「血戦」
「葵さん。地下道の入り口は見つかったのか?」
部屋から出てきた直也は葵に気付き、右手に日本刀をぶら下げたまま話しかける。
刀は特に血に濡れてはいない。
戦った後とでもいう様子はなかった。
つい先ほどまで捕らわれていた葵は、知らなかった。
先に部屋から出てきた女は、刃朗衆・鬼島大紀・九龍直也という三者のトリプルスパイであることを。
「…どういうこと? どうしてあの女とあなたが一緒に? あの女は、刃朗衆の……」
「そうか、見られていたのか」
混乱している葵の問いに、直也はまるで表情を変えない。
「ならもう、迷う必要もないかな」
「どういうことだ!」
「説明するよ、葵さんついて来てくれ」
直也は背を向けると、葵の返事も待たずに廊下を歩き始める。
「ちょっと待って。説明なら、翠ちゃんとハジメにも……」
「わかった。一階に行こう。玄関にいれば、御堂たちも戻ってくるはずだ」
直也はスタスタと歩いて行く。
あまりに無防備な背中。
葵はひとまず警戒を解いて、後に続いた。
武士は、言葉が物質化して頭を殴りつけられたかのような、強い衝撃を受けた。
「え……?」
「白血病って、ほら。ドラマとか映画とかでよく出てくるでしょ。私は先天的に染色体異常があって。子どもの頃からずっと治療を受けていたんだけど」
「ちょ、ちょっと待って」
武士は震えるような声を上げる。
「白血病? え、それ、大丈夫なんだよね? 治るんだよね? あ、もしかしてもう治ってる? そうだよね、だって芹香ちゃん、こんな…に…元気、で…」
芹香は首を横に振る。
武士の言葉は尻すぼみに消えてしまう。
「普通の骨髄白血病だったら、発見さえ早ければ骨髄移植なしでも寛解……まあ、治るようになったんだけどね。私のは特別なタイプみたいでさ。要約すると……うん。治らないんだよね」
「治らない」という単純かつ明快な言葉が、理解を拒む武士の脳にねじ込むように入ってくる。
「そんな……」
「今私が元気なのは、病気がまだ慢性期っていう期間だから。定期的に薬を注射していればほとんど無症状なんだ。だけど……」
芹香は言い淀む。
不死身のはずの武士の方が、病人のように真っ青な顔色をしていたからだ。
しかし、兄のことを説明する為には、自分の病気の事を説明しないわけにはいかなかった。
「今打っている薬。長期間続けるとだんだん効かなくなってくるんだよね。お医者さんからは、後二年くらいで移行期に移って、その後は、もういつ急性期に入ってもおかしくないって言われてる」
「に、二年、って……」
「でもね、移行期に入る前は、薬さえ打ってれば普通の人と同じなんだよ。だから私はラッキーな方。だって、覚悟する時間が沢山あったんだから」
笑顔すら浮かべて話す芹香に、武士はもうどんな表情を浮かべていいかわからなかった。
そこで武士は、ふとあることを思い出す。
「移植……そうだ、移植は? 僕、前にテレビで見た事があるよ! 骨髄移植をすれば、白血病って治るんじゃ……」
「武士君。前に学校で、血液型のことを話したの覚えてる?HLA型がどうとか」
「そういえば…」
「骨髄移植って、普通のABO式の血液型じゃなくて、HLA型っていう白血球の血液型を合わせる必要があるの。それは近親者はともかく、非血縁者だと一致するのって数百人から数万人に一人なんだよね。私の近親者は……っていっても、調べたのはお母さんとお兄ちゃん、それに鬼島だけなんだけど、誰も一致しなかった」
「鬼島総理も……?」
「うん、調べたみたい。お母さんが言ったのを聞いただけだけど」
「ごめん、僕、何も知らなくて……移植なんて、簡単に言って」
「あはは。気にしないで。こんなこと、私だって自分の体じゃなかったら絶対知らなかったわ」
