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「作戦会議」

 武士の寝ていた処置室は、ビルの中ほどの階にあった。

 そこから武士たちはエレベーターで最上階へと昇っていく。

 このビルに最初に来た時に、入ったマンションフロアだ。


「おじいさん…組長さん、大丈夫なの?」

「わからねえ。ここの施設じゃ追いつかねーから、今は近くの大学病院の集中治療室に入ってる。今、鬼島に攻勢をかけられたら終わりだ。組織の防御体制を整える為に、組の人間はみんな出払っちまってる」


 エレベーターの中でそう話すハジメは、どこか無表情だった。

 切迫した事態に対応するために、感情を押し殺しているのだろう。


「そうだ! 翠さんは!? 翠さんは大丈夫だったの?」

「あいつは大丈夫だ。撃たれたのは俺と同じゴム弾だったからな。もっとも俺より至近距離で、しかも二発だからな。全身打撲に壁に激突した頭部裂傷。本人は隠してっけど、ありゃ骨にヒビでも入ってるな」

「そんな…」

「気付かねえフリしてろよ。あいつ葵を守れなくて相当堪えてっはずだ。動いてる方が、気持ちは楽なんだろうよ」


 ポーンと音がして、エレベーターのドアが開いた。

 一見普通の高級マンションのような共有フロアをハジメは先導し、エレベーター近くの玄関ドアへと歩いていく。


「あれ、あっちの方だよね?」


 武士は共有フロアの奥の方に見えるもう一つの玄関ドアを指差す。


「ああ。翠はこっちの、兄貴の部屋にいる」


 ポケットからカードタイプのキーを取り出し、ハジメはドアを開ける。


「お兄さん? そう言えば…」


 ネットゲームのナイン・サーガをやっていた時に、武士はハジメから兄がいると聞いたことがあった。

 子どもの時に兄は大きな事故にあって、以来家に篭っていると言っていた。

 ハジメはあまり語りたくなかったようなので、深くは聞いていなかったが。


「葵が連れてかれた場所を探すのを手伝ってもらってる。もう一人とな。…芹香も入れよ」


 ドアの前でなんとなく立ち止まっていた芹香は、促され武士と一緒にマンションの中に入った。

 マンションの間取りは、武士が訓練中に寝泊まりしていた隣の家と左右が逆になっているだけだった。

 その一室のドアをハジメはノックすると、ドアは内側から開き、一人の男が廊下に出てきた。


「ああ、ハジメ君。田中君は大丈夫だった?」


 出てきたのは痩せぎすで長身の男。

 年齢は三十代くらいで、上着は脱いでいるがスーツ姿だ。


「ああ。ほら、連れてきた」


 ハジメの言葉に、男は武士の姿を見る。


「ああ、よかった。とりあえずは大丈夫みたいだね。なら、葵さんも近くにいて無事ってことだ」

「どうも……あの、あなたが、ハジメのお兄さんですか?」


 想像と余りに違う人物だったので、武士は思わず問いかける。

 男は吹き出すように笑い、ハジメは顔をしかめる。


「なわけねーだろ。いくら何でも歳離れすぎだろ」

「いや、そうは思ったけど」


 そこまで会話すると、ハジメはニヤリと笑う。


「?……なに」

「いや。お前、会ったことがあるはずだぜ?」

「え?」


 慌てて武士は男の顔を見る。

 男は痩けた頬を擦りながらニコリと笑った。


「久しぶりだね、田中武士君。柏原です」


