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「話しておきたいことがあるの」

「くそ、こんな…こんなこと、絶対にありえない…」


 神道使いの少年は、急場の対九色刃用の結界を敷き終わると、出血しズキンズキンと痛む頭を押さえ、屋敷へ続く道を歩き出す。


 地下道は電気が引き込まれていて、等間隔にライトが照らしている。

 とはいえ光量はそれほど多くなく、足下が照らされる程度のものだ。

 その道を少しでも早く移動し、一刻も早く屋敷に到着して、専用の通信機材で北狼部隊を呼び戻さなければならなかった。


 儀式は、近くに大勢の人間の魂がある事を嫌う。

 神道使いの少年は自分の能力に自信を持っており、また人払いの式により刃朗衆や御堂組の敵の探索に引っかからない確信を持っていたため、北狼部隊の大部分を本来の待機基地へと帰還させていたのだ。


 『北狼』は、実質鬼島総理の私兵集団であるとはいえ、れっきとした国防軍の一部隊でもある。

 少年のような非正規部隊以外は軍属であり、長期間の秘密出動には限界もあった。

 まして今、かつて鬼島が『北狼』を国内出動させていたことが問題視され、政敵に利用されている微妙な時期なのだ。

 直也が考えたほど、鬼島の方にも余裕があるわけではなかった。


 だからこそ、神道使いの少年は自分一人の力で儀式を成功させたかった。

 鬼島の役に立ちたかったのだ。


 出雲の秘術を扱う古い家系に生まれ、まっとうな幼少期を過ごすこともなく修行に明け暮れた為に、少年は友達も無く、また、なまじ秘術の才能が卓越していたために、自分に過剰な全能感を抱いていた。


 出雲の神官であった父親からは、その力を誇示しようとする自分を否定された。

 自分たちは、この日本を裏側から支える一族で、日陰者なのだと。

 だから、自分の力を誇示して人を見下すような心を持ってはいけないと。


 しかし、少年には理解できなかった。

 なぜ力を持った自分が、日陰者にならなくてはいけないのか。

 世の中の表面的な部分しか見ようとしない一般人達は、日本を支える為に裏側から戦っている自分たちの事を知らない。

 平和が大事だ、戦争は良くないといいながら自分たちの生活のことだけを考え、神道の秘術を用いて刃朗衆とともに裏の世界で戦っている自分達の事を、彼らは知らない、知ろうともしない。


 だから。


「間違っている世の中を、私とともに正そう」


 出雲を逃げ出そうと考えていた少年に、鬼島はそう言って手を差し伸べた。


「君は天才だ。君の力はこの国を真に救う為にある。愚民たちの手に任せた、かりそめの平和を守るためではない。刃朗衆の予言などというふざけた未来を守るためでもない。私たちが、自分の力で掴み取るのだ。本当のあるべき世の中を」


 鬼島の話は、少年にはよく理解できた。

 優れた人間の思想は、優れた人間にしか分からないものなのだ。

 少年は、まだ国防軍司令官だった鬼島大紀の、極めて安易な言葉に簡単に取り込まれた。

 しかし少年にとって、鬼島だけが真実そのものだったのだ。


「司令……ボクは……」


 頭が痛む。

 頭蓋骨にヒビくらい入っているのかもしれない。

 走ると足から衝撃が頭に響き、ともすると気絶しそうになった。


「く、くそ……」


 少年は立ち止まり、岩壁に身を寄りかからせる。

 手にしている命蒼刃を見た。


(これだけは……なんとしても、司令に……)


