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「告白」

 鬼島邸は三階建ての古い洋館だ。

 ロの字型の建物で、中庭には人工の池があり、中心には石作りの噴水が設置されていた。

 しかし、今は水は出ておらず、しばらくの間使われた形跡はない。

 直也は中庭に飛び出すと、池の中に飛び込んでその使われていない噴水に近づく。


「ハアッ!」


 石造りの噴水を、直也は刀で切り倒した。

 石を叩き切った日本刀は、刃零れすらしていない。

 直也の非常識なまでの力量と、鬼島大紀の部屋にあった刀の恐るべき切れ味の結果だ。

 直也は残った台座部分を蹴り倒す。

 下は空洞になっていて地下道に繋がっているのではと直也は考えていたが……。


 違った。

 結局鬼島のパソコンから儀式場の情報を引き出せず、屋敷内の警備員や数人の北狼の兵士を倒しながらこの建物を捜索したとき、唯一探していなかった場所がここだったのだ。

 地下から繋がっているそしたら、噴水の水を引き込んでいるこの場所が怪しいと踏んでいたのだが、当てが外れた。


(くそっ……もっと巧妙に隠されてるのか?それとも地下道の出入り口は、建物の内部にはないのか……)


 気持ちだけが焦ってくる。

 命蒼刃が鬼島の手に渡るのは、絶対に避けなければならない。

 適うならハジメや翠、葵たちよりも先に押さえられればそれに越した事は無かったが、それで神道使いを逃してしまっては意味がない。

 今、彼らは直也の指示で建物の別々の場所を探していた。


 直也は中庭から、建物を見渡す。

 中庭に向いている窓は、それぞれの部屋に繋がる廊下に接していた。怪しい人影はない。


(いや、あれは……)


 二階の一室のドアが開いている。

 その向こうに、葵と翠とは違う、女性の人影が映った。




「結女さん、鬼島のところに行ったんじゃ…」

「司令には連絡をとったわ。あの人はここには来ない」


 駆けつけてきた直也に結女は笑顔を向けると、その手にしていた物を直也に差し出す。


「これは、命蒼刃……」


 直也は蒼い柄と鞘のその短刀を受け取った。


「これが、これさえあれば……!」


 直也の声が、震える。


「神道使いの坊やから連絡があったの。儀式は失敗したってね。命蒼刃は私が受け取っておいたわ」

「……地下道の入り口は、この屋敷ではなかったんですね」

「地下道?」

「儀式場は、ここから少し離れた古い神社の地下だったんです。そこから地下道がこちらに伸びていたので、この屋敷と繋がっているかと思ったんですが」

「ああ、そうなの。私があの坊やに会ったのは、ここではなかったわ」


 直也は、命蒼刃を押さえることができた高揚感に、結女の後ろにある暖炉の床が、ほんの少しズレていることに気づくことができなかった。


「神道使いは?」

「頭に怪我がひどかったせいね。途中で倒れて……死んだわ」

「!……そうですか」


 神道使いが死んだという結女の言葉は、直也にとって少なからずショックだった。


「残念ね、直也クン」


 結女は慰めるように、直也の肩に手を置く。


「あの坊やを味方に出来たら、うまくいけば誰も傷つけずに直也クンの願いを叶えられたのにね」

「ええ……残念です」


 直也は俯き、ほんの僅かに体を震えさせた。


「でも、しかたありません。一切の犠牲を払わずに誰かを守ることなんて、できはしませんから。取るべき選択肢は、もう一つしかありません」


 自分の良心を押し殺すように吐き出した直也の言葉に、掌から伝わってくる直也の苦しさに、結女は悦楽に身悶えする自分を押さえることができない。


「はあ…あ……!」


 吐息が漏れる。

 暗く、歪んだ、独りよがりの劣情が満たされる。


「結女さん?」


 直也から離れて壁を向いた結女に、直也は不審の目を向けた。


「ごめんなさい。なんでもないの」


 結女は振り返る。

 その表情は、いつもの氷の微笑みだ。


「大丈夫よ、直也クン。私はいつでもあなたの味方だから」

「ありがとうございます。ここまで来れたのは、結女さんのお陰です」

「どういたしまして」


 小首をかしげてそう言うと、結女は部屋のドアへと向かう。


「刃朗衆のあの子達に、一緒にいるところを見つかるとまずいでしょう? 私は先に行くわね。司令から直接報告しろと言われているの」

「わかりました。危険なところ、ありがとう」

「今度、お礼してね?」


 ウインクをして、結女は部屋から出て行く。

 背を向けたときの彼女の顔を知らぬまま、直也は部屋に残った。

 手にした命蒼刃を握り締めて、決意を新たにする。


 もう、引き返せないと。




「あの女……!」


 葵が三階の部屋の探索を終え、廊下に出た時。

 ちょうど中庭を挟んだ向かい側の二階の一室から、スーツ姿の女性が出てくるのを目撃した。

 やや距離があり、また夜も明け切っていない為にその顔はハッキリと見えなかったが、その雰囲気、背格好、そして口元に浮かんでいる笑みに、葵はある女性を思い出す。


 自分に英雄の情報を伝えた、刃朗衆の諜報部員を名乗った女だ。

 そして、その女性の声を思い出す、


「……あの時のっ!」


 昨夜のビルで、直也に拘束されて顔を見る事が出来なかった、〈北狼〉の指揮官らしき女の声。

 葵の記憶が繋がった。


 葵は床を蹴って、廊下を走り階段を降りる。

 女性は角を曲がって見えなくなっていたが、彼女が出てきた部屋の前を通って、その後を追おうとする。

 だが、葵はその足を急に止めて、女が出てきた部屋の前の角に隠れた。

 その部屋に、まだ人の気配がしたのだ。


 数秒後。そこから出てきた人物に、葵は目を疑った。


「九龍……直也?」




 葵とハジメが屋敷に入っていった後も、芹香は言い出しにくそうに、しばらくの間無言だった。

武士は辛抱強く待ったが、屋敷の中の様子も気になってきて、ついに声を掛けた。


「……芹香ちゃん? もし、話しにくいことなら、後ででも」

「ええと、ごめんね、武士君。こんなこと、本当は人に話すことじゃないんだけど」

「……?」

「いや、あの……ビックリしないでほしいの。私はもう、納得していることだから」

「どういうこと?」


 芹香はなおも言いにくそうに俯いたが、やがて意を決したように、顔を上げる。


「武士君、私」

「うん」


 それでも芹香は、まるで恥ずかしい過去でも打ち明けるかのように頭を掻きながら


「カレイド型慢性骨髄白血病っていう、病気なんだよね」


 と、言った。

 



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