「朱焔杖との戦い方」
そして、今。
継の作戦通りに、来日した紅華が反主流派の与党議員、灰島義一郎と接触したホテルには偽の火災警報が出され、人払いがされた。
パーティ会場では、ターゲットである紅華に、武士、葵、翠の三人が対峙している。
継はホテルの管理サーバに侵入して、火災の誤情報を断続的に流し、警備体制を混乱させ続けている。
ただし、消防が到着して現場の指揮権がそちらに移れば、いつまでもこの状況を維持するのは至難の業だった。
時間は限られている。
その間に、武士が紅華を説得できるかどうか。
分の悪い賭けだと、作戦に参加した誰もが認識していた。
「――あなたはCACCの秘密組織『麒麟』に攫われた。『朱焔杖』の人体実験の対象として」
武士の言葉に、紅華は肯定するでもなく、否定するでもなく、ただ彼を見つめていた。
翠は、紅華が武士言葉に少しでも動揺し隙を見せることを期待したが、張り詰めた気配は僅かも揺らぐことはない。
甘い考えは捨てた方がよさそうだった。
「――なるほどね。君たちは、ついこの前に私に接触してきた御堂組と同じか。私に日本に帰って、刃朗衆に力を貸し、日本の為に戦えと言いに来たのか。白霊刃の予言通りになれ、と。……ところで」
油断なく朱焔杖を構えたまま、紅華は武士の言葉を受けて、問いかける。
「私にそれを言いに来た、御堂組員の末路は知らないのかな?」
そうして、口角を上げて笑みの形に口を歪める。
燃えるような瞳はそのままに、その雰囲気は残忍な暗殺者そのものだ。
紅華の明らかな殺気を受けて、武士は首を振る。
「僕たちは、……いいえ。僕は、紅華さんに刃朗衆になってほしいとは言いません。予言に従いたくなければ、それでいいと思います。けど、麒麟の仲間になったままで、人を殺すのは本当に紅華さん……紅子さんが本当にしたいことなんですか?」
武士が〈紅子〉の名を出したとたん、紅華の顔色が変わった。
「武士っ!!」
「大丈夫!」
葵が叫ぶ。
しかし武士は遮るように、微動だにせずに叫び返した。
直後。
熱線が武士の肩口を打ち抜いた。
「くっ……!」
持っていたアタッシュケースが遠く投げ出され、武士は肩を押さえて蹲る。
高出力の熱線は武士の肩の肉を焼き、骨を焦がした。
腕が肩口から千切れ飛ぶ寸前で、皮一枚で繋がっている状況だ。
「……武士っ!」
「葵ちゃん! 大丈夫だからっ!」
慌てて駆け寄ろうとする葵を、武士は睨み付けて制する。
紅華はいつでも第二射が打てる状態だ。
翠は、遠く投げ出され床に転がっているアタッシュケースに目をやる。
「大丈夫? 何を言っている。お前の軽口の代償は右腕を失うくらいじゃ……そうか。そういうことか」
葵の腰の後ろから淡い蒼光が漏れると、武士の肩から白い蒸気のような煙が発生し始めた。
熱線によって破壊された骨が再生し、肩の関節を形作る。
筋肉の繊維が関節に巻きつくように取りつき、その表面を新しい皮膚が瞬く間に覆う。
千切られる寸前だった武士の肩は、数瞬で焼け焦げたホテルマンの制服を除いて、元通りに修復された。
「命蒼刃……。『田中武士』。そうかお前が、『偽りの英雄』か」
「そんな通り名が付いてるんですか。なんだか恥ずかしいな」
武士は押さえていた肩から手を外して、まっすぐに立ち上がると、再びまっすぐに紅華を見つめる。
「刃朗衆の予言では、不死身になるのは僕じゃありませんでした。予言は外れたんです」
