「語られないこと、語るべきこと」
淡く輝く蒼い光が落ち着いた後、御堂組四天王の一人(ただし他の三人も同一人物の疑いあり)が、ベッドから起き上がった。
「ありがとう、武士君。しかし……何回体験しても慣れませんね。自分の怪我がウネウネと治っていく様は」
「翠なんてぶった切られた腕がくっついたんだぜ。なんかCGでも見てるみてーな気分……っ時沢さん!」
しかし、ハジメが軽口で応じてる途中で、立ち上がろうとした時沢がバランスを崩し、慌てて武士とハジメがそれを支えた。
「……すみません」
「……完全には治ってない……?」
「そのようです。訓練で回復を試した時の怪我は、浅い切り傷のようなものばかりでしたからね。ここまでの重傷には、繋がりの強さで回復に差が出るのでしょう」
表情を曇らせる武士に、時沢はすまなそうに答える。
「武士君のせいじゃありません。武士君が来てくれるのがもう少し遅ければ、私は全身火傷のショック症状で、もうすぐあの世行きでした。こうして動けるだけでも……つっ……ありがたいことです」
話しながらも、体を走る痛みに顔を歪める時沢。
こと痛みに対して相当の耐性を持っている彼をして、堪えきれない痛みなのだ。生きてるだけマシ、常人なら起き上がることすらできないだろう。
「……やっぱり、葵にブーストしてもらうか? 結局……ジジイにも効かなかったわけだし」
ハジメの提案に、武士は横のベッドに横たわり意識を失っている御堂征次郎を見る。
警護の都合を考え、同室で手当てを受けていた時沢と征次郎。
征次郎はもともと体調を崩していたことに加え、紅華によって両足を焼かれていた。
「どの程度焼けば人が死ぬか把握している」と言い放った紅華の言葉通り、命に別状こそなかったものの、齢九十近い老人が受けたダメージは大きく、意識を失ったままだった。
武士達が部屋に入ってきた時、時沢は瀕死だった自分よりも、征次郎の回復を優先するように告げた。
一目見て時沢の状態も酷いことを察して武士は難色を示したが、彼の征次郎への忠誠心をよく知るハジメが、言っても無駄だと武士に諭し、先に征次郎への命蒼刃による回復を試すこととなった。
結果は、継と同じ。
征次郎のもともとの病気はおろか、焼かれた両足も少しも回復することはなかった。
実は、武士の命蒼刃の力が芹香・シュバルツェンベックの白血病を癒したことから、征次郎の持病も癒せないか試してみようという話はあったのだ。
だが、征次郎の「そんな事をしている暇があったら、訓練と学業に費やせ」という一言で話は流れた。
(ジジイ……自分は回復できないって、知っていたのか?)
「武士と魂の繋がりが強い者のみ癒すことができる」という結論に達した、命蒼刃の他者への回復の力。
だが、「魂の繋がり」の強弱など、どういう基準があるのか。
時沢に対しては、弱いとはいえ命蒼刃の力は効く。
だが、継や征次郎には効かない。
征次郎はともかく、武士が会話したり一緒に過ごした時間は、継と時沢にそこまでの差はない。
葵やハジメ、翠や芹香に劇的に作用することは理解できても、「魂の繋がりの強さ」だけで説明するには、矛盾が多すぎた。
「……そうだね。葵ちゃんに相談して、大丈夫そうだったらブーストも試して」
「それはいけません」
ハジメの提案を肯定しようとした武士を、時沢が遮る。
「でも……時沢さん」
「私のことなら心配いりません。いざとなったら戦える程度には、回復しました」
「……とてもそうは見えねーけど。まあ、不死身の時沢さんはともかく、ジジイが目も覚まさねえってのは……この状況でマズイんじゃねーかな」
ハジメの指摘はもっともだった。
鬼島が政権を取って以来、各方面への影響力が低下していた御堂組が、鬼島の策略に嵌り、横浜のホテルでのテロに関与した疑いを掛けられ、更に苦境に追いやられている。
この状況で、御堂組の政治力ほぼ全てを担っている征次郎が意識不明であることは、致命的と考えられた。
不確定な要因があるとはいえ、葵のブーストを試してでも、征次郎の回復は必要であると考えられた。
だが、時沢は首を横に振る。
「これは勘ですが、私への命蒼刃の効きが弱いのと、継さんや……組長には一切効かないのは、まったく理由が違う気がします。ブーストをかけても無駄でしょう」
「どうしてですか?」
武士は強く問い返す。
前に御堂組のビルで、命蒼刃の力を試して、継を癒せなかった時。
武士が一番傷ついたのは、継を治せないことが判明した時のハジメの表情だった。
継が車椅子である理由を、武士は詳しくは知らない。
だが、御堂組のビルで暮らしていた期間で、二人の関係性からなんとなくの想像をしていた。
――少なくとも、責任の一端が自分にあるとハジメは思っている。
命蒼刃の蒼い光が継に通じなかった時の、ハジメの表情から感情が消えた瞬間を、武士はよく覚えていた。
だからこそ、武士はチャンスがあれば継とよく話し、魂の繋がりというものを強めようとしてきた。
だが、何度か試しても継は回復しない。
それに、普段の継も武士に妙に距離をとって、必要以上に近づけないようにしている雰囲気もあった。
