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「共同戦線」

「灰島議員……鬼島首相……誰でも同じことだ。この日本という国は、まだ灯太の運命を弄ぼうというのか……!」

「ざっけんな! あんな野郎どもとこの国を、一緒にすんじゃねえ!」


 紅華の怨嗟の呟きを聞き、ハジメは激昂する。


「黙ってハジメ」


 落ち着いた声でまた撃発しそうになった弟を、継は諌めた。


「……ここまでが鬼島のシナリオ、というのは、ともかく。問題なのが、麒麟のトップ、呉近強」


 直也が深井と神楽の黒幕について語り終えた後を引き継ぐように、発言を続ける。

 彼の手は、いまだキーボードの上で踊り続けたままだ。


「九龍。そこまでの分析は、誰でもできるけど。この場合、麒麟の動き、どう考える?」

「……不自然極まりないな。このままだと、呉近強はせっかく手にしていた貴重な超常兵器を、鬼島に返上しに来ただけだ。朱焔杖の使い手一人を単独で動かして、その意図がまるで分からない」

「そう。そのあたり、確認しないと、動くに動けない……紅華」


 継はようやくモニターから顔を上げて、紅華を見た。

 それから膝の上に乗せていたノートパソコンを、直也の横に立っている柏原に向かって顔も見ずに差し出した。


「柏原さん。続き、やっておいて」

「は? え?」

「後はもう、柏原さんでも、できるでしょ」


 説明もなく急にパソコンを渡され、柏原は戸惑う。

 だが、モニターを一目見ると、「あー」などとぼやいた。


「……分かりました」


 柏原は話し合いの輪を離れ、壁際に置かれたデスクの前に座りノートパソコンを置くと、キーボードの上で指を躍らせ始めた。


「で、もう一度聞くよ。麒麟の最終目的は、何?」


 改めて放たれた問いかけに、全員の視線が紅華に集まる。

 逡巡の後、灯太の奪還の為には必要と割り切り、紅華は顔を上げた。


「……九色刃を統べ、世を救う英雄を生む不死の力。命蒼刃の奪取だ」

「そんなことは聞いていない」


 その答えを継は即座に否定する。


「な……」

「そんなことは、お前の口から何度も聞いてる。そうじゃない。呉がお前一人を単独で送り込んだ、その意図だ」

「だから、命蒼刃の奪取だ! 私はCACCの連合評議員・呉近強の姪として、交換留学生の身分で入国している。それならば、鬼島首相も公には簡単に手を出せないはずだからだ。そして」


 紅華は、今回の件で各勢力が狙うターゲットそのものである立場にも関わらず、これまでの話し合いで碌に口を挟むこともできていない、凡庸を絵に描いたような少年に視線を向ける。


「灰島議員の紹介で、奴の息子のクラスメイトという学生。田中武士……『偽りの英雄』と引き合わせられるはずだった」


 ゴクン、と唾を呑む武士。

 外国の情報組織がまさに自分をターゲットにしていたという事実に、彼は改めて自分の置かれた立場を認識する。


「それに私は単独ではない。情報を提供してくれる仲間は、多く日本に潜伏している。何より、呉大人が自らも来日され、指示を下してくれる。私はその指示に従い、最終的に命蒼刃を奪うことが任務だったのだ」

