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「癒せる相手、癒せない相手」

 柏原が運転する車が青梅の病院に着いた。


「あれ……あそこにいるの、お兄ちゃん?」


 助手席に座っていた芹香が、駐車場の入口で御堂組員の男達数人に囲まれている直也を見つける。

 直也は黒のライダースーツにメットを抱え、背には日本刀が入っているであろう長袋を背負った姿で、男達と口論をしているようだった。


「揉めているんですかね……って、うわ」

「なにあれ!」


 柏原と芹香が、病院の建物の異様に気が付いて声を上げる。


「……屋上に樹が生えてる」

「翠姉の力、本当に戻ったんだ……良かった」


 武士が驚愕の、葵が安堵の声を漏らしたところで、車が駐車場入り口に停まった。


「お兄ちゃん!」

「芹香! ……柏原さん、あなたからの着信はこういう事でしたか」

「すみません。止めるタイミングを逸してしまいまして……」


 助手席から飛び出すように降りてきた芹香の姿に、直也はなかば予想しつつも小さくないショックを受け、その後に車を降りた柏原に批難の視線を向ける。

 柏原は、直也に頼まれていながらみすみす芹香を危険な目に合わせてしまった事を謝罪した。


「九龍先輩」

「……」


 続いて降りてきた武士と葵が、直也の前に歩みを進める。


「田中、葵さん」


 直也がこの二人とまともに会話をするのは、鬼島邸で死闘を繰り広げて以来、ほとんどなかった。

 堅い空気が場に流れる。


「……田中。どうして芹香を連れてきた?」

「それは」

「お兄ちゃん、わたしが無理についてきたの」


 直也の問いに、武士が答えるより先に芹香が口を挟む。

 しかし、直也は鋭い視線を武士から逸らさない。


「芹香には聞いていない。田中、君に聞いているんだ」

「ごめんなさい。危険だとは思ったけど」

「だったら連れてくるな。芹香は戦う力を持たない一般人だ。死なないお前とは違うんだ」

「お兄ちゃん! そんな言い方」


 直也の詰問から武士を庇う芹香の言葉を、


「責任転嫁をするな、九龍」


 更に遮って、葵が口を挟む。

 言葉だけでなく、体ごと武士と直也の間に割って入り、直也を冷たい目で睨みつけた。


「深井隆人。ここに向かう途中の高速道路で、あの傭兵が対物ライフルで襲撃してきた」

「あの男が!?……なんで君たちの場所が? それに奴はこの病院に、向かっていた筈だ」

「深井が芹香に持たせていた銃に、発信機と盗聴器が仕掛けられていた」

「銃を……芹香が!?」


 驚いてこちらを向く直也に、芹香は肩を竦めて首を垂れる。


「……ごめんなさい」

「どうして芹香が、そんなものを」

「……敵の襲撃があった時の護身用にって、渡されたの」

「いつだ?」

「あの儀式場に向かう途中で」

「何故、俺に言わなかった?」

「言ったら取り上げるでしょう?」

「当たり前だ」

「わたしだって、自分の身くらい自分で守らないといけないから」

「そんな必要はない! そもそも芹香が銃なんかが必要な場所に」

「兄妹喧嘩は後にして」


 ヒートアップしてきた二人の会話に、葵が冷たい口調で割って入る。


「とにかく、深井の罠に嵌って私たちは襲撃された。そもそも深井につけ込まれたのは九龍、お前のミスだ」

「……そのとおりだ」

「それに、さっき自分で言っていた通り、強引についてきたのは芹香だ。その結果、こちらは危機に晒された。武士は文字通り身を挺して、芹香とわたしを助けたんだ。武士はお前たち兄妹に謝罪されこそすれ、責められる謂れはない」

