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「話し合い(1)」

 話し合いの為に集合した場所は、紅華の手当てがされていた病室だった。

 紅華は碧双刃による樹竜の攻撃を受け全身の打撲に骨折、とくに両脚は複雑骨折という重傷だったのだが、翠とハジメを癒す為の命蒼刃の光を一緒に浴びた際に、一緒に治癒されてしまった。

 その為、今は翠の操る蔦によって全身を拘束され、元のベッドの上に投げ出されている。


 ちなみに、紅華を拘束している蔦はノットウィードと呼ばれる最強の雑草で、仮に常人を凌駕する膂力で蔦を引き千切られたとしても、それを超えるスピードで再生することができる。

 完全復活&パワーアップを遂げた翠が横で監視している限りは、紅華の拘束は万全といえた。


 その拘束中の紅華を囲む形で関係者たちが、ある者はパイプ椅子に座り、ある者は警戒を解かないままその場に立ち、そしてあるものは車椅子に座っている。

 刃朗衆の翠に、葵。

 御堂組の継、ハジメ、時沢。

 九龍直也と、その妹の芹香。協力関係にある柏原。

 そして、武士。

 総勢10名が、一室に揃っていた。


「狭くて、悪いんだけど。この女を別の部屋に移すのも、面倒なんで」


 継はそう言って、揃った面子を見回した後に、ベッドの上の紅華に一瞥する。

 紅華はさるぐつわの様に口に蔦を巻きつけられており、憎々しげな眼で継を睨みつけていた。


「ちょっと、これから話し合いするんでしょ? なんで紅華さんが口を塞がれてるの? これじゃあ話し合いなんてできないじゃない!」


 芹香が紅華の置かれている状況に抗議の声を上げる。

 はあ、と大きくため息をついたのは継だ。


「話は全員揃ってからと、何度も言っているのに、九龍に向かって叫んでばかりで、仕方なかった。……おい、九龍直也」

「……ああ」


 心底面倒くさそうに答えた後、継は直也に視線を向ける。

 分かっている、という風に直也は頷くと、隣に自分の愛刀を抱えて立つ妹に向かって、正面から顔を覗き込んで話しかけた。


「芹香」

「なに?」

「仕方なくお前を連れてきたけれど、話し合いの間は、静かにしていてくれないか」

「なんで? 私は、灯太クンの気持ちを彼女に伝える為に――」

「その時間は必ず作る。だから、全員で話している間は、少し黙っててくれ」

「でも」

「芹香」


 有無を言わせない厳しい口調とともに、芹香を見つめる直也。


「……わかった。けど、絶対に時間、ちょうだいね」


 渋々という風に芹香が頷くと、直也は一同に向き直った。


「失礼。じゃあ、始めようか」

「そうだね。自己紹介、の必要は?」


 面々を見回す継。


「必要ないでしょう」


 答えたのは時沢だった。

 血の気が引いた青白い顔色で、しかし強い意志を宿した瞳で全員を見回す。


「私も九龍さんの妹さんに、柏原さんですか? 初対面の方はいますが。お互い、相手が誰だかは知っているでしょう」

「……ええ、存じています。御堂組組長の懐刀、時沢さん」

「え? え? 私は存じてないけど?」


 神妙な顔で頷いた柏原の横で、空気を読まない芹香だったが、直也に肘で小突かれ、口を閉じる。

 継は頷くと、紅華の横に立つ翠に向かって口を開いた。


「じゃあ、進める。……翠」

「あーい」


 チャリ、と翠が腰に下げた碧双刃に触れると、紅華の口を塞いでいた蔦がシュルシュルと外れた。


「……」


 黙ったまま、直也を睨み続ける紅華。


「無駄なこと考えないでねん、紅華」


 翠が敵意を剥き出しにしている紅華に向かって、声を掛ける。


「その気になれば私のノットウィードは、いつでもあんたを縊り殺せるんだからね」

「わかっている。……九龍」


 翠の顔を見もせずに応えると、紅華は直也を睨んだまま口を開いた。


「本当に、灯太を殺していないんだな」

「くどい。さっきも言ったが、俺は灯太君の味方だ。彼を助けこそすれ、殺す理由などない」

「管理者を殺して、朱焔杖を手に入れる為だろう? 鬼島の息子が」

「何度も言わせるな。あの男は俺の敵だ。それに、あんな年端もいかない子どもを犠牲にして九色刃を手に入れるなど、そんな非道な真似はしない」

「どうだかね」


 直也の言葉に茶々を入れたのは、パイプ椅子に寄り掛かって脚を組んで座っているハジメだ。


「目的の為に武士を犠牲にしようとした男だろ、おめーは」


 その容赦のない言葉に芹香が表情を曇らせ、それに気づいた武士がバッとハジメを睨む。


「混ぜっ返さないで、ハジメ。今はそんな話、関係ない」


 だが、二人が何か言い出す前に、継がハジメを諌めた。

 はいはい、とハジメは手ひらひらさせ、視線を逸らす。


「九龍。お前の目的、正直に話せ。その方が紅華は、信用する」


 継は膝に置いたパソコンに視線を落として、キーボードを操作しながら直也に忠告する。


「……俺の目的だと?」

「ついでに、ウチの脳みそ筋肉の弟と、紅華以上にお前を警戒している、命蒼刃の管理者の、余計な疑いも、晴らせる」

「誰が脳筋だって?」

「……」


 継の発言に直也は、武士の横に立つ少女を見た。

 そこには、体の半分を武士の前に立たせて、いつでも庇えるような位置取りでこちらを睨みつけている葵がいる。


「……なるほどね」


 直也はふっと息を吐くと、一瞬視線を床に落とし、そして決心したように顔を上げた。


「俺の目的は、九色刃の契約解除が本当にできるか、そのテストだった」

「テスト……だと?」


 不穏な響きの言葉を受けて、紅華は反問する。


「ああ。俺は九色刃の契約を解除できる秘術を使える、日野神楽という神道使いを手に入れた。その秘術が本当に可能か、テストをしたかった。まあ、神楽には裏切られてしまったけれど」