そのあたりの理由があるのならば、それが何か知りたかった。
だが。
「勘です。そうとしか言えません」
時沢の答えはまったく答えになっていなかった。
落胆する武士の横で、いつもらしからぬ時沢の態度にハジメは眉をひそめる。
「時沢さん、本当は何か、知ってんじゃないですか?」
「いえなにも。ハジメさん」
「! ……なんだよ」
ふいに時沢から鋭い視線を向けられ、ハジメは戸惑う。
「確かに御堂組は今、ピンチです。だからこそ、組長に頼らずに自分たちでこの苦境を打開しましょう。継さんもいます。ハジメさんと継さんが力を合わせれば、必ず乗り越えられます」
「お、おう……」
「組長が目を覚ました時に、すべてが解決している。そんな状況を目指しましょう」
「……いや、それは勿論そうなんだけどさ、でもよ」
なおもハジメが言い募ろうとした時、コンコンとドアからノックの音が響いた。
どうぞ、答える時沢に応じて、見張りをしていた組員の一人が入室してくる。
「お話し中、申し訳ありません。ハジメさん、その、変な女が」
「女?」
ハジメが聞き返すと、廊下からよく聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「ちょっと! 変な女ってなんですか? 芹香・シュバルツェンベックですって名乗りましたよね? わたし」
「ちょ、ちょっと、勝手に入るな、何を持ってんだあんた!」
もう一人の組員の制止も聞かず、ブロンドの美少女が部屋に入ってくる。
大事そうに抱えているのは、グレーの長袋。
どう見ても、日本刀でも入っていそうな代物。
「……芹香。てめえ」
「ひさしぶりっ! ハジメ君。元気してたっ? ……あ、どうも。お加減いかがですか……?」
休み明けの学校の教室みたいに明るいトーンで挨拶する芹香に、大事なところで話の腰を折られたハジメはげんなりとした反応を示す。
芹香はベッドで体を起こしている時沢に気づいて、ペコリと頭を下げた。
「武士君のおかげで、良好です。……芹香さん、ですね」
「はい」
落ち着いた口調で問いかける時沢に、芹香は素直に頷く。
「あなたが来たということは、九龍直也さんも一緒ですか」
「はい。継さんが、時沢さんが回復できたら皆さん集まるようにって。わたし呼びに来たんです」
「よかった。九龍先輩、無事に通れたんだね」
病院の入口での揉め事を知っている武士が、胸を撫で下ろす。
「なんだよ、なんかあったのかよ」
「ここに着いた九龍先輩が組の人に、ここに入るんだったら武器を置いていけって言われてて。先輩がそれを拒否してたんだよ」
事情を知らないハジメの質問に、武士は答える。
だが、芹香が抱えている日本刀の袋を見て首を捻った。
「あれ? でもなんでそれで、芹香ちゃんがそれ持ってるの?」
「うん。結局、柏原さんが提案した妥協案でね。お兄ちゃんの武器は一般人の、ええ、本当に『戦う力を持たない一般人』の私が持ってるからって条件で、入口を通してもらえたの」
一般人という言葉をやけに強調して、芹香が答える。
直也に言われた事を根に持っているのだろう。
そして、直也が手放す訳にはいかない武器を管理するという理由で、帰れと言われていた芹香もここにくっついて来れた、というわけだ。
板挟みになっていた柏原がなんとか捻り出したアイデアとのことで、武士は自分がその役目を振ったことも忘れて、あの人も苦労人だなあと思った。
「そうですか。では、行きましょう」
時沢は立ち上がり、再びバランスを崩しかけてハジメに支えられる。
「時沢さん、無理すんなって」
「そういうわけにはいきません。若い人たちが頑張っているんです。それに、面子が揃ってきました。裏でこの一連の事件を操っている敵の正体を暴いて、反撃をしなければ」
立ち上がり、回復しきっていない火傷の傷みに顔を歪めながらも、時沢は気丈にふるまう。
「兄貴もそんなこと言ってたけどよ」
ハジメはそんな時沢の精神の強さに感嘆しながら、それを表には出さず、前から思っていた疑問を問いかける。
「敵の正体っつっても……九色刃を狙ってるCACCの麒麟と、鬼島首相だろ。分かり切ってるじゃねーか。それに、紅華も捕えて朱焔杖も手に入れて、命蒼刃と碧双刃も無事。反撃っつっても、御堂組を立て直すぐらいしか、今はできねーだろ」
「継さんはそう考えていません」
紅華との激闘の後。
時沢は生死を彷徨いながら手当を受けていた時に、継と僅かなやりとりがあった。
武士がもうすぐ来るから、それまで何とか持ちこたえてくれ、ということ。
そして、戦いはこれからだということ。
「うん……。まずいことになってるの。ハジメ君、武士君」
時沢の話を続けたのは、ブロンド髪の少女。
「芹香ちゃん?」
「集まってから話があると思うけど、灯太君が」
「灯太? CACCにいる朱焔杖の管理者か」
ハジメの言葉に、芹香は首を横に振る。
「今は日本に来ているの。それで、お兄ちゃんを裏切った深井さんと神楽クンに攫われた。助けないといけないの」
「神楽……?」
バラバラだったピースが集まろうとしている。
その為の話し合いが、まもなく持たれようとしていた。




