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「兄弟ゲンカ」

 目を覚ますと、打ちっぱなしのコンクリート壁が剥き出しの広い部屋だった。

 椅子も机もなにもない、殺風景な一室に、少年以外に誰もいない。

 はめ殺しの窓は曇りガラスになっており、外の様子を窺い知ることはできない。

 だが漏れてくる陽光が明るいことから、日の高い時間であることが想像できた。


「ここは……?」


 カチャリ。

 体を起こそうとすると、手足を縛りつけている勾玉の鎖が床を鳴らす。


 灯太は、自分が血の繋がった兄弟であろう神道使いの少年・日野神楽に拘束され、怪しげな術で気絶させられたことを思い出した。

 深井隆人と日野神楽が、九龍直也を裏切ったのだ。

 あれは夜の遅い時間だったことから、少なくとも半日以上は気絶していたことになる。


(いや……気絶、とは少し違う気がする)


 部屋の真ん中で床に転がされていた灯太は、うつ伏せの状態から腰を捻って上半身を起こす。


(強制的に体から意識を引き剥がされたというか……精神と身体の接続を断たれたって感じだ)


 CACCに攫われた灯太は、車椅子の状態から普通に歩けるようになるまで、日本の病院などでは考えられないような厳しいトレーニングを受けてきた。

 そして、一般の人間と同じように動けるようになった後も、麒麟の構成員として戦闘訓練も受けている。

 気絶するまでトレーニングが続くことなど、日常茶飯事のことだった。

 だが先の神楽の一撃は、通常の打撃や、たとえばスタンガンによるショック等とはまるで違っていた。

 神道の術による特殊な技なのだろう。


(……紅華姉……答えてよ、バカ姉貴!)


 灯太は、意識を集中して紅華との『念話』を試みる。

 だが、これまで感じた事のない感覚の断絶が、そこにはあった。

 例えるのであれば、これまで当たり前にあった手足が無くなった感覚。

 これまで当たり前に出せていた声が、突然まったく出なくなった感覚。

 ある程度予測はしていたが、朱焔杖との魂の繋がりが断たれている状況に、灯太は歯噛みする。


(この勾玉の鎖の力なのか? これがアイツの神道の術だってのか……!)


 問題なのは、これが一時的な力の封印なのか、それとも既に朱焔杖の管理者契約を解除されてしまったのか、ということだ。

 後者であれば、もともとの灯太の目的通りではあるのだが、タイミングが最悪だった。

 呉近強の指示で単身御堂組に乗り込んだ紅華の身に何があったのか。

今の状況では分かりようがない。

 最後に感覚共有していた状況を考えると、最悪、紅華は殺されていてもおかしくはない。


「……紅華姉っ……!」


 魂の繋がりを強化して、使い手と感覚を共有できる灯太。

 最後に見たビジョンは、裂帛の気合いと共に翠が碧双刃で操る樹竜が、紅華を押し潰そうとしているシーンだった。


「……翠お姉ちゃん……」


 少年の小さな胸を、複雑な感情が去来する。

 灯太の意志で展開した展開した炎盾に、翠が操る樹木が激突し、凄まじい魂のエネルギー交錯していた中で、灯太はふと懐かしい気配を覚えたことを思い出す。

 それは、灯太が持っているもっとも古い記憶。

 刃朗衆の里で暮らした、二人の「たましいのつながったきょうだい」との記憶。

 翠と、葵。


(……もし、翠お姉ちゃんが紅華姉を殺していたら……ボクは……!)


 紅華が死んでいたら。

 そう思っただけで、灯太の精神は張り裂けそうだった。


 バカ姉貴の紅華。


 その存在に自分の生きる理由を預けていたのは、他でもない灯太の方だった。

 予言に従い、自分をCACCに攫わせた刃朗衆。

 思い返して、幼かった二人の姉が刃朗衆の思惑を知っていたとはとても思えない。

 けれど、それでも「一緒にいる」という約束を二人は破った。

 そして、麒麟で朱焔杖の実験として何人もの命を奪わされた自分。

 そんな灯太が、それでも生きていこうと思えたのは、あの燃える瞳の女性が自分と魂を繋げてくれたからなのだ。


 ――…うた――


(!)


 微かに。

 それは、深い闇に一瞬だけ灯って消えた儚い蛍の瞬きのように。

 魂の声を、灯太は聞いた。

 灯太だからこそ、他の九色刃の管理者と比して特に卓越したレベルで魂の力を扱える彼だからこそ、感じ取ることのできた一瞬の細波。


(……生きている……!)


