「話し合い(2)」
「魂を封じる、だと?」
「そうだ。葵さん、君は経験しただろう? 前に命蒼刃の力を封じられた、あの勾玉の鎖による拘束だ」
紅華の反問に、直也は話を葵に振る。
厳しい表情を崩さないまま、葵は頷いた。
「ああ。あの鎖に縛られると、九色刃を介する管理者と使い手の魂の繋がりが断たれる。もし灯太がそういう状況にあるのなら、紅華が今、朱焔杖を使えないのも当然だろう」
「……そんなことが……それで、今、灯太はどこにいる?」
そのもっとも重要な紅華の質問に、直也は静かに首を横に振った。
「分からない。俺はそれを、君に聞きに来たんだ。魂の繋がりで、管理者と使い手は互いの場所が分かるんだろう?」
「――ふざけるな!!」
激昂する紅華。
当然だ。
「たった今、キサマ自身が灯太の魂が封じられていると言っただろう!! それなのに、私に灯太の居場所が分かるわけがない!」
「だけど、そこにいる命蒼刃の使い手は、管理者である葵さんが同じような状況になった時に、管理者の居場所をみごと突き止めたよ」
「えっ……僕??」
「本当か!?」
「えっ……いや、あれは……」
急に話を振られ、また紅華の余裕のない必死な視線を受けて、武士は戸惑う。
「あの、先輩、紅華さん、あの時は、ええと……」
「無理だ、九龍」
武士に代わって葵が答える。
「あの時は、私が封じられた結界の中に携帯電話があった。それで武士と電話が繋がった時に、魂の力も一緒に繋がったんだ」
「携帯電話……そんなもので?」
「間違いない。私は電話で武士の気配を身近に感じて、魂の力が繋がったんだ。神道使いの子ども……日野神楽、か? あいつも確かに、『携帯なんかでボクの結界が破られるなんて』と驚いていた」
かつて葵が攫われて、封じられた命蒼刃の力が復活した時。
直也は武士と共にいた。
確かに武士と葵が携帯電話で会話をした直後、武士に不死身の力が甦り、葵の居場所を特定した。
だが当時、武士と状況を詳しく確認する余裕がなかった直也は、二人の意志の力で魂の繋がりが甦ったと考えていたのだ。
まさか、携帯電話などというツールがそこまで重要な役割を果たしているとは考えていなかった。
「ちっ……だったら神楽は、もう灯太に携帯を使わせるはずがない、か」
ここまできて当てが外れ、直也は舌打ちする。
「ねえ、あんた」
翠が腰の碧双刃に手をかけたまま、紅華に問いかける。
「さっき灯太が日本にいるって聞いて、驚いてたよね?」
「……」
魂の繋がりを絶たれた灯太の居場所を探る手段があるかと期待させられ、直後に落胆させられた紅華は、黙して答えない。
だが、翠は構わずに続ける。
「おかしいよねん? だって、ついさっきまでは意識が繋がってたわけでしょ? それがどうして、灯太がCACCにいるって思ってたわけ? 外国にいるか日本にいるかも分からないとか、そんな魂の繋がりってある?」
「……」
紅華は答えないが、それは答える意志がないからではなく、彼女自身、分からないからだ。
紅華は確かに、灯太の気配を遠く海を越えた大陸から感じていた。
それが実は日本にいたなど、魂の繋がりが断絶するというこんな事態にでもならない限り、絶対に信じられないことだった。
「推測、だけど」
口を挟んだのは、ノートパソコンでキーボードを打つ手を止めないでいる継だ。
モニターから視線を外さないまま、言葉を続ける。
「僕も見てたホテルでの戦闘、思い返してみても、灯太は相当なレベルで、九色刃の管理者としての能力を持ってる。使い手とテレパシーを使って会話して、紅華が気づかない背後からの攻撃も、管理者側で発動したバリアで防いだ。……葵、例えば武士の意志を無視して、回復の力、使える?」
