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「牙を剥く復讐者」

 時は少し巻き戻る。


 夜を迎えた儀式場の空間で、灯太は長く頭を押さえ、蹲っていた。

 途中から冷や汗を掻き始めて、その様子は尋常ではない。


「灯太くん」

「黙れ! ……いや、すみません、黙っていてください」


 直也に声を掛けられ、灯太は反射的に叫ぶ。

 時間が経つほどに、少年からは余裕が無くなっていた。


 灯太が何者かとなんらかの方法でコンタクトを取り、何かのアクションを起こしていることは、傍から見ていても明らかだった。

 灯太の方も、既にそれを隠そうともしていない。


「なんだかね。こんな無能が自分の兄弟だと思うと悲しくなるね」


 神楽はそんな灯太を見下して、ボソリと毒を吐いた。


「神楽?」

「……九龍、どうするんだい? このままコイツの一人芝居が終わるのを待ってるのか?」

「神道の秘術を使う君には、灯太君が今、どんな状態なのか分かっているんじゃないのか? 魂の力を感じることができるんだろう」

「そんなの、例え秘術が使えなくったってバレバレだろ」


 確かに、それは神楽に言われるまでもなかった。

 まるで誰かと戦っている最中のような灯太。

 直也は自分が感知し得ないところで事態が動いていることを確信していた。


 そして、ニタニタと笑いこれまでと態度を豹変させている神楽にも、注意が必要な状況だ。


 日野神楽は、もともと鬼島大紀に心酔している北狼のオカルト専門の特殊部隊員だ。

 ついこの前に敵対した相手だ。

 死んだと思っていたが、新崎結女が直也の前に連れてきた。

「詳しい理由は言えないが、神道使いの少年はもう直也に敵対することはない。鬼島に仕えたように直也の指示にも従う」と、結女が話したのだ。

 結女に絶対の信頼を置いている直也は、その言葉を信じた。

 事実、少年は儀式の準備に全力を尽くしているように見えた。

 しかし、ここにきて少年の態度はまた変わってきている。

 その表情が、気配が、前に武士たちと戦った時のように「生気を取り戻している」かのように思えた。


(このままではまずい)