「ならどうして、お前は刃朗衆と一緒にいる。お前は、一般人の筈だろう」
「一般人が戦ったらいけませんか? あなたが見捨てられたと思っている日本の人は、その一般人の集まりです」
紅華の顔がほんの僅かに歪む。
つい先程までと違い、紅華が武士の言葉を聞いている雰囲気を、翠は覚える。
同じ、九色刃に人生を歪められた人間の言葉だからか。
しかし、紅華が武士の言葉を聞いても、それが心に届くかどうかはまったくの別問題だ。
武士は言葉を重ねる。
「確かに十一年前に日本の世論は、斉藤さんたち一家の犠牲は仕方がない、という方に動いたのかもしれません。それが操作された世論だなんて、言い訳にもならないと思います。だけど、その人達の中にも、一家を助けたいと思って動いた人達がいたんです。御堂組だってそうです。大きな声にはならなかったかもしれないけど、斉藤さん達が犠牲になるのはおかしいと、そう考えた日本の人たちは多く居た筈です。僕は、それを紅子さんに伝えたかった。誤解したまま、紅子さんが麒麟で戦うのは」
「誤解だって?」
武士の言葉を遮り、紅華があざ笑うかのような声を上げ、
「上っ面の言葉で……それ以上喋るな!」
鋭く叫んだ。
直後、武士はとっさに横に体を振って、床に倒れ込む。
コンマ数秒前まで武士の頭があった場所を、朱焔杖から放たれた熱線が通り過ぎ、背後の床に赤い線を刻みながら周囲の絨毯を焼いた。
「な……!」
(避けた?)
武士は、明らかに紅華が朱焔杖を抜く前に、回避モーションに入っていた。
多少の訓練は受けているようだが、体の動かし方からほとんど素人同然と思われる武士が、回避困難なはずの熱線を回避したのだ。
しかし紅華は、のんびり驚いている暇はなかった
肩口が狙われた一射目と異なり、頭部が狙われた二射目は明らかに殺意を持って放たれた。
葵は武士の回避を見届けると同時に、床を蹴って紅華に向かって駆け出す。
合わせて翠は、床に転がったスーツケースに飛びついた。
「ちっ!」
紅華は接近する葵に意識を向け、握る朱焔杖に力を込める。
「葵ちゃん、右っ!」
武士が叫ぶ。
弾かれるように葵は横に跳び、直後に熱線がその空間を斜めに薙いだ。
左に避けていれば、被弾していた射線だ。
(見えている!?)
朱焔杖の熱線は、銃と異なり射線の予測ができない。
殺気に反応して発射の瞬間は予測できても、確実な回避は相当困難なはずだ。
撃たれる前に、その射線を目視でもできない限り。
「はァッ!!」
飛び跳ねた先から弧を描くように駆けてきた葵が、旋風の如き回し蹴りを紅華に放った。
縦に構えた朱焔杖で、紅華はそれを受け止める。
十分に助走をつけて放たれた強烈な蹴りだったが、紅華は受けた止めた朱焔杖を斜めに捌いて、受け流した。
「――ッ!!」
勢いを殺さず葵はそのまま半回転し、後ろ回し蹴りを放つ。
紅華は身を沈めてそれを避け、朱焔杖を突き出した。
「…フッ!」
杖の鋭い突撃を、葵は腕で横に捌く。
そのまま至近で、朱焔杖を腕で抑え込んだ形で葵と紅華は膠着する。
間合いは深く、杖術よりは無手に有利な間合いだ。
「お待たせぇ!!」
翠がアタッシュケースのロックを解除すると、跳ね上がるように碧双刃が飛び出した。
空中で二振りの曲刀をキャッチすると手首を返し、そのまま翠は開いたアタッシュケースの中に刃を突き立てる。
「大人しくしてよね、この放火魔女ぁ!!」
種子が仕込まれていたケースから、無数の蔦が飛び出して紅華を襲う!!
