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「再会」

「よくも……ボクの完璧な儀式を、ブチ壊しやがって……」


 神道使いの少年は、それまでの輝きからやや弱まったものの、いまだ発光を続ける命蒼刃を石畳の地面に叩きつけた。


「やめろ!」


 葵は駆け寄ろうとするが、ガシャンと鎖が伸びきって、葵の動きを制限する。


「このっ!……止まれ! 止まりやがれ! ちくしょう!」


 少年は憎々しげに命蒼刃を何度も地面に叩きつけ、足で踏みつける。

 しかし、発光現象は止まらない。

 このままでは、刃朗衆の生き残りや御堂組の戦闘員に、この場所を見つけられてしまうだろう。


「クソがっ!」


 少年は転がった命蒼刃を睨みつけると、神剣を振りかぶった。

 命蒼刃を破壊するつもりだ。


「やめろっ!」


 葵が制止の叫び声を上げる。


「お前の目的は、命蒼刃の力を鬼島に渡すことじゃないのか!」

「うるさい黙れ!」


 少年は完全にヒステリーを起こしていた。

 自分の誇りであり、存在意義であった神道の力を否定されたように感じ、まともな判断が出来なくなっているのだ。

 それは、予言の英雄に力を与えることに失敗し、自暴自棄になっていた自分を見ているようだった。


(まずい、この子どもは……本当に命蒼刃を破壊する!)


 葵はなんとか阻止しようと、動きを拘束している右足の鎖を外そうとするが、いくら体力が戻ったとはいえ、鋼鉄の鎖が素手で簡単に外れるはずもない。


「砕け散れ! このっ…」


 少年が神剣を振り下ろす。


(お願い武士……力を貸して!)


 葵は全力で、右足を蹴るように振り抜いた。

 命蒼刃が爆発的に輝く。


 バギィイン!!


 破裂音が地下の儀式場に鳴り響いた。

 命蒼刃が砕かれた音ではない。

 葵を繋ぐ鋼鉄製の鎖が弾け飛んだのだ。

 同時に、壁一面に貼られた符と、儀式場を囲んでいた鎖状の勾玉が一斉に砕け散った。

 千切れた鎖は鞭のようにしなって、空気を切り裂き、神剣を振り下ろしている途中の少年の頭に直撃する。


「がっっ!!」


 少年は吹っ飛び、石畳の地面に投げ出された。


「バカ、な……命…蒼刃が、か、管理者に……力を……」


 少年は気を失った。

 一方の葵は、自分の蹴りが鋼鉄の鎖を引き千切ったことに信じられないといった顔で、唖然としている。


「今、武士の魂の力が、私に……」


 地面に転がっている破壊を免れた命蒼刃を見て、葵は呟いた。




 武士達は、鬼島の私邸からそれほど離れていない場所にある、古い神社に来ていた。

 未明の時間になっているとはいえ、まだ空は暗い。

 神社は非常に小さな規模で、人の手で管理されている様子がない、古い荒んだ場所だった。


 東京の住宅街にあるとは思えないほどの、荒みっぷりだった。

 確かに神社の敷地に入る入り口も、鳥居が巧妙に大木に隠されていて、一見してそれと分からないように偽装されているようだった。

 しかし、翠は周囲を見回し、要所要所に霊石や祠が置かれ、また呪符が貼られていることを確認する。


(これは、人払いの式? それに……魂の力が、封じられている)