 外部の協力者たちと連絡を取り合うも、状況は掴めない。

 一点、最愛の妹が自分の言いつけを守っていないという情報は入ったが、それは今の状況とは関係ないだろう。


「九龍の坊や。どうするね?」


 見張りから戻ってきていた深井が、考え込んでいる直也に声を掛ける。

 直也は決心すると、顔を上げた。


「灯太君。悪いが、話させてもらうよ」


 直也は袋に入った刀を手にしながら、灯太の正面に立つ。


「く……」


 灯太にまともに答える余裕はなかったが、それでもなんとか視線だけは直也に向ける。


「君にも余裕はないだろう、正直に答えるんだ。そうすれば俺は必ず力になる」

「……ん……く……!」


 呻き声を上げながら、灯太は視線のみで直也に応える。


「灯太。君には朱焔杖の力で紅華さんの様子が分かっている。そして今、紅華さんはトラブルにあっていて、君は現在進行形でそのサポートをしている。そうだね?」

「……」


 脂汗を浮かべて、視線を外さない灯太。

 それは肯定の意志表示だ。


「今ここで朱焔杖の契約を解除されては、紅華さんは危機に陥る。そういうことだろう?」

「……」

「場所はどこだ? 近いのか?」

「……それを……聞いてどうする?」


 灯太は、辛うじて質問を返すことができた。


「俺が紅華さんを助けに行って、安全な場所まで彼女を連れ戻す。そうすれば儀式を行えるだろう」

「……紅華姉は……御堂組と刃朗衆と、戦闘中だ」


 灯太の答えは、直也の推測の範囲内だった。


「……九龍直也……あなたが、彼らと……戦えるのか?」

「関係ない。俺は君と約束をした。朱焔杖解約の為に、相手が誰であろうと君の大事な『お姉さん』を守ろう」


 もちろん直也としては、またハジメたちと戦うことになるのは避けたい。

 だが、このまま状況が見えないまま、徒に時間を費やすことは自殺行為に思えた。

 仮に紅華と灯太が無事に戦闘を終えたとしても、今の様子がおかしい神楽に予定通り儀式を行わせることには不安がある。

 仕切り直しが必要だ。


「……場所は……青梅の……御堂組の病院……!!」


 灯太は途切れ途切れで叫ぶと、紅華に何事かあったようで、再び意識を『向こう側』に集中し始めた。


「わかった」


 短く答えると、直也は背後に立つ神楽と深井に振り返る。


「神楽、今晩の儀式は中止だ。深井さん車を回してください。これから灯太君を乗せて青梅に向かいます」


 二人に矢継ぎ早に指示を出すと、直也は灯太を支え洞窟の出口に向かって、深井の前を通り過ぎようと歩き出した。


 しかし。


「青梅の病院、ね」

「……深井さん?」


 深井の表情が変わった。


「!!」


 支えていた灯太を地面に引き倒し、直也自身は大きく飛び下がる。

 直後。一瞬前に直也の体があった空間を、深井の左手が持つ大型ナイフが風を切って通り過ぎた。


「なにをっ……!?」


 深井の傍らに立つ神楽が、神職服の袖から複数枚の呪符をバラッとトランプのカードのように引き出す。


「天つ地の、風の中を行き交う荒御魂、速地の神……」

「させるかっ!」


 直也が日本刀を抜き放ち飛び掛かる。


 ギィン!!


