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「元傭兵VS元少年兵 ROUND.2」

 先に動いたのは直也だった。

 縮地と呼べるほどの超速の踏み込みから、袈裟切り。

 それは、半端な反射神経では躱すことや受けることはおろか、斬られたと気づくことすらできない、まさに光速の一太刀。


 常識外のスピードに、しかし歴戦の勇士は反応してみせた。

 大型のコンバットナイフを前に半身で構えていた深井は、正面前方からの光速の斬撃に対して僅かに体をずらし、ナイフを傾けて受け流す。


「シッ!」


 そのまま体を流して直也の背後に回り込むように半回転し、逆手に持ったナイフを刀を振り抜いた直後の直也の背に向けて突き立てた。


 ギィン!


 そのナイフの軌道を読んでいたかのように、直也は振り抜いた刀をそのまま掬い上げるように跳ね上げる。

 合わせて体を捻って、背面に迫っていたナイフの刺突を弾き返した。

 一撃を捌かれた深井は、そのまま流れに逆らわず弾き上げられたナイフを追うように体を倒し、梃子のように左脚を跳ね上げ、回し蹴りを放つ。


「く……!」


 背に一撃を喰らう直也。

 その蹴りは不安定な姿勢から放たれていて、威力は大したことは無かった。

 だが、それでも筋肉の塊で体重90キロを超す深井の蹴りは、直也の姿勢を崩すには十分だった。


「ハッ!!」


 ショートフックの要領でコンパクトに振るわれる、深井のナイフ。

 最短距離でバランスを崩した直也の首筋に向けて走る。


 ギン!!


 超近接の間合いであることから、直也は刀の刃で受ける事を諦め、柄の部分で死の刃を受け止めた。

 ナイフは柄に大きく喰い込むが、内部の刃金で喰い止められる。


「やっぱりな、九龍の坊や」


 ギリギリと、大型のコンバットナイフを力で押し込む深井。

 直也は膝をつき、なんとか押し切られるのを堪える。

 しかし深井の体重、パワーに加えて直也の姿勢は大きく崩されており、力で押し返すことができない。


「なにがだ!?」


 少しずつ、ナイフの刃先が直也の首筋へと迫る。


「お前は、近接武器が相手の戦闘には慣れてねえ。きょうび、実戦じゃ銃が相手の方が多かったんだろう? 先読みが甘えな」

「……なんのことだ」


 ふっと深井のナイフから、直也の日本刀の抵抗が消失する。

 力を抜いた直也は、押し付けられていたナイフが自らの首に食い込む前に地面に仰向けに倒れ込んで、柄尻でショートアッパーのようにバランスを崩した深井の顎を打ち抜いた。


「がっ……!」


 続けて膝を深井の鳩尾に入れる。

 その隙に深井の下から転がって脱すると、立ち上がりざまに刀を振り上げた。


 キンッ……


 深井は咄嗟に仰向けに転がり、ナイフで防御して一閃を弾く。

 直也は弾かれた刀をそのまま上段に振りかざして、倒れ込んだ姿勢になっている深井の脳天に振り下ろした!


 ギィィン!!


「くっ……!」


 ナイフで刀の打ち下ろしを受け止める深井。

 攻守所を入れ替えて、今度は直也がギリギリと日本刀で押し込む形となった。

 仰向けに倒れ、腕の力だけで抵抗するしかない深井。

 対して直也は、体重をかけて全力で刃を深井に向けて押しつける。


「……っ……てめえ、その細腕で、なんつー力……」

「北狼の少年兵を舐めるな、深井隆人。相手が銃でもナイフでも体術でも、俺の敵じゃない」

「そうかい……だったら、こいつはどうだ?」


 一瞬、直也の刀から手応えが消える。

 しかし先ほどの直也と違い、深井は地面を背に倒れ込んでおり背後に避ける空間は無い。

 ナイフを引いてしまってはそのまま刀の斬撃がその身に食い込むだけだ。


 迫る刀と自分の体の隙間に、深井は右腕を差し込んだ。


 ギンッ……!


 鈍い音とともに特別製の義手が、刀の切っ先を受け止めている。

 その隙に、自由になった深井の左手のナイフが閃いた。


 ザシュッ!


