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「ハイウェイ・バトル(2)」

「しまった……油断した」

「え? なに? なに?」

「芹香ちゃん! 頭を抱えて伏せて!」


 タイヤがアスファルトを擦る音が響き、クラウンの車体が右に左に大きく揺れ動いた。

 時速百キロを超える速度で走行するクラウンを囲むように、四台のバンが並走している。


「く……このっ」


 白坂はアクセルを踏み込んで、四台のワゴンの包囲網から逃れようとする。

 しかし、連携を取る敵は巧みに車間距離を縮めて、逃げ道を塞いだ。


「うおおっ!」

「ちょ、白坂さん!?」

「武士、掴まって!」

「きゃああっ!」


 ゴゴン! ゴン!


 雄叫びを上げて白坂は更にアクセルを踏み込み、行く手を塞ぐ二台のバンに車のバンパーをぶつけた。

 武士達が乗っているクラウンは、さすがに御堂組で使われる為の特注品のようで、車体に深刻なダメージはない。

 しかし、車内への衝撃は緩和されるものではなく、芹香が頭を抱えながら悲鳴を上げた。


「どけっ……す!」


 二台のバンの隙間をこじ開けるように、ハンドルを操作しなおもアクセルを踏み込む白坂。

 馬力も車体強度も十分であるクラウンが、力押しで包囲網を抜けようとする。

 しかし。


「ダメッ! 下がって!」


 鋭い声で葵が叫ぶ。

 並走しているバンのドアが開き、車内から大型ライフルの銃口が姿を見せたのだ。


「大丈夫っす!! この車は防弾っす、それよりこのまま」

「いいから下がって!!」


 サイドミラーで状況を確認した白坂の言葉を、葵は遮る。


「バレットM82よ! いくらなんでも、12.7口径は防げないでしょう!?」

「なんっ……!!」


 葵が告げた敵の大型ライフルの名前に、白坂が驚愕の声を上げ、アクセルを放す。


 ガオン!!