 どこかで聞いたような名前だったが、武士は思い出せない。

 そもそもこの年代の人に知り合いはいないはずだったけど……と、武士は必死で記憶を探る。


「思い出せないかな? 君は私の命の恩人なんだけれど」

「え…?」

「新宿のビルの屋上で」

「……ああ!」


 ビルの屋上というキーワードで、武士はようやく思い出した。

 一年以上前に、初めて直也と出会った日。

 父親が働くビルのあの屋上で、自殺しようとしていた目の前の男を必死で引き止めたのが、すべての始まりだった。


「あの時の!」

「改めて。柏原誠一といいます。あの時は助けてくれたのに、ちゃんと礼も言えずに申し訳なかったね」

「そんな。助けたのは九龍先輩で…」


 武士は自分が柏原を助けたなど、欠片も思っていなかった。

 だからこそ、命の恩人などと言われても、ピンと来なかったのだ。


「いやいや。君がいてくれなかったら、彼も間に合わなかった。ありがとう」


 柏原は丁寧に頭を下げる。

 武士は自分より年上の大人に深々と頭を下げられて、恐縮するしかなかった。


「でも、その柏原さんがどうしてここに?」

「そいつは、九龍の奴の手下なんだよ」


 武士の質問に、ハジメが横から口を出す。


「手下って…」

「まあ、廊下で立ち話もなんだ。説明するから入れよ。中に兄貴と翠もいる」


 ハジメはそう言うと、さっさと部屋に入って行く。

 柏原はどうぞ、という風に手の平を上げて、武士と芹香を部屋の中へと通した。


「おー武ちん! 死なずに済んでるね! 良かった良かった。つまり葵ちゃんも無事で、近くにいるってことだね! ダブルで良かった!」


 部屋に入るなり、翠の明るい声が響いた。

 キャスター付きの回転イスをクルリと回して武士達を見ている。


 部屋はやや長方形の十畳程のフローリングで、壁の両方に所狭しとパソコン、モニター、サーバ、キーボードがそれぞれ複数台並んでいる。

 金属パイプで組まれた棚にぎっちりと積まれており、それらの全てに電源が通っている。

 廃熱だけで空気が生温くなっていた。

 見ればエアコンは二台設置されており、ともに全開で動いているようだった。

 それがなければ相当に部屋は暑くなっているだろう。


 部屋の奥には張り出す形で大型のサーバが置いてあり、奥の方にはまだスペースがあった。

 そちらにも人の気配があるが、武士達の位置からは見えない。


 翠は、その張り出したサーバーの手前にあるパソコンを操作していたようで、武士たちが入ってきて手を止めていた。


「翠さん……」


 翠はいつものゴスロリの格好だったが、頭と、体のあちこちに包帯を巻いている。

 そして、幼く愛らしいその顔を含めて、翠の体のあちこちには、包帯から洩れて青痣が多数広がっていた。

 暴徒鎮圧用のゴム弾とはいえ、二発のショットガンを極めて至近距離で喰らった為だ。

 あまりの痛々しい姿に、武士は思わず息を飲んでしまう。

 表情を曇らせ、掛ける言葉を失っている武士に翠はにゃははーっと笑った。


「なんて顔してんの、武ちん。戦士の傷は勲章さ!」


 翠は戯けて、顔の前でピースサインを横にして、クルッと手首を返す。


「見た目がちょっとアレだけどねん。鍛え上げられたこの翠さんの体は、ショットガンくらいじゃ壊れないのさ! 体も動くしなんの心配もいんない。それより、葵ちゃん奪還作戦さ!」