「……どう思う、時沢さん」


 紅華の言葉を最後まで聞いた継が、ここまで多くを語ることがなかった時沢に問いかける。

 時沢は落ち着いたトーンで口を開いた。


「本当に知らされていないのでしょう。灯太君の命がかかったこの状況で、彼女が黙秘するとは思えません」

「……なんだ……なんの話だ?」


 見えない話に紅華が問う。


「……紅華。鬼島の手の内にある灯太を、助けたい?」

「当然だ!」


 何を当たり前の事をと叫ぶ紅華に、継はだったら、と言葉を続ける。


「麒麟の、呉近強の真の目的が分からないと、僕たちも危なくて、動けない。最後の質問だよ。知っていることは、全部話せ」


 車椅子の継が発する迫力に、歴戦の戦士である紅華が気圧される。

 だが、継が発した質問の前の言葉に違和感を覚え、紅華は逆に問いかけた。


「『危なくて、動けない』? 動く、というのはどういう意味だ」

「……は?」


 紅華の逆質問の意味が一瞬分からず、継は間の抜けた声を出す。


「お前達が何故、今の状況で動く必要がある?」

「……ああ、そうか。そっからか」


 やがて、継は自分が順番をすっ飛ばしていたことに思い至った。

 自分自身に呆れたかのように笑い、そして武士の顔を見る。


「……武士君に、毒されたな、僕も」

「え?」


 継の言っている意味が分からず、今度は武士が間抜けな声を上げる。


「武士君。説明してあげて」

「え、説明って……灯太君を助けにいくってことでしょ?」


 当然のことを改めて説明しろと言われても、と、武士は戸惑う。

 だが、それを当然と思っていない人物がいた。


「……お前達は、なにを企んでいる?」

「へっ? 企む?」


 紅華の問いの意味が本当に分からない武士。


「さっきお前達自身が話していただろう? これはお前達の敵、鬼島首相の罠だ。刃朗衆の予言成就の為とはいえ、今の状況で灯太を取り返しに行くなんて、そんな馬鹿な真似ができるはずがない」

「予言? ……いや、予言とか関係なくて」


 いやいやいや、と両手の平を紅華に向けて振り、紅華が何を疑っているのかが分からない、と武士は焦る。


 そして、そんな武士を葵が、ハジメが、翠が、芹香が同じ思いを抱いて見つめている。


「え? だって、灯太君が紅華さんの為に頑張ってて、それで敵に捕まっちゃったわけで。それに灯太君は葵ちゃんと翠さんの幼馴染だし、いや、もしそうじゃなかったとしても、助けなきゃいけないでしょ? 普通。え? 違うの」


 焦って早口になってしまう武士。

 紅華はこの少年は本当に状況を把握しているのか? と訝しむ。


「普通なものか。バカかお前は。話を聞いていたのか? 灯太は刃朗衆に協力するつもりで日本に来たわけじゃない。助け出しても、貴様らになんのメリットもないだろう?」

「め、メリット?」

「それとも、弱みでも握って無理矢理に私たちを刃朗衆に引き入れ、朱焔杖を管理者と使い手ごと手に入れるつもりか? だとしたら無駄なことだ。私は絶対に、日本の為になど動きはしない」