「日野、神楽?」


 聞いたことのない名前に、翠が問い返す。


「翠姉。前に私が北狼に掴まった時に、契約解除されそうになった神道使いの子どもだよ」


 芹香から事前に聞かされていた葵が、直也の代わりに答えた。


「え……でも、確か死んだって」

「生きてたんだって」

「生きてた? だって、あのガキが死んだって言ったのは……」


 翠は直也の顔を見る。


「……九龍、お前だ」

「……どういうこと?」


 辻褄の合わない事実に、葵も直也に疑いの視線を向ける。


「……あの時は、確かに死んだと思っていた。彼が生きていたというのは、俺も後で知ったことだったんだ」


 実際、神楽が死んだと言ったのは新崎結女で、直也はそれを聞かされていただけだ。

 だが、それをそのまま話す訳にもいかない直也は言葉を濁す。


「あの神道使いの少年……灯太の兄弟が生きていたことは、俺にとっても幸運だった。犠牲者を出さずに、契約の解除を」

「ええええ!? 今、なんつった!?」


 驚愕の叫びで、翠は直也の話を遮る。


「誰と、誰が、兄弟だって!?」

「灯太と、あの神道使いの子どもだよ、……翠姉、わたしも芹香から聞かされて驚いた」

「マジで……んなバカな、あのクソ生意気なムカつく俺様系のジャリガキが、あんなに可愛らしかった灯太と兄弟? ありえない!」


 全力で否定する翠。

 あの愛らしかった灯太と、人を舐めきった態度で自尊心の塊のようなクソガキが血が繋がっているなど、考えられないとブンブン首を振る。

 だが、葵は翠の気持ちが痛い程分かりながら、言葉を重ねる。


「でも翠姉、灯太は出雲の神道衆出身でしょ。それに、年の頃だって、ちょうど……」

「えええ……ああ、そうか……マジで……全然気が付かなかった……似てるとも思わなかった……」


 翠は期せずして葵と同じような反応で落ち込み、葵もまた説明しながら改めて落ち込んだ。


「……顔も性格も、けっこう似てたけどな」


 二人が揃っているところを見た芹香がボソッと呟く。

 敵意すら篭った目で葵と翠にギッと睨まれ、芹香は慌てて口を噤んだ。


「……とにかく、だ」


 直也は咳払いをして、話を先に進める。


「その神楽が本当に朱焔杖の契約を解除できるのであれば、問題はなくなる。俺が九色刃の契約解除の方法を探していたことを知った灯太君が、俺に連絡をくれた。そこで俺と灯太君は、日本で会う約束をしたんだ」

「……問題だと?」


 直也の説明に引っかかったのは、ハジメだ。


「問題ってなんだ? 九龍」

「……御堂」

「テメーが命蒼刃の契約解除を企んでたのは、芹香を助ける為だったんだろ? 芹香の病気が治った今、なんで九色刃の契約解除のテストをする必要がある?」


 細い目を更に細めて、厳しい視線を向けるハジメ。

 直也はそのプレッシャーを正面から受けて止めて、口を開いた。


「……決まっている。田中の契約を解除して、俺が命蒼刃の使い手に、鬼島を倒す英雄になる為だ」

「……本性を現しやがったな、この独善者が」


 立ち上がり、素早い動きで懐に手を入れるハジメ。

 だが、銃が抜かれる前にその動きを押さえたのは、背後にいた時沢だった。


「ハジメさん」

「時沢さん……」


 静かに肩に置かれた手で、すべての動きを止められる。

 時沢の身体は万全にほど遠く、武士による命蒼刃の力で辛うじて命の危機を脱した程度に過ぎない。

 だが、その半死半生の彼の手で、ハジメは銃を抜くことができなかった。

 それほどまでに、時沢のタイミングは絶妙で、また発せられた気迫は凄まじかった。


「駄目です、ハジメさん。短慮はいけません」

「でもよ」

「バカハジメ。状況を考えて」


 継が顔も上げずにキーボードを叩きながら吐き捨てる。


「今、ハッキリさせなきゃいけない事は、九龍が灯太を害する理由がない事。それ以外、今はどうでもいい」

「どうでもいいって、兄貴」

「……いいかげんにしろ」


 迷走を始めようとしてた場を鎮めたのは、紅華の怒気が篭った言葉だ。


「九龍直也。お前が灯太を殺していないことは分かった。だったら何故、灯太と私の……朱焔杖との繋がりが断たれた。何故、魂の力が途絶えたんだ?」


 燃えるような瞳で、圧力で、直也に問いかける。

 紅華にとってなにより大切な灯太の安否に、刃朗衆や御堂組と直也との軋轢などまったくの瑣事でしかない。


「……さっきも話したが、日野神楽が裏切った。神道の秘術のひとつで、灯太の魂が封じられたんだ」


 直也の話は紅華にとっての核心に迫っていく。

 紅華が縛られた蔦の下で、爪が食い込むほど拳を握りしめた。


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