 明るい笑顔を振りまく翠に、武士はどう答えていいか分からない。

 「無理をするな」など、できるはずもないことを言うわけにもいかなかった。


「誰もテメーの体の心配なんざしてねーよ。心配なのはその無駄なテンションだ。撃たれたショックで頭のネジが一、二本抜けたか。ミドリ虫」


 ハジメは呆れたような表情を浮かべると、翠の座ったイスの横を通り過ぎる。


「だれが虫よ! 虫の頭にネジは刺さってまーせーんー」

「虫なことは認めんのか」

「黙れ穀潰し。ったく、御堂家の息子は兄弟揃ってバカばっか」


 翠はプイと横を向く。


「だとよ。……兄貴」


 ハジメは、張り出したサーバの向こう側にいる人物に声を掛けた。

 しばらくの無言。

 カチャカチャとキーボードを叩く音や、マウスをカチカチと操作する音だけが響く。


「兄貴」


 無言に耐えかねたように、ハジメはもう一度声を掛ける。

 ため息の後、ようやく低いトーンの男性の声が響いた。


「一緒にしないで。不愉快。っていうか、その女ウザイ。ハジメの頼みじゃなきゃ、こんな女に絶対に手を貸さないんだから」

「こっちだって、好き好んで引き蘢りニートの手を借りてるわけじゃないわ」


 翠は床に直接置かれた、声の主の姿を隠しているサーバーをカツンと蹴る。

 とたんに、バンっという机を叩いたような音が響いた。


「なにしてんの。チビ女。このマシンが今、どういう計算してるか、分かってんの? 今このサーバ止まったら、どれだけ損害出るか、わかってんの?」


 声のボリュームは小さく、ボソリ、ボソリと言葉を区切りながら呟くような声だったが、怒鳴るよりも大きな怒りが伝わってきた。


「ふん。損害ったって、ゲームとかなんかでしょ? 組長さん言ってたわよ。ウチの孫どもはゲームでしかパソコン使わないって」


 翠の言葉に、再びバンッと何かを叩く音が響く。


「あのジジイ。未だに、ボクの仕事、認める気ないのか…」

「おい、翠」


 口惜しそうな声が響き、ハジメは真顔で翠を見る。


「俺のことはともかく、あんまり兄貴を虐めんな。俺と違って、打たれ弱えんだから」

「……ごめん」

 