「あー……うん。いいんじゃないですか? べつに刃朗衆に入らなくても」

「……だったらなぜ! お前たちが灯太を助ける必要がある!」


 逆切れして叫ぶ紅華に、とうとう武士もスイッチが入った。


「そんなの……助けたいからに決まってるじゃないですか! 灯太君も! あなたも!」

「なんだと……」

「当たり前のことを何度も言わせないで下さい!」


 発展性のない会話になりそうなところで、


「あのさ、紅華」


 翠が横から口を挟んだ。


「予言とか刃朗衆とか関係なくて。灯太は、あたしと葵ちゃんの『たましいのきょうだい』なんだ。あんたなんか関係なくても、あたしらは絶対に灯太を助け出すから」

「……信じられるか。最初に見捨てたのはお前達だ」


 容赦のない紅華の言葉が、翠たちの胸を抉る。


「……ねえ」


 その心の痛みに耐え、今度は葵が口を開いた。


「さっき、武士の光があなたの怪我を治したよね?」

「えっ?」

「はっ?」

「……」


 唐突に変わった話題に沈黙している紅華をよそに、武士とハジメが声を上げて驚いた。

 訳が分からない顔をしている二人には、翠が説明をする。


「武ちんと葵ちゃんがここに来て最初に、あたしとハジメの怪我を治してくれたでしょう? あの時の命蒼刃の光がこの女も照らしてて、骨折とかも治しちゃってたみたい」

「げっ……マジで? だからこんな、蔦でグルグル巻きにしてんのか」

「でもあの力、僕と魂の繋がりが深い人としか……」


 他者を癒す力を持つ、命蒼刃の使い手としての能力。

 だが、それは武士と関係が強い人間に限定されるはずだ。

 そして、時沢への効果は薄く、そして継や征次郎にはまったく効かなかった。

 それがなぜ、紅華を癒すことができたのか。


「それって多分、武士が本当に、あなたの事を助けたいと願っていたからだと思う。私たちが皆、あなたはもう殺すしかないって諦めていた時。武士だけは、あなたを説得して助けたいって言っていた。そんな思いが強かったから、命蒼刃の力はあなたの怪我も回復してしまったんだ」


 葵の話を聞いて、紅華は沈黙を続ける。


 武士は、葵がそう考えてくれる事が嬉しい反面、複雑な思いに駆られる。

 だとしたら何故武士は、継と征次郎も癒せないのか。

 時沢の事も、他の仲間と同じようにすぐに完治させることができないのか。

 好き嫌いで選んでいるのか?

 そんなはずはない。

 けれどもし自分の魂が、無意識だとしても治す人と治せない人を選んでいるとしたら。

自分はどれだけ傲慢で、独善的な人間なんだろうか。


「葵、そこまで。九龍直也の前で、命蒼刃の仕様書にない能力、ベラベラ喋って、いいの?」

「……あ」

「やべ」


 継の静かなツッコミを受け、葵と翠は反射的に直也の顔を見る。

 直也はシニカルな笑みを浮かべていた。


「……聞かなかったことにしておくよ。命蒼刃を狙っている、刃朗衆の敵としてはね」

「もう! お兄ちゃん、わざとそんな言い方して!」


 芹香に叩かれてる直也は、武士が他者を回復する能力をある程度自在に操っていることに、驚きはした。

 だが、それは武士が芹香の白血病を治した時点で、ある程度想像がついていたことだ。

 直也が考えている計画に、大きな影響はない。


「……というわけ、紅華。灯太と君が、刃朗衆に合流するかは別の問題として、僕たちは必ず、灯太を助ける。だからその間に、麒麟の邪魔が入ったら、困る。だから、知っていることをは全部話せ」


 継の改めての質問に、しばらくの沈黙を経て、紅華はやはり首を振った。


「……本当に、さっき話したことがすべてだ」

「……そうか」


 継は舌打ちして車椅子ごと視線を逸らす。


「だが、一番最初の問いに答えよう、御堂継」


しかし、その後に続いた紅華の言葉に再び彼女に向き直った。


「……私がこの病院に侵入した時に。何故、ここのスタッフを一人も殺さなかったかと聞いたな?」


 ぴくりと、継の眉が上がる。

 紅華が目を覚まし、最初に問いかけた質問。

 紅華と今後、共闘関係を結べるかどうか量る為の重要な問い。

 それは、紅華の人間性を問う意味の他に、もう一つの思惑があった。


「……憎い日本人。その象徴とも言える御堂征次郎を守っている者たちの命など、わたしが慮る必要はない。だが、非戦闘員や直接的に関係のない人間を極力殺すなというのは……呉大人の指示だ」