「ちっ……!」


 直也は前方に飛び込みのように跳ね飛び、脇腹を狙われたナイフを避けた。

 しかし、大型のコンバットナイフは、直也の太腿を浅く斬り裂いていた。


 直也はそのまま地面を転がって距離を取ってから跳ね起き、刀を中段に構える。

 その隙に深井も立ち上がり、ナイフを構え直していた。


「鋼鉄の右腕を相手にしたことは、あったか?」

「それは確かに……ありませんね」


 深井は左手のナイフを順手に持ち替え、半身で腰だめ構える。

 先程とは逆に、義手の右腕を盾にするように体の前で構え、ナイフを持った左手は引いた姿勢だ。


(やっかいな……)


 ここまでの交戦で、直也は深井の技量が非常に高いレベルにあることを察している。

 先日のビルでの戦いでは、深井は銃で戦っていた。

 射撃は素早く正確でかなりの腕前ではあったが、その分読みやすく、また直也の剣術に対して深井が事前知識がなかったこともあり、速攻を仕掛けて勝利を得ることができた。

 だが今は、深井は直也の剣の技量を十分に把握し、警戒している。

 そして深井のナイフ格闘術の力量は、おそらく銃以上だ。

 彼の持つナイフも、ただの量産品のナイフではない。

 形状こそマリンコンバットと呼ばれるポピュラーな軍用ナイフだが、斬鉄が可能な直也の、備前長船兼光による斬撃を正面から受け止め、刃こぼれ一つしていない。

 対直也戦を想定した特注品であることが想像できた。


 加えて、特別製という義手。

 本気の斬撃をまだ入れていないことから、果たして直也の斬鉄を止めることができる強度を持っているかは不明だが、それでも刀が義手の右腕に食い込んだその一瞬で、深井は左のナイフで直也を刻むだろう。


(……だったら)


 構えを解いて、自然体で深井に正面を向いて立つ直也。

 刀は右腕に持ち、だらりと体の横に下げている。


「……なんの真似だ? 坊や」

「見たままですよ」


 隙だらけに見える直也のその姿に、深井は警戒心を高める。


「殺されたいのか?」

「やれるものなら、どうぞ」


 それで嬉々として襲いかかる程、深井は浅慮ではない。


 直也は構えを解いた。

 それは、直也の斬撃を義手で受け止めてからナイフで反撃しようとする受けの構えを取った深井に対して、攻撃してこいと誘っているのだ。

 後の先を狙っている。

 それは直也の得意とするパターンだ。


 そこまで看破している深井に、素直に彼の思惑に素直に乗ってやる謂れはなかった。


「いいのか九龍の坊や。ここで無駄に時間を過ごして、困るのはお前じゃないのか? 朱焔杖のお姉ちゃんが危ない目にあっているんだろう。さっさと俺を倒して駆けつけなくていいのか?」

「急ぐ必要があるのはそちらでしょう。朱焔杖と使い手の居場所を掴んだわけですから。もしも紅華が、あちらで刃朗衆と御堂組を倒して、命蒼刃と碧双刃までも手にしたとしたら? 麒麟はすべてを手に入れることになる。鬼島はそれを望むのか?」


 直也の言葉を受けて、しかし深井はニヤリと笑う。


「そりゃあマズイな。急がなきゃいけない。けどな、そうなったらそうなったで、また麒麟から奪い返せばいい。それだけだ」

「そんなことが可能だと思うか」

「さあな。俺にとってはどうでもいい。俺にとっては、今この瞬間。坊やとの再戦が大事なだけだ」

「きさま……」


 ギリッと歯噛みする直也。

 時間をかけてでも、自分との戦闘を優先するという深井の意志は、おそらくブラフではないだろう。

 実際に、急ぎたいのは直也の方だ。

 灯太があそこまで必死になって朱焔杖のサポートを行っていたことを考えれば、紅華は間違いなくハジメ達を相手に苦戦している。

 朱焔杖を御堂組と刃朗衆に押さえられるのは、直也にとっては麒麟に奪われるよりも避けたい展開だ。


「さあ来い、九龍直也。こっちは何時まででも待ってやる。坊やとの決着を着けねえと、オジサンは先に進めねえからな!」


 選択権は自分にあると宣言する深井。

 そちらから打ってこい、と。

 心理戦の勝者は深井だった。


 直也は深井に先手を打たせることを諦め、横に下げていた刀を再び構え直そうとする。


 その瞬間。

 先手を打たせようとする直也の計算は見破られ、やむなく深井の望み通りにこちらから仕掛けようと意識を切り替えた、その瞬間。

『絶対に深井からは仕掛けて来ない』と思わさられたタイミング。

 その巧妙に作り出された直也の意識の間隙に、深井の巨躯は爆発的に駆け出した。


(――しまった!)