 翠はすぐに謝った。

 もちろん翠には彼を攻撃する意図などない。

 無理矢理テンションを上げている中で、コンピューターの向こうで引き蘢っているハジメの兄にも、つい虚勢を張ってしまっただけだ。


「そうだね。今もパソコン使って、葵ちゃんの居場所を探してくれてるんだもんね。ごめんよ、ブラザー」

「君の兄弟に、なった憶えはない。……まあ、いいけど」


 声のトーンは相変わらず低いが、どうやら翠の謝罪を受け入れたようだった。


「あの……」


 武士が恐る恐る、声を上げる。


「ああ、悪い悪い。兄貴、紹介するよ。武士だ」

「……うん」

 ハジメが武士の声に気付き、サーバの向こう側にいる彼に声を掛ける。

 声の主が返事をすると、ゴロゴロ、とフローリングの上を車輪が回る音がした。


 最初にサーバの影から武士の目に飛び込んできたのは、車椅子だった。


 普通の病院で見るような車椅子ではなく、独特のフォルムの、近代的なデザインの車椅子だ。

 声の主はハの字型に開いた車輪についているハンドルを腕で回して、バックでサーバの影から出てくると、その場で九十度旋回し、武士たちの方を向いた。


「はじめまして。御堂継ケイです。田中君、いつも弟が世話になってます」

「……え……?」


 武士は開いた口が塞がらなかった。


「……ハジメが、二人いる……」


 より正確にいうなら、少し成長したハジメがそこにいる、といった感じだった。

 武士の後ろに立っていた芹香が、クスリと笑う。


「ね? ハジメ君。私とか翠さんと、同じ反応」

「そんなに似てっかよ……。べつに双子じゃねえぞ。二歳離れてる」


 継は、黒のスラックスにグレーのシャツをラフに着ている。

 車椅子に座る彼は、横に立っているハジメを、少し知的にした感じだ。

 顔の作りは双子かと思うほどそっくりで、違いといえば、ハジメの髪はウェーブがかっているが、継の髪は特に癖のないストレートだ。


「……そんなに、マジマジと見られると、なんか困る、田中君」

「え……あ、ご、ごめんなさい!」


 継の言葉に、武士は慌てて視線を逸らすと、頭を下げる。


「はじめまして、田中武士です。ハジメにはこちらこそお世話になってます」

「ハジメに世話になってるだけに、はじめまして……」

「は?」

「なんでもない」


 継は車椅子をクルリと回し、再びサーバの影に隠れてしまった。


「さて、時間もないことだし。どっから説明するか…」


 ハジメは各々を部屋にあったイスや、座っても大丈夫なマシンに座らせ、自分は金属パイプの棚に寄りかかる。

 翠と柏原は、それぞれパソコンのモニターの前に座り、何かのデータをチェックしながら話を聞いていた。


「そうだよね、早くしないと葵ちゃんが…っく…」


 武士はまた、心臓に刺すような痛みを覚えて、胸を押さえる。


「武士君!?」


 横に座る芹香が心配そうに声を上げるが、武士は右手を挙げてそれを制する。


「大丈夫……もう、収まる……うん、大丈夫」


 武士は額に脂汗を浮かべながらも、顔を上げる。

 翠も、おそらくハジメも、先の戦闘で本当は相当のダメージを負っているはずだ。

 なのに平然としている。

 自分だけ痛い痛いと被害者ぶるわけにはいかない。

 そもそも、葵を守りきれなかったのは自分なのだ。


 そんな武士にハジメも表情を強張らせるが、だからこそ話を続ける。


「ああ。時間がねえ。今、葵の連れて行かれた場所を探している。芹香から聞いたんだが、連中は神道使いとかいうクソガキの力で命蒼刃の力を封じて、この後、武士を一般人に戻すって言ったんだろう?」

「ええ」


 芹香は頷く。


「つまり、命蒼刃から武ちんの魂を引き剥がすってことね」


 翠はモニターから目を離さないまま言う。


「そんな方法が本当にあるんなら、だけど」

「目処が立っているから、葵さんを連れ去ったんだろうね」


 柏原も、モニターから目を離さないまま会話に参加する。


「彼らは九色刃の力を外部からコントロールする方法を手に入れたと考えた方がいい。管理者を殺さずに契約を解除できれば、彼らはすぐにでも新しい不死の力を手に入れることが出来る。何年もかけて新しい管理者を立てる必要はないからね」


その柏原の言葉に、芹香は身を乗り出した。


「あの、だったら、本当に急がないといけないですよね!? 命蒼刃っていうのから魂が離されちゃったら、武士君は不死身じゃなくなっちゃうんでしょ?もし今、力がなくなっちゃったら、武士君の心臓が…!」

「芹香さん。落ち着いて」


 柏原はモニターチェックを止めて、芹香の方を向く。


「さっきも話したけれど、そんなに簡単に〈契約解除〉ができるはずがない。神霊学、呪術、錬金術、神道、いずれのオカルト学問においても、魂の定着や分離は、かなり難しい分野なんだ。〈契約解除〉には絶対に、それなりの時間がかかる筈だ」


 柏原は落ち着いたトーンで、芹香に説明する。


「彼らが行おうとしているのは、出雲古神道における『鎮魂の式』に『降魂の式』、その変形だと思う。活動している魂を鎮め、物や肉体から解放する儀式だ。私が調べた限りでは、一晩以上かかる儀式のはずだ。どんなに早くとも、夜明けまではかかると思う」

「思う、って……」


 柏原の説明に、しかし不安を抱き続ける芹香。

 その隣で、武士は柏原の正体に疑問を抱く。


(この人は、どうして九色刃のことを知っているんだろう。そういえば、ハジメがこの人を九龍先輩の手下って言っていた)