 紅華の答えを聞き、


「……よくわかった」


 満足そうに、継は頷いた。


 紅華の人間性に関しても、ギリギリでクリアできると判断する。

 台詞だけ聞けば、紅華の日本への憎しみは根深く、指示が無ければ容赦なく殺していたと受け取れる。

 だが継には、紅華の「指示が無ければ殺していた」という言葉は、彼女自身に言い聞かせる為の台詞に思えた。

 憎んでいる。憎んでいる。日本を憎んでいる。

 紅華が何度も叫び、訴えてきた憎悪。

 しかし、本当にその精神を憎しみ一色で染め上げられた人間が、いちいち「お前達が憎い」などと前置きをするだろうか。

 むしろ、淡々と「殺さなかったのは呉の指示」とだけ答えられた方が、継は紅華とは仲間になれないと判断しだだろう。


 そして、呉近強が日本人を極力殺すなと指示したという事実。


 継が考えていた仮説に合う形で、パズルのピースが合わさった。


「……麒麟については、場当たり的に、対処していく。ただ、麒麟の横槍は、おそらく入らない」

「なんで、んな事が分かるんだよ」


 継の確信に近い発言に、もっともな疑問をハジメが投げかける。


「この状況。狙ったのは、鬼島だけじゃないってこと。そうだな……ハジメ」

「なんだよ」

「どうして、僕がそう考えたのか。ハジメも、考えてみて」

「はあ!?」

「もちろん、僕の考えが外れてる可能性、あるけど。一応、筋の通った仮説があるから。それをハジメも、考えて」


 唐突に継が出した宿題に、ハジメは面倒くさそうに天井を仰ぐ。


「んだよ、考えんのは兄貴の仕事だろ? 俺はそれに従うって」

「次のトップが、それでいいわけ、ないでしょ」

「だからなんでいつも俺が継ぐ前提なんだよ!」

「ハジメ。いいかげんに――」

「その話は後にしたらどうだい?」


 兄弟の言い合いに割って入ったのは直也だ。


「紅華さんも、怖い顔で君たちを見てるしね」


 確かに直也の視線の先にいる紅華が、継を燃えるような瞳で睨みつけている。


「……本当に、灯太を鬼島から取り戻すんだな」

「何度も、そう言ってる」


 くどい、とでもいう風にため息まじりに答える継。


「だけど、どうするつもりだい?」


 壁に寄りかかったまま、直也が問いかける。


「灯太君を助けに行くのはいいとして、居場所が分からない事に変わりはない。朱焔杖の魂感知も使えない以上、こちらからは動きようが、ない」

「それは、」


 その問いに継が答えようとした時、


「……お前たちが本当に、灯太を取り戻そうというのなら」


 紅華が縛られた体を前のめりにし、訴える。


「私に麒麟と連絡を取らせろ。さっきも言ったが、仲間が日本に多く潜伏している。彼らは戦闘能力こそないが、情報収集能力に長けている。彼らならきっと灯太の居場所を……」

「ああ、それだ。忘れてた。……柏原さん」


 それを聞いて、継はふいと部屋の隅でパソコン作業をしていた柏原を振り返った。


「忘れてたって。継さん……。はい、突き止めましたよ」


 いきなり振られた作業を文句も言わずに淡々とこなした柏原は、渡されていたノートパソコンを継に返す。

 継はモニターを確認すると、縛られたままベッドの上で体を起こしている紅華に見えるように、パソコンをサイドデスクの上に置く。


「なんだ?」

「繋ぐよ。発言は慎重に。まあ、僕の考えてる通りなら、何を言っても、無駄だけど」


 継のしていることが理解できない紅華は首を傾げるが、構わずに継は一方的に話した後、エンターキーを押した。

 モニター上に表示されているのは、一般的ではない特殊な音声通話アプリケーションと、複雑な文字列の通信コード。


「……っ! このコードは……!」


 それを見て紅華が驚愕している間にも通信は繋がり、内蔵スピーカーから低い男性の声が発せられる。


『……焔-2? 本人か? なんだこのアドレスは? いったい何処からアクセスしている?』


「なにこれ、華那国語? ……んももっ!?」


 異国の言葉に驚いて声を上げた芹香は、直後に直也に口を押さえられる。

 直也の反射神経ならばもっと早く押さえられた筈だったが、命の危機とまでは言えない状況で、妹の口を乱暴に押さえ込むのは兄として気が引けたのだろう。と、柏原は後ろで見ていて推測する。


