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「復活の碧双刃」

 ハジメを先に病院に行かせた後。

 翠は魂の波長を頼りに碧双刃の片割れを探し、森の中を彷徨っていた。

 確かに近くの森に碧双刃の気配を強く感じるが、ひどく散漫でもあり、特定の場所を掴むことができなかった。


(早く……早く見つけて、ハジメのところに!)


 しかし焦れば焦るほど集中が乱れ、場所を特定できない。

 植物を操る能力を持つ碧双刃。

 周囲の樹々にその力の波長が反応してしいまい、もともとの気配が薄まってしまっている感覚だった。


 やや離れた場所に建つ病院。

 その屋上に時折、揺らめくような紅い光が見える。

 戦っているのだ。紅華と、ハジメが。

 こうして翠が無為に時間を過ごしてしまっている間に。

 気持ちばかりが焦る。


(頼むよ……碧双刃……それに)


 右手に握り絞める一振りの碧双刃。

 そして左手は無意識に自らの腹部、『管理者』が眠る場所を擦っていた。


(助けたいんだ、アイツを……一人で戦わせたくないんだ!)


 あたりから感じる慣れ親しんだ魂の波長が、体内に眠る管理者の魂と反響し、もう一振りの碧双刃が確かに近くに在ることを知らせる。

 だが、「在る」ことは感じても、「何処に」が分からない。


「……助けてよ、妹がこんなに……お願いしてんだからさ……『お姉ちゃん』」


 気づけば、実際に口に出して呟いていた。

 体内に埋め込まれ、胎児様腫瘍と化した姉妹。

 その存在をハッキリと「姉」と呼んだ翠。

 翠は葵に対し、灯太に対し、また同世代の他者に対して、常に「お姉さん」ぶってきた。

 それが自らのコンプレックスに根差すことだと、気づいてはいた。

 だが、それと正面から向き合うことは避け続けてきた。


 しかし今。

 ハジメ達の危機に、一刻も早く碧双刃を回収して駆けつけなくてはならないこの時になって。

 翠は初めて体内の姉妹を姉と呼び、縋る。

 これまでの自分勝手を、不義理な思いを、詫びるかのように。


「自分勝手なのは分かってる。代われるものなら代わりたい。……けど今は、あたしが戦わなくちゃいけないんだ。戦いたいんだ! アイツと一緒に! 姉妹ケンカしてる場合じゃないんだよ! 『お姉ちゃん』!!」


 緑色の波長が強く翠の精神を捉える。


「……!!」


 それは一定の指向性を以て、存在を誇示した。


 その直後だった。


 ……ガォォォンッ……


 空の一方が紅く光る。

 見れば病院の屋上から、炎の柱が屹立していた。

 ただ事ではないのは明らかだった。


(あれだけの炎がっ……ハジメっ!!)


 感じられた碧双刃の片割れの反応は、近いが、深い。

 明らかに地中に埋められていると思えた。


(時間が……ないっ!!)


