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「これまでのことと、夏休みの宿題」

「九色『刃』なのに、朱焔『杖』なの?」


 渋谷にある、御堂組のビル。

その最上階の一室。

御堂ハジメが暮らす家のリビングで、武士、ハジメ、葵、翠、そして時沢が一堂に会していた。

暁学園が夏休みに入り、今後の方針等を打ち合わせるために集ったのだ。


 吉祥寺の鬼島首相の私邸での一件依頼、状況は奇妙な膠着状態に陥っていた。

鬼島は国防軍の東北方面第二陸戦大隊所属の特殊工作部隊、通称『北狼』を、国内で秘密裏に出動させていた。

 本来、閣議決定等の正式な手続きを踏まえなければならない治安出動を、一切の承認を取らずに独自に指示したとして、首相は野党のみならず、与党の反主流派から集中的な批判を浴び、すべての国会審議がストップしてしまったのだ。

 鬼島は政権与党の民自党の半数以上の支持を得ており、それだけで国会議員の過半数を抑えている。

 提出された内閣不信任案もあっさり否決され、政権は揺らぐものではなかったが、それでも残りの民自党反主流派、および野党のすべてが審議拒否をしている状況だ。これまでのような強引な政権運営ができるはずもなかった。


 ここで、更に政治的な弱みを見せることとなれば、今のところは鬼島についている議員たちも離反する可能性が出てくる。

 今、反鬼島派は持てるネットワークのすべてを用いて鬼島のウィークポイントを探している。

そんな中、鬼島は再び北狼を動かしたり、武士たちの命蒼刃に手を出すような動きができるわけがなかった。


「それでも、首相の動きは妙に鈍過ぎるように思えるんですよね……」


 時沢は翠が淹れたコーヒーを飲みながら、独り言のように呟く。

 その言葉を拾って、ハジメが反問する。


「鈍すぎるって?」

「これまでの鬼島首相は、かなり強引なやり方をしてきました。表でも、裏でも。刃朗衆や御堂組といった九色刃に絡む組織のネットワークは奴が政権を取った直後から次々と寸断されて、情報をリークしていてくれた団体やこちらのスパイのほとんどが、潰され、消されてしまいました」

「あたしらの里が襲われた時期だね」


 翠の言葉に、葵の表情が陰る。

 まもなく2年が経とうとしているが、辛い記憶はそう簡単に癒えるものではなかった。


「ええ。決定的な証拠こそ掴ませませんでしたが、鬼島の意志による攻撃だということは、隠そうとしているとも思えませんでした。彼は国防軍司令官だった時には、非常に慎重で狡猾な作戦立案、指揮をしていたと聞きます。その人物像にそぐわない、乱暴なやり方だったと思えます。もっと時間をかけて、慎重に事を進められていれば、我々御堂組も刃朗衆も、敵が鬼島首相だと気づくこともなく消滅させられていた気がするのですが……」


 時沢はコーヒーをすすりながら、自分で考えを整理しているように話す。

 仕立てのよいスーツに身を包み、ダイニングの椅子に足を組んで腰かけ思案するその様子は、知的な推理小説に出てくる探偵のようでもあった。

頬の傷や人を目で殺しそうな鋭い眼差しがなければ、誰も彼を暴力団組長の懐刀と呼ばれる人物とは思わないだろう。


「つまり、何か焦っていた?」


 葵はソファーに身を沈めながら、こちらも翠に淹れてもらったアイスカフェオレを飲みながら問いかける。

 葵は暁学園の夏服姿で過ごしていた。

 夏休みに入り制服を着る必要もないのだが、「他にどんな服を着ていいかわからない」という理由で、最近は常に同じ服装だった。

 ただ、スカートの裾は武士がドキリとするくらいに短い。

「蹴るときに邪魔だ」との理由だそうだが、翠曰く「あれは確信犯」とのことで、今も高級ソファーに深く沈み込み、露わになっている彼女の太ももとその奥に視線が泳ぎそうになる武士は、誘惑に耐えるのに少々疲れ始めていた。