「田中! ダメだ、社の中には何も無い!」


 直也が敷地内の奥にあった小さな社から出てきて叫ぶ。


「そっちじゃありません! 社より手前……このあたりの、きっと地下です!」


 武士は鳥居と社の中間地点に立って、周囲を見回している。

 しかしそこには何も見当たらない。

 ハジメと翠も駆け寄ってきて、周囲を見回している。


「おいミドリ虫! お前の力で、この辺の草とか木とか何とかしろ! 秘密の入り口でも隠されてんじゃねえのか?」


 ハジメの言葉に、翠は叫び返す。


「無理よ! ここ、結界が何重にも敷いてあって……碧双刃が使えない!」

「んだと? 使えねえなあ!」

「けど、こんな結界がある以上、儀式の場所は間違いなくここだよ」


 翠の言葉に、直也は手にしていた日本刀を振るい、鬱蒼と茂った草を切り払う。

 しかし、入り口らしき場所は見当たらない。


「場所はここでも、入り口は全然違うところなのか……?」


 直也は焦る。

 武士の不死身の力が復活した後、携帯の通話は切られていたという。

 儀式はなんらかのトラブルに会い、失敗したのだろう。

 であれば、その後に考えられる敵の行動は。


 管理者の葵の殺害、そして命蒼刃の回収。


 命蒼刃が奪われた上、極秘にまったく別の管理者を立てられれば、直也がそれを追うのは極めて困難になる。


「くそっ…!」


 直也が苛立ちの声を漏らした時だった。


「うっ…!」


 武士がうめき声をあげ、再び跪く。


「おい、武士!」


 ハジメが駆け寄ろうとするが、武士は右手を上げてそれを制した。


「大丈夫……葵ちゃんが、僕の力を呼んでる」


 武士の心の奥深くに、葵が触れる感覚。

 ゴウッ…! と大気が武士を中心に捲いた。


「武ちん!?」


 その場にいた人間では、翠だけが感じた感覚。

 それは武士を中心とした魂の爆発のような霊波。

 敷地のあちこちに設置されていた結界の要、霊石や祠、呪符が霊波を受けて石は割れ、祠は崩れ、呪符は千切れ飛んだ。


「なんだっ…!」

「これは…!」


 それら結界の要が破壊された音に、直也とハジメは反射的に刀や銃を構え、周囲を警戒する。


「信じられない…」


 翠は呟く。


「なんだミドリ虫、何があったんだ!」

「誰が虫よ!……結界が吹き飛んだのよ。武ちんが吹き飛ばした!」

「なんだと?」


 直也が目を見開く。

 ここに敷かれていたという結界は、おそらく鬼島の用意した対九色刃用の技術だろう。

 それを命蒼刃が吹き飛ばした。

 聞いている限りの命蒼刃のスペックには、そんな能力はなかったはずだ。


「これなら……いける!」


 翠は腰の金具から碧双刃を抜き放つ。


「葵ちゃんを助けろ! 碧双刃!」


 翠は二本の曲刀を地面に叩きつけた。

 緑色の稲妻が、地面を這うように広がる。

 碧双刃が突き立った場所を中心に、一定範囲内の雑草、木、全ての根が一斉に急成長を始めた。


 植物の根は時として、アスファルトもブロック塀も突き通す。

 地下と地上を隔てる壁が崩れ、武士達は地下の空間へと落ちていった。




「なに…!?」


 葵はミシミシッと異音が天井に広がっていくのを聞いて、壁際に下がる。

直後、天井の一部が崩落してきた。

 葵と倒れた神道使いの間を遮るように、瓦礫が落下してくる。

そして後を追うように、四人の男女が落ちてきた。


「葵ちゃん!」

「葵ちゃん!」


 ゴスロリ衣装の少女と、口元に血の跡を残したTシャツの少年が叫ぶ。

ゴスロリの少女は瓦礫の残骸の上に軽やかに降り立っていたが、Tシャツの少年の方は着地に失敗し、瓦礫の山から石畳の床に転がるように落ちて、みっともなく尻餅をついていた。


「翠姉!………武士!!」


 瓦礫の山から落ちた武士に、葵は駆け寄る。

しかし、その前に翠が飛び降りるように葵に抱きついてきた為、葵は翠を受け止め、駆け寄る足を止めざるをえなかった。


「葵ちゃん…! 葵ちゃん、良かった、無事だよね? 無事なんだよね?」

「翠姉……。うん、大丈夫。武士の魂も私も、無事だよ」

「よかった……本当に良かった……」


 葵は、念のために武士の安否も確認したかった。

 しかし、抱きつかれ涙を流している翠を前に、そのタイミングを逸する。

 だが、泣いている翠を抱きとめている自分の目の前で、尻餅をついたままで笑っている武士の笑顔を見て、何も心配はいらないのだと胸を撫で下ろした。


 命蒼刃の管理者と使い手は、再会した。

 およそ十時間振りの再会だったが、二人にとってはそれ以上に長い別離だったように思えた。




 崩れた天井の瓦礫の上で周囲を警戒し、とりあえず敵に囲まれている様子はないことに、ハジメは一息つく。

 しかし、相手は完全に気配を消すことの出来る『北狼』だ。油断は出来ない。


「おい、九龍。北狼部隊はいねえのか」


 同じく周囲を警戒している直也に、ハジメは尋ねる。


「今のところ確認できない。警備をしてないはずないんだが」

「連中は気配を消せるぞ」

「だったらなおのこと、このタイミングで攻撃がないのはおかしい。……アレだぞ?」


 そう言うと直也は、葵に抱きついて大泣きしている翠の方に視線を向ける。

 確かに、刃朗衆の戦闘員にあるまじき無防備さだった。


(あのミドリ虫、完全に緊張の糸が切れてやがんな……)