 時間が掛かっても碧双刃を掘り出してから病院に向かうか、それとも。

 思考するより早く、翠は病院に向けて駆け出していた。

 自分にとって大切なものが何かを、ゴスロリ衣装の少女は選択していた。


 ***


「……ざっけんな、そこまで分かったんだったら、回収してから来いよ……」

「でも、あたしが遅かったら殺されてたでしょう!?」

「なんとでもしたっつーの……っく……」

「その体で? ボロボロじゃんか」


 屋上から退避し、階段で伏せるように屋上の出入り口を警戒する翠とハジメ。

 炎が吹き込まれても、すぐに階下に避難できる場所だ。


 屋上には、炎神と化した紅華の傍に身動きができない時沢が取り残されている。

 ハジメは、自分が取らなくてはならない行動を知っていた。


 翠は、碧双刃を回収できていない。

 現状で朱焔杖への対抗策はない。

 紅華の朱焔杖を使いこなす力量は想定を遥かに上回り、時沢は既に戦闘不能。

 ハジメ自身も熱風によるダメージで、戦闘力を大きく落としている。

 こうなってはもう、翠とともに御堂征次郎だけでも回収し、病院を脱出するしかなかった。

 時沢を助けに屋上に戻ったところで、紅華に焼き殺される結果は、文字通り火を見るよりも明らかだ。

 であれば、今後を考えてもっとも適切な行動は。


「……翠」

「ダメだよ、ハジメ」

「まだ何も言ってねえ」

「単細胞のアンタが言うことぐらいお見通しだっつーの。言ってみようか? 『ここは俺がなんとか食い止めるから、お前はジジイを連れて脱出しろ』」

「……」

「トッキー見捨てられるアンタじゃないでしょ」

「もう無理だ。聞け、翠。朱焔杖は防御と攻撃を同時にできねえ。俺が銃で朱焔杖を抑えっから、その隙に」

「紅華の攻撃は、あたしが防ぐ」

「は?」

「任せて。刃朗衆は伊達じゃないってとこを、あの女に見せつけてやる」

「バカなこと言うんじゃねえ。碧双刃が使えなきゃ、アレだって使えねえだろう? 俺の銃だってすぐに弾切れなんだ。わがまま言ってねえで」

「いいものを見せてくれたよ、あのクソ女」

「ああ?」

「大事なのは想像力だね。魂の力に上限はない。あんなことができるんなら、あたしにだって……!」


 ゴォウッ!!