「そう思えますね。その焦りが、最近になって急に消えたように思えます」

「ようは、ビビッたんだろ」


 ハジメが興味ない、とでもいうように口を挟む。

 ハジメはジーンズにTシャツというラフな服装で、ソファーの前のテーブルの前に分解した銃のパーツを手入れしている。

 まるで高校生がプラモデルを作っている、とでもいうような手慣れた様子だった。


「政治のことはよく分かんねーけどよ。表の世界じゃ、奴は袋叩き状態なんだろ? そんな状況になって、やり過ぎたーってビビッてるだけじゃねえの?」

「あんた。本当にバカだね。バカボンボンだね」


 カウンターの向こうで、自らに淹れたコーヒーをマグカップで飲みながら、変わらぬゴスロリ姿の翠が突っ込む。

 夏仕様で半袖になっている以外は、その衣装外見イメージはこれまでと変わらなかった。

 ただし、その『戦闘服』にどんな植物の種子が縫い付けられているかは分かったものではないが。


「んだと?」

「トッキーの話聞いてた? 鬼島はもともと慎重で狡猾な性格だった。その男が、最近になって急に静かになったってんだよ? あたしは悪い予感しかしないね」

「テメエがネガティブなだけじゃねえの」

「……鬼島首相があんたみたいな脳筋バカだったら、あたしらも苦労しないんだけどね」

「……毎日、似たような悪趣味な服着てるアッパラパーに言われたくねえよ」

「誰の服が悪趣味だって?」


 ヒートアップしだしたハジメと翠に、


「ふたりとも。仲良しトークは後にしてもらえないですか?」

「誰が仲良しだ!」

「誰が仲良しよ!」


 時沢が効果的な冷水を浴びせる。


「……つまりさ」


 訓練の為のジャージ姿のままで、ハジメの横に座り友人二人のお決まりパターンを聞いていた武士は、話を戻すように口を開いた。


「鬼島首相は何かの焦る理由が無くなって、また国防軍にいたときみたいに慎重になって、水面下で動いてるんじゃないかってこと」

「そうです。彼がこの国の議会制民主主義の盲点をついて、この国の政権を奪った時のように、です」


 時沢が武士の言葉を肯定する。


「じゃあ、どうするの? このまま放置してたら、状況は悪くなっていくんじゃないの?」

「かもしれません」


 葵の言葉に端的に応じると、時沢はゆっくりとコーヒーを飲み、カップをテーブルに戻した。


「まあ、そのあたりはここで私たちが話していても解決策は浮かばないでしょう。私たちは実行部隊です。鬼島の真意を探るために、今、組長が残った情報網を使って探って下さっています」