「――植物使い!!」
紅華は迫りくる蔦を焼き払おうと朱焔杖を構えるが、
「どこを見てるっ!」
葵が至近距離から肘打ちを放った為、咄嗟のガードで熱線を放つことができない。
その隙に蔦は紅華の体に蛇のように巻きつき、その体を拘束した。
「……くっ!」
紅華は朱焔杖ごと蔦に巻きつかれ、片膝を床に付いた。
「飛び道具との戦い方。一人が相手の気を引いているうちに、もう片方が不意打ち。師匠どうっすか、これ!」
「翠姉、なんの話?」
「こないだ昔話したから、なんとなく師匠との事、思い出してねん」
紙一重であったが、なんとか事前の打ち合わせ、練習の通りに上手くいき、紅華を抑え込むことに成功して二人は安堵する。
「なるほど、さすが刃朗衆。九色刃相手の戦い方は心得ているということか」
動きを封じられたまま、紅華が呟く。
「田中武士。貴様、朱焔杖の力を先読みできるのか」
「うん。魂の力が、僕には見えるみたいなんだ」
歩み寄ってきた武士が、紅華の問いかけに答える。
それはこの日まで繰り返してきた、仕様書にない命蒼刃のスペック確認の成果だった。
武士は過去に、葵との戦いではその蹴り技の軌跡を、直也との戦いではその太刀筋を先読みすることができた。
命蒼刃の使い手は、集中することにより相手の殺気を込めた攻撃を、魂の光芒として見ることができる。
武士は、最初に紅華に肩を打ち抜かれた際に、先に朱焔杖から伸びてくる赤い光筋を確認することができた。
だから、「大丈夫」と叫んだのだった。
熱線を先読みできる武士の指示で、葵が紅華の攻撃を避けながら接近。
相手の注意を引いているうちに、翠が碧双刃の力で拘束する。
それが三人が事前に立てて、練習を繰り返していた作戦だった。
「こんな乱暴な真似をしてすみません。でも、こうでもしないと落ち着いて話を聞いてもらえないと思いましたので……」
「武ちん。この女、問答無用で武ちんを殺そうとしたんだよ? この程度ですませて、謝ることなんて何もないと思うんだけど」
「問答無用で紅子さんの心に立ち入ろうとしているのは、こっちだから」
武士の優しすぎる考え方に、翠は肩を竦めて葵を見る。
葵は、その優しさがいずれ武士の身を滅ぼすのではと不安に感じるが、それでこその武士であると苦笑いするしかなかった。
「本当にすみません、紅子さん。不自由な思いをさせますけれど、一度僕たちのところに来てもらえませんか。ゆっくり、話をさせてもらいたいんです」
もとより、僅かな時間での会話で紅華の十一年の憎しみを氷解させられるとは考えていない。
まずは安全なところで、武士は時間をかけて紅華と話をしたかった。
しかし。
「……その名前で、呼ぶな」
紅華から、ゆらりと陽炎のような魂の気配が立ち上る。
「――離れて!!」
武士が叫ぶ。
反射的に、近くに立っていた葵と翠が飛び下がった。
放射上に赤い光が放たれ、紅華を拘束していた蔦が一瞬で焼け落ちる。
「くっ……!」
熱風に晒され、武士は弾き飛ばされた。
「武士!」
「大丈夫。それより……」
拘束を解かれた紅華が、朱焔杖を握りしめて立っている。
その柄は閉じたままで、抜かれてはいない。
「朱焔杖は抜かれてないのに、炎が……」
仕込み状である朱焔杖。鞘はセーフティであり、刃が収まっているうちは炎の力は発動しないはずだった。
「碧双刃の女。さっきの蔦は、カバンに種子でも仕込んでいたのか?」
「……だったら、なに」
「植物に直接触れないと、力を使えないのか」
「……」
翠の無言を肯定と捉え、今度は呆然としている武士を見る。
「それに命蒼刃。裏スペックは魂の力を見ること。その程度か」
「裏……スペック?」
武士の反問に、紅華は薄く笑う。
「呉大人が気に掛けているから、どの程度かと思ったら……。その程度か、刃朗衆」