「……」

「……葵ちゃん、ちょっと待って」


 押し黙る直也に、更に食って掛かりそうな葵の肩に、武士は手を置いた。

 そして、場を柔らかくしようと和やかな表情を浮かべながら、武士は直也に向き直った。


「九龍先輩、継さんから聞きました。僕たちに協力してくれるんですよね?」

「……紅華を捕えたんだろう? こちらとしては情報だけ貰えればいい」

「そんな都合のいい話が……」

「葵ちゃん」


 不信感を露わにして食ってかかろうとする葵を武士は柔らかく抑え、また直也に語りかける。


「情報交換だけでもできたらいいと思います。九龍先輩、来てくれてありがとうございます」

「……田中、お前は」


 直也はかつて、本気で武士を殺そうとした。

 その直也に対して臆することなく、まっすぐに目を見て話しかけてくる武士。

 攻撃的ではなく、かといって謙ることもない。

 その様子は、暁学園に入学し剣道部に入ったばかりの頃の、あの卑屈さすら感じた武士からは想像できない堂々としたものだった。


「こんなところで立ち話をしていても仕方がありません。継さんに早く来るように言われてるんです。中に入りましょう」


 集う面々の顔を見回して、武士は移動を促す。


「武士さん、それは構わないんですが」


 そこに、先ほど直也を囲んでいた御堂組員が声を掛けてきた。


「武士さんと葵さん以外の方は、所持品を検めさせてもらいます」


 組員の男は、白坂と同様に武士たちが御堂組のビルで暮らし始めて以来、何度か会ったことがある見知った顔だった。


「この病院は今、厳戒態勢にあります。敵かもしれない男に武器を持たせたまま、中に入れるわけにはいきません」


 そう言って男は、直也が背負っている日本刀が入った袋に視線を向けた。

 直也が先に病院に着いてもここで足止めを食っていたのは、彼が御堂組員の武装解除の要求に応じないことが理由だった。


「……九龍先輩」

「聞けない話だ、田中。何が起こるか分からないこの状況で、俺が武装を解くと思うか?」

「御堂組の人たちがこんなにいるんです。心配はありませんよ」

「……麒麟の工作員たった一人に自分たちのボスを襲われて、あわや命を取られそうになった組織が信用できるとでも?」


 挑発的な直也の言葉に、ざわりと彼を取り囲む組員達から攻撃的な気配が膨れ上がる。


「お兄ちゃん!」

「芹香は黙っていてくれ」


 責める芹香を無視して、周囲を睨みつける直也。


「……付き合っていられない。武士、行こう。」


 葵が武士の手を取る。


「葵ちゃん」

「武士、継さんは『特に武士に』早く来てと言ったんでしょう? だったら」

「……あ」


 その不自然な言い回しに、武士は葵が言いたいことを察する。


「そうだね、急がないと……ええと」


 武士は居合わせている面々の顔を見て、この場を任せられそうな人を探す。

 だが、視界に入るのは不遜な態度の直也に殺気立っている御堂組員に、


「お兄ちゃん、いいかげんにして!」

「いいかげんにするのは芹香だ。お前は早く家に帰るんだ」

「こんな状況で帰れるわけがないでしょう!?」


 直也の腕をぐいぐいと引っ張り、彼を諌めようとしている芹香。

 こと芹香に対しては頑固な直也には、今は役に立ちそうにない。


「……あ」


 乗ってきた車の後部席で、頭に包帯を巻き横になっている白坂と、武士は目が合った。


「ううう……武士さん、自分、忘れられてないっすか……」

「そ、そんなことないですよ! ええと……」


 視線を泳がせた先に、今度は苦労性の顔をした男を見つけた。


「……すみません。先に行ってますので、なんとか皆を落ち着かせて、中に連れてきて貰えませんか」

「武士くん……今、消去法で選びませんでしたか?」


 深いため息をついてから、柏原は頷いた。


  ***


 紅華はベッドの上で静かに、自分の置かれた状況を確認する。

 両腕は特別な布製の拘束衣で体に密着した状態で封じられている。

 脚の自由は特に奪われていないが、両足とも膝から下が動かず、無理に動かそうとすると強い痛みが走る。

 簡易ギブスを添えられていることからも、骨折していることは明らかだった。


(自力で拘束を解くことは無理か……。くそっ、朱焔杖さえ使えれば……)


