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「共犯者」

 武士たちが人気のない駅前通りに武士達が着くと、既に翠が立っていた。

 そこに一台のタクシーが止まる。

 降り立ったのはダークブロンドの髪の少女だった。

 サイズが小さめのため女性的な体のラインを強調してしまっているTシャツに、短い制服のスカートが夜風になびいている。


「芹香ちゃん…」

「芹香、テメエ」


 なんでここに来た、と非難の声を上げようとするハジメを、翠が手を挙げて制した。


「待って。……芹香さん、何か分かったの?」


 問いかけに、芹香は小さく頷く。


「時間がないよね。話は車の中でするよ。とにかく、このままタクシーに乗って」


 そう言うと、芹香はさっさと助手席のドアを開け、乗ってきたタクシーの助手席に滑り込んだ。

 三人は顔を見合わせるが、芹香に従いタクシーに乗るより他はなく、後部座席に並んで乗り込む。

 翠、武士、ハジメの順に三人も乗れば窮屈な車内に並んで座ると、既に芹香が行き先を告げていたようで、運転手は黙って車を発車させた。


「思い出したの。昔のこと」


 ハジメに促されるよりも早く、タクシーが動き始めると芹香は口を開いた。


「子どもの頃……小学校の二、三年生の頃かな。お母さんとお兄ちゃんと一緒に、吉祥寺に来たことがあったの。すごく立派な、門に守衛さんが立っているような建物の前に来て、ここにお父さんが住んでいるのよって、教えてくれたことがあった」

「マジかよ…!」


 ハジメが色めき立つ。

 芹香はフロントガラスを見つめ振り返らないまま、話を続ける。


「小さい頃に一度だけだったから、詳しい場所までは憶えてなかったけど。さっきお母さんに電話で確認したわ。継さんに地図で見て貰ったら、なぜか地図には載っていない区画だったけど、例の新崎結女って女の携帯着信の予測位置内だった。間違いない。父の私邸よ」

「そこに葵ちゃんが…?」

「それはまだ断定できないわね」


 武士の期待に上ずった声に、翠は冷静に応える。


「新崎結女があの神道使いの仲間でも、途中から別行動を取った可能性もある」

「けど、もう手がかりはそこしかねえ」


 ハジメは左の掌を、右拳でパシンと打つ。


「それはそうね」


 翠は頷き、腰に下げたゴスロリ衣装のアクセサリにしては異様な二本の曲刀、碧双刃をチャリ、と鳴らす。


「当初の予定通りね。鬼島邸に殴り込みかけて、刃朗衆を手玉に取ってくれたクソ女をボコボコにする。葵ちゃんを連れ去った先を吐かせて、助けに行く。順番通り」


「ああ。……芹香」


 ハジメも頷くと、助手席に座る芹香に向かって声を掛ける。


「なに?」


 何を言われるか半ば予想が付いている芹香は、振り返らずに応える。


「よく思い出した。後は俺たちでやる。お前は俺たちがタクシーを降りたら、そのままウチのビルに戻れ」


 予想通りのハジメの言葉に、しかし芹香は今度は応えない。


「芹香ちゃん」


 無言の芹香に、武士も声を掛ける。

 しばらくして、芹香はゆっくりと振り返り武士とハジメの顔を見る。


「武士君、ハジメ君。ごめん、これは私の我が儘。だけどお願い、私も一緒に行かせて」

「ふざけんな」


 ハジメは一言呟くと、突然、助手席から振り返っている芹香の肩を掴もうと腕を伸ばした。


「ハジメっ…!」


 隣に座っていた武士がとっさにその腕を掴むが、ハジメは構わずに力ずくで芹香の肩口を乱暴に掴む。

 Tシャツの上からハジメの指が肩に食い込む痛みに、芹香の顔が歪む。


「戦力にならねえ女を庇いながら、戦う余裕はねえんだ」

「ハジメ、止めろよ!」


 武士は体ごと割って入り、ハジメの手を芹香から引き剥がした。

 芹香は強く掴まれた肩を押さえて、再び前に向き直る。


「ちょ、ちょっと、お客さん達!」


 タクシーの運転手がたまらず声を上げる。

 現職の総理大臣の名前を出して殴り込むとか、女をボコボコにするとか、物騒かつ現実離れしたことを大真面目に話している高校生らしい一行に、最初は無視を決め込んでいたタクシードライバーだったが、車内で暴力沙汰が起きそうになっては、黙っていることはできなかったようだ。


