「胸に刺さった、抜けない言葉」
「……柏原さん? どうして、ここに……」
命蒼刃を一振りして霊波天刃の光の刀身を消すと、武士はあまりに唐突に登場した柏原に問いかけた。
「そそそ、そんな事は後で説明しますから! は、早くみんなで、乗って下さい! 逃げますよ!」
深井を車で吹っ飛ばした柏原は、興奮と焦りで顔中に脂汗を浮かべながら叫ぶ。
「武士君!」
中破しているクラウンから、外の様子を伺っていた芹香が飛び出してきた。
武士の傍に駆け寄る。
「武士君! 大丈夫なの!?」
「心配ないよ。それより芹香ちゃん、柏原さんの車に乗って! 今は早く逃げないと」
「柏原さん!? お兄ちゃんの仲間ですよね、どうしてここに……」
「芹香さん、後で説明しますから、早く」
「うう……」
跳ね飛ばされアスファルトに転がっている深井が呻く。
生身で車に跳ね飛ばされたはずだが、深刻なダメージを受けているようには見えない。
すぐにでも立ち上がってきそうな気配だ。
一瞬、武士は霊波天刃で倒れている深井に追い打ちをかけることを考える。
しかしすぐに、先の戦闘で深井にその刀身をかき消されたことを思い出した。
それに、なにより倒れている人間に刃を振り下ろすことは、武士の性格上とてもできることではなかった。
「……先に乗ってて!」
芹香にそう言うと、武士はクラウンに向かって駆け出した。
芹香が飛び出してきたドアから、中の葵に向かって声をかける。
「葵ちゃん、ブースト解除! もう大丈夫だから!」
「……武士」
祈るポーズで目を瞑っていた葵が、呼びかけに応えて目を開けた。
対物ライフルで武士の身体が爆散して以降、葵は『ブースト』にあまりに集中し過ぎて、武士の状態だけは魂の繋がりを通し把握していたものの、それ以外の状況を知覚できていなかったのだ。
その当の武士に声を掛けられ、ようやく葵は我に返った。
「深井は倒せたの……? あの車は、誰が?」
葵は車外の様子を見て、倒れている深井の前にある見慣れない乗用車と、それに乗る柏原の姿を見つける。
「柏原さんだよ、助けにきてくれたんだ! 葵ちゃんも早くあっちの車に乗って!」
「柏原……九龍の部下の?」
「そうか、葵ちゃんは直接会うのは初めてだから……葵ちゃん!?」
葵は武士の言葉を最後まで聞かないうちに、クラウンを降りて柏原の車に駆け寄った。
「あ、葵さんですね? 君も早くこちらの車に乗っ」
「柏原誠一。どうしてここが分かった」
「えっ?」
「葵さん?」
詰問調で柏原に問いかける葵に、芹香が目を丸くする。
柏原は反射的に、視線を逸らしてしまった。
その柏原の反応を見て、葵の口調はますます鋭くなる。
「芹香は九龍には伝えずに私たちに会いに来たと言った。青梅に向かうことになった後も、どこにも連絡を取っていなかった。どうして九龍の部下のお前が、ここに来ることができた!?」
「そ、それは、その」
「それとも芹香」
横に立つ芹香に、葵はぐるんと顔を向ける。
「お前はやはり九龍のスパイで、ひそかにこの男に連絡をしていたのか!」
「ちょ、葵さん、落ち着いて!?」
自分にまで疑惑の目を向けてくる葵を、芹香は慌てて制止した。
「私そんなことしてないよ? だいたい葵さん、ずっと一緒にいて見てたでしょう?」
「わかるもんか。それこそ発信機や盗聴器をまだ隠し持っているんじゃないのか。でなければ、九龍にこちらの状況が筒抜けなことに説明がつかない」
「そんなことしてない!!」
自分が武士を裏切っているかのような葵の言い方に、芹香も思わず声を荒げる。
「あの人に渡された銃に盗聴器があったのは、確かに私が悪かったわ。けど、武士君たちに嘘を吐いてお兄ちゃんに情報をわざと流すなんて、私はそんなこと絶対にしない!」
「あ、あの、お二人とも、はは早く車に乗って逃げないと、またあの男が……」
車の運転席から見上げる形で、柏原はいがみ合う二人の間から声を上げるが、二人はまるで意に介さず睨み合う。