それでも、軽々しく移植などと言ってしまった自分を許せないのか、武士は俯いて震えている。
芹香は逆に武士に余計な心配をかけ、追い詰めてしまっていることに申し訳ない気持ちだった。
しかし、ここで「ごめん」などと言っても、なんの意味も無い。
意味があるのは、この話の後なのだ。
「特効薬も研究されてるみたいなんだけど、原料が稀少で研究は進んでいないみたい。だから……お兄ちゃんは私を助けるために、命蒼刃を手に入れることを選んだ」
「……え?」
「さっき、またお母さんに電話をかけて聞いたの。お母さん、最近ことあるごとに『お兄ちゃんから離れるな』って言うようになったから、何かおかしいなと思ってて…。電話で問いつめたら、白状した。お兄ちゃん、お母さんに話した事があるんだって。絶対に私を助けるって。病気を治してみせるって。お兄ちゃんが鬼島に入れられて軍にいた時、人の体を不死身にする力を持った兵器があるって、聞いたことがあるって……言ってたって……」
芹香は、自分の頬を熱い涙が伝っていることに気付かずに、話し続ける。
「きっとお兄ちゃんは『北狼』っていうところで、命蒼刃のことを知ったんだ。それで、お兄ちゃんは私を助ける為に……命蒼刃の力を手に入れようとしてるんだ……!」
「そんな……。もし、それが本当なら」
武士の背筋に、冷たいものが走る。
「だから武士君、お願い! お兄ちゃんを止めて! 私は不死身の体なんか要らない! そんな物の為に、もしお兄ちゃんが……もしもお兄ちゃんが誰かを傷つけるなんてことがあったら、私は耐えられない!」
葵の数歩手前を、直也は歩いていた。
やがて廊下は突き当たって、下に続く階段に出る。
階段を数歩降りたところで、直也は突然、足を止めた。
「?……どうしたの」
急に動かなくなった直也に、葵も歩みを止める。
「葵さん」
直也は振り返らずに話しかける。
「なに?」
「鬼島は必ず、俺が倒す。刃朗衆が望んだこの国の平和は、俺が必ず守ってみせる」
「は?」
あまりに唐突な発言に、葵は目を丸くする。
刹那。
神速の一撃が煌めいた。
ギィン!
葵の目の前で、強烈な殺気と、音と、火花が炸裂した。
直也が振り向き様に放った閃光のような斬撃。
正確に葵の頸動脈を狙って伸びてきた閃光は、しかし途中でその軌道を変えた。
剣閃は直也の胸の前に閃き、そこで激しい音と火花を炸裂させる。
葵は少し遅れて、それが直也が銃撃を刀で弾いたのだということを理解した。
ガンガンガンッ!
直也の剣の間合いから飛び下がった葵の背後から、銃声が鳴り響く。
階段のすぐ前にあった部屋の扉が開いて、その部屋の影に隠れていたハジメが二丁のデザート・イーグルを構え、連射していた。
「このタイミングで、弾きやがるかっ!」
反動の大きい大型拳銃をそれぞれ片手で構え、正確に狙いをつけて連射する。
手すりや壁など、紙のように突き破る暴風のような銃撃の嵐。
直也は体を捻り、壁を蹴って体を反転させ、破壊の暴風を全て躱しきる。
そして破壊された階段の手すりを飛び越えて、直也は一階へと逃れた。
「ちっ……翠!」
階下に逃れた直也の、すぐ側の窓ガラスが炸裂するように割れる。
飛び込んできたのは、屋敷の庭に植えられてい樹木の枝だ。
「く…!」
恐ろしいスピードで伸びてきた枝を、直也はすんでのところで横に転がって躱す。
枝は直也が隠れていた壁のレンガをあっさりと突き崩した。
しかし、その強力な攻撃は囮だった。
パリンッと直也が転がった先の窓ガラスが割れ、中庭から、顔の前で二本の曲刀をクロスさせたゴスロリ少女が突っ込んでくる。
「死ねっ! 九龍!!」
直也の左右から斬撃が襲いかかる。
直也の背後は壁。
下がって躱す事はできない。
必殺のタイミングだった。
ギイン!
