに答える。


「なんで言い切れる?」

「さっきの麒麟と紅華の通信、聞いてたでしょ?」

「華那国語は分からねえよ」


 ハジメが不貞腐れながら答えると、継はため息を吐いた。


「まあいいや。この件は、さっきも言った通り、宿題。ハジメ自身の頭で、よく考えて」

「んだよ。ジジイにしても兄貴にしても、なんでそうやって、俺になんでもかんでも判断させようとすんだよ」

「ハジメ?」


 両手で頭を掻きむしるハジメに、翠が後ろから顔を覗き込むようにして声を掛ける。


「それって、二人ともハジメに期待してるってことじゃないのん? 喜んで悩みなよ」

「適当なコト言うんじゃねーよ翠。お前に何が分かんだよ」

「分かるよん。君たち兄弟とどんだけ付き合ってきてると思ってるのかにゃ?」

「たった数ヶ月じゃねーか!」

「うんうん。濃いい数ヶ月だったねえ」


 ポンポンとハジメの肩を叩く翠。

 やめろ、とハジメはその手を掴んで振り払った。


「……キミたち、本当に仲良くなったね」


 二人の様子を見てボソリと呟いた継は、その場の誰も気が付かなかったがひどく不満そうで、不服そうだった。


  ***


「……もう一度言ってくれる? 葵ちゃん」

「うん。継さんが見つけるか、向こうから連絡があって、灯太の場所が分かったら。私たちが必ず灯太を助けるから、武士は芹香と一緒に、自分の家に帰っていてほしい」


 思いがけない葵の言葉に、武士は不意を突かれ、彼女が言っていることの意味がしばらく分からなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