『なんだ? 誰か日本人と一緒にいるのか? どういう状況だ?』


 答えてしまって良いのか、と紅華は継の顔を伺う。

 継は黙って紅華を見つめているのみだったが、横ではハジメがいつの間にか銃を抜き、その砲口を紅華に向けている。

 ただ、構えているハジメ自身、唐突な展開に紅華と継の顔を交互に見て慌てている状況だ。

 ごくんと唾を飲むと、華那国語でパソコンの向こうに話しかける。


『こちらコード焔-2、紅華だ。こちらの状況は、事情があって言えない』

『なんだと?』

『情報の提供をお願いしたい。コード焔-1が、日本に居るという情報を得ている。確認したい』

『コード焔-1? ……その情報をどこで手に入れた』


 再び継の顔を見る紅華。

 華那国語を理解している継は、手の平で直也を指し示した。

 直也も言葉を理解しており、継のしぐさに壁に寄り掛かっていた体を起こし、不服そうに継を睨みつける。

 だが、問題ないとでもいう風にニヤリと笑う継に、直也はため息を吐くと再び壁に寄り掛かった。


 なお、華那国語を全く理解できない武士とハジメ、芹香はポカンとしている。

 葵と翠、そして時沢と柏原は、ある程度の内容は理解できており、会話の推移を固唾を飲んで見守っている。


 紅華は、意を決してパソコンに向き直った。


『情報は、ある日本人から手に入れた。焔-1が日本に来る際に頼った人物と聞いている』

『ある日本人だと? それは誰だ?』

『そんなことより、焔-1の情報だ。日本のどこにいるのか、わからないか?』

『……わからない』

『……そうか。だったら、すぐに調べてほしい。鬼島の手の者に拉致されている可能性がある。実行したのは……』


 そこまで言って、紅華はまた継の顔を見る。

 お好きに、という風に継は両手の平を宙に向けた。


『日野神楽、という名前の神道使い。それに傭兵・深井隆人が絡んでいる』

『焔-2。それを誰から聞いた? また同じある日本人、とやらか?』

『そうだ』

『……残念だよ、紅華』


 短い沈黙の後、パソコンから響いた低い男性の声が、更に低く響く。


『なに?』

『失敗したな、紅華。この通信コードは抹消する。今後、私たちとの連絡は取れないと思ってくれ』

『なんだと? 待て、どういうことだ!』

『所詮、日本人は日本人ということか』

『何を言っている!? おい、話を』

『再見』


 プツンと、通信が一方的に切られる。

 モニターにはdisconnectedの文字。


『どういうことだ……』

「『どういうこと』も何も、そういうこと。麒麟は今後、お前のフォローを、することはない」


 呆然と華那国語で呟いた紅華に、継が答える。


「……なぜだ!」

「お前が敬愛する、呉近強の指示、だろうね」

「おいおい兄貴! なにがどうなってんだ、説明してくれよ!」


 言葉が分からず話の理解が追いついていないハジメが、口を挟んだ。


「後でね。……いや、自分で考えて、ハジメ」

「兄貴!」

「継君。俺をダシに使ったのはいいとして……麒麟を放置して、本当に大丈夫なのか?」


 兄弟の会話に直也が再び割り込み、継を問い詰める。


「あれ? 九龍にも状況、分からない?」

「麒麟が紅華さんごと、君たちを泳がせていることは分かる。俺の考えでは、麒麟は刃朗衆と鬼島の共倒れを狙っている。ならば、この後灯太君を奪い返したとしても、こちらが疲弊したところを麒麟が狙ってくるのは間違いない」