 しかし、その疑問を口にする前に、話は先に進む。


「とはいえ、のんびりなんてしてらんねえ」


 ハジメは左手の平を右手の拳でパシン、と打った。


「一刻も早く奴らの居場所を突き止めて、葵と命蒼刃を取り返す」


 ふと、そこでハジメは翠の方を見る。


「ああ翠。そういえばここに来る前。病室で、武士に葵の魂を感じれるか試してもらった」

「無理だったんでしょ」


 翠は相変わらずモニターから視線を外さないまま、マウスを操作しつつあっさりと言う。


「ああ。流れてくる力が弱過ぎんだろう」

「ごめん」


 武士は謝るが、翠は気にしないでという風に、武士の方を少しだけ見て苦笑いを浮かべる。


「仕方ないよ。予想はしてた。大体、もし場所を感じれてたら、ここに『場所が分かった!行くぞ!』って入ってきたっしょ?」


 つまり全部お見通しで、魂を感じ取れなかった武士に気を使って翠は黙っていたのだ。

 それなのに武士の方は、翠の痣だらけの姿を見て絶句してしまった。

 翠に比べて未熟な自分に、武士は申し訳ない気持ちになってしまう。


 ふと翠の手元を見ると、マウスを操作していない方の手は、ゴスロリ衣装の服の裾を握り締めている。

 妹同然の葵が敵に攫われ、強い焦りと無力感を覚えているのは翠も同じはずだった


「凹んでる暇はねえぞ、武士」


 ハジメが武士の背中を叩く。


「だから今、ネットで鬼島の北狼部隊が撤収した場所を探してるとこだ」

「ネットでって……どういうこと?」

「ああ。北狼は一応国防軍の一部隊だ。だけど、国防軍のコンピュータのセキュリティはいくらなんでも突破できねえ。鬼島側から辿ろうとしても、奴の情報は何も、私邸の場所すら公にはされていない。だから兄貴の力を借りて、今は官邸のコンピュータにクラッキングしている。今の奴は現職の総理大臣だ。必ずそこから、辿れるはずだ」

「官邸にクラッキングって……お兄さんが? 本当に?」


 武士は驚愕し、継の方を見る。

 もっとも、大きなサーバ・マシンに遮られその姿は武士の場所からは見えないのだが。


「ああ、武士には言ってなかったか。兄貴は、実はすげーんだ。そっちの世界じゃ名前を知られてるハッカーで、プログラマーでもある。聞いて驚くなよ」

「…なに?」

「俺たちがハマってたナイン・サーガな。あれ、兄貴が作ったゲームなんだよ」


「えええっ!!」


 武士は、今度こそ開いた口が塞がらなかった。


「だ、だってあれ、たしか海外のゲームで……」

「兄貴が作ったダミー会社がドイツにあんだよ」

「……本当に?」

「……べつに、大したことじゃない」


 サーバ・マシンの向こうから低い声が響く。


「俺も詳しかねーけど、兄貴のそっち系の腕は確かなんだ。プログラミングだけじゃねえ。ハッキングも情報収集もお手のもんで、ジジイは認めてねーけど、御堂組はこれまでも兄貴の力で、情報を集めてきたんだ」


 そう話すハジメは、どこか誇らしげだった。


「そんな……ハッキングのこととかは分かるけど、なんでナインのことまで教えてくれなかったの?」

「悪かったな。一応秘密なんだ。武士が他にバラすとは思わなかったけど、チャット上で話すわけにもいかなかったし。ナイン止めた後もなんかタイミングがなくてな…ま、とにかく」


 ハジメは咳払いする。


「今、兄貴の持ってるコンピュータの力を総動員して、官邸のデータに潜入してる」

「違う。正確に言って。ハジメ」


 継の訂正の声が響いた。


「官邸のコンピュータに出入りしている人間のログから、周囲の人間のパソコンに侵入して、情報を探してるんだ」


 つまり、官邸のコンピュータそのものに侵入しているわけではないと言いたいらしい。

 しかし武士は疑問を持つ。


「でも……よくわからないけど、総理官邸のコンピュータにアクセスしてる人なんて、ものすごい沢山いるんじゃないの?」

「だから、一定のキーワードで検索して、ヒットした個人のPCを、ピックアップしてる」


 継が答えると、翠がその後を引き継ぐ。


「そのピックアップされたデータを、あたしと柏原さんがチェックしてるのよ。柏原さん、チェック早いよ。さすがプロだねっ」

「それほどでも」


 柏原は照れたように頭を掻く。


「いい大人がデレんな」


 ハジメは柏原が座っているイスを軽く蹴った。


「言っとくけど、俺はまだテメーを信用したわけじゃねえからな。裏切り者の九龍の手下なんだからよ」

「そんな言い方しないで下さい、ハジメ君。直也君が本当に裏切ったのなら、私にここに来るようになど命令するはずがないでしょう? それに、田中君は私の命の恩人です。このままでは武士君の命が危ない。私は全力でサポートしますよ」