「なんなの、君たち? 大体こんな遅い時間に……。高校生でしょ? なんなら、このまま警察に行く? 補導してもらおうか?」


 運転手は車を路肩に寄せて停める。

 チッと舌打ちをしたハジメがジャケットの内側に手を入れる。


 それよりも早く、運転席の後ろにいた翠が動いた。

 真後ろから腕を伸ばし、するりと男の首に巻き付かせる。


「…っ!」


 シートの後ろから、運転手の首を吊り上げるように力を込める。

 可哀想な運転手は声を上げる間もなく、意識を失った。


「ちょっと、翠さん!」

「気絶させただけよん」


 慌てる武士に笑顔を向けた翠は、そのままの表情で懐に手を入れたハジメを見る。


「なんだよ」

「御堂ハジメ」

「なんだ」

「落ち着けこの馬鹿。この程度のことで抜こうとするなんて、どこの素人?」


 返す言葉もなく、ハジメは視線を逸らす。

 翠は深くため息をつくと、


「御堂ハジメ。ちょっと来て。二人はそこで待ってて」


 そう言って翠は、車道側のドアを開けて道路に出る。


「お、おい……」


 ハジメも後を追うようにタクシーを降りた。


「なんだよ、おい、ミドリ虫。俺は冷静だって…!…」


 言いながら車道側に立っている翠の側に歩み寄ると、ハジメふいに翠に襟首を掴まれ、翠の顔のすぐ前まで引っぱられる。


「冷静じゃない。少し考えろ」


 翠は車内の武士たちには聞かれないように、声を潜める。


「なにをだよ」

「芹香・シュヴァルツェンベック。一緒に連れて行こう」

「はあ?なんでだ?あいつは戦闘の訓練なんか受けたことねえ、一般人だぞ。邪魔になるだけで…」

「あたしらの敵は誰?」

「………鬼島に対して、人質に使うつもりか。聞いた話じゃ、あの神道使いってガキは芹香にも銃を向けさせたらしいじゃねえか。そんなに上手くいくか?」

「違う。あたし達が警戒すべきは、九龍直也だ」


 その名前に、ハジメは黙る。


「あたしらの全滅を避ける為に、アイツはビルで『北狼』の味方をしたって話。信用したいけどね。もし本当に裏切ってた場合には、最悪の敵になる。アイツ個人の戦闘力の高さは、知ってるでしょ?」

「うんざりするほどな」

「芹香・シュヴァルツェンベックは九龍直也に対して、有効なカードになる」

「……確かに、ヤロウは信用できねえ。けどよ」

「ハジメの言いたいことはわかるよ」


 翠はハジメの耳元でささやく。


「クラスメイトを人質にするなんて、したくないんでしょ?」


 ハジメは否定できずに黙り込む。

 そんなハジメに翠は薄く笑いかけた。

 それはとても寂しげな表情だったが、吐き出された言葉は辛辣だった。


「たった三ヶ月間のまっとうな高校生活で日和った?御堂組の『ダブル・イーグル』。あたしらみたいな人間が、汚れ仕事を嫌ってどうするの?」

「うるせえ。その恥ずかしい名前で呼ぶんじゃねえ」

「人殺しは、所詮人殺し。汚いやり方しないで済むならそうするけど、それで大事なものを守りきれるわけがないって、知ってるでしょ」

「うるせえっつってんだろ」


 ハジメは軽く、翠の肩を押して突き離す。

 逆らわずに翠はハジメの側から離れた。


「心配しないで」


 寂しげな笑顔のまま、翠は言う。


「何をだよ」

「罪を負うのはあんただけじゃない。共犯者がここにいるよ」


 翠は自分の小さな胸を指した。


「あたしはどんな手段を使っても、葵ちゃんを助け出す。あの子にいつか、人並みの幸せを掴ませてみせる。その為になら、どんな汚れ仕事だって背負うよ」

「……それがお前の、本当の目的か」

「そう。刃朗衆の戒律も、日本を戦争に巻き込まないのも、もちろん大事だけどね。だけどそれは、あの子にとって刃朗衆の任務が全てだったから。でも今は違う。武ちんがいる。刃朗衆の予言と戒律に縛られ続けてきたあの子は、武ちんで変われるかもしれない」