 屋上へと通じる出入り口から、火炎がうねる蛇の舌のように階段に吹き込んできた。

 咄嗟に二人は、階下へと身を投げるようにして躱す。


「くっ……!」

「ハジメ!」


 ハジメは着地の衝撃で全身に走る痛みに顔を歪め、バランスを崩す。

 その体を翠はなんとか支えて、二人は倒れ込まずに炎を避けきることができた。


「隠れていないで、出てこい! 御堂ハジメに刃朗衆。時沢顕悟を消し炭にしていいのか? それともこのまま、病院ごと燃やし尽くしてやろうか!!」


 頭上から紅華の声が大きく響く。


「……いい? あたしが必ずやって見せるから。ハジメはフォローよろしく」

「待て、翠!」


 ハジメが止める間もなく。

 翠は熱に歪み、表面が黒く焼け焦げた階段を駆け上がって屋上へと出ていった。


「ちょーっち、お話しようか、紅華ちゃん」

「……刃朗衆の、植物使い」

「翠だよん。名前くらい覚えろっつの、放火魔女」


 一本のみの碧双刃を腰の金具にぶら下げ、両手を上げて抵抗の意志がないことを示しながら、翠は階段の出口からはゆっくりと歩を進め、紅華の前へ姿を現れた。


 紅華は倒れる時沢のすぐ側に立ち、朱焔杖を構えている。

 いつでも時沢を焼き、また熱線で翠を撃てる構えだ。


「……貴様、昨日のホテルでの火傷はどうした?」

「あんなマッチの火でどうにかできる程、翠姉さんの玉のお肌はヤワじゃないのよん」

「軽口の代償は安くないぞ、刃朗衆」


 熱線が翠の顔のすぐ横を走る。

 遅れて、激痛が走った。

 髪の毛とともに、右の耳たぶまで一瞬で焼かれたのだ。


「……何してくれんのよ」


 耐え難い激痛に翠は額に脂汗を浮かべながら、しかし表情を変えない。


「マッチの火でどうにかできる程、ヤワじゃないんじゃなかったのか?」


 紅華は酷薄な笑い顔を浮かべる。


「くだらない戯言はここまでだ。ここへ来たのは貴様だけか? 貴様が動けるということは、命蒼刃の女と使い手も一緒か。奴らはどこにいる?」

「ざーんねん。もう御堂のおじいちゃんを連れて、病院を脱出した後よん」

「……貴様がそう言うということは、奴らはここに来ていないということか」

「は? なんでそうなんの?」

「私が御堂征次郎の脚を焼き、それで安心して放置していると思うか?」


 紅華が胸元から、メモリースティック程のサイズの黒い端末を取り出してみせる。


「……ああ、はいはい。わかりました」


 その機械を一目見て、呆れたような声を上げる翠。

 それは翠も見覚えのあるツールで、発信機の電波を受信する端末だった。

 発信機を御堂征次郎に取り付けて、一定の距離が離れた場合に作動するようになっているのだろう。

 脚を焼かれた征次郎の運搬には、時間がかかる。

 征次郎が移動を始めたのなら、すぐに追えば間に合うという紅華の計算なのだろう。


「貴様にはメッセンジャーになってもらう、刃朗衆の植物使い」


 胸元に受信機を戻した紅華が、低い声で冷たく言い放った。


「御堂征次郎の命と、碧双刃のもう一本と引き換えだ。命蒼刃と管理者と使い手。揃えて麒麟に渡せ」

「お断り」


 即答する翠。


「なら、もう少し痛い目に合ってもらおう。……お仲間一人犠牲になれば、目も覚めるか?」


 紅華の残虐な意志が、その足元に倒れる時沢へと向かう。

 朱焔杖が、御堂組随一の戦士の命を奪う為に炎を放つ、その刹那。


「ハジメ!!」


 ガンガンガンッ!!


 飛び出したハジメの双砲が連続して火を噴いた。

 紅華はそれを炎盾でガード……すると、ハジメ達は想定していた。

 しかし。


「バカのひとつ覚えがいつまでもっ!!」

「なっ!?」


 弾かれるように斜めに駆け出す紅華。

 ジグザグに走り、銃弾を躱しながらハジメに接近する。


「貴様にできることが、私にできないと思うかっ!!」


 このタイミングでのハジメの乱入・銃撃を、紅華は完全に読んでいた。

 まして、火傷を負ったハジメの動きの反応は鈍い。

 デザートイーグルの砲口から射線を読むことは、紅華にとって容易いことだった。

 紅華は一瞬でハジメとの間合いを詰める。

 初めから紅華は、警戒すべき相手は碧双刃の力を失った翠ではなく、手負いでも油断できない戦闘力を持つ、御堂組のダブルイーグルと認識していた。


「ハアッ!!」


 接近し振るわれる朱焔杖。

 手負いのハジメは反応することができない。


 ガキィッ!!


「舐めないでよね!!」


 その間に割って入った翠が、碧双刃で朱焔杖の一撃を受け止める。


「ダメだ、引け!翠!!」

「遅い。今度こそ燃やし尽くしてやろう!!」


 ハジメの叫びと、紅華の無情な宣告が、翠を挟んで交錯する。

 近接戦闘からの熱風攻撃。

 その熱量は遠距離攻撃時より低減するものの、ハジメから戦闘力をごっそりと奪った、現状で喰らえば二人ともに戦闘継続不能となる致命的な攻撃だ。


(お願い……お姉ちゃん!!)


 朱焔杖から衝撃波のような熱波が叩きつけられ、後ろのハジメごと翠の小さな体は吹き飛んだ。


 同時に緑色の光が煌めく。


「……なっ……!?」


 翠のゴスロリ衣装の背から、受けたの熱量を成長エネルギーに変換したがごとく、爆発的に緑色の羽根が現れた。


「それはっ……」

「翠、お前!?」


 衝撃波までは防げなかったが、熱量は完全に緑の羽根によって遮断されている。

 その羽根の正体は、服の背中を破って翼のような形で群生している、大量のユーカリの葉。


「天使の片翼……ユーカリバージョン!!!」

「センス無え技名だな」

「うっさい!!」


 ハジメの突っ込みに叫び返しながら、バサッと緑葉の片翼を振るう翠。

 端で燻ぶっていた炎も消え去った。


「貴様、なぜ……」

「あんたさっき、見せてくれたよね。あんたは朱焔杖に手も触れずに炎の力を使った。距離なんて関係ない。碧双刃がこの世に二本ある限り、その力は使える! ましてあたしの手元には一振りあるんだ。必ず、絶対に、管理者との魂の繋がりさえあれば、その力は使えるんだ!!」