 朱焔杖は、別室で鎖で封じていると言われた。

 だが通常であれば、紅華は灯太の力を借りて朱焔杖を遠隔操作する事が可能だ。

 鉄製の鎖が巻き付いている程度であれば、時間はかかっても熱線で鎖を溶解させて拘束を解き、この場に呼び寄せることも可能だった。


 通常であれば。


 六年前に契約を交わして以来、どんなに遠く離れたとしても常に感じてきた灯太の気配。

 それが今、紅華にはまったく感じられない。

 あの慣れ親しんだ魂の力が、流れ込んでこない。

 これでは朱焔杖を呼び寄せることはおろか、この建物のどこに隠されているのかを知ることもできなかった。


(灯太……! CACCでなにがあったの?)


 大陸に残して来ていると紅華は思っている、自らの半身とも呼べる大切な存在。

 あの少年を失ってしまうことなど、彼女には考えられなかった。


(なんとかこの場を脱して、CACCに戻らないと……!)


 だが満足に動かない体に加え、片腕となった翠はともかく、御堂組のダブルイーグルが油断のない視線とともに、常に銃口を向けている。

 何かを自分にさせようとしている、ブレーンらしき車椅子の少年との会話の中で、なんとか突破口を探すしかなかった。


  ***


「ハジメ、遅くなってゴメ……翠さんっ!?」

「翠姉!!」


 病室に駆け込んできた武士と葵の目に飛び込んできたのは、拘束されベッドに横たわる紅華。

 その横で紅華に銃を向けている包帯姿のハジメ。

 車椅子でノートパソコンを操作している継。

 そして、斬り飛ばされた右腕を膝の上に置いた、隻腕となった翠だった。


「……葵ちゃん、武ちん、心配かけてごめんねん」


 駆け込んできた武士と葵を見て、青白い顔で微笑みを浮かべる翠。

 力のない笑いだったが、その瞳には武士達がホテルで別れたときの暗い陰はなかった。


「碧双刃は無事に、取り返したよん……翠さん完全復活、そっちも無事で良かったにゃん」


 だが、さすがに腕の喪失というダメージは大きく、また幻肢痛のような痛みにも襲われ、今の翠はその軽口と裏腹に、気力だけで意識を留めている状態だった。

 よく見れば、右の耳たぶは熱線で撃ち抜かれ、髪も焼かれている。

 翠の姿は、満身創痍そのものだった。


「たけ……」


 その姿を見た葵が懇願するより早く。


「待て、紅華の前で……」


 継が制止するよりも早く。


「翠さんっ!!!」


 叫ぶ武士の全身と、葵が持つ命蒼刃から。

 蒼い光の奔流が、狭い病室内を迸った。


「なんだ、この光はっ……!?」

「まあ、こうなるよな」


 驚愕する紅華の横で一人、この展開は初めから分かっていたという風に、ハジメが呟く。


「ありがとう武士……!……」


 葵も呟くと、目を閉じて魂の力を命蒼刃に集中し、『ブースト』をかける。

 網膜を焼くほどの光量。

 だが、どんなに眩しくとも視界を奪うことはない。


「……サンキュー武ちん……葵ちゃん!」


 更に強くなった光の奔流に照らされ、翠の顔にはみるみる生気が戻ってくる。

 斬り飛ばされた肩口に巻かれていた包帯を引きちぎるように外すと、膝に乗せていた腕を左手でガシッと掴み、翠は自ら肩に押し当てた。


「なっ……!?」


 目の前で起こる超常現象に、言葉を失う紅華。

 焼き斬った筈の翠の腕と肩が、目の前で結合していく。


「バカな、命蒼刃の不死と回復の力は、使い手本人にしか使えないはず……!」

「これが武士の力だよ」


 その横で銃を向けているハジメの顔にも、みるみる活力が戻ってくる。

 火傷に裂傷、こちらも小さくないダメージを負わせたはずの御堂組のダブルイーグルまでも、蒼い光に照らされ、治癒されていく。


(……そうか、昨日のホテルでの戦闘で与えた連中の火傷がもう治っていたのは、この力か……!)