「そう。そもそもあの傭兵に襲われたのは芹香、あなたのせい。その上、こんなタイミングで九龍の部下が助けにくるなんて、出来過ぎてる」
「なにが言いたいの」
「全部九龍の指示で、あなたは動いてるんじゃないの?」
「違う! 私は私の意志で動いている! 予言のことしか考えてないあなた達と一緒にしないで!」
「……それ、どういう意味?」
「武士君にあんな無茶な戦い方をさせて! やっぱり刃朗衆は武士君を予言を守らせるための道具にしか思ってないんじゃないの!」
「……!……私が平気で武士に、あんな真似をさせてるって言うの……?」
「武士君、あんな体がバラバラになって! 何度も殺されて! こんなの酷いよ!」
「……武士が、誰を守るために戦ったと……!」
芹香を巻き込むな、と叫んだ武士の気持ちを蔑ろにするかのような彼女の発言に、葵は全身が総毛立つような怒りに襲われる。
一触即発の空気になったその時に、
「葵ちゃん。芹香ちゃん。いいかげんにして」
二人の背後から、武士が制止の声を掛ける。
「武士、止めないで。この女には一度はっきり……と……」
「止めないで武士君。この際だから葵さんにはちゃんと言って……おきた、い……」
振り返って制止を振り払おうとした二人は、武士が背に抱えているものを見て絶句する。
武士は、頭から血を流してぐったりしている白坂の巨体を背負って立っている。
クラウンからここまで、白坂の体を一人で引きずって来たのだ。
「口論は後にして、早く柏原さんの車に乗って。白坂さんの手当てを早くしないと」
「……ごめんなさい」
「……わかった。ごめん」
慌てて二人は、武士の横に回って白坂を支え、車内に押し込むのを手伝う。
「ごめんなさい白坂さん、そうでした! 怪我してるんですよね、大丈夫ですか!?」
一見心配しているようで、実は彼の存在を忘れていたと正直に告白している芹香の言葉。
「うう……ひどいっす……」
白坂の胸に、怪我の痛みとは異なる痛みが走っていた。
***
武士達4人が乗り込み、ギュウギュウになった乗用車が走り去った後。
なんとか、深井は立ち上がった。
「……クソが……」
本来であれば、卓越した技量と戦闘経験、そして危機察知能力を持つ一流の傭兵・深井隆人を、こと戦闘においては一般人以下の能力しかない柏原が車で撥ねることなどできる筈なかった。
だが深井は、不死身というこの世ならざる超常の力を直接目にし、その力をもう少しで手に入れることができた状況に、周囲への警戒が疎かになってしまっていた。
その為、燃え盛るバンの向こう側に待機してチャンスを伺っていた乗用車が、炎の壁を避けて突っ込んできた事に気が付くのが遅れてしまったのだ。
とっさにボンネットの上に乗り上げてダメージを軽減することができただけでも、充分に超人的な身体能力の証明であるのだが、それでも強かに頭をぶつけて、脳震盪を起こしていた。
(目の前に見たこともない御馳走をぶら下げられて、我を忘れたってか。……俺もまだまだ修行が足りねえな……と)
まだ朦朧とする意識を、頭を振ってなんとか覚醒させる。
「……おい、無事か! テメエら!」
倒れている部下たちに声を掛ける。
命蒼刃の使い手、『偽りの英雄』が振るった蒼い光刀で斬り裂かれた部下たちは、外見上はいずれも無傷だ。
しかし彼らが手にしていた銃器は、どれも鋭利な刃物で切断されたように破壊されている。
「おい起きろ、生きてんだろうが」
深井は近くに倒れている部下の一人の体を揺する。
呼吸も規則的で、ダメージを負っているようには見えなかったからだ。
少なくとも、物理的には。
だが、精神的にはどうなのだろうか。
深井は、武士が光の刀を振るう直前に叫んでいた言葉を思い出す。
『僕は憎む。すべての戦う力……死ね! 僕たちに向けられる敵意! 殺す!! 殺してやる!! 戦いを望むその心、全部!!』
斬られた部下たちは意識を失っているだけで外傷はない。
だとすれば、あれは新崎結女が自分や神楽に対して行ったような、精神攻撃の一種だったのだろうか。
いや、実際に銃器は破壊され、四台のバンも一撃で斬り裂かれ爆発炎上している。