 翠のトラウマ。

 自分の体内に眠る姉妹に対する罪悪感。

 縋ることなど許されない。

 その一方的な、視野の狭い感情が、翠の心を縛り、管理者との魂の繋がりを阻害していた。

 解放してくれたのは、背に立つ少年。

 共犯者と言って、いてくれなければ困ると言ってくれ、頭を撫でてくれた。

 自分と、自分が犠牲にした姉妹の関係など知ったことではないと言い放ってくれた。

 その少年の言葉が。存在が。

 素直な思いで、翠に体に眠る姉妹との関係を見つめ直させてくれた。

 ハジメは確かに共犯者だ。

 そして、なにより。

 生まれた時からずっと。碧双刃と契約してからずっと。

 刃朗衆の為だけでなく、予言の為だけでなく。

 翠が大切にしたい者の為に力を貸し続けてくれた共犯の存在が自分の中にあり続けたのだ。

 翠はその存在を「お姉ちゃん」と呼んだ。

 そしてその魂は、碧双刃にかつてない力を与えた。


「一振りだからって、碧双刃とあたしたち姉妹なめないでよね!」

「黙れ! そんなことは聞いていない!!」

「!!」


 朱焔杖から熱線が放たれる。

 翠の片翼がそれを防いだ。

 植物の葉は熱線に敢え無く焼き散らされ、緑の翼は撃ち抜かれる……筈だった。

 しかし、熱線を受けたユーカリの葉は燃え上がると同時に超速で生え代わり、むしろ更に生い茂っていく。


「このっ……日本人どもがぁ!!!」


 怨嗟の叫びと共に振るわれた朱焔杖により、杖に収めた状態での最大火力で火炎旋風が翠とハジメを襲った。


「天使の片翼ユーカリバージョン再び!!」

「だからセンス無えって!」


 緑光が更に輝きを増す。

 一振りの碧双刃を構えた右腕が突き出され、服の袖から樹木の枝が次々と生えて出した。

 そこからユーカリの葉が群生し、翠の右腕は翼の形状そのものとなり、翠とハジメの二人を守り包み込む。


「無駄だっつーの!!」


 翼が開かれ、その片翼の羽ばたきと共に、荒れ狂う炎の渦が緑の葉に吸い込まれるように消え去った。


「な……、なんなんだ、その植物は」

「だからユーカリだっつってんじゃん」


 ユーカリ。

 フトモモ科ユーカリ属の常緑高木で、学名はTasmanian blue gum。

 タスマニアの名が示す通り、オーストラリアに多く分布する樹木で、その葉はコアラの主食として有名だ。

 だが、特筆すべきはその成長の早さと、特殊な発芽方法だ。

 オーストラリアは乾燥した気候の為、山火事が頻繁に起こる。

 そこでユーカリの樹は、極めて火に強く、むしろ火によって活動を促進させる異例の植物として進化した。

 まず、樹皮が厚く火をとおしにくい。

 その上、火をうけた樹幹から芽を出す性質があるのだ。

 リグノチューバと呼ばれる特別な組織を地下に形成し、火にかかったあと活発に萌芽する。

 また、地下茎が盛んに分岐し火を受けるたびに地上部を出していく。


 翠は、碧双刃の力でこのユーカリの特殊な性質を最大限に高めた。

 その葉の先にまでリグノチューバ組織を生成し、炎を受けた直後の発芽速度を最大限にまで促進する。

 結果、炎や熱線で燃え尽きるよりも早く、次の発芽を連続して行う対火防御被膜を作り上げたのだ。


「もう、あんたの朱焔杖は通じないよん」


 群生する葉に包まれた碧双刃を持つ右腕を、紅華に向ける。


「こいつはあんたの炎の盾だって無効化できるだろうね。そこにハジメが撃ちこめば、それで終わり」


 口の端に笑みを浮かべながら、翠は言い放った。