 減速したクラウンの前で、大型ライフルからの射撃によってアスファルトが砕けた。


「ぐ……!」

「きゃあああ!」


 白坂は大きくハンドルを切って、辛うじて破壊された道路に車が乗り上げるのを回避する。

 しかしまだまだスピードを落とせていなかったクラウンは、スピンを起こしてしまった。


「……掴まって下さいっ……ス!!」


 囲んでいた四台のバンが散開する。

 武士達を乗せたクラウンはスピンしながらピンボールのように高速道路の外壁に二度ぶつかってから、路肩に乗り上げて完全に静止した。


 囲むように、四台のバンも止まる。

 それらの車から降りてきたのは、グレーのミリタリージャケットに身を包んだ屈強な男達。

 大型ライフルバレットM82を持った男の他、それぞれに小銃や大型拳銃で武装している。

 その数は、合計で八人。

 そのうち、先ほど車を狙って狙撃したバレットM82を持つ男以外の七人は、黒いバラクラバ(目出し帽)を被って、顔を隠していた。

 男たちは半弧を描くように、停止したクラウンを包囲する。


 唯一、バラクラバを被っていないライフルを持つ男が、肩にライフルの銃身を預け、一歩車に歩み寄った。


「悪いな、妹ちゃんよ。巻き込むつもりはなかったんだがな」


 深井隆人が仄暗い笑みを浮かべながら、呟いた。


  ***


「すみませんねー。この先ででかい事故がありまして、通行止めになってます」

「え!? いや、そんな、困るんだけど」

「申し訳ありません」

「……?……あんたたち、本当に、交通警察隊?」

「なんですか? 当たり前じゃないですか」

「だってこんなタイミング……」

「は? あんた何……」

「いえ、すみません。ここのインターで降りればいいんですね? わかりました」


 不審がられ免許の提示でも求められてはマズイと、冴えない風貌の痩せぎすの男は、素直に指示に従いインターを降りていった。

 男は降りたすぐ脇で車を止めて、慌てた様子で助手席に置いていたタブレットを操作する。


「まずい……」


 タブレット上に表示されている地図。

 現在地のほか、もう一点を示す△のマーカーは、封鎖された先の高速道路上で静止していた。


「まずい…まずい!」


 男は焦って、胸ポケットからスマートホンを取り出し、電話を掛けて指示を仰ごうとする。

 しかし、繋がらない。


「……どうする……?」


 降りてきたばかりの高速道路を窓から見上げる。

 男は、覚悟を決める為に大きく深呼吸した。


  ***


 停止したクラウンの車内を、微かに青い光が照らした。


「芹香ちゃん……芹香ちゃん? 大丈夫!?」

「ん……武士君」


 後部座席用のエアバッグが作動し、大きな怪我は免れた武士達だったが、さすがに芹香は衝撃で一瞬気を失っていた。

 微かな光に照らされた後、武士に呼びかけられて芹香は目を覚ます。


「だ、大丈夫……!……みんなは!? 大丈夫!?」

「問題ない。それより下手に動かないで、芹香さん」


 こうなった状況を思い出し慌てて体を起こそうとした芹香を、葵が鋭い声で制した。


「姿勢を低くして。窓より上に体を出さないで。敵は防弾ガラスを撃ち抜けるライフルを持ってる」

「う、うん……」


 芹香は後部座席のシートに這うように、身を沈める。


「ううう……申し訳ない……っす……」

「……白坂さん!」


 運転席で呻いた白坂は、側頭部から少なくない量の血を流していた。

 もちろん運転席のエアバッグも作動していたのだが、横に大きく体を振られ、体重のある白坂は横に強く頭を打ちつけてしまっていたのだ。


「葵さん! 問題あるじゃない!」

「死ぬような怪我じゃない。少し黙って」

「だって血が!」


 葵は冷静に応じるが、芹香は血を流して呻いている白坂を見て、気が動転している。


「大丈夫っす……それより、葵さんの言うことを聞くっす……」


 白坂が顔を上げて呻くように言ったが、その拍子にどろりと血が彼の顔を流れ、芹香はますます慌てた。


「待ってて!! すぐに救急車を呼んで」

「芹香、黙れ! 動くなと言っている!」


 携帯電話を手に車の外に飛び出そうとした芹香を、厳しい声で葵が諌める。

 これまで対等にやり合っていた葵の今までにない剣幕に、芹香はビクッと身を強張らせた。


「芹香ちゃん落ち着いて。敵に囲まれてるんだ。白坂さんの手当てを早くする為にも、今は葵ちゃんの言うことを聞いて」


 震える手をギュッと握って、武士が声を掛ける。

 コクンと、芹香は小さく頷いた。


「……白坂さん」


 芹香を落ち着かせると、武士は運転席に手を伸ばして白坂の怪我をした頭部に手をかざす。


「……ダメだ。発動しない」


 数秒の後、武士は悔しそうに拳を握った。


「白坂さん、ごめんなさい」

「……なんのことっすか……?」

「こんなことなら、御堂組の皆さん全員とちゃんと仲良くなっておくんだった」


 突然の武士の謝罪に、訳がわからない白坂。


「武士、仕方がない。簡単に誰にでも使える力じゃない」


 落ち込む武士に葵が慰めの言葉を掛けた。


「それより。芹香、さっきの銃を渡した傭兵というのはあの男?」


 葵は濃いスモークが張られた窓を少しだけ下げて、隙間から外を見るように芹香に促す。

呼び捨てで厳しい口調だ。

 芹香は言われるがまま、僅かな隙間から外の様子を見る。

 そして、外で車を囲んでいる武装した男たちを従え、大型ライフルを手にしている男の顔を確認し、驚愕の声をあげた。


「深井さん……どうして!」

「間違いないみたいね」

「なんで、ここに……」

「その銃だ」


 葵が、車内の床に転がっている芹香のバッグから飛び出したコルトM1908ポケットを顎で示した。


「発信機に……多分、盗聴器も仕込まれている」


「その通りだ! 葵さんに武士君!!」


 深井がふてぶてしい笑みを浮かべながら、大声で叫んだ。

 イヤホンを付けていて、車内の会話も筒抜けだったようだ。


「ずいぶんと興味深い話をしていたな! いろいろ聞かせてもらったよ!」

「……ちっ」


 葵が憎々しげに舌打ちをして、短銃を睨みつける。

 おそらく発砲は不可能な代物で、グリップ内部にでも盗聴器と発信機が仕込まれているのだろう。

 素人の芹香にそれが見抜けるはずもない。


(吉祥寺で芹香に会ってからここまで、すべての会話を聞かれたのか……!)


 迂闊すぎる芹香を、そしてなによりそれに気付けなかった自分自身を、葵は激しく嫌悪する。


(いや、今はそれよりも……!)