問いかけに、葵は首を横に振る。
「おそらく灯太は、紅華に来日を隠す為、魂の力をコントロールして、自分の居場所を偽装してた。そのくらいのことができても、あの灯太だったら、不思議じゃない」
「……ありえない!」
唐突に紅華が叫んだ。
蔦による拘束を引きちぎりかねない勢いで、翠は慌てて碧双刃の力で植物を強化する。
「灯太が嘘を吐いていたというのか! どうして灯太が、私を偽る必要がある! 灯太と私は、魂の姉弟なんだ! あの子が私に嘘を吐くはずがない!」
「魂の姉弟」というフレーズに、葵と翠は凍りつく。
灯太の「たましいのきょうだい」は私たちだ、と叫び返したくとも、七年前に彼を守りきれなかったのは、他ならない自分たち自身。
怒りと後悔、無力感と自責の念に縛られ、二人は反論することもできない。
「……だから、だよ」
代わりに口を開いたのは芹香だった。
「芹香」
「大丈夫。話を引っ掻き回したりしないから」
黙っていろと言ったはずだと諌めようとした直也を、手を上げて、真摯な瞳で見つめて制する芹香。
直也は逡巡した後に、分かったという風に芹香に話を続けるよう促した。
それで譲るなら最初にした約束はなんなんだ、と隣に立つ柏原は思ったが、誰かと違って空気を読める彼は、口には出さない。
「……灯太クンは、あなたを麒麟から逃がそうとしてた。呉近強という人に騙されて、戦いの道具になってしまっているあなたを、助けようとしてた」
「!! ……何も知らない小娘が、知ったような口を聞くな! お前に呉大人の何が分かる!!」
「わたしじゃない! 灯太クンが言ったことだよ!」
普通の女子高校生ならば、その迫力で腰を抜かしてしまう程の威圧感をもって紅華は叫んだが、芹香も負けずに声を張る。
ここで伝えなくてはならないことを言えずに萎縮してしまうのであれば、自分は何の為に多くの人に迷惑と心配をかけて、今この場所に立っているのか。
「あなたを縛っているものをなくす為には、朱焔杖は邪魔なのよ。灯太クンは言ってた。朱焔杖の力を失えば、紅華さんは麒麟にいられなくなるって。用済みになった人間は口封じされるだけだからって。麒麟ってそういう組織なんでしょう!?」
「っ……」
「そうなったら紅華さんは、麒麟から逃げ出すしかなくなる。その為に、灯太クンは朱焔杖の契約を解除しようとしているの!」
前に踏み出し、全身全霊で語る芹香。
紅華はその言葉を正面から受けて、息を飲む。
芹香はその立ち居振る舞いから、どう見てもただの一般人だ。
ここにいる他の面々とはまったく違い、裏の人間特有の匂いを感じない。
だからこそ、目の前の金髪の少女が、謀略や詐話ではなく真実を語っていると、直感的に思える。
しかし。
「……そんなはずない。灯太は、私を理解してくれてた。呉大人の為に働く私の、パパとママの仇を討とうとする私の気持ちを、分かってくれてた」
「分かってたと思うよ。わたしなんかには想像できない、あなたの人生。思い。灯太クンはきっと分かってた。だから、あなたに何も言わずに、一人で日本に来たんだよ。お兄ちゃんを頼って朱焔杖の契約を解除して、あなたを無理矢理にでも自由にするために!」
「……そんな」
「刃朗衆を頼らなかったのは、もう紅華さんを戦わせたくないからっていってた。全部、あなたの為。あなたをもう戦わせたくなくて、灯太君はたった一人で日本に戻ってきたんだよ!!」
「……そんな、ことって……」
「どんなに卓越した情報操作技術を持っていたとしても」
静かに、滑り込ませるように言葉を差し込んだのは、これまで黙って話を聞いていた時沢だ。