「これが最後の通告だよ」


 すっと真顔に戻って、最後通牒を突きつける。


「投降しろ紅華。灯太も必ず、麒麟から取り戻してみせるから」


 ホテルで相対した時。

 紅華に向かって翠たちが「灯太を返せ」と叫んだ時に、紅華は灯太を麒麟にわざと奪わせた刃朗衆こそを責めていた。

 紅華にとっても灯太は、朱焔杖の管理者である以上に大切な存在である。

 翠にはそう思えた。

 であれば、灯太を取り戻す約束が、彼女の投降を促すと思えたのだ。


「……灯太、ごめん」


 俯き、呟く紅華。


(……やめろ! バカ姉貴!!)


 念話で叫ぶその声を、紅華は無視する。


「褒めてやる、刃朗衆。御堂組。……貴様らごときを相手に、『抜く』ことになるとは思わなかった」

「……え?」


 翠の呟きの直後、紅い閃光が一閃した。


 『天使の片翼』が、碧双刃を持つ翠の右腕ごと斬り飛ばされ、宙を舞った。


「―――っ!!」

「翠ぃっ!!」


 翠は悲鳴を上げることすらできない。

 仕込み杖の鞘から完全に抜かれた刀。

 真の朱焔杖であるその紅い刃から、居合切りのように閃熱の刃が飛ばされた。

 それは間合いを無視して、ユーカリの対火防御被膜をも紙のように斬り飛ばした。


 翼状に広がり群生していたユーカリの葉が、碧双刃の超常力を失って舞い散る。

 その中に、碧双刃を握り絞めたままの翠の右腕がボトッと投げ出された。


 斬り飛ばされた腕の切り口は、鮮やかな切断面の表面を一瞬で焼き切られており、翠は失血死を免れている。


 翠と紅華の間に投げ出された、主を失った腕と碧双刃。

 翠は痛みを感じることもなく呆然自失とした様子で、ただそれを眺めていた。


「紅華ぁ!! 貴様ぁああ!!」


 怒号を上げ二丁拳銃を向けるハジメ。

 しかしそれより速く、閃熱の刃が再び走った。


「!!」


 壮絶な殺気に、その意志と関係なくハジメの体が反応する。

 僅かに身を捻り、ハジメはその体を両断されることは避けることができた。


しかし肩口を大きく斬り裂かれ、ハジメは倒れ込んだ。


「があああっっ!!」

「……!!!」


 苦痛の声とともに、翠は視界の端に少年が倒れる姿を捉える。

 翠の脳裏に、何かが弾けた。


「……まだ、私と灯太にも『抜いた』朱焔杖は完全制御できない」


 高熱に揺らぐ空気を纏い紅い刃を構えて、紅華はふたりを睨みつけて立っている。


「手加減はできないと知れ。命蒼刃を手に入れる為に、お前達の誰かには生きていてもらう必要があったが……もういい。あの老人ごと」


 切っ先をハジメと翠に向けて突きつけた。


「全員ここで死ね」

「黙れクソ女」


 抜かれた朱焔杖の切っ先から収束された高熱衝撃波が放たれる。

 同時に転がっている碧双刃から緑光が放たれ、散らばっていた葉から唐突にユーカリの大樹が現出した。


「なにっ……!」


 高熱衝撃波は大樹によって防がれる。


「テメエにできることが、あたしにできないと思うな……っ!」


 先の紅華の台詞を奪い、翠が叫ぶ。

 地面に転がっていた碧双刃が、弾かれるように飛び上がり、回転しながら宙を舞う。

 そして、大きく弧を描いて翠の伸ばした左手に収まった。


「もう許さない……斉藤紅子!!」

「それはこちらの台詞だっ……刃朗衆!!」


 紅華自身にも制御できない高熱の収束光が、暴れ狂う龍のようにうねり、襲いかかる。

 屹立した大樹がそれを防ぎ、更に枝葉を広げて、根がコンクリートの地面を割った。

 