 神速の一撃は、しかし直也の行動を正確に予測していた深井のナイフによって受け止められた。


「……野辺に棲む獣までも、暗き闇路も迷わざらまじ、鎮め給え!!」


 詔の言葉と共に呪符は神楽の手から放たれ、生き物のように宙を舞い、灯太の体と、その四方を囲むように床に貼りついた。


「っっ!!」


 灯太の体がビクンッと跳ね上がる。


「かっ…はっ…」


 苦悶の表情を浮かべ、灯太は両膝と両手をつく。


「神楽、きさまっ……!」

「悪いな、九龍の坊や」


 深井は刀を受け止めたナイフをその膂力で跳ね上げ、義手の右腕でボディーブローを狙う。

 大きく飛び下がる直也。

 深井の右手は義手だ。何が仕込まれているかが分からない以上、直也は通常の間合い以上に距離を取らざるを得ない。


 そして、その隙を逃さない神楽は袖から、勾玉の鎖を引き出した。


「終わりだよ……オニイチャン!!」


 馬鹿にしたように叫ぶと、勾玉の鎖を握った腕をひと振りする。

勾玉の鎖は獲物に襲い掛かる大蛇のように宙を駆け、灯太の体に巻き付いた。


「がああっ!」

「灯太君!!」


 それは、直也は前にも見たことのある光景。

 命蒼刃の力を発動している葵を封じ込めた、神楽による神道の秘術。


 ドシャッ……


 灯太は意識を失って、頭から地面に崩れ落ちた。


「灯太君っ!! しっかしろ、灯太君!!」

「動くなよ、九龍の坊や。巻き込んで、大事な管理者を死なせたくないだろう?」

「深井隆人……キサマ」


 ナイフを逆手に持ち替え、半身で構える深井。

 その構えに隙はなく、いかに直也でもすぐ側に倒れる灯太の身を守りながら、容易く戦える相手ではなかった。


「先日とは逆だな。あの時の俺は、灰島のセンセーを守って戦わなくてはならなかった」

「……だから、本気を出せなかったとでもいうのか?」

「まさか。ちょっとした愚痴だよ」

「裏切るんですか、その右腕の復讐の為に。誇り高い傭兵であるはずのあなたが」


 話しながらジリジリと位置を変え、なんとか灯太への道を作ろうとする直也。

 しかし、それを見透かしている深井も緩やかに移動し、その行く手を塞ぐ。


「あー、それなんだけどな。無効だろ? 本人の意思を無視した契約は」

「どういう意味だ?」

「まあ、坊やと直接契約した訳じゃあないからな。文句があるなら、怪しげな力で俺を操ったあの魔女に言ってくれ」

「魔女……?」

「どーでもいいけどさ、おっさん」


 倒れた灯太のすぐ側に、神楽が灯太を封じた勾玉の鎖を握り絞めて立つ。

 灯太は完全に気を失っているようだった。


「早くしてよ。コイツの力、命蒼刃の女より強いみたいだ。さっさと安定した結界につれていかないと、いつまでもコレだけで封印していられない」


 そう言って神楽は、ジャラリと勾玉の鎖を鳴らす。


「神楽、その術は葵さんを封じた時と同じか? 朱焔杖の力を封じているのか?」

「聞かなくても分かるでしょ。君、バカなの」


 直也の問いかけに、何を分かり切ったことをと呆れたような声で返す神楽。


「ダメだ! 紅華さんは今戦っている最中なんだ。力を失ったら殺されるかもしれないんだぞ!」

「ボクの知ったことか」

「使い手が死んだら九色刃の契約がどうなるか分からないぞ! 最悪、朱焔杖は紅華の魂を取り込んだまま、次の契約ができなくなる可能性だってある! それじゃ困るんじゃないのか!?」

「お前、ボクを誰だと思っている? そんな魂、ボクが祓ってやるよ」


 自信たっぷりに言い放つ神楽。

 結女に連れて来られて、直也の指示を文句を言いながらも聞いていた時の、あのどこか余裕のない感じとは大きく様子が異なっていた。


「どういうつもりだ、日野神楽……深井隆人。どうして今更、このタイミングで裏切る?」

「このタイミング?」


 深井が興味深そうに反問する。


「お前たちは誰についている? 鬼島か? 麒麟か?」

「愚問だね。このボクが従うのはこの地上で鬼島司令、ただ一人だ」

「……だとさ」


 裏切った相手に真の雇い主の名を堂々と告げる神楽に、深井はナイフを構えながら、端から諦めているとでもいう風に肩を竦めた。


「だったら何故、今の今まで動かなかった? 灯太を確保するチャンスはいくらでもあった筈だ」


 たとえば灯太をここに置いて直也が芹香を送っていった時。

 もっと言えば、横浜からここまで深井が灯太たちを連れてきた時。

 直也は、結女に紹介された深井を信じ切っていた。

 朱焔杖の管理者を奪うチャンスは数えればきりがない程にあったはずなのだ。


「……!……そうか。紅華の居場所、いや朱焔杖のある場所か」


 気づいた直也に、深井がニヤリと笑う。

 灯太が紅華は青梅の病院にいると叫んだ直後に、深井は牙を剥いた。

 管理者と朱焔杖。

その二つの在り処を押さえる為に、灯太と直也は泳がされていたのだ。


「これで俺たちは、灯太の坊主に加えて朱焔杖も回収できる。ああ、朱焔杖の使い手は御堂組と刃朗衆相手に戦っているんだったな。上手くいけば碧双刃に、本命の命蒼刃も回収できるかな?」


 深井は直也をからかうような笑みを浮かべる。


「ミッションコンプリート、というわけだ」

「行かせると思いますか」


 刀を構える直也から、壮絶なプレッシャーが発せられる。

 それは、『気当たり』を通り越した殺気による威圧だ。


「くっ……」


 少なくない戦闘経験を持つ神楽でも、直也から感じる空気の壁が襲いかかってくるかのようなプレッシャーに、声を上げて顔をしかめた。

 だが、歴戦の勇士である深井にとっては懐かしい故郷の風だ。


「いいねえ……。俺はこれを待っていたんだよ」


 愉しそうに、深井は笑う。


「神楽の坊主。灯太を引きずって先に車まで行ってな。俺はこれからが本番だ」

「うわっ……」


 今度は深井から湧き上ったプレッシャーに、気の流れに鋭敏な感性を持つ神楽は突風に吹かれたようにたたらを踏んだ。


「俺にとってはこれが報酬だ。九龍の坊や、お前ともう一度本気で殺り合いたくて、俺は鬼島についたんだよ」

「次は右手だけで済みませんよ」

「……ほざくな、若造」


 二人の戦士の、第二ラウンドが始まった。


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