 柏原はキリッとした顔で、ハジメを睨んだ。


「あのー。柏原さん?」


 武士が横から声を掛ける。


「はい、なんでしょう?」

「柏原さん、何者なんですか? 僕まだ、事情が飲み込めてなくて……」

「ああ、そういえば説明が途中だったな」


 ハジメが説明しようとするが、柏原は手を挙げてそれを制する。


「自分で説明しますよ。……私は、もともと民自党系のシンクタンクで働いていたんです。鬼島先生……当時はまだ総理ではありませんでした。彼の指示で動いていたんです。担当は、第二次世界大戦中に旧日本軍が開発していたというオカルト兵器の調査です」

「それってもしかして」

「はい。九色刃のことです。私は、継君ほどではありませんが、ハッキングの腕だけはそこそこなので、その腕を買われて働いていました。そこで旧日本軍の開発部隊と関わりがある、御堂組への調査を命じられたんです。継君とは、なんどか電子戦を繰り広げましたよ。相手がまだ十代だと知った時には驚きました」

「お互い様」


 低い声が響く。


「何度撃退しても、僕に正体を掴ませないで。結局一度侵入されたときは、驚いた」

「一勝九九九敗ですよ。でも、その一回の侵入で、私は九色刃や刃朗衆のこと、一〇〇パーセントの的中率を誇る白霊刃の予言のことを知りました」

「兄貴……九色刃だとか予言だとか、知ってたくせに、俺に教えねえんだもんな」


 ハジメがサーバの向こうの継を睨む。


「余計な重荷を、背負わせたくなかった」

「にしたって、俺が九龍直也を監視してるって、知ってただろう」

「ジジイから知らされてるって、思ってた」

「いまさら言ってもしかたねえけどよ。俺も調べなかったし」


 継の言葉に、ハジメは舌打ちする。

 柏原が言葉を続ける。


「私は予言を知って、怖くなりました。このまま鬼島先生について行ったら、日本を戦争に巻き込む手伝いをすることになる。それに……私らしき人物の死も予言されていたのです。私は、調べた九色刃のデータを持って逃げることにしたんです。しかし、あの鬼島先生から簡単に逃げられるものではありません。家族を人質にとられ、私は死を強要されました。私の頭の中にある情報を消す為です。それを止めてくれたのが……田中君。君だったのです」


 柏原はモニターチェックを一時的に止めて、武士に向き直る。


「ありがとう」

「いや、僕はなにも……」

「いや。君はすごいことをした。予言では、私はあの時死ぬはずだったんだ」

「え?」

「英雄の助けは間に合わず、私は死ぬと予言されていた。けど、その予言は成就しなかった。それまで的中率一〇〇パーセントだった予言の未来を、田中君。君が変えたんだ」

「そんな……」

「だから私は英雄に、九龍直也君に合流することができた。君のおかげだ」

「……だからその後、九龍先輩のところに…」

「ええ。彼も本当にすごい男です。中学生の年齢まで、彼は軍隊にいて鍛えられていたのですが、高校生になるタイミングで脱隊し、暁学園に入学しました。彼はそこで普通の高校生として剣道の大会で優勝し、生徒会長まで勤めながら、一方でお父さんに反発して、対抗組織を作っていたのです。規模は小さいですが、各勢力の中に自分と目的を共有する仲間を作り、ネットワークを組んでいったんですよ」

「すごい…」

「私は、直也君の情報収集部隊でした。諜報の実働部隊はべつにいるので、私はもっぱらネット系の仕事でしたね。今回の経緯も、すべて直也君から聞きました。ここに来たのも、彼の意思です。御堂ハジメ君に協力してくれとね」