「大丈夫?」


 薄暗い地下道に女の声が響いた。


「誰だ!」


 見上げると、そこにはスーツをきた氷のような微笑みを浮かべる女性が立っていた。


「……新崎か。司令を呼びに行ったんじゃないのか」

「司令はここには来ないわ」


 結女は口元に笑みを浮かべたまま、短く答える。


「どういうこと?」

「それはこっちの台詞。なんでこんなところで、頭から血を流して立っているの?儀式はどうしたの?」


 その問いに、神道使いの少年はギリッと歯を食いしばる。


「儀式は……成功していない。途中で邪魔が入ったんだ」

「あら、そう」


 まったく残念ではなさそうに、結女は相づちを打つ。


「儀式自体は完璧だったんだ! 命蒼刃には、まだ訳のわからない力がある」

「そう。でも、あまり関係ないわね」

「なんだって?」

「失敗したことには変わりないでしょう。あなたみたいな子どもに任せたこと、司令はきっと後悔なさるでしょうね」


 結女はまるで冷気そのものが見ている側に伝わってきそうな冷たい嘲笑をもって、少年がもっとも聞きたくないであろう言葉を吐く。


「うるさいっ! うるさいうるさいっ!」


 対して少年は、破裂するカンシャク玉そのものだった。


「まだ、命蒼刃はボクの手の内にある! そうさ、現物さえあれば九色刃のシステムなんてすぐにでも解明してやる! 二年なんて待たせないよ。すぐにでも司令に不死身の力を差し上げてみせる! あの人が王になる! あの人が望む物を、このボクが必ず掴んでみせるんだ!!」