 少年には分かりえないことだったが、その時、紅華は何度目かの挑戦で灯太に念話で呼びかけていた。

 紅華には灯太を感じることができなかったようだったが、灯太の方は感じ取ったのだ。


(良かった……! 無茶しやがって、バカ姉貴!!)


 あの状況の後に生きていたということは、翠たちがトドメを刺さなかったのだろう。

 あやうく全てを呪いそうになった灯太は、ひとまずの紅華の無事に胸を撫で下ろす。


 それにしても。

 紅華の魂を僅かにでも感じ取れたということは、契約は解除されていないのだ。

 だとすればこの勾玉の鎖は一時的な封印で、この拘束を解けば再び紅華と念話で話ができる可能性が高い。


 灯太は、体を縛っている勾玉の鎖に力を込める。

 だが、翡翠の勾玉を古い縄で繋いだだけに見えるそれは、引き千切れることもなくガッチリと灯太の手足を拘束し続けた。


「チッ……ん?」


 鉄製のドアの向こうから、近づいてくる人の気配を感じる。

 咄嗟に灯太は、再び床に倒れ伏せて目を瞑った。

 ガチャリ、と音を立てて気配の主が部屋に入ってくる。


「……寝たふりとか、さすがにガキはガキだね。お前の魂が目を覚ましたことぐらい、ボクには分かるんだよ。下らないマネしてるんじゃない」


 神職服の少年が、床に転がる灯太を見下して吐き捨てた。


「……悪いね。そっちみたいに捻くれて育ってないもんで。可愛げってやつがボクには残ってるんだよ」

「薄汚い大陸の地下組織で育ったガキが、何を言ってる」


 目を開けて皮肉を返す灯太に、神楽は床に唾を吐いて言い返した。


「ここはどこ? 何の為にボクを生かしている」

「聞かれて素直に喋ると思う? バカなの?」


 神楽は灯太の問いかけを鼻で笑ったが、


「喋ると思うよ? 自分の功績とか能力とかペラペラ喋って自慢したい、自己顕示欲の強いタイプでしょ、キミ」


 続いた灯太の言葉に、幼い顔を怒りに歪ませる。

 自分とよく似た顔が歪むのを眺めながら、灯太は体を捻って拘束されたまま膝を畳んで床に座った。


「驚いて褒め称えてあげるから、さっさと喋んなよ。ここは何処? キミたちの目的は何?」

「……ふざけるな」

「ふざけてないよ。……そうだね、ここは鬼島首相の、北狼部隊が管理している隔離された場所。でも、都心からはそこまで離れてないかもね」


 灯太は紅華の魂を感じた時に、その距離感を掴んでいる。

 直也といた儀式場で感じていた紅華との距離と、大きな違いを感じなかった。

 仮に紅華が翠たちと戦った場所から動いていないとすれば、青梅にあるという御堂の病院からここまで、さほど遠くない場所だということだ。


「……何故、そう思う?」

「なんだ当たり? つまんないな」


 灯太はあからさまに侮蔑的に答える。


「この建物は古いけど、造りはかなりしっかりしてる鉄筋コンクリートみたいだ。東京から少し離れた程度にある、軍が管理できる公共の大規模な建物。かなり限定されるね」

「……」

「そんなところにボクを連れてきて、なにを? 決まってる。狙いは九色刃だ。前の儀式場とは別の、結界っていうの? を、準備してるのかな? ボクの魂を完全に封じるには、コレだけじゃ足りないみたいだからね」


 灯太は体を揺すって、ジャラリと勾玉の鎖の音を立てる。


「……お前がそう思うのは、勝手だ」

「何その反応、笑える」

「……」


 抑えようとしても感情を隠し切れていない兄弟の反応を、灯太は愉快そうに嘲笑う。


「……でも悔しいな、ボクと九龍直也の動きは、鬼島首相に筒抜けだったってわけか。契約解除の術式とボクの命を餌に、九色刃の使い手達をおびき出そうっていうんだね。……そうか、万全の構えで迎え撃つ為に、軍を動かしてもバレにくい山奥で準備する必要があるのか。あんな小規模な集団を相手に、鬼島首相も臆病なもんだね」