 瞬間的に距離を詰められる。

 日本刀の間合いを駆け抜けられ、素手の距離。

 義手の拳が、直也の頭部を捉えた。


「がっ……!」

「ちっ!」


 しかし直也も、驚異の反射神経で頭を振って急所を避けている。

 腰の入った、一撃で頭蓋を叩き割る威力を持つ深井のパンチは、直也の額を掠めるに留まった。

 だが、それでも重い衝撃が直也の脳を揺らして、一瞬意識が遠のく。


「もらった!」


 ナイフの斬撃が、直也の腹を狙う。

 殺気の籠った死の一閃。

 それは間違いなく直也へ致命傷を与える一撃だった。


 ギン!


「なっ……!」


 あらゆる殺気のこもった攻撃に反応できる、九龍直也。

 それは彼が意識を飛ばしている時でも例外ではない。


 刀の根本で、ナイフが止められている。


 カッと見開かれる直也の双眸。

 ナイフを止めた刀が手放され、両の掌底が胸元に引き絞られ、左の掌底打が深井の胸に打ち込まれた。

 ほぼ零距離からの打撃は、筋肉の鎧に覆われた深井にダメージを与えるに至らない。


「ハアァッ!!」


 直後、裂帛の気合いと共に地面を割らんばかりに直也の右足が踏み込まれた。

 そして左の掌底打の上から、コンマ二桁以下の時間差で右の掌底打が撃ち込まれる。


「がはっ……!」


 信じがたい衝撃が深井の体内を直接襲った。


 ズシャ……


 深井の巨躯が崩れ落ちる。


「が……な……重ね当て……だと……」


 直也がほとんど反射で放った技は、古流武術に伝わる打撃法。

 甲冑で身を守っている相手を想定した、流派によっては「透かし」「裏当て」「透勁」とも呼ばれる技だ。

 振りかぶる距離もない近距離で、充分なダメージを相手に与える為に直也が訓練していた技術。

 直也は、日本刀での戦闘という特異なスキルを得手としている。

 それゆえ、刀が得意としない間合いでも対応できるよう、訓練をしてきたのだ。

 遠距離戦では銃撃に対しての回避、防御を。

 そして刀より近い超接近戦も想定して、古流武術を取り入れた体術を学んでいた。


「……言ったはずです。銃でもナイフでも体術でも、俺の敵じゃない」

「く……そが……っ」


 深井は心臓に直接のダメージを受け、意識を繋ぎとめるのがやっとの状態だ。

 立ち上がることもできない。


「生き残った者が勝者だ、と俺は言いましたね。深井隆人」


 直也は刀を拾い上げ、切っ先を地面に這いつくばる深井に向ける。


「あなたを生かしておいた俺が甘かったということだ。……今度はちゃんと、あなたを敗者にしましょう」

「……ちっ……仕方……ねえ、か……」


 舌打ちをする深井。

 だが、正面切っての一対一での戦闘。

 本意ではなかったとはいえ、裏切りという真似までして実現した、雪辱戦の結果。

 屈辱はあっても悔いはなかった。


「……付き合ってられるか」


 少年の呟きとともに、勾玉の鎖が蛇のように直也を襲った。

 直也は反射的に刀で防ぐが、勾玉の鎖は刀ごと直也の腕に巻きついて、その動きを止める。


「……神楽」

「下らないことをしてるんじゃないよ、二人とも」


 同じ勾玉の鎖で意識と身体を封じられた灯太を足元に転がして、二人の戦闘を傍で見ていた神道使いの少年が冷たく言い捨てる。


「邪魔……すんじゃ……ねえ……」


 深井が喘ぐように灯太を制止するが、その様子を少年は鼻で笑う。


「勘違いするなよ、深井隆人。負け犬がどうなろうと、ボクの知ったことじゃない。だけどお前とその右腕が無けりゃ、ボクが面倒なことになるんだよ」

「なんのつもりだ、神楽。この程度でお前に俺が止められると思っているのか」


 勾玉の鎖で腕を縛られた直也が、凄みをもって神楽を睨みつける。

 この程度の拘束は、直也にとって神楽を制圧するのになんの意味も為さない。


「……思ってるさ」


 しかし神楽は、口元を歪めて侮蔑的に笑う。


「こうなったらもう、魂を持つ生き物だったら誰が相手でも同じなんだよ。……『魄破』!!」


 神楽の言霊とともに、勾玉の鎖を伝って直也の魂に直接衝撃が走る。


「がああっ!!」


(馬鹿な……こんな……!)


「油断したね、九龍直也。世の中には現実的な力じゃあ、どうにもならないことがあるんだよ」


 神道使いの少年の酷薄な呟きを聞きながら、直也は意識を失い、倒れ込んだ。




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