「利害は一致してるってわけかよ。俺と、お前の」


 ハジメも、翠に向かって薄く笑いかける。


「そう。あんたも武ちんも守りたいんでしょう? あんたも、鬼島に命蒼刃の力が渡るのを阻止する為だけに、御堂組の役割の為だけに、戦ってるわけじゃない」

「……今は、な」


 ボソリと呟くハジメに向かって、翠は、右の拳を突き出す。

 ハジメは視線を逸らし少し照れながらも、自分の右拳をコツンと当てた。

 直後、しびれを切らしたようにタクシーから武士と芹香が降りてきた。


「何? なんの話をしてるの」


 武士は密談めいた話をしているハジメと翠を咎めるように声を掛ける。


「武士。鬼島の屋敷に突入するときは、少し離れたところで芹香と待っててくれ」

「なっ……僕も一緒に、」

「敵地の近くで芹香を一人にする気か?」

「でも」

「それが最低条件だ。俺と翠が、必ず例の新崎って女を見つけ出す。葵の場所を吐かせるまで」


 ハジメがそこまで言ったとき、芹香が口を挟んだ。


「強行突入する気なの? ハジメ君」

「時間がねえ。それしかねえだろ」

「私は逆だと思うわ。だって、まがりなりにも現首相の私邸よ。警備だってすごいはずだし、無理矢理入り込む方が時間もかかると思う」


 ハジメよりも余程冷静な判断に、翠はヒュウ、と口笛を吹く。


「なら、どうしろってんだ?」

「私が、正面の門を開けさせてみせる。私の存在を公表されたくなければ、中に入れろって」

「……んだと?」

「芹香ちゃん?」


 男二人は、芹香の大胆な発言に驚く。


「誘拐騒動の時にお兄ちゃんが言っていた通りなら、父は今更、母への援助を止められないんでしょ。私自身にも手は出せないはず。なら私自身っていうこのカード、使えるだけ使ってみせるわ」


 確かに、仮に芹香の存在が世の中に公表され、更に今まで行ってきた生活援助を停められたと発表すれば、現首相のスキャンダルとしては無視できないものになるだろう。


「そんな脅しが、どこまであの男に通用するかわからねえけどな」


 しかしハジメは半信半疑だった。

 あの誘拐騒動の状況から、鬼島は自分の政敵を一掃するため、芹香を「餌」に灰島一派を泳がせていた節があることに、ハジメは感づいていた。

 そんな鬼島という男が、「餌」の脅しごときに屈するとは思えない。


「それでも、とりあえず中に入り込めれば、ずいぶん楽になるんじゃないの?」

「けどよ……」

「いいじゃん。それで行こうよ」


 翠は腰に下げた碧双刃を鳴らす。


「ただし、正面から乗り込んでもらうのは芹香ちゃんと武ちんだけ。連中の注意がそっちに集中してるうちに、あたしと御堂ハジメは別口から侵入する」

「僕たちは囮だね」


 武士は芹香を見る。翠は頷いた。


「武ちんはまだ命蒼刃の使い手だから、葵ちゃんの儀式ってやつの最中には危害を加えられないとは思う。どんな影響が出るか分からないわけだしね」

「そんなこと、本当に言えんのよ」

「たぶん、だけどね」


 これまでの刃朗衆の歴史で、九色刃から使い手の魂を切り離したなどという例はない。

 初めて行う実験のようなもののはずだ。

 そんな実験に、わざわざ不確定要素を入れる理由はないと、翠は考えた。


「まあ。昨日のビル突入と基本は同じってか」


 ハジメの言葉に翠は頷く。


「今度はヘマはしないよ。もし例の気配を消す『北狼』がいたとしても、そういう連中がいるってこと最初から分かってれば、いくらでもやり方はある。今度は手加減も……油断もしない」


 翠は碧双刃の柄を強く拳を握り締めた。


「く…っ…」


 武士がまた胸を押さえ、うめき声とともに前屈みになる。


「武士君!?」


「……大丈夫、大丈夫」


 心配する芹香に掌を向けて、武士は額に脂汗を浮かべながらも笑顔を作る。


「もうのんびり相談している時間はねえ」


 ハジメは腕時計を見る。

 すでに四時近くになっており、「明け方」まで間もない。


「それで行くぞ。芹香、ヤロウの屋敷まで、あとどれくらいだ」

「もう、すぐそこ。っと、少し待って。ハジメ君タクシーのトランク開けられる?」

「なんだ?」


 ハジメはタクシーの運転席のドアを開けて、気絶している運転手の足下のレバーを操作する。

 その間に武士は持ってきていた財布から、タクシーのメーターに表示されている金額より、少し多めの額を気絶している運転手の膝の上に置いた。

 渋谷から吉祥寺までの料金が合算されいて、なおかつ深夜料金だったため、その手が震えていたのは高校生である武士には仕方がなかった。


「お前、律儀だな」

「ハジメ、後で少し出してもらっていい?」

「そりゃ、いいけどよ……っと、これか」


 バンと開いた後部トランクから、芹香は紺色の布袋に入った弓道の弓と矢筒を取り出した。


「芹香ちゃん……」

「……は?」

「お前……、そんなもんどうする気だ」


 呆れたように芹香の顔をみる武士、翠、ハジメ。


「だって、戦いになるかもしれないんでしょ? 私の得意はコレだもん。いざとなったら、援護するからね! さあ、行こう」


 そう言うと、「ついてきて」と走り出す芹香。

 地図を見て鬼島私邸の位置は頭に入っているようだった。


「のんびり弓を引いてる間に、あっさり撃たれて終わりだっての…」


 ハジメはボソリと呟いてから、走り出す。

 翠と武士も後を追って駆け出した。


 それぞれの大切なものを守るために。取り戻すために。



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