「ふざけんなっ!!」


 敬愛する鬼島のことまで貶め、挑発してくる自分と同じ顔を蹴り飛ばそうと、頭に血の上った神楽は、ツカツカと縛られた灯太に歩み寄る。


 神楽はもともと、用心深い性格だ。

 灯太が看破したように、他者に認められたい自己顕示欲が強い性格だが、だからといって自分を過信して不用意な行動をするような人間ではない。

 だからこそ北狼において多くの兵士たちを神道の術で管理下におき、一部隊を任される立場にもなったのだ。


 だが、自分と同じ顔の血を分けた兄弟であろう灯太が、百戦錬磨の大人たちと対等に渡り合っている(と神楽は思っている)自分を見下し嘲笑った。


 前に葵を捕えた時にも、不用意に彼女に近づくことなく反撃の機会を与えなかった神楽だったが、自分と歳の近い血縁による侮辱を受け、感情を押さえることができなかった。


「少しは痛い目を……!」

「見るのはそっちだよ!」


 灯太が床についた腰を支点にして回転し、同時に畳んでいた縛られた両足を伸ばす。

 そして、今まさに灯太の顔面を蹴り上げようとしていた神楽の軸足に、足払いを仕掛けた。


「うわっ!」


 まんまと足を払われ、横に体を投げ出して転ぶ神楽。

 その頭の上に、手足を縛られたままの灯太は体を投げ出した。

 勢いよく体重をかけられて、神楽はガンッと強かにコンクリートの床に頭を叩きつけられる。


「がっ……!」


 悲鳴をあげて額から流血する神楽の頭を、灯太はさらに体で床に押しつけて圧迫する。


「さあ日野神楽、ボクの封印を解くんだ! それともこのまま頭を潰されたいのか!」

「ぐっ……う……」


 灯太はギリギリと神楽の頭を抑え込むが、小さい体で体重も軽い灯太が、手足を縛られた状態でいつまでも神楽を押さえつけることは難しい。


「なめ、るな……!」


 神楽は手を伸ばし、灯太の体を縛っている勾玉の鎖を掴む。


「……魄破!!」

「があっ!!」


 灯太の魂に直接、衝撃が叩き込まれる。

 蝦のように体を跳ねさせて、今度は灯太が床に投げ出された。


「はあ、はあ……この……ふざけやがって……ガキのくせに……」


 血が流れる額を抑えながら神楽は立ち上がると、ぐったりと倒れている灯太を確認してから、勾玉の鎖を腕の一振りで解き、手元に手繰り寄せた。


「……キミだって、ガキだろ?」

「なにっ!?」


 カッと灯太の瞼が開かれる。

 直後、腕を起点に体を伸ばし、神楽の鳩尾に強烈な蹴りが叩き込まれた。


「がっ!!……は……う……」


 横隔膜の動きを強制的に止められ、呼吸困難に陥る神楽。


「バカ、な……ボクの術が……なん……で……」

「ボクを誰だと思っている。今のは魂に直接干渉する術だろ? ボクは魂のコントロールに慣れてるんだ。二度も同じような攻撃が通じると思わないでよね」


 自由を取り戻した手足の感覚を確かめるように、灯太は腕を回し、その場で軽く跳躍する。


「ふざ……けん、なっ!!」


 呼吸に苦しみながら、神楽は勾玉の鎖を振るう。

 蛇のように畝って飛んでくる鎖の先端を、素早い動きで灯太は掻い潜った。


「鈍いよ、オニイチャン」


 頭で螺旋を描くような動きで懐に飛び込んだ灯太が、再び神楽の鳩尾を狙って掌打を放つ。


「くっ……!」


 咄嗟に腕でガードした神楽だったが、灯太は直後に巻き上げるよう動きで両腕を回し、ガードをこじ開けて双掌打を撃ち込む。


「ぐぅっ!」

「はい終わり」


 続けて強く脚を踏み込みながら、神楽の胸に肘を下から突き上げるように立てて撃ち込んだ。


「がはっ……!」


 強烈な連撃に、神楽は後方に吹き飛び倒れ込んだ。

 灯太はふっと息を吐くと、急な動きに自分の体がついていかなかったのか、息が上がって苦しくなってきた呼吸を整える。


「……すげえな、双纏手に裡門頂肘かよ。その歳で八極拳を実戦で使えるとか、麒麟ってえのは恐え連中だな」


 パチパチパチ、と拍手をしながら感嘆の台詞を吐いたのは、いつの間にかドアを開けて入口立ち、一連の闘いを観戦していた筋骨隆々の義手の男。


「深井隆人……」

「兄弟ケンカは灯太君の圧勝だな。やるじゃねえか」


 すっと腕を上げる深井。

 向けられているのは、いつ抜いたのかも悟らせなかった一丁のハンドガン。

 冷たく光る銃口が、灯太を狙っている。


「テレパシーみたいのが使えんだろ? 少しでも『そういう』素振りを見せたら撃つからな。おとなしくしててくれ、子どもを撃つのは好きじゃねえんだ」


 その銃では武士の脳天をぶち抜き、対物ライフルでは武士の上半身を爆散させた傭兵が、笑いながら灯太に忠告した。



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