しかし、金属音が響く。
左右からの曲刀の斬撃は、直也に受け止められていた。
右は日本刀で。
そして左は、隠し持っていた命蒼刃を抜き放って。
「……命蒼刃!?」
青く輝く命蒼刃を見て、一瞬動揺する翠の隙を、直也は見逃さない。
「ッキアァッ!」
直也は命蒼刃を突き出し、前へと踏み込んだ。
翠は鋭い突撃を首を振って避ける。
頬の皮膚を浅く裂いて、突撃をなんとか躱す。
しかし直也はそのまま体を半回転させ、右に持った刀の柄尻で、翠の側頭部を殴りつけた。
「がッ…!」
体重の軽い翠は吹っ飛ばされ、飛び込んできた窓の下の壁に激突する。
追い討ちをかけようと踏み込んだ直也の足下で、ガォン! とハジメの撃った銃弾が弾けた。
階段を降りてきたハジメが、二丁拳銃の連射を放った。
直也は五〇口径マグナム弾による破壊の暴風を避けて飛び下がり、部屋の扉を体当たりで開けて姿を隠す。
ハジメは扉に銃口を向けたまま、直也の動きを警戒している。
階段を駆け下りてきた葵が、倒れている翠のもとに駆け寄った。
「翠ちゃん!」
「大丈夫。それよりも九龍を警戒して」
翠は頭を押さえて、なんとか立ち上がる。
前日のビルでの戦闘で受けたゴム弾によるダメージから回復しきっていないところに、直也の攻撃を喰らったのだ。
大丈夫なわけはなかったのだが、そんなことは言っていられない。
翠はペッと血まじりの唾を吐いた。
口の中を切った、というだけなら良いのだが、翠は壁に激突した衝撃で内蔵が傷ついた可能性を自覚していた。
「あのタイミングであたしの攻撃を……化け物が」
渾身の一撃を躱され反撃され、翠は直也の強さを改めて痛感する。
「どうして英雄が……それになんで、命蒼刃を持って……」
葵は、状況の背景が完全に理解できずにいた。
「難しいことはねえ。九龍直也はやっぱり敵だってことさ。なあ、九龍!」
ハジメが大声で吐き捨てた。
「俺の兄貴から連絡があったぜ。テメエの部下の柏原が、鬼島のパソコンに侵入できたそうだ。そしたら直前までそのパソコンから、『北狼』のデータベースにアクセスしていた履歴が残ってたっていうじゃねえか。その時間、鬼島のパソコン調べてたのはテメエだよなあ?」
ハジメが大声を上げて直也の注意をひいている間、翠は体の痛みに耐え、気配を消して移動を始める。
直也が飛び込んだ部屋は、翠が事前に調べていた。
そこは翠達がいる廊下に接した大きな扉が三つある、百人規模の立食パーティでもできそうな広い部屋だ。
今はテーブルや椅子等は一切置かれてなく、ちょっとした体育館程度の、天井の高い開かれた空間になっている。
中で直也が部屋を突っ切り、別の扉から飛び出してくる可能性があった。
翠は、ハジメが銃を向けている扉とは別の扉の前に移動する。
同時に葵にも目配せをすると、葵は頷いて、さらにもう一つの扉の前へと移動した。
「テメエはログを消したつもりだったようけど、兄貴にかかったら、そんなもん無駄なんだよ。テメエ、なんで……『北狼』のデータベースにアクセスなんてできた。なんでそんなパスワードを知ってやがった?」
ハジメは扉の脇に背中を付け、部屋への突入に備え、銃を構える。
「テメエ、新崎結女って女とグルなんだろ? その女、鬼島と刃朗衆とも繋がってるスパイだっていうじゃねえか。そいつの手引きか。テメエ、何を企んでやがる! 命蒼刃を手に入れて、どうしようってんだ!」
ハジメは翠と葵に目配せをする。
九龍直也は強い。
しかし、ここで倒さなければならなかった。
『北狼』といまだ繋がっている可能性のある直也。
命蒼刃の管理者である葵を殺そうとした直也。
そんな彼に、命蒼刃を渡したままにしておく事はできない。
ハジメ達は動いた。
三人同時にドアを蹴破って、部屋の中に突入する。
「なっ……!」
あらゆる可能性を想定していたハジメは、一瞬絶句する。
直也は両手に日本刀を構え、広い部屋の中心に立っていた。
隠れることもせず、堂々と。
銃を持つハジメと相対して、それはあまりにも無防備極まりない行動。
そのはずだった。
「ふざ…け…やがって!」
ハジメは遠慮なく、直也に向けて二丁拳銃を乱射する。
その爆発するような殺気に反応し、直也は弾かれるように動いた。
ジグザグに走りながら、ハジメに向かって突っ込んでくる。
「っ!」
直也は銃弾が見えているかのように、ハジメの銃撃を紙一重で躱す。
躱しきれない射線は、その刀で弾く。
「……このチート野郎がっ!」
銃弾を弾く直也は確かに反則的な技量を持っているが、それは銃弾よりも速く動けるわけではない。
相手の殺気を察知して、発砲のタイミングを捉える。
そして驚異的な動体視力により、銃身の角度から弾道を予測しているのだ。
ハジメがいくら全弾撃ち尽くす勢いで連射しても、発砲する意志を持って、直也に見える距離から撃っている限り、躱され、弾かれ、直也の背後の窓ガラスを割るだけだった。
直也は瞬く間に、その間合いにハジメを捉える。迷わず繰り出される鋭い斬撃。
「く!」
キンッッ!