 頭から血が流れ続けることを気にもせず、少年は叫び続ける。


「……そう」


 結女はにっこりと笑った。


 パンッ…


 乾いた音が、地下道に木霊した。

 破裂するカンシャク玉のような甲高い少年の叫び声が止まる。

 ドサッという音とともに、カランと命蒼刃が地面に転がった。


 新崎結女は氷のような微笑みを顔に張り付かせたまま、手にしていた女性用の小型拳銃を、スーツの内側にしまう。

 石畳の地面にハイヒールの音を響かせて歩くと、流れてくる大量の血が命蒼刃に触れる前に、拾い上げた。


「それだと、つまらないのよ。彼が悩まないから」


 結女は、白い装束が赤く染まっていくのを見下ろして呟く。


「十歳男子の苦悶の顔もそれなりに美味しかったけどね。やっぱり新鮮なだけで、熟成が足りないわね」


 そこにいたのは、情事を終えた女夢魔のようだった。




 芹香が長い電話を終えたちょうどその時、直也を先頭に武士達が鬼島の私邸玄関に駆け戻ってきた。

 直也の後ろに、白い汚れた装束を着た葵の姿を見て、芹香はホッと胸を撫で下ろす。


「お兄ちゃんよかった! みんな助かったんだね!」


 しかし、走ってきた直也は芹香の前で立ち止まると、


「芹香、すまない。まだ終わっていない」

「え?」

「誰かここから出てきたか?」

「この家から? いや、誰も……」

「そうか。もう少しだけここで待っていてくれ。必ず助ける」

「ちょっと待って、お兄ちゃん!」


 芹香の制止も聞かずに、屋敷の中へと駆け込んでいった。

 追って、ハジメと翠が外から鬼島邸へと辿り着く。


 ハジメは走りながら、器用に携帯の画面を見ていた。

 どうやらメールを見ていたようで、玄関に着くと、画面を操作してポケットにしまった。


「おい、先に行ってろ」


 ハジメは後から来た翠に声を掛ける。


「わかった」

「気をつけろよ」

「わかってる」


 翠はハジメと短く言葉を交わすと、風のように屋敷の中へと走り去った。


「ハジメ君? なに、何があったの?」

「ああ、ええと……」


 遅れて、葵と武士が玄関に辿り着いた。


「芹香ちゃん」


 武士が声を掛ける。

 無事なその姿に、思わず芹香は涙が出そうになるのを堪えた。


「武士君。よかったね。……葵さん、無事で本当に良かった」

「ありがとう、芹香さん。……でも、どうしてあなたがここに?」


 弓道の道具を持ってここにいる芹香を見て、葵は目を丸くする。

 いくら芹香が鬼島の娘で、直也の母親違いの妹とはいえ、彼女自身は一般人の筈だ。

 翠達が彼女をここに連れてくるのには違和感を覚えた。


「いろいろあってな」


 ハジメが横から口を挟んで、今は説明する気がない事を伝える。


「それよりも……」

「そうだ、それより武士君!」


 ハジメの言葉を遮って、パンと手を打って芹香が口を開く。


「どうしても、話しておきたいことがあるの」

「え、それって、今?」

「できるだけ、早く」


 芹香は真剣な表情で、武士を見つめる。

 困惑する武士だったが、ハジメがその背中をバンと叩いた。


「ちょうどいいや。聞いとけ、武士」

「ちょうどいい?」

「ああ。それで芹香と一緒に、外で待ってろ。建物の中には入るな」

「またそれを言うの? ハジメ。僕は…」

「いいから聞けって」


 ことあるごとに自分を戦いから遠ざけようとするハジメに、武士は不満の言葉を言おうとするが、ハジメはそれを強引に遮った。


「いいか、あのガキは九色刃の力を封じる。また結界とかをやられたら、お前は不死身じゃいられないんだ」

「でも、僕だって時沢さんの訓練を受けて…」

「『北狼』は強え。お前、自分が人質に取られて葵がまた危ない目にあってもいいのかよ?」


 そう言われると、武士は返す言葉がない。

 武士は横に立つ葵の顔を見た。


「葵ちゃん。葵ちゃんだって、ついさっきまで敵に捕まってて…」

「武士。私なら大丈夫」


 葵は首を振ると、武士の手を取って両手で握り締めた。

 不意のその行動に、武士はドキリとする。

 魂が繋がっている少女の手はひんやりと冷たく、柔らかかった。


「さっき、命蒼刃のお陰で武士の力を分けてもらった。どうして命蒼刃にそんな力があるのか分からないけど……武士の力を貰った私は、もう誰にも負けない」


 潤んだような葵の瞳から、武士には言葉の葵の気持ちが伝わってくるように思えた。


「まだ、戦いがあるの……?」


 事情が飲み込めていない芹香が、不安そうにハジメに問いかける。


「命蒼刃が、連中に奪われたままなんだよ」


 ハジメは簡潔に説明する。


「取り返さねえと、もし壊されでもしたら、契約している武士たちがどうなっか分かんねーからな」


 不死身の力を持つ希有な道具をそう簡単に壊すとは思えなかったが、鬼島が自分が倒されるという予言の未来を覆すため、命蒼刃を破壊する可能性はゼロとはいえなかった。


「そう、なの……」


 芹香は胸の前に合わせた両手を、ギュッと握る。

 いきがって弓矢を持ってきてはいるが、実際のところ戦闘においては、彼女はまったくの無力だ。

 芹香は何の役にも立てない自分に歯がゆい思いだった。


「ああ。それに……九龍のヤロウの様子がおかしい」

「え……やっぱり?」


 ハジメの言葉に、芹香は自分の不吉な考えが確信に近づいたのを感じる。


「やっぱり、だと?」


 ハジメの目が鋭くなる


「心当たりが、あるのか」


 芹香は頷く


「武士にしようとしてる話って、それか」


 芹香は頷く。


「……わかった。武士に話しとけ。俺は後で聞く。じゃあ葵、行くぞ」

「ええ。武士、じゃあ、待ってて」


 ハジメと葵が、屋敷の中へと駆け込んで行く。


「待ってハジメ、葵ちゃん、僕は……!」


 武士は後を追おうとするが、


「武士君」


 芹香の声に止められる。


「聞いてほしいの。お兄ちゃんの、本当の目的」

「……え?」


 武士は驚く。

 芹香の言葉にではない。

 芹香の瞳から一筋、すっと涙が落ちたからだ。


「あの人は……きっと、お父さんを倒そうとか、日本が戦争に巻き込まれるのを止めようとか、そういうことの為に戦っているんじゃないの」




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