「麒麟を抜け出してCACCから日本に密入国するのは、並大抵のことではないでしょう。命の危険も相当にあったはずです。灯太君はそれを紅華さんの為にやったんですね」
「灯太が……」
打ちのめされ、うなだれる紅華。
だが、ハッと気づいて、顔を上げる。
「それで、それで灯太は!? 日本に来て、九龍直也、お前を頼って……それでどうなった!? 契約解除できる神道使いに裏切られ、封じられたというのはどういうことだ!」
燃え上がる瞳で、直也を睨みつける。
灯太の考えを察することができなかった自分に、落ち込んでいる暇などない。
自分の為に灯太が危ない橋を渡り、そして今、日本で彼の身に何かが起こっているというのであれば、すぐにでも駆けつけなくてはならない。
「……神道使いの日野神楽は、灯太君の力を封じ、どこかに連れ去った。『安定した結界』に連れて行くと言っていたが、それがどこかは分からない。もともと俺たちは朱焔杖の契約解除の為に儀式場を用意していたが、そことは違う場所だろう」
「テメエがついていながら、あんなガキに何をいいようにやられてんだ。北狼部隊でも連れてきてたのか」
過去に自分たちも神楽と北狼部隊に一方的に敗北したことを棚に上げ、ハジメは吐き捨てる。
直也は自嘲気味に笑った。
「北狼はいなかったが、深井隆人がいてね。彼と戦っている間に、隙を突かれた」
「……それだ」
直也の口から出た名前に、ハジメが食いつく。
「ここへ来る途中の武士達を襲ったのも、深井隆人だって話じゃねえか。あの伝説とも言われてる傭兵が、なんで出てくる。テメエが雇ったって聞いたぞ」
「ある人から紹介されてね。だが裏切られた」
「あんな名の売れた傭兵が、簡単に雇い主を裏切るとは思えねーんだけどな?」
「……もともとの雇い主が、九龍ではないということか?」
葵が横から口を挟んだ。
「前に芹香が灰島に攫われたときに、あのビルで深井とやり合って、腕を斬り飛ばしたそうだな?」
「はあ?」
「マジで?」
その戦いで葵や武士と同じく、深井と顔を合わせることがなかったハジメと翠が驚く。
「ああ、そうだ」
「ということは、深井隆人は灰島議員の手の者だったということだな? 日野神楽と深井隆人の黒幕は、あの男という事なのか?」
葵の話を聞いていた紅華の殺気が、膨れ上がる。
「灰島議員だと……あの豚が!?」
その勘違いを、直也は鼻で笑って否定した。
「違う、違う。あんな小物に何ができる」
「……じゃあ、誰が黒幕だっつーんだよ」
その態度に不快感を示して、ハジメが睨みつける。
「決まっているだろう」
直也は鋭い表情に戻り、ハジメを見返した。
「……もともとの始まりは、CACCによる日本の反政権側への九色刃譲渡だ。御堂組と刃朗衆にその情報を流して妨害させ、更にその戦闘を利用しマスコミに情報をリークして、御堂組の動きを封じる。その隙に、日本に来ている朱焔杖の管理者を押さえて、朱焔杖の力を封じた上で、手に入れる」
直也は語りながら、ゆっくりとその場の面々を見回す。
「当然、その動きを察知すれば刃朗衆は動かざるをえない。刃朗衆にとって予言された九色刃の管理者である灯太が攫われているとなれば、なおさらだ。御堂組がバックアップできない状態で突っ込んでくる命蒼刃と碧双刃の使い手達を、万全の状態で待ち構え、九色刃を奪い取る」
直也の視線は最後に、ハジメで止まった。
「……そんな事を目論む人間は、誰だ?」
ガン! とその拳が壁を打つ。
「分かっちゃあいたけどよ……鬼島首相……最初から全部、あの野郎の手の平の上だったってことかよ!」
憎々しげに、ハジメは吐き捨てた。