刃を鞘に収めたまま、紅華は朱焔杖を一振りする。
パーティ会場に放置されたテーブルに掛けられたクロス、壁紙、木製のドアが一斉に炎に包まれた。
「なっ……!」
驚愕する武士たちを笑いながら、炎に照らされるチャイナドレスを纏った紅華の姿は、狂気を孕んだ美しさを魅せている。
「お前たちには、九色刃はもったいない。その力、私たち『麒麟』がすべて貰い受ける」
***
駐車場に辿り着いた灰島が見たものは、車の周りで気を失っているSP達と部下たちの姿だった。
「なっ……」
「これは……がっ!」
「ぐっ!!」
驚愕する灰島の後ろで、同行してきたSP達が苦悶の声を上げ、崩れ落ちる。
「な……お前、何を!?」
一人立っているのは、ここまで灰島たちを誘導してきたホテルマンの男だった。
「貴様、何をする?」
「何をする? この期に及んで状況が掴めていませんか?」
ホテルマンは笑う。
灰島とて、愚かではあるが馬鹿ではない。
自らの目論見が何者かによって潰えようとしていることは、分かっていた。
問題は、それが何者によって潰されようとしているかだ。
「貴様……〈北狼〉か?」
「あなたの邪魔をする人間が、それ以外にいますか?」
ホテルマンに扮した男の言葉に、灰島は背筋に冷たいものが走る。
と同時に、腸に煮えくり返る、熱い怒りがふつふつと起こってくるのを感じていた。
また、あの男に邪魔されるのか。
しかし。
「バカめ。〈北狼〉が動いたとなれば、今度こそ鬼島は終わりだ。公の場で告発して、今度こそ首相の座から引きずり落としてやる」
「ほう。興味深いですね」
「なんだと?」
「これから死ぬ人間が、どうやって鬼島首相を告発するのか。とても興味を覚えます」
酷薄な男の言葉に、燃え上がった怒りが瞬時に鎮火して、冷たい死の恐怖に支配される。
「ま、待て……」
「お疲れ様、時さ……っとっと。危ねえ危ねえ」
灰島が命乞いの声をあげようとしたとき、車の影から軍用のバラクラバ(目出し帽)を被り顔を隠した、カーキ色のツナギを着た男が現れた。
「危ねえ、じゃないですよ。本当にあなたは……」
危うく灰島の前で名前を呼びそうになったハジメに、時沢はため息を吐く。
「そちらのミッションは?」
「この通り、護衛は全員無力化済みっすよ。苦労するもんすね、殺さずにってのは」
「ほっ……北狼の、少年兵……」
ハジメの声からのその若さを覚り、灰島はつい先日も自分の邪魔をした、子飼いの傭兵・深井隆人をも倒した存在を思い出していた。
あの時は、乱入してきた〈北狼〉の本隊に助けられた。
当時は自分も一般人の誘拐という悪事に手を染めていて、〈北狼〉出動の証人となることはできなかったが、今は違う。
正式な灰島主催のパーティに襲撃を掛けてきているのだ。
目の前で声の若い男は、駐車場にいたSP達をすべて倒してしまったようだ。
その戦闘力から、北狼の非正規少年兵で間違いないと考える。
なんとかこの場を切り抜ければ、自分が証人となり、その存在も告発することができる。
最悪、朱焔杖を手に入れることができなくとも、鬼島に対するカードにはなるはずだ。
「お、お前たち……、こちら側に付かないか?」
「はあ?」
灰島の唐突な提案に、ハジメは呆れた声を上げる。
「金なら、北狼で貰っている十倍は出そう。お前たちも、命を懸けて戦うのは本当は嫌だろう? お前たちを戦場に連れ出そうとするあの男を私が倒して、この国に平和を」
ハジメがサプレッサー付きの銃を抜き、灰島の足元に発砲する。
話の途中で、灰島はへたり込んだ。
「敵国に通じている人間が、平和がどうとか語ってんじゃねえよ」
「気持ちがは分かりますが、余計な証拠を残さないで下さい、ハジメさん」