 病院の屋上は、高熱により手すりが歪み、砕けたコンクリートが溶解し始め、鉄骨が露出し、崩壊を始めていた。


「くっ……時沢、さん……!」


 ハジメは苦痛を堪えながら、身を引きずってなんとか時沢に這いより、大樹の陰に避難させる。

 だが、荒れ狂う朱焔杖の力と呼応するように広がる大樹の枝と根に、建物が崩壊するのも時間の問題だった。


「くそ……翠、ダメだ! これ以上は、建物がもたねえ!」

「大丈夫!」


 苦痛を堪えながら叫ぶハジメの声に応えると、翠は左手に持っていた碧双刃の刃を歯でガキンと銜える。

 そして、空いた手を中空に差し伸ばした。


「……翠?」


(……来い)


「終わりだ刃朗衆! このまま建物が崩壊すれば、貴様らもただでは済まないだろう!!」

(何言っているバカ姉貴! それはこっちも一緒だ!!)


(……来い)


「やめろ、紅華! このままじゃ全員死ぬ! テメエはその力、制御できねえんだろ!!」


 ハジメが肩を押さえながら叫ぶ。

 しかし、紅華は聞く耳を持たない。


「うるさい、うるさい! 貴様らに! パパとママを見殺しにした日本人どもに負けるくらいなら!! ここで差し違えた方がマシだ!!」

(ふざけんな、バカ姉貴!)

「それでテメエになんの得がある!」

「得だと!? そんなことを考えられるくらいなら……はじめからここまで狂ってなどいない!!」

(狂って……? 姉貴!?)


(……来い!! 碧双刃!!)


 病院から少し離れた森の中。

 土の地面が突如、爆ぜた。

 そこから飛び出したのは、紅華が奪い、病院に侵入する前に埋めて隠していたもう一振りの碧双刃。

 緑の光の軌跡を残して、空を駆ける。


「――っ!!」


 パシィン!!


 回転しながら飛来した碧双刃が、翠の左手に収まった。

 植物の支配者たる碧双刃の対となる二振りが、使い手の元に再び揃う。


「オオオオオオッ!!!」


 一振りを歯に銜え、一振りを左手に、翠はユーカリの大樹に駆け寄る。

 取り戻した碧双刃の刃を、大樹の幹に叩き込んだ。

 銜えた刃と大樹に食い込んだ刃が、鮮やかな閃光を放つ。


(かませっ!! 『碧双刃!!』)


 魂の意志が、限界のない力が、病院の屋上に立つユーカリの大樹に溢れる。

 無数の大樹の枝が火を飲み込む龍のように、紅華に襲いかかった。


「く……!」

(炎盾!!!)


 灯太の意志が、紅華を守る炎の結界を出現させる。

 しかし刃が抜かれた朱焔杖は、その制御を困難にしていた。


(くそっ……)


 炎の盾は、襲い来る樹竜を焼き尽くす。

 しかしユーカリの枝は燃やされれば燃やさされる程に、力を増して生え変わり、紅華を押し潰そうと更に勢いを増して襲いかかる。


「く……と……灯太……!!」

(大丈夫だ……バカ姉貴……姉ちゃんは必ずボクが守ってや)


 唐突に、灯太との念話が寸断される。

 朱焔杖へ供給されていた、管理者からの魂の力もともに途絶えた。


「えっ?」


 ズガガガガガッッ!!!


 紅く輝く盾が消失し、紅華の体に樹竜の群れが殺到した。

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