 情報になかった命蒼刃の驚異的な力に驚きながら、ふと紅華は自分の体にも違和感を抱く。


(……なんだ?)


「まったく。敵の目の前で簡単に切り札、見せるとか」

「兄貴が悪いよ。武士がさっきの翠を一目見たら、こうなるの分かり切ってるだろ」


 毒づく継に、ニヤニヤと笑うハジメ。

 光の奔流が収まると、完全復調した二人が立っていた。


「翠さん……ハジメも、治った?」

「おう、バッチリだぜ」


 親指を立ててニヤリと笑うハジメ。


「翠姉……よかった」

「泣くな泣くな、葵ちゃんっ……!」


 目を開けた葵も、無事に腕が繋がっている翠を見てボロボロと涙を流す。

 翠はさっそく回復した右腕で葵の頭を抱え込み、グリグリとその小さな胸に押し付けた。


「ちょっと君たち、気を抜き過ぎ」


 継が和やかな雰囲気になる四人に釘を刺す。

 車椅子を操作して、ベッドの上で唖然としているように見える紅華の前に移動した。


「見ての通り、紅華。命蒼刃の力は、他者の回復不可能な怪我とか病気を、完全に治癒する。これがどれだけ、世界を覆す大きな力か、分かる?」

「……キサマは」


 ボソリと、紅華が車椅子の継を見て呟く。


「なに?」

「キサマはなぜ回復しない? 車椅子なのは、脚が悪いからだろう?」


 紅華の言葉に、明るかった武士の表情がさっと陰った。


「……命蒼刃の力は、まだ限定的。使い手と強い魂の繋がりがある相手じゃないと、回復の力、作用しない」

「使い手と親しくない、他人には使えないということか」

「今は、ね」


 紅華と継の間で交わされる会話に、武士はギュッと拳を強く握る。


「……継さん、僕は」

「武士君、気に病むことない。ボクと君はまだ親しくない。それだけのこと」

「そんな筈ないんだよ! 僕は継さんのことを仲間だって思ってる。それに、訓練じゃ時沢さんの怪我だって回復できたんだ。継さんを治せないはずがないんだよ! それなのに……」

「そんな話、今はいいから。……紅華」


 継は語りかけてくる武士の顔を見ないまま、紅華との話を再開する。


「この力を知られた以上、お前を解放するなんてことは、ありえない。お前に残されている道は、二つ。刃朗衆の仲間になるか、殺されるか」

「兄貴」


 感情を感じさせない口調で、淡々と語る継。

 ハジメはその横顔を見て、彼が背負っているものの大きさを感じていた。


「……ハジメ、武士君を連れて、時沢さんとジジイの所に行って。ジジイの方はどこまで回復するか分からないけど、一応試してみて」

「……わかった。行こうぜ武士。翠、葵、紅華の監視を頼む」


 ハジメはうなだれている武士の肩をガシっと掴むと、翠たちに声を掛けた。


「任せて」

「……私もついていって、ブーストした方が」


 翠は頷いたが、葵の方は心配そうに武士を見つめ、ついて行こうとする。

 しかし、継が首を横に振った。


「ダメだ。急ぐ必要がないときは、ブーストは使わないで。まだ、回復速度にムラがある。もう少し、性能確認してからにして」

「……わかった。武士、うまく行かなくても落ち込まないでね」


 仕方なく頷きつつも、葵は武士を心配する。

 武士は薄く笑って、頷いた。


「……さて」


 武士とハジメが部屋を出て行き、継は再び紅華に向き直った。


「少し話をしようか、紅華」

「……いいだろう。聞いてやる、御堂組」


 紅華は先程までと違い、毛布の下で痛みが引いた自分の足が僅かに動くことを確認して、継の言葉に応じた。


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