 まあ無理もないか、とハジメは思う。

 前に、葵が飛び出していって自殺の可能性があったときにも、翠は相当に動揺し、取り乱していた。

 あの時以上に、葵が〈北狼〉に捕らわれてしまったことは、翠にとって相当な精神的ストレスだったはずだ。

 しかし翠は前のように取り乱しはしなかった。

 彼女を助け出す為にやるべきことがあり、その為に自分の感情を抑えて行動していたのだ。

 外から見て冷静な言動に見えたが、やはり彼女の内面では大きな不安や絶望との戦いがあったのだろう。

 そこから解放され、翠は外見に似つかわしい明るい雰囲気に戻っていた。


「ああ、葵ちゃん、奇麗なあんよがこんな鎖に繋がれて……!ちょっと待ってて」


 翠は葵の足下に跪くと、コンパクトに碧双刃を振るう。

 葵の足に嵌っている鉄の輪を留めていた金具が破壊され、無骨な鎖から葵の右足は解放された。さんざん暴れていた為に、その足首は皮膚は裂かれ血まみれになり、周囲は痣だらけになっていた。


「あああ、こんな、葵ちゃんのお御足が……!」

「ちょ! ちょ! 翠姉やめて! 足を舐めないで!」

「……まあ、姉妹同然に育ってきたっていうからな。見逃してやれよ」


 ハジメは口元に笑みを浮かべて言うが、直也は厳しい表情を崩さない。


「そんな訳にはいかない。まだ、何も終わっていない」


 直也はそう呟くと、瓦礫の山を苦もなく駆け下りる。


「葵さん」


 感動の再会の空気を壊し、彼は声を掛ける。

 葵は声の主の顔を見て、咄嗟に翠の体を離して身構えた。


「九龍直也、あなたは……」


 葵は前日の、灰島のビルでの戦いを思い出す。

 直也はあの神道使いの少年を守り、自分は取り押さえられ、肩の骨を外された。


「なんのつもり? あの時は……」


 明らかな敵対行動だったが、葵には信じられない思いもあった。

 九龍直也は予言の英雄だ。

 その英雄が鬼島側に手を貸すなど、予言を基にした戒律をすべての判断基準として長い間生きてきた葵には、考えられないことだった。


「あの時はすまなかった。こちら側の全滅を避けるためには、ああするしかなかったんだ」


 確かに圧倒的物量の完全武装の北狼部隊に囲まれていて、あの神道使いを一人倒したところでどうにもならなかっただろう。

 部隊を指揮していたのはあの少年だったようだが、もう一人、別の指揮権限を持っていそうな女性の声もしていた。


 ……そういえば、あの女性の声は何者だったのだろう? どこかで聞いたことのあるような声だったが……


「それよりも」


 一瞬違うところに行きそうだった葵の思考を、直也の言葉が呼び戻す。


「葵さん、儀式は成功しなかったんだね? 田中の契約解除の儀式だ」

「ええ。武士の魂はまだ私の中にある」

「なら、命蒼刃はどこにある? 持っているのか?」


 その言葉に、ハジメは鋭い視線を直也に送った。

 それまで見かけ通りの子どものような表情だった翠も、一瞬で『刃朗衆』の顔に戻る。


「いや、あの神道使いに奪われていた」


 葵はハッとして、瓦礫の山を指さす。


「その崩れた天井の向こう側に、あの子どもが倒れているはず。命蒼刃もそこに……」


 言いながら、瓦礫を回り込んで神道使いが倒れていた場所に慌てて走り出す。

 その説明に、直也とハジメの顔が険しくなる。


「待て、そっちには誰もいなかったぞ?」


 直也は地下空間の天井が崩され、儀式場に入ったとき。

 土煙が落ち着くと周囲を一通り確認していたのだ。

 瓦礫の山の上にいたハジメがいち早く、葵がもといた場所の反対側に駆け下りる。


 そこには命蒼刃もなく、神道使いの少年も倒れてはいない。


「……ねえぞ!」

「しまった……!」


 葵は、武士や翠との再会に気が緩み、すぐに命蒼刃を確保しなかった自分の甘さを呪う。


「どういうことだ?」


 直也が責めるような口調で葵に問いかけたその時、


