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「抵抗する少年」

 念話に、特別な動作は必要ない。

 紅華と感覚を共有し、朱焔杖の力を遠隔操作して戦闘のフォローするとなれば話は別だが、意志疎通の会話程度であれば、灯太には目を瞑って意識を集中といった必要すらない。

 例えるなら、意識するだけでキーボードを打てるパソコンでチャットをするような感覚だ。

 朱焔杖のコントロールに長けた灯太にとって、それは呼吸をするように簡単なことで、念話をしながら別人と現実で会話することも可能だ。


 だが。

 熟練の傭兵に冷たい銃口を向けられ、目の奥のさらに奥まで覗き込まれているかのような鋭い眼光を受けて、灯太は深井に悟られずに念話を行うことは不可能だと悟る。


「悪いな坊主。お前がテレパシーなんてトンデモ能力持ってなかったら、こんな無粋なモン出さないで、遊んでやりたいところなんだけどよ」


 深井は口元に笑みを浮かべ、だがその目には一切の油断が無いカミソリのような光を宿しながら、銃を構えながら語る。


「こっちの準備ができてねえんだ。まだ紅華とか九龍とか、刃朗衆とかを呼び出してもらっちゃ困るんだよ」


 灯太の背中を、冷たい汗が落ちる。

 横浜から儀式場まで、ずっと自分の護衛をしていた深井隆人。

 一目で達人であることは理解していたつもりだったが、こうして敵として相対した時のプレッシャーは、想像を超えるものだった。


「だから俺から視線を外すんじゃねえぞ、坊主。目を見てりゃあ、お前が誰かと話してるかどうか、すぐに分かるからな」

「……怖いな、深井さん。抵抗なんかしませんよ。北狼と伝説の傭兵両方を敵に回すなんて、できるわけがない」

「たった今、目の前で神楽のガキをボコボコにしたじゃねえか」


 愉快そうに深井は笑う。


「少しはやると思っていたが、想像以上だ。麒麟で習ったのか?」

「八極拳のことですか? ……ええ。個としての戦闘力も必要でしたからね」

「大したもんだ。神楽のガキにも見習わせてえな。そのガキは『戦うのは北狼の部隊員で、ボクは頭脳だ』とか抜かしやがる」


 灯太の後ろで倒れ伏している神楽を、深井は顎で指した。


「日野神楽が、頭脳……?」

「神道の術で、兵士たちをロボットみてえに操れんだとよ。なんでもありだな、お前ら九色刃使いも、こいつら北狼のオカルト部隊ってやつも」


 深井はこれまで数々の戦場で、銃とナイフと己の肉体のみを頼りに、戦い続けてきた。

 神楽のオカルティックな秘術の片鱗に加え、武士のバラバラになっても復活する肉体を目の当たりにして、四十を超えてこのような超常の力の数々と出会うことになるとは思ってもいなかった。


「けどよ、そんなとんでもねえ力を持っていながら、坊主が自分の手足で戦う技術も持ってるってのは気に入った。やっぱ男は、コレだよな!」


 深井はバシンと銃を構えた自分の二の腕を叩く。


「……ボクの場合は、やむを得ずでしたよ。あなたみたいに戦いに憑りつかれている訳じゃない」

「ん?」

「深井さん。なぜ、九龍直也を裏切ったんですか?」


 灯太は知らない。

 自分が神楽の術で意識を失っている間、深井が己の存在意義を掛けて、直也との戦いを愉しんでいたことを。

 だが、それでも直感していた。

 自分の腕を斬り飛ばした男の部下になった深井隆人。

 それも、歴戦の大ベテランである深井してみれば赤ん坊も同然のような若さである直也の部下にだ。

 金払いが良ければどこへでも行く、と彼は言った。

 本当だろうか?