耳をつんざくような鋭い音が響く。
ハジメは辛うじて斬撃を銃身で受け止めたが、刀身がデザート・イーグルの銃身に大きく食い込んだ。
「ハアアッ!!」
そこから直也は、更に刀を振り抜く!
灰島のビルで傭兵・深井と戦ったときは、直也の刀は居合い用の量産品だった。
しかし、今度は違う。
直也が手にしている刀は、鬼島が所有していた名刀。
正確には日本刀の中でも大太刀と呼ばれる実戦用の刀で、その銘を備前長船兼光という。
「ハジメッ!」
翠の叫び声が響いた。
備前長船の斬撃を受け止めた拳銃の銃身は切り飛ばされ、大太刀の切っ先がハジメの首筋に迫る。
咄嗟に体を大きく後ろに倒して斬首は避けたものの、胸元を浅く切り裂かれ、ハジメの体から鮮血が飛び散った。
そのまま後ろに倒れるハジメに対し、振り抜いた刀をすばやく構え直し、直也は追い打ちを狙う。
「九龍! こっちだ!!」
ハジメの連射に攻撃のタイミングを掴めずにいた翠は叫ぶと、空中に四つの木球を放り投げる。
「檜の棒っ……×8ッ!」
一瞬で八つの木片に切り裂かれた球が、棒状に変化して直也を襲う。
しかし。
「その技はもう見ている」
直也は檜の棒が伸び切る前に駆け出し、その八本の棒の間を縫って、間合いを詰める。
「なら、これでどう!」
翠は直也を通り過ぎて伸びてしまった檜の棒に、更に碧双刃の斬撃を加えた。
魂の力が注ぎ込まれ、八本の棒は途中で枝分かれし、翠との間合いを詰める途中の直也に四方八方から襲いかかる!
「無駄だっ!」
しかし直也は、備前長船兼光を神速で振るった。
高速で伸びてきた檜の棒をすべて、その根元から叩き切る。
強力な魂の力を注がれた檜は、切り口から更に伸びようとするが、その時には直也はすでに前へと移動していた。
直也は翠を一足一刀の間合いに捕らえる。
翠は碧双刃の力を発動させた直後で、攻撃に備え構えることができない。
「……なにっ!?」
翠はそのまま碧双刃を構えずに、体を前に倒れ込ませた。
その翠の陰から。
「ヤアアッ!」
葵の体が宙を舞い、強烈な回し蹴りが突進してきた直也を捉える!
直也は刀の柄で受け止めたが、衝撃は殺しきれずに、大きく体勢を崩して床に転がった。
「翠姉っ、今っ!」
葵の叫びに応え、翠は伏せた姿勢のまま両手を横に大きく広げる。
「リフォーム代でもケチったの…!」
ヒュンと柄を回して碧双刃を逆手に持ち替えると、そのまま絨毯敷きの床に、二本の碧双刃を突き立てた。
「こーゆーとこの床ってさ……フツー大理石とかじゃないのっっ!!」
二本の碧双刃を中心に、翠の叫び声に呼応して緑色の稲妻が床を這い広がる!
絨毯の下の無垢材の床板があちこちで割れ、絨毯を突き破って、割れ目から一斉に樹木が伸び、直也に襲い掛かった。
「そういうことは……」
直也は後方に回転して、真下からの樹木を避けるが、すぐに足元から新たな樹木の芽が飛び出す。
直也は跳躍して、備前長船を振りかぶった。
「家主の鬼島に言ってくれっっ!」
襲い掛かってくる樹木の成長方向に対して平行に、斬撃を繰り出す。
砲弾のようなスピードで襲いかかった樹木は左右に切り裂かれて、直也の体に届かない。
そのまま直也は、切り裂かれた樹木の上に飛び乗り、翠に向かって駆け出す!