「……良かった」


 武士は安堵の表情を浮かべる。

 やはり、直也は自分たちを裏切ったわけではなかったのだ。

 何か事情があって、あのビルでは敵の味方をしていたのだ。

 そういえば、抵抗しても無駄だと直也は言っていた。

 北狼部隊の規模を知った彼は、全滅を避ける為にああいう手段に出るしかないと考えたのだろう。

 そう武士は推測する。


 しかし、ハジメは納得のいかない顔だった。


「けっ。怪しいな」

「ハジメ君……」


 芹香が憎々しげなハジメの言葉に、呟きを漏らす。


「だってそうだろう? 柏原さん。九龍の奴がアンタにそんな指示を出せるんなら、どうして直接葵が連れて行かれた場所を知らせない? そっちの方が手っ取り早いだろう」

「おそらく直也君は、葵さんとはべつの場所に連れていかれたんでしょう。直也君が対抗組織を作ってお父さんに反発していることは、鬼島先生も気がついていた。命蒼刃の力を得る為の作戦行動に、彼を連れて行くとは思えない」


 そこまで柏原が話した時だった。


「おい」


 継がサーバ・マシンの奥から緊張気味の声を上げる。


「柏原さん。チビ女。今送ったファイルを見ろ」

「分かった」

「誰がチビ女よ」


 柏原と翠はすぐに、モニターを睨んでマウスを操作する。

 武士にハジメ、芹香もその後ろからモニターを覗き込んだ。


 表示されていたのは、ある人物のプロフィールのようだ。

 名前は新崎結女。

 写真が付いていたが、それは通常のプロフィールについているようなバストアップの写真ではなく、鬼島総理が報道陣に囲まれて取材を受けている場面で、画面の端に小さく写り込んだスーツ姿の女性に丸がされているものだった。


「彼女は…」

「名前は新崎結女。国防軍と官邸のコンピューター両方に、相当回数のアクセスを行っている。この女、柏原さん知ってるか」


 継が低い声で柏原に問いかける。

 少し早口で、気分が高揚しているようだった。


「知っているも何も、結女さんは私たちの仲間ですよ。直也君が作った対抗組織の一員です」

「鬼島の私設秘書の部下、となっているが?」

「そうです。彼女にはスパイになって貰っているんですよ」

「この女からの連絡は?」

「ありません。結女さんは鬼島先生の元にいつもいます。連絡がないということは、葵さんや直也さんと、会っていないのでしょう。つまり、先生がいるところとは別の場所に、葵さん達は……」

「そんなはずないわ」


 芹香が口を挟んだ。


「どういうことだ?」


 ハジメが問いかける。


「だってこの女、あのビルに……葵さんが連れ去られた時に、いたもの」

「なんだって?」

「お兄ちゃんと一緒に、入ってきた。お兄ちゃんと話してたし、あの神主みたいな格好していた男の子とも、話をしていたわ。どう考えてもあの子どもと仲間みたいな会話をしていたわ」


 芹香は断言する。


「間違いないのか、芹香」


 ハジメはなおも確認するが、芹香は確信を持って頷く。


「冷たい笑い方をする女だなって思ったから、覚えてる。それに、私がお兄ちゃんの横に立った女の顔を見間違える訳ないわ」


 その言い方に、思わず武士とハジメ、翠はなんと応えていいか言葉を失う。

 沈黙に気付いた芹香は慌てて首を振った。


「い、いや、そういう、変な意味ではなくて…」

「そんな筈は無い!」


 遮るように、柏原が叫んだ。


「結女さんは直也君の味方だ。もしスパイとして現場に潜り込んでいたなら、必ず私に連絡を入れるはずだ」

「でも、間違いないわ。お兄ちゃんの横に立っていたのは、この女よ!」


 芹香の方も負けずに声を大きくする。


「僕も……九龍先輩と一緒にあの部屋に入ってきたのは、この女の人だと思う」


 武士が、モニターを指差して芹香に同意する。


「決まりだな」


 ハジメが呟いた。

 柏原は未だに信じられないといった顔をしている。


「そんな……なら、どうしてこちらに連絡をよこさないんだ」


 柏原は、ポケットからフラッシュメモリを取り出して、マシンに差し込む。

 そして格納されていた暗号通信用のソフトを展開し、外部とのネットに繋いだ。


(これは……学校で、九龍の野郎も……)