物理ダメージがある攻撃には間違いない。
いったいどういう原理だ? と深井が考え込んでいると、体を揺すられていた部下が目を覚ました。
「うう……た、隊長……」
「おお、目ぇ覚ましたか。平気か」
「……大丈夫、みたいです」
部下の男は光刀で斬られた自分の胸のあたりを、掌でさする。
自分の身に何が起こったのか、まるで理解ができていない様子だ。
「気分はどうだ。いつもと違うところはないか?」
「気分、ですか?」
問われている意味がよく分からない部下が聞き返す。
「なんつーか、例えばもう戦う気がしねえ、とか」
「いや、そんな事は……!……仲間は!?」
はっと気づいて、部下の男は周囲を見回す。
「安心しろ、テメエと同じだ。全員怪我ひとつ無えが、何故か気を失ってる」
「そうですか……。敵は?」
「逃げられた」
「……仕方ありませんね。あのガキ、なんだったんですかアレは」
「俺にも分からねえ。すまんな、敵の戦力分析もできてないまま、お前らを危険な目に合わせちまった」
深井は、自分のミスを真摯に謝罪する。
部下は慌てて首を振った。
「とんでもないです、隊長。俺たちが不甲斐ないばっかりに。すぐに全員たたき起こして、連中の後を追いましょう!」
男はすくっと立ち上がると、ふと足元に転がっている対物ライフルに気が付いた。
それを拾い上げようと手を伸ばした途端、体が硬直する。
「……どうした?」
部下の男が突然動きを止めたことに、同じように他の仲間を起こそうとしていた深井が気づく。
「……隊長」
「なんだ」
「ライフルを……ライフルを持てません」
「なんだと?」
男は、屈んだ姿勢のまま完全に硬直していた。
ライフルに伸ばした手の指先一つ、動かせずにいる。
深井は歩み寄って男の目の前のライフルを拾い上げた。
その途端、男は目に見えない拘束が解かれたかのように、動きを取り戻す。
「おいおい……大丈夫か?」
「す、すみません。……少しいいですか?」
部下の男が、深井が手にしているライフルに再び手を伸ばす。
だが先ほどと同じように、その指先はライフルに触れる前に動きを止める。
「隊長……変です。ライフルに触れないんです」
「……こっちはどうだ」
深井は懐からハンドガンを取り出し、男に差し出す。
結果は同じだった。
「なんで……なんで!」
「落ち着け、大丈夫だ」
深井は部下が受けた攻撃の意味を確信する。
戦う意志を、術を、あの蒼い刃で狩り取られた。
武器に触れない以外は男の状態に異常は見えないことから、あの『霊波天刃』とやらの能力は、敵の戦闘能力のみを斬り伏せる力なのだろう。
「……ふざけた力だ」
「隊長……」
得体の知れない力で自分の傭兵として生きていく能力を狩り取られ、部下の男は不安そうな顔を向ける。
自分や部下たちのように戦うことでしか生きていけない人間にとっては、こんな攻撃は殺されるよりも残酷だ。
「大丈夫だ」
部下を安心させようと、深井は笑った。
「俺は似たような攻撃を受けた事がある。だが、ちゃんと自分を取り戻せた。お前らも必ず、元通りにしてやる」
「隊長、すみません……」
「頭を下げんな。さっきも言っただろう、悪いのは俺だ。さあ、上もいつまでの原因不明の高速封鎖を維持できんだろう。仲間を起こして撤収するぞ」
「……はい」
他の気絶している部下たちを起こし、撤収の準備をしながら深井は今後を考える。
部下たちがこの状態では、このまま青梅の病院に向かうことは諦めざるをえない。
しかし、こちらにはまだカードが残っている。
朱焔杖の管理者、灯太。
刃朗衆と御堂組、それに九龍直也は、必ず灯太を助けにくるだろう。
再戦の機会はまだある。
それまでに、今回の戦闘結果を分析し、対抗策を考えておく必要がある。
不死身の少年。
戦闘力を奪ってくる、蒼い光刀。
(対応できる力は、こっちにもある……。感謝するぜ、魔女)
深井は、左手で右の義手をさすった。