「このっ……なめるんじゃねえよっ!」
本気の口調で翠は叫ぶと、近づいてくる直也に対して弧を描くように走りながら、床から生えた樹木に次々と碧双刃の刃を入れ、直也を襲わせる。
連続して怪物の触手のように襲いかかってくる樹木を、直也は跳躍で避け、斬撃で切り飛ばし、その枝の上を駆け抜ける。
近接戦闘では勝てないと悟った翠は、碧双刃を発動させつつ直也から距離を取ろうと後ろに下がるが、直也は超常の力による攻撃をことごとく躱しながら、その距離を詰めてくる。
ドン、と肩が壁にぶつかり、翠は部屋の隅に追い詰められる。
「終わりだっ!」
横合いから突っ込んできた木を跳躍で避け、直也が迫る。
「それはこっちの台詞……っ!」
翠は二本の碧双刃の刃を返して、自らのゴスロリ衣装に押し当てる。
「これが私の、切り札だーーっっ!!」
緑色に輝く曲刀を、クロスさせるように振り抜く!
切り裂かれた自らのゴスロリ衣装の裂け目から、爆発的な勢いで草が伸び始め、直也に襲い掛かる!
その草の種類は……雑草。
「こんな草程度……なに!?」
ツタのように巻きつき体を拘束しようとしてくる雑草を、直也は神速の連撃で切り払う。
しかし、それまで切り飛ばしてきた樹木を遥かに超える再生スピードで、切り払われた草は再び成長し、直也の体になおも絡みついてくる。
「く……!」
直也は無限にも思われる草の再生を相手に、足を止められざるを得ない。
「ノットウィード! 『最強の雑草』って呼ばれてる植物だ! 翠さんのお洋服は、文字通りの『戦闘服』なんだよね!」
黒いゴスロリ衣装は胸元の部分が大きく斬り裂かれ、ささやか胸の曲線が露わとなっている。
翠は雑草の種子や繊維を、自分の服に縫い込んでいたのだ。
「もともと常識外れの繁殖力を持っているノットウィードに、碧双刃の力が加わればっ……!」
翠は露出した上半身を隠すこともせず、布地が残っている服の肩口をさらに翠双刃で切り裂き、再び力を発動させる。
「九龍、お前を捕えることぐらい!!」
翠の両肩から緑色の翼が生えたかのように、『最強の雑草』ノットウィードが群生し、直也に向って襲い掛かる!
「雑草なら……」
直也は向かってくる全てのノットウィードを切り払うことを諦め、翠との間を遮る一部分の草だけを切り払う。
左腕、両足と草に拘束されながら、ほんの僅か、翠との間に遮る草の無い隙間を作った。
「根から抜かせてもらう!」
チャキン! と備前長船を逆手に持ち返ると、その隙間を縫って、槍投げのように刀を撃ち出した!
ザシュッ!
「ぐ…っ!」
翠の露出した白い肩に、備前長船が深く突き刺さった。
「は……ぐ……!」
翠はあえぎ声を洩らして膝をつく。
激痛に気が遠くなるのを感じるが、ここで使い手が気を失えば、魂の力の供給が断たれ、直也の拘束が解かれてしまう。
「……葵ちゃん!」
なんとか意識を繋ぎとめながら、翠は叫んだ。
「しまっ…!」
部屋の中に縦横無尽に伸びていた樹と草の影から、葵が飛び出し、直也の頭上に跳躍する。
直也は右腕以外をノットウィードに拘束され、身動きが取れない!
「九龍直也、そこで」
葵は空中で回転し、ありったけの力をその脚に込めて
「寝ていろ!!!」
強烈な踵落としを放つ。
直也はとっさに右腕を上げてガードするが、直也のほぼ真上から放たれた回転踵落としは、上からでなく後方からの攻撃となって、直也の腕をあっさりと吹っ飛ばし後頭部に直撃する。
拘束された状態で強烈な打撃を受けた直也は、その衝撃を逃がす事ができずにすべての運動エネルギーを頭に喰らった。
翠は魂の力の供給を止めると、碧双刃から常に放たれていた薄い緑色の光が消える。
ノットウィードは力を失い、直也の体は拘束していた草を引きちぎりながら、前方に倒れ床に崩れ落ちた。
「翠姉っ!」
着地した葵は、刀に貫かれ膝をついた翠に駆け寄る。
翠は顔面蒼白だったが、直也をなんとか倒せたことに、笑顔を浮かべる。
「葵ちゃん……やったね……」
「しゃべらないで、今、手当を……!」
ドスッ…
葵は背中に焼けつくような痛みを覚える。
「葵ちゃん?」
「み、翠…姉…ごめ…」
翠はその蒼白になった顔に、葵の口から大量の吐血を浴びる。
「葵ちゃん!」
絶叫を上げる翠にもたれかかるよう倒れた葵の背中には、命蒼刃が突き刺さっていた。
 