灰島に銃を突きつけるハジメを、時沢が小声で諌める。
「ひ……ひい……」
構わずにハジメは、恐怖に震える灰島の胸ぐらを掴み、銃口を額に押し当てた。
「てめえ。本当に鬼島を倒すつもりだったら、どうして反鬼島で団結しねえといけねえ時期に、勝手な真似しやがる。九色刃を手に入れて、どうするつもりだった?」
せっかく時沢がホテル襲撃犯を北狼に仕立て上げようとしていたのを、ハジメはぶち壊すように詰問する。
時沢はため息をつくが、灰島の方は銃口を向けられた恐怖に混乱し、ハジメの問いが北狼としてはそぐわない事に気がついていないようだった。
「くっ……九色刃は、鬼島が欲しているっ! 奴の弱みそのものだ、手に入れて研究すれば、奴に対するカードになるはずで……」
「今でも奴は、追い詰められている。九色刃の情報をテメエがどこから手に入れたかは知らねえが、テメエの仕事は、こっちに関わることじゃねえだろ!」
「御堂組になぞ、任せておけるかっ!」
「……んだと?」
突如現れた御堂組の名前に、ハジメは目を瞠る。
「もう、御堂組の時代は終わりだ! いつまでもあの老人が、裏の権力を握っているなど、間違っている! 私が未来予知の力を手に入れれば、もっとうまくこの国を支配してみせ……がっ!」
ハジメが銃底で、灰島の頭を殴りつける。
手加減はされているが、灰島は頭部から出血し、地面に倒れ込んだ。
「う……ぐ……」
「ハジメさん!」
小声だが鋭い声を上げ、時沢がハジメの肩を掴む。
「九色刃は、テメエらの手に負える代物じゃねえ。その情報と朱焔杖の取引をCACCから持ちかけられて、テメエは代わりになんの代償を差し出した!!」
「う、う……」
ハジメは蹲る灰島の少ない髪を掴んで、無理矢理顔を上げさせると、再び銃を突きつけた。
「答えろ」
「……CACCからは何も、代償の要求は……ただ鬼島を倒せ、と……」
「本当にそれだけか?」
「他には……そういえば今日になって、呉近強が」
紅華を連れてきたCACCの要人の名前が出て、時沢の顔色が変わる。
「呉が、なんですか?」
「わ、私が息子から聞いた、田中武士とかいう、怪我がすぐに治る体の高校生の話を……」
「--んだとッ!」
今度はハジメの顔色が変わり、両手で灰島を締め上げる。
「武士が、なんだっていうんだ!」
「……私もよくは……彼が、『偽りの英雄』だから、と……杖の女を一度、彼に会わせろ、と……がっ!」
再びハジメが一撃し、灰島は今度こそコンクリートの地面に倒れ意識を失った。
「ハジメさん」
「わかってる。……兄貴!」
ハジメは通信機で継を呼び出す。
「聞いてたよな、兄貴。ヤバい、〈麒麟〉の目的は端から武士……命蒼刃だ!」
『聞いてたよ。ハジメ、時沢さん。急いで、あっちもヤバい』
切迫した継の声が通信機から響いた。
「ヤバいって、どうした?」
『すぐに援護に向かって。チビ女たちと武士君だけじゃ、紅華が抑えられない。あの女、想定よりずっと強い。説得どころじゃない』
ハジメは時沢と顔を見合わせると、パーティー会場へと戻る階段へ駆け出した。
階段を駆け上がりながら、ハジメは視界を狭める目出し帽を脱いで投げ捨てる。
そして銃からサプレッサーを外し、もう一丁の銃も抜いて装備を確認した。
手加減ができる相手ではないのならば、覚悟しなくてはならない。
武士は不死身でも、葵が殺され命蒼刃の力が奪われれば、その限りではない。
(武士には嫌われるだろうけどな)
すべてを救いきることなど現実世界ではできるわけがなく、この手で守れる者は決して多くない。
また、この手を汚さずに大切なものを守ろうなどと、虫の良すぎる考えだとも知っている。
既にこの手は、幾人もの血で染め上げられているのだ。
ハジメは、紅華を殺す覚悟を決めた。