「ジジイ……大丈夫なのかよ」


 九色刃を管理、運営する刃朗衆。

その最大の支援組織であり、かつて鬼島大紀に乗っ取られる前の政権与党民自党に絶大な影響力を持っていた、御堂組。

その現当主である御堂征次郎は、御堂ハジメの母方の祖父だ。

齢九十を超える高齢で、もともと病気を患い自宅に医療器具を持ち込み生活していたが、先月に危篤状態に陥り、生死の境を彷徨った。

その後、奇跡的に回復したものの、今は御堂組の息のかかった特別な病院でまだ入院しているはずだった。


「継さんが手伝っています。昨日私が病室に伺った時は、パソコンで二人でやり取りしてらっしゃいました。見る限りでは、組長の容体は安定しているようでしたよ」

「兄貴が……」


 御堂継は、ハジメの実の兄だ。

 下半身が不自由で車椅子で生活している継は、IT系に強く、葵が北狼に連れ去られた際には武士たちの救出作戦を陰ながらサポートしていた。

 今も、病室からの征次郎の指示を受け、その卓越したハッキング能力を駆使して情報を収集しているのだろう。

 征次郎の信頼を得ている兄に対し、いつも祖父より叱責を受けることの多いハジメは複雑な思いを抱いていた。


「脳筋の弟に、パソコン中毒の兄ね。バランスのいい兄弟だねぇ~」

「バカにしてんのかミドリ虫」

「誰が虫よっ」


 翠の軽口に悪態をつくが、ハジメは翠が言いたいことが分からないほどには、脳筋ではなかった。

 分業だ。今はそれでいい。


「組長と継さんなら、いずれ鬼島の考えていることにも辿り着いて下さるでしょう。それに、あの九龍直也も独自で動いているようですしね」


 その名前に、場の空気がほんの少し変わった。

 九龍直也は、武士たちの通う暁学園の生徒会長にして剣道部の部長。

その正体は現総理大臣、鬼島大紀の隠し子であり、北狼の元非正規少年兵だ。

 北狼では鬼島の指示のもと、陸戦最強の部隊創設を目指し、極秘裏に身寄りのない幼子を集めて、幼少の頃より特殊な訓練プログラムを行わせていた。

それが北狼の非正規少年兵だ。

飲み込みの早い幼少期に、科学的根拠に基づきながらも常識では決して許されないレベルの訓練を受けた彼らは、常軌を逸する戦闘力を持っている。

 直也は、幼少期から中学卒業となる年齢まで、鬼島によりその非正規少年兵部隊に入隊させられていたのだ。

 そこで壮絶な訓練と実戦を経て、直也は常識を超える戦闘能力を有する結果となった。


 九龍直也には目的があった。

 直也は、父親である鬼島大紀の政治的な思想に賛同するものではなかった。

 鬼島は、いわゆるタカ派と呼ばれる同盟関係にない海外諸国に対して強硬的な姿勢の政治思想を持っていた。

特に軍事的な影響力を拡大し続けているCACC(アジア大陸中央国家連合)に対しては、前政権までは融和的な姿勢を取っていたのに対し、鬼島政権では対立姿勢を明らかにし、緊張状態が続いていた。


 九色刃の一つ、未来を予知する力を持つ『白霊刃』。

 その予言に曰く。


「日の本の国乱れ、安寧秩序の世が再びの戦禍に淪落せんとする刻。九つの力束ねし救世の英雄を必要とす。その者即ち破軍の王。彼の者の魂を蒼刃に捧げよ。さすれば英雄、寵愛せし者が為、災禍招き宰相打ち滅ぼさん。其れ即ち親殺しなり」


 CACCとの軍事衝突も起こりうる可能性が取り沙汰されている中、その状況を招いているとされる鬼島首相は、「災禍招き宰相」とされ、刃朗衆は彼を敵とみなしていた。

そして、それを打倒する英雄として鬼島の息子、九龍直也に不死身の力をもたらす九色刃・命蒼刃の力を渡そうとしていた。


 しかし数奇な運命を経て、命蒼刃の使い手として選ばれたのは、予言の英雄・九龍直也ではなく、平凡な高校生でしかない田中武士であった。


 直也の目的は、命蒼刃の持つ不死の力であった。

 しかしその力を欲する意図は、日本を戦争へと導こうとする父を打倒する為ではなかった。


 芹香・シュバルツェンベック。


 ドイツ人と日本人のハーフである、暁学園一年生。武士とハジメのクラスメイトである彼女は、鬼島大紀のもう一人の隠し子で、九龍直也の腹違いの妹だ。

 芹香は生まれつき、ある病気を患っていた。

 カレイド型慢性骨髄白血病。

 発症すれば、確実に死に至る難病だ。

 特効薬も研究されているが、その原料と目される植物が自生している地域が少なく希少な為に、研究は進んでいない。


 直也は、北狼に所属する前の幼少期より心を交わしてきたこの妹を、どうしても助けたかった。

 その為に、命蒼刃の力を欲していた。


 命蒼刃の管理者は葵。

 その不死の力の使い手は田中武士。

 大量の血を必要とする契約は、そう簡単には取り消すことはできない。

 取りうる様々な手段を検討した上に、直也が選ばざるを得なかった方法は、管理者の葵の殺害だった。


 そして九龍直也との激戦が、鬼島首相の私邸で繰り広げられた。

 結果として、直也と芹香以外の全員が重傷を負い、葵は瀕死の重体となったが、武士の絶叫とともに、スペックにない命蒼刃の力が発動。

 芹香のカレイド型慢性骨髄白血病とともに、全員が治癒、回復へと至ることになった。


 直也の選択は、刃朗衆にとって許されざるものだった。

 救国の英雄となるべき人物が、妹一人の救命の為に敵対したのだ。

 しかし、実際に彼と戦った者たちは、直也を憎み切れずにいた。


 「この国を戦争へと導く宰相を倒す」

 「この国を救う」


 彼ら、彼女らはその為だけに戦っているのではなかった。

 むしろ「国を救う」などという形の見え難い目的よりも、直也の妹を救いたいという気持ちの方が、彼ら、彼女らの戦う目的と共感できるものであった。


 直也は御堂組や刃朗衆とは異なる、独自のネットワークを構築していた。

 それは、九色刃の情報を探る為のものであったが、鬼島首相近辺の情報へと通じるルートだった。


「なんの償いにもならないが、俺は、俺の役割を全うする。命蒼刃の力はなくても、必ずあの男を倒す」


 九龍直也はそう言って、今はハジメ達の御堂組や葵・翠たち刃朗衆とは別行動を取っていた。

 戦いが終わり夏休みに入るまでの間、暁学園で武士たちが直也と会う機会は少なくなかったが、彼は学園の生徒という立場は崩さず、鬼島や九色刃に関する会話を交わすことはなかった。