***
柏原の運転で取りあえずの危機を脱した直後、葵の携帯電話に継からの着信があった(武士の携帯電話は、ライフルの攻撃で体ごと粉々になっている)。
連絡の内容は、紅華による御堂征次郎の襲撃は、時沢とハジメ、翠で止めることができたとのこと。
また、征次郎を含めて全員、怪我は負ったが命に別状はないとのことだった。
そして。
「紅華を捕縛して、碧双刃も取り戻せた……!」
連絡を聞いた葵の顔が、一瞬綻ぶ。
武士も、碧双刃が戻ったことは勿論だが、ハジメが殺すしかないといっていた紅華も含めて、死人が出ずに済んだという連絡にホッと胸を撫で下ろしていた。
しかし、青梅の病院に全員すぐに、特に武士に早く来てほしいとのことで、柏原が運転する車は、継に指示された病院へとスピードを上げていた。
継も既に、御堂組員の車に乗って病院に向かっているとのことだった。
怪我をしていた白坂だが、応急手当の心得がある葵が様子を診たが、幸いなことに傷は深くなく、持っていた包帯での止血で問題は無さそうだった。
「あ、あの、継さん……」
武士が葵から携帯電話を受け取り、今度はこちらの状況を継に説明し終えた後。
おずおずという風に、運転しながら柏原が声を上げた。
武士は携帯をスピーカーホンに切り替える。
「柏原さん、もちろんあなたも来ていい。ていうか、必ず来て。葵、逃げ出そうとしたら、脅してでも連れてきて」
「了解」
「そ、そんなことしなくても行きますよ! 車がないと皆さん困るでしょう?」
「九龍の指示か? またこちらに入り込んで、スパイをしろと?」
葵が殺気立った声を出す。
違いますよと柏原が声を上げる前に、電話の向こうから継が口を挟んだ。
「葵、心配ない。九龍直也は今回、敵対しない」
「なんでそう言い切れるの?」
「九龍本人から、連絡あった。詳しいことは、こっちに合流して説明するらしいよ」
「お兄ちゃんが!?」
一人助手席に座らされていた芹香が、驚いて振り返る。
「……そうですか、直也さんが」
柏原も僅かに驚いたようだったが、どこか納得しているような様子だ。
「予測してた? 柏原さん」
「ええ。裏切られたんでしょう? 直也さんは」
「その通り」
「ど、どういうこと? お兄ちゃんが……深井さんにってこと? お兄ちゃんに何があったの? 灯太君はどうなったの?」
芹香が混乱して柏原と継の会話に割って入り、スピーカーホンに向かって問い質す。
継は面倒くさそうな声を上げた。
「個別で答えてると面倒。とにかくこっち来て。全員揃ってから、話す」
「ちょっと……!」
芹香は慌てるが、電話は継から一方的に切られた。
「何がどうなってるの……?」
「落ち着いて下さい、芹香さん。とにかく今は、青梅に向かいましょう」
頭を抱える芹香に、運転しながら柏原が声を掛ける。
はっと気づいたように、芹香は横の柏原を見た。
「……そうだ、柏原さん。どうしてあそこに来れたの?」
「あ、あそこ? あそこって?」
「ごまかさないで。どうして深井さんにやられそうだった時、私たちのいる場所が分かったのって聞いてるの!」
芹香は、後部座席に座る葵を意識しながら柏原を問い詰める。
葵や武士に、自分が二人を騙して兄に情報を流していたと誤解されたままではたまらないからだ。
「ええと、それはですね……」
「それは?」
「……直也さんの指示で、ずっと芹香さんの後をつけていました!」
「……えええ!?」
観念して白状した柏原に、芹香は驚きと呆れがない交ぜになったような声を上げる。
「ずっとって、いつから……」
「奥多摩の儀式場で、直也さんが芹香さんと別れた後、連絡をくれたんです。もしかしたら妹は、気が変わって武士君たちに会うかもしれない。後をつけて、危険なことに巻き込まれないか様子を見てほしい、って」
「……信用無いな、私」
「実際に、嘘ついてますからね? 芹香さん」
「そうだけど……」
「ですから、吉祥寺からずっと後をつけさせてもらいました」
「そうなんだ……。ん? 待って待って、おかしいよ」
納得しかけた芹香が、改めて柏原に問う。