 EU動乱で、フランスの外国人部隊に所属し鬼人の如き活躍を見せたという深井隆人。そんな男が、金だけのロジックで動くだろうか。

 手段そのものが目的となっている、そんな戦闘フリークを灯太は麒麟で何人も見てきた。

 紅華にもそういう節を感じ取ったことがある。

 「自分を倒した若い戦士と、もう一度戦場で会いまみえたい」

 そんな願いを彼は持っているのではないか。

 灯太は、目の前の傭兵の内心を正確に読み取っていた。


「……坊主。お前、ガキのくせにいい目をしてんな」

「ならざるをえませんでした。あの国で生きていく為には」

「殺したくねえな。マジで」


 深井は改めて銃を持つ腕を伸ばし、灯太に狙いを定める。


「……神楽を起こせ、坊主。それからさっきの技でもう一度封印されて、おとなしくしてろ」


 深井の目つきが異様に鋭くなり、猛烈なプレッシャーが叩きつけられる。


「次に坊主が目を覚ました時には、全部終わらせておいてやる。お前は朱焔杖の契約を解除されて、晴れて自由の身だよ」

「それで朱焔杖は、鬼島首相の物になるということですか」


 だが、灯太はたじろがない。

 このままでは、万全の体勢を整えた北狼と深井隆人の罠に、みすみす紅華が突っ込んでくることになる。

 あの紅華が、深井を前にして大人しく投降するとは思えなかった。

 そして戦いを愉しむであろう深井が、手心を加えるはずもない。


「ボクにつきませんか? 深井隆人」


 なんとかこの窮地を脱して、紅華に伝えなければならない。

 ここに来るな、と。

 灯太は戦闘技術で深井に勝てるとは思えない。

 であればこの場を逃れる手段は、小賢しく回る口先しか灯太には残されていなかった。


「どんな取引をしたかは知りませんが、鬼島首相はあなた自身の欲望を利用して、あなたを都合のいい手駒にしているだけです」

「兵隊なんてもんは所詮、権力者の手駒だ。俺は俺の力を認める、俺自身が選んだ相手に操られるのはいっこうに構わないんだよ」


 だが、そんな灯太の思いも深井は見抜いている。


「許せねえのは、俺の意志を無視して俺を操ろうとした輩だ。坊主、諦めるんだな。何を言おうと、お前は絶対に逃がさねえ」

「あなたの意志を無視して、あなたを操る……? それが、九龍直也だと言うんですか?」

「はっ。九龍の坊やじゃねえよ。アイツは敵だが憎んじゃいねえ。俺に愉しい生き甲斐を与えてくれる男さ。俺が許せないのは、アイツの後ろにいる魔女だ」


 吐き捨てられた深井の言葉に、灯太には聞き逃せない単語が混ざっていた。


「……魔女?」

「さあ、いいかげんお喋りは終わりだ坊主。後ろで暢気に寝ている神楽を早く起こして」

「待って、深井隆人。あなたを操った魔女というのは、巫婆フーポウと呼ばれている女か!?」

「はあ?」


 予想しないタイミングで血相を変えた灯太に、やや驚く深井。


「んな変な名前じゃねえよ。新崎結女っつー蝙蝠みてえな女だ。どこにでも現れて、戦場を引っ掻き回す冷たい笑い顔の女だよ」

「新崎……?」

「あの女の訳が分からねえ力で操られてた俺を、鬼島が解放したんだ。今の俺は自分の意志で、鬼島について九龍の坊やと戦っている。さあ坊主。そろそろ……」

「待って、これが最後だから」


 灯太はしびれを切らしている深井を遮り、強い意志で問いかける。


「その新崎っていう人は、長い髪の老婆?」

「誰と勘違いしてんのか知らねえが、違えよ。いつもショートカットのキャリアウーマンみてえな、若い女だ」

「……じゃあ、違うのか……」

「坊主」

「わかった。神楽を起こせばいいんだね?」


 灯太がスッと倒れている神楽の方を向いて、深井に背を向ける。


「待て! 背を向けんじゃ……」


 深井の視線から灯太自身の体によって隠された手が、神速で動いた。

 自分の髪の毛に指を滑らせ、そのまま振り返りもせずに指先だけで「何か」を深井に向けて投擲する。


「くっ!」


 咄嗟に瞼を閉じたが、鈍い痛みが深井の片目に走る。


 ガンガンッ!!


 直後に深井の銃が発砲されたが、片目を塞がれた状態で流れ弾が神楽に当たることのを避けようと、照準の為に一瞬の間が生じていた。

 その隙に灯太は横に飛び跳ね銃撃を躱し、そのまま深井の横を抜けて部屋の出口へと駆けようとする。

 しかし。


「なめるなっ!」

「がっ!!」


 重い衝撃が灯太の体を横から襲った。

 振るわれた深井の丸太のような左腕が、灯太の小さな体を跳ね飛ばしたのだ。

 少年の体はオモチャの人形のように容易く吹っ飛び、コンクリートの壁に叩きつけられる。


「髪針……暗器まで使いやがるか。危うく目を潰されるとこだったぜ」


 深井は投げつけられた物の正体を抓んで眺めると、倒れている灯太にまた銃を突きつける。


「だがな、三度もガキ相手に土をつけられる訳にはいかねえんだよ」


 髪針を投げ捨てると、空いた手で灯太の襟を掴んで軽々と持ち上げた。


「残念だったな坊主」

「……残念だったのは……あなた、です……所詮は、脳筋の傭兵……だね」


 強かに打ちつけられた身体の痛みで顔を歪めながら、灯太は嘲るような視線を襟首を掴む深井に向ける。


「なんだと?」

「今の……一瞬で……充分ですよ、ボクには……」

「まさか、テメエ」


 目的を達成した灯太は、ガクンと気を失った。


「……チッ」


 深井は、灯太が念話で紅華にメッセージを送ったことを悟った。


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