「九龍直也、ねえ……」


 ハジメが銃のメンテナンスを終え、独り言のように呟く。

 他の面々も、複雑な表情を浮かべたまま、しかしその名前の後に何か言葉を繋げようという者はいなかった。


「まあ、九龍先輩とはきっとどこかで、また協力することもあるとして、さ」


 その直也に袈裟斬りに叩き斬られた武士は、顔を上げて明るい声を出す。


「僕たちは僕たちで、やれることをやろう。まずは訓練の続き……なの、かな……?」


 急に声のトーンを落とし、時沢へとゆっくり視線を向ける武士。

 死なない体なのをいいことに、毎回毎回「死ぬ」まで続く時沢による地獄の特訓は、武士にとってトラウマを超え、魂に刻み込まれる呪詛だった。


「いえ、今回は組長から、みなさんに夏休みの宿題を預かっています」

「は?」

「宿題?」


 時沢の意外な言葉に、武士とハジメは素っ頓狂な声を上げる。

 葵と翠は事前に何かを聞いていたようで、黙って時沢の言葉を聞いていた。


「それは、命蒼刃、碧双刃以外の散らばってしまっている九色刃の回収。および奪還です」

「他の……九色刃」


 それまであまり話題には上がらなかったが、確かに今、この場には2本しか九色刃はない。

 国の趨勢を左右する超常の力を持つとされるオカルト兵器、九色刃。

 鬼島首相も探しているという力。

 確かに重要なことだった。


「でも、なにか新しい情報はあるのかよ、時沢さん」


 武士たちの間で話題に上がらなかっただけで、御堂組は九色刃の行方を探し続けてきた。

改めて今、宿題として出されることにハジメの疑問はもっともだった。


「あります」


 時沢はハジメの問いかけに頷いた。


「7年前、CACCに奪われた九色刃があります。九本のうち一番最初に作られた、炎を操る九色刃。その名を『朱焔杖』と言います」

「シュエンジョウ?」


 音として聞いても意味の分からない言葉に、武士が聞き返す。


「朱色の焔〈ほむら〉の杖〈つえ〉、で『朱焔杖』よ」


 向かいに座っている葵が、その疑問に答えた。

 しかし、当然のように武士は更なる疑問を抱く。


「九色『刃』なのに、朱焔『杖』なの?」

「仕込み杖なのよん」


 今度は翠が説明する。


「もともとは、ごく普通の直刀の刃だったってさ。一番最初に作られただけあって、単純に魂の力を炎に変換するだけの、言ってみればただの火炎放射器みたいな物だったみたい」

「ふーん」


 ハジメも相槌を打つが、ただの火炎放射器と聞いて、やや興味が薄れたようだった。

 そんなハジメの様子にニヤリと笑って、翠は続ける。


「だけど。前に話したことがあると思うけど、魂の力に上限はない。管理者と使い手の魂の繋がり次第で、どこまでも出力が上げられるわけ。理論上は、熱線を放射状に放って目に見える範囲すべてを焦土と化すこともできるみたい」

「へえっ! あれだ、巨○兵だ! 焼き払えっ! て奴だ」

「ハジメ……不謹慎だよ。あと、薙ぎ払えっ! じゃなかった?」


 はしゃぐハジメに突っ込みを入れつつ、どうでもいい突っ込みも入れる武士。


「男って、こういうの好きだよね……」

「とにかく」


 あきれる翠に、葵が説明の後を受け継ぐ。


「そんな直接的な破壊力を持つ九色刃には、万全のセーフティが必要ということで、専用の鞘も開発されたの。それがセットになって仕込み杖の形になったというわけ」

「ふうん……」


 武士は説明を聞きながら、ハジメとともに茶化しもしたが、改めて背筋が寒くなるような恐怖を抱く。

 『九色刃』はあくまで兵器なのだ。

 使い方を誤れば、とんでもない結果を招くのだろう。


「で? そんなヤバい力を持ってる『朱焔杖』が外国に渡って、どうなったんだ?」

「今、『朱焔杖』はその使い手とともに日本に来ているという情報を掴んだのです」


 時沢の言葉に全員の視線が集まる。


「組長からの宿題は、『朱焔杖』の奪還です。可能であれば、その管理者・使い手とともに奪い返し、刃朗衆の戦力に加えろとの命令です」


 武士にとって、今までの人生で一番ハードな夏休みとなりそうだった。


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