 ドン…


 儀式場から別の場所に繋がっているらしい通路の方から、何かが爆発するような音が響く。

 続いて、岩が崩れるような音が低い音が響いてきた。


 直也が先頭を切り、追って全員が駆け出す。

 狭い通路に入ると、その先は岩で覆われた行き止まりだった。

 まだ土煙が舞っており、天井が何らかの方法で破壊され、崩れた直後だということがわかる。

 追っ手を防ぐため、天井を崩して行く手を塞がれたのだ。


「くそっ!」


 ハジメは岩壁をガンと叩く。

 手で除けるには時間がかかりすぎる岩の量だった。


「ミドリ虫!」

「わかってる! ……って、誰が虫よ!」


 翠は叫ぶと碧双刃を抜き放つ。

 同時に檜の木球を二つ宙に放る。


「最強の檜の棒……×4っ!!」


 カカッと目にも止まらぬ早さで二本の曲刀が振るわれて、木球は4片に切り裂かれる。

 直後、その木片は棒状に体積を膨れさせて、孫悟空の如意棒さながら、岩壁に向かって伸びていく。

 前にビルの中で放った時とは異なり、翠はありったけの碧双刃の力を注ぎ込んだ。

 その檜の棒のスピードと威力は、迫撃砲の砲弾のようなものだ。


 しかし。


「なっ……!」


 最強の檜の棒は、岩壁に振れた瞬間に消滅した。

 正確には、消滅したかのように見える速度で腐っていき、塵となって消えてしまったのだ。


「翠姉、これって」

「くそ、あのガキまた結界を……!」


 翠は悔しそうに、岩壁に触れる。


「きっと、ビルで葵ちゃんと命蒼刃を封じたっていう結界と同じだ。崩れた岩の向こう側に符を貼ってるんだ」

「さすが、子どもでも刃朗衆に対応する為に呼ばれた巫薙、ということか。九色刃相手の戦い方は知っているというわけだ」

「感心してる場合じゃねえだろ九龍! どうすんだよ!」

「ちょっと黙って、御堂ハジメ!」


 叫ぶハジメを黙らせると、翠はふと思い出したように、振り返って武士を見た。


「武ちん、さっきヤツやって!」

「え?」

「武ちんさっき、結界を吹っ飛ばしたでしょ! あれ、命蒼刃の力なんだよね?あれなら、結界の要が岩の向こう側でも……」

「ちょ、ちょっと待って、結界を吹っ飛ばしたってどういうこと?」


 突然の翠の無茶振りに、武士は狼狽する。


「自覚してないの?」


 翠は武士の横に立つ葵の方を見る。

 しかし、葵も同様に困惑した表所を浮かべていた。


「翠姉、私も武士の魂の力が爆発したみたいな感覚はあった。私の方にまで、武士の力は流れ込んできた」

「なんだって?」


 直也はわずかに目を見開かせる。

「だけど、どうやったら武士がまたあれが出来るか……武士、わかる?」


 葵の問いかけに、武士は首を横に振る。


「翠さん、それってさっき上で、翠さんが碧双刃を使う直前のこと? あのときは僕、無我夢中で……」

「とにかく、できるかできないか分からない方法に、拘っている暇はないな」


 直也は冷静に言うと、走ってきた方向を振り返る。


「急いで上に戻ろう。この方向は鬼島の私邸の方だ。おそらく屋敷の地下から繋がっているんだろう。急いで戻って、屋敷の地下に通じる階段を押さえる。それらしい場所はあったんだ」

「遠回りだろ、間に合うのかよ」


 ハジメの言葉に、


「あの神道使いの子どもには、私がそれなりの怪我を負わせたよ。そんなに早くは移動出来ないと思う」


 葵が答える。

 葵の脚力で、十分に遠心力のついた太い鎖が頭部を直撃したのだ。

 再び立ち上がって、移動できるだけでも信じられないことだ。


「よし、急いで戻るぞ」


 言うと同時に、直也は駆け出す。

 武士たちは一瞬顔を見合わせたが、他に選ぶべき選択肢もない以上、直也の後を追って走り出すしかなかった。




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