 この場を脱出しなければならない。

 今は防弾使用のクラウンに籠城しているが、敵は大型ライフルを持っている。

 走行中に当てられれば衝撃でスピンではすまない大事故を起こしてしまっただろうが、停止している今なら、ガラス以外の場所なら数発の狙撃には耐えられるはずだ。

 少しでも時間を稼げれば、これだけの事故だ。すぐに交通警察が駆けつけるだろう。

 深井というあの男が灰島議員の手のものだとしても、警察の介入を抑えるほどの力はないはずだ。

 混乱に乗じて脱出できるチャンスも出てくる。

 葵はそう考えた。しかし。


「時間稼ぎは無駄だ! しばらく警察は来ない! 命蒼刃を差し出して投降すれば、命だけは助けてやる!」


 深井は葵の考えを読んだように、そう叫んだ。


「……下らないハッタリだ」


 葵が、床に落ちたコルトに向かって応じる。


「深井と言ったな。あの深井隆人か」


 その世界で有名な傭兵である彼の名を、葵も知っていた。


「貴様がなぜ灰島などという小物についているのかは知らないが、あの男に警察を押さえられるような力はないはずだ」

「灰島ぁ? ああ、そうか。なるほどね」


 深井は、先ほど車内で芹香が自分の事を「灰島に攫われた時にお兄ちゃんと戦った男」と話していたのを聞いていたことを思い出し、葵の勘違いを理解する。

 しかし、その誤解をわざわざ解いてやる必要はなかった。


「……まあ、信じねえんならそれでもいい。こっちはゆっくりやるだけだ」


 ドシュ!!


 常人なら両腕と肩でガッチリ押さえて撃たなければならない大型ライフルを、深井は片手で扱い引き金を引いた。


 ゴォン!!


「きゃああ!!」


 クラウンの防弾使用の車体に直撃し、大きくドアが歪む。

 芹香が思わず悲鳴を上げた。


「芹香ちゃん!」


 武士が葵を庇うように、抱きかかえる。


「さあて。何発持つかな!?」

「待って! 待って、深井さん!」


 芹香は武士に抱えられながら、大声で叫ぶ。


「どうしてこんなことするんですか!! あなたは、お兄ちゃんの仲間でしょう!? どうして!?」

「うるせえなあ。叫ばなくても盗聴器で聞こえてるって! お嬢ちゃん!」


 イヤホンを抓んで耳から少し離して、深井は顔をしかめる。


「悪いなあ! 俺の本当の任務は、灯太とそこの葵さんと命蒼刃の奪取なんだよ!」


 ドシュ!! ガォン!!


「きゃあああ!」


 再びの射撃。

 クラウンの車体はどんどんひしゃげていき、撃ち抜かれるのも時間の問題だった。


「管理者はできれば生かしてってのが依頼主のオーダーなんだよ! 大人しく出てきてくれねーかな! 葵さん!」


 ドシュ!! バシャァン!!


 今度は、窓ガラスが撃ち抜かれる。

 ヤクザが抗争で使うような銃ならともかく、バレットM82の12.7mm弾による狙撃を受けて、防弾ガラスはいともたやすく粉々に砕け散った。


「っ……!」

「武士!」

「武士君!?」


 武士は身を低くしている芹香と葵を上に覆い被さって、降り注ぐガラスの破片から二人の身を守る。


「このっ……!」


 武士は落ちていた盗聴器が仕込まれているコルトを拾い上げ、撃ち抜かれた窓から外に放り投げた。


「……葵ちゃん」


 そして、身を低くしたまま至近距離で葵の顔を武士は見つめる。


「命蒼刃を貸して」

「武士」

「『アレ』をやるよ。もう、それしかない」

「……わかった」


 葵は頷いて、スカートをたくし上げて太腿のホルターから命蒼刃を引き抜き、武士に手渡した。


「……た、武士君?」

「芹香ちゃんはここを動かないで。大丈夫、僕がなんとかするから」

「な、なにをするの? 危ないよ……」


 芹香の声が震える。

 車ごと銃撃されるという想像したこともない事態に、恐怖に竦んでしまっている。

 そうして青ざめている芹香のダークブロンドの髪を、武士はすっと撫でた。


「絶対に大丈夫。任せて。僕は死なないんだ」


 武士はそう言って、笑顔を浮かべた。

 芹香は、その精悍な表情を間近で見て、ドキリとする。


 優しいけれど、いつも自信なさげでどこかオドオドしていたクラスメイト。

 逃げずに頑張る強さがあるのは知っていたけれど、こんな風に、絶体絶命の危機に自信を持って任せろなんて。

まるで映画の主人公みたいなことを笑って言えるような、そんな男の子だっただろうか。

 ふと芹香は、目の前の少年が自分が知っているクラスメイトとは別人であるような、そんな錯覚を覚えた。


「攪乱は私がする。武士はその隙に」


 葵が武士の肩に手を置いて囁く。

 しかし、武士は首を横に振った。


「いや、葵ちゃんはここにいて『ブースト』に集中して。戦いながらじゃ、できなかったでしょ?」

「……だけど」

「敵はあの深井って人だけじゃない。他に何人も銃を向けてるんだ。葵ちゃんが撃たれたら終わりなんだから」

「……わかった。武士」

「ん?」


 葵は手を伸ばして、武士の頬に触れる。


「……死なないで」

「無理だよ。きっと何度か死なないと、チャンスは作れないから」


 そう言って、蒼く光る短刀を手に武士は笑った。


「……リア充……爆発するっす……」


 白坂の悲しい呻きは、三人の耳には届かなかった。

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