「そうでも、ない。麒麟の戦闘部隊は、日本に入国してない」

「なぜ、言い切れる?」

「白々しい、九龍。柏原さんに、北狼のデータベースに潜入させて、麒麟の監視データを、入手してるんでしょ?」

「げ」


 柏原がカエルが潰されたような呻き声を上げる。


「けけけ、継君? なんで、それを。しし知って……?」

「柏原さんは、御堂を監視してるつもりだった、みたいだけど。逆も然り、だよ?」

「そんなぁ……」


 御堂組のサーバに潜入し、一方的に情報を得ていたと信じていた柏原。

 だが、実際には継の方でも同様だったということだ。

 電子戦で継に勝利を収めていたと考えていた柏原は、はるか年下のライバルにしてやられていた事に、小さくないショックを受ける。


「……柏原さん……」

「そんな眼で見ないで下さい、直也さん……」


 呆れた視線を向けられ、凹む柏原。


「さて、紅華」


 そんな柏原を見て満足したのか、継は紅華に向き直る。


「おそらく、深井隆人と日野神楽は、灯太の命と引き換えに、九色刃の引き渡しを、要求してくる」


 麒麟の情報部隊のフォローを失い、ショックを受けていた紅華が、継の言葉にゆるゆると顔を上げる。

 継は淡々と、言葉を紡ぐ。


「敵の狙いは、各個撃破だった。御堂組のフォローがない刃朗衆と、紅華を争わせて、どちらか一方を潰すか、弱体化させる。それから灯太を餌に、準備万端で生き残ってる方を誘き寄せて、九色刃を三種全部、奪い取る。そういう狙い。だから、向こうの準備が整う前に、先制して、こちらの全戦力を、叩き込みたい」


 独特の途切れ途切れの口調ながら、そこまで一気に継は喋ると、車椅子の上から紅華に向かって手を差し出した。


「共同戦線だ。御堂組と刃朗衆、それに麒麟の紅華。それから……九龍直也」


 視線が直也に集まる。

 元北狼の少年兵、現内閣総理大臣の実の息子である青年は、ふっと笑う。


「情報さえ貰えれば、俺一人でも充分なんだが」

「黙れ。お前にも、みすみす鬼島の手の平で踊った、ツケは払ってもらう」


 直也とも組む話の流れに、


「兄貴」

「継さん」

「マジで……信用していいのん? また隙をついて、命蒼刃奪おうとすんじゃない?」


 ハジメと葵、翠が不満の声を上げる。


「うるさい。こっちは戦力不足で――」

「お兄ちゃんにそんなこと、私がさせないよ」


 継の言葉を遮って宣言したのは、言うまでもなく、兄の刀を両手に抱えたブロンド髪の少女。


「……芹香ちゃん」

「あ、そんなことっていうのは、命蒼刃を奪うってことね」

「芹香、お前は」


 前に出て話し始めた芹香を、直也は口を出すなと止めようとする。

 だが芹香は、直也の体をぐいと押して話を続ける。


「武士君、葵さん。私、言ったよね? 武士君を戦わせたくないって。だから、命蒼刃の使い手にはお兄ちゃんがなって、武士君には普通の高校生に戻ってほしいって」

「おい、芹香。それじゃあ九龍の味方するってことじゃねえか」

「違うよ」


 ハジメのツッコミに、芹香は首を横に振る。


「私はみんなの味方だよ。確かにわたしは空気読まないバカだけど、紅華さんを、灯太クンを助けたいっていう武士君の気持ちが分からない程バカじゃないつもり。だからお兄ちゃんには、そんな武士君を助けてほしいって思う。本当は……命の危険がある戦いなんて、皆にしてほしくないけど」