「どうして柏原さん、私と武士君たちの待ち合わせ場所が吉祥寺って分かったの? 私、お兄ちゃんと別れてから家にも寄らないで、まっすぐ吉祥寺に行ったのに」
「え? いや、あの、それは……」
「おかしいよね? どうして私の居場所が分かったの? どうして?」
「あの、それは……」
ゴニョゴニョと誤魔化そうとするが、運転する柏原の視界を遮りそうな勢いで顔を近づけて問い質してくる芹香に、とうとう柏原はギブアップした。
「……G……PS……で……分かりました」
「え?」
「GPS!?」
後ろで聞いていた武士が、芹香より先にその単語の意味を理解し、唖然とした声を上げる。
遅れて、芹香もその言葉を理解した。
「え? GPSって、あのGPS!?」
「そうです。直也さんは、前に芹香さんが灰島議員に攫われた時から、これからは芹香さんに何かあった時すぐに駆けつけられるよう、あなたのスマホにGPS追跡ソフトを仕込んでいるんです」
「……うわあ……実の妹に」
「それはさすがに……」
「ひく……」
「シスコンっすね」
「それは私もそう思います」
話を聞いていただけの白坂も含めて、全員のツッコミを受けるこの場にいない九龍直也。
芹香は、自分のカバンから携帯電話を取り出して、ロックを解除し操作し始めた。
しかし。
「ああ、ソフトはアンインストールできません……っていうか、見つけられもしないと思いますよ。直也さんに依頼されて、私が仕込んだ自信作です」
「あんたが実行犯かいっ!!」
反射的に芹香は、キャラクターから逸脱した口調で突っ込んでしまう。
「まあ、いいや。それだけお兄ちゃんは、私が心配ってことなんだね」
「……納得しちゃうんだ」
カバンに携帯電話をしまい、諦めたように呟く芹香。
その芹香の反応に、ぼそっと武士も驚きの声を漏らした。
「……ねえ、葵さん」
「なに?」
自分の真後ろに座る葵に振り返って、芹香が声を掛ける。
葵は芹香と目を合わせないまま、低いトーンで応じた。
「これで分かったでしょ? 私は嘘を吐いたり、裏切ってなんかいないって」
「……どうでもいい、そんなこと」
「どうでもいい? どうでもいいことないでしょう!?」
「ちょっと芹香ちゃん……」
また口論に発展しそうな様子に、武士が止めに入ろうとする。
しかし、今度の葵はひどく落ち着いていた。
「大事なのは結果。あなたは深井隆人の罠に嵌って、こちらの居場所を敵に晒した。その結果、武士を危険な目に合わせた。その事実は変わらない」
「それは……そうだね。私のせいだ。武士君、ごめん」
静かなトーンで語られた葵の言葉を、今度は真摯に芹香は受け止める。
そして、武士に向き直って頭を下げた。
「そ、そんな! 芹香ちゃんのせいじゃないよ!」
「ううん。私が迂闊だった。武士君、ごめん」
慌てて首を横に振る武士。
それでもなお、頭を下げる芹香。
そんな二人のやり取りをよそに。
葵は静かに、芹香と交わした言葉を思い返し、暗く深い思考に囚われていた。
『違う! 私は私の意志で動いている! 予言のことしか考えてないあなた達と一緒にしないで!』
『……それ、どういう意味?』
『武士君にあんな無茶な戦い方をさせて! やっぱり刃朗衆は武士君を予言を守らせるための道具にしか思ってないんじゃないの!』
『……!……私が平気で武士に、あんな真似をさせてるって言うの……?』
『武士君、あんな体がバラバラになって! 可哀想だよ!』
『……武士が、誰を守るために戦ったと……!』
あの会話を交わした時。
武士は、非戦闘員である芹香を守る為にあの傭兵と対峙したにも関わらず、芹香の「武士が戦ったのは刃朗衆のせいだ」とでもいうような言い方に、猛烈な怒りを覚えた。
だが、冷静になってみれば。
胸に棘のように刺さり、抜けない言葉は。
「……武士は、私のものじゃない」
「何か言った? 葵ちゃん」
ボソリと小さく吐かれた言葉を聞き取れず、武士が聞き返した。
「……ううん。なんでもない」
車は闇を走り、まもなく青梅にある御堂組の病院につこうとしていた。