「……それで? 芹香」


 葵が、鋭い視線で芹香を射抜く。

 ここに来るまで、さんざん芹香とは言い合ってきた仲だ。

 彼女の言葉に内心をかき乱されてきた葵は、芹香に対し複雑な感情を抱いている。


「それでどうして、九龍に命蒼刃を奪わせないって話になるの?」

「隙をついて奪うなんて、そんな乱暴なやり方で命蒼刃を手に入れても、お兄ちゃんは英雄なんかになれっこないから。ね?」

「……」


 首を傾げて顔を覗き込んでくる妹に、直也は曖昧な笑みを返す。


「だから灯太クンを助けて、全部終わったら。そしたら、みんなで落ち着いて、ちゃんとお話し合いをしよう。それで、決めたらいい。ね?」


 直也の刀を一方に握ったまま、両手を大きく広げて「みんな友達!」とでもいう風に芹香は笑った。


「お兄ちゃん、そういう訳だから。武士君たちが納得しないままに命蒼刃を奪るなんて、そんな真似、わたしが許さないからねっ!」


 今度は腰に手を当て、怒った表情で兄を睨む。


「『許さないからねっ』って……」

「どんだけ、お花畑……」


 ハジメと翠がげんなりした顔で呻いた。

 緊迫していた話し合いの場に、暢気な空気が流れてしまう。


「……ということらしいから、俺のことは信用してくれ」


 他人事のように、直也は肩を竦めた。


「今の流れで信用できるかっつーの。……まあ」


 ハジメは呆れかえった表情のまま、直也を見返す。


「テメーのシスコンっぷりだけは、信用してやるよ」

「シスコン? 誰の事だい?」

「あー、もういい。そっちの話は終わりにして、バカども」


 継がわちゃわちゃと自分の髪を掻きむしる。

 流れを切るように「あーもう!」と叫ぶと。再び紅華に向かって手を差し伸べた。


「紅華。こんなバカどもだけど、一応、それなりに戦闘力はある。お前とも共同戦線張れれば、深井隆人や日野神楽、それに北狼が出てきても、対応できる」

「……今のわたしには、朱焔杖の力は使えないんだぞ」

「それでも、あなたの戦闘技術は一流です」


 フォローしたのは、実際に紅華と戦った時沢だ。


「充分に、戦力になるでしょう」

「……だが……」


 紅華は、横に立つハジメや翠、そして時沢を見回す。

 紅華にとって、彼らはつい数時間前に死闘を演じていた相手だ。

 この病院の屋上で、ハジメや時沢を燃やし、翠の腕を斬り飛ばした。

 そんな自分を、彼らは簡単に信用できるというのか。

 だが、紅華の視線からその疑いを察したかのように、ハジメ達は言った。


「鬼島の野郎の思い通りにさせねえ。利害が一致してるってだけだ」

「あんたなんかだけに、灯太のお姉ちゃん面はさせないってことよん」

「……残念ながら、私はこの体では作戦に参加できないでしょう。ですが、ハジメさん達のことは信用して下さい。そして、この十一年に決着を」


 そして最後に紅華は、武士と、彼に寄り添うように立つ葵を見つめる。

 葵は固い表情のまま頷き、武士は笑顔で視線に応じた。


「……翠」


 紅華に向かって手を差し出したままで、継が促す。


「わかったよん」


 チャリ、と腰の碧双刃に触れる翠。

 拘束していた蔦がしゅるしゅると解かれ、紅華は両腕が自由を回復した。


「……共同戦線。灯太を取り戻した後で、刃朗衆に戻るのか、それとも逃げるのか。それは、全部終わった後で、みんなで『お話し合い』、しようか。そこのノーテンキ女子高生に、倣って」

「ん? 誰のコト?」


 わざとらしく首を傾げる芹香を無視して。


 燃える瞳の紅華は。

 十一年前に攫われ、日本を憎み続け、同じ境遇の弟のような存在を頼り、絶対的な支配者に縋って生きてきたかつての少女は。


「……灯太を助けるまで、一時のことだ」


 継が差し出した手を静かに、握った。


 やがて継は静かに頷くと、紅華の手を放し、この場にいる全員に顔を向ける。


「話した通り。いずれ、向こうから接触が必ずあるけど、その前に強襲したい。僕と柏原さんが、なんとしても、灯太の場所、突き止める。それまでの間、皆は戦力、整えて」


 紅華による病院襲撃から始まった、長かった夜が明ける。

 まだ何も解決してはいないけれど、バラバラだった欠片がひとつところに集い、事態が大詰めを迎えていることを誰もが自覚していた。


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