 ハジメは柏原の一連の作業を見て、芹香救出の前に、直也が学園の生徒会室でパソコンからメモリースティックを抜き取っていたことを思い出した。


(仲間と連絡を取り合っていたのか。だとすればその相手は)


「……くそっ。やっぱり、何もメッセージは来てない」


柏原はバン、と平手でデスクを叩くと、額を抑える。


「なんでだ、結女さん……」

「ダブルスパイ、ってことじゃないの」


 翠は柏原に向かって言う。

 ダブルスパイ。

 つまりこの場合、鬼島側の情報を直也に、直也側の情報を鬼島に流しているということだ。


「そして本性は、鬼島側の人間だったっていうことよ」

「そんな、そんなはずは……」

「男ってバカだね。ちょっと奇麗な女にはすぐに騙される」


 翠は飽きれたように言うが、


「バカは、柏原さんや、九龍直也だけじゃ、ない」


 継に言われ、驚いたように振り返った。


「なによ」

「この女。刃朗衆にも接触してきたことが、ある」

「どういうこと?」

「刃朗衆の諜報部隊が使ってる暗号コードで、御堂組に情報を、送ってる。いくつかの情報のうち、ひとつは……英雄、九龍直也の情報」

「…!…」


 翠は息を飲む。


「刃朗衆の諜報部隊に、潜り込んでいたってこと……?」

「ダブルスパイじゃない。トリプルスパイ。バカは、刃朗衆も御堂組も、一緒」


 継は淡々と語るが、その言葉の意味するところは大きい。


「どういうこと……この女、何を企んでるの……?」


 翠は呆然とモニターに写る新崎結女なる女性の横顔を見つめる。


「とにかく。この女が何を企んでるかは、今はいい。兄貴、柏原さん。今、こいつの居場所を調べられるか?」

「い、今の居場所は私には…」


 ハジメの問いかけに、柏原は首を横に振る。


「柏原さん、この女の、携帯番号、わかる?」


 継はキーボードをカシャカシャと叩きながら尋ねた。


「ば、番号はわかるけれど、多分出ない。私たちは、連絡はネットの暗号文で取っているんだ。電話を鳴らすのは、ネットをチェックして暗号文を受け取れという意味だ。これは、通話記録が残るのを避けるためで…」

「そんなこと、どうでもいい」

「え?」

「新崎結女は携帯電話を持っている。その電話に着信する番号、知ってるんだね?」

「あ、ああ。…!…そういうことか!」


 柏原はポケットから携帯電話を取り出し、サーバ・マシンの向こうの継の所まで持って行く。


「これだ」

「よし」


 カチャカチャとキーボードを操作する音が、部屋に響く。

 武士たちは声を上げる事も無く、継の作業を待った。

 程なくして。


「わかった」


 エンターキーをカシンと押すと、継は車椅子をバックさせ、武士たちの前に姿を現した。


「携帯の着信から、電波の中継基地局、割り出した。大まかだけど、この女の居場所、特定した」


 継は車椅子を動かして、翠が使っていたパソコンの方に向かう。


「どいて」


 継は翠をどかせると、パソコンを操作する。

 一瞬でモニターには、東京のある地区の地図が映った。

 ハジメたちが一斉に覗き込む。


「ここを中心に、半径四キロ」

「吉祥寺か。四キロ…広過ぎるな。もう少し絞れないか?」

「先に移動してて。その間、僕と柏原さん、可能性のある建物をピックアップして、メールする。明らかに一般の建物だっていうのを、除外してけばいい」

「わかった。この女をまず押さえるぞ。葵を連れてった連中の関係者なのは間違いねえ。ミドリ虫、いくぞ」

「誰が虫よ!」


 ハジメの声に翠は立ち上がった。

 腰にはシルバーの金具でアクセサリのように下げられた碧双刃が光っている。


「ハジメ」


 武士は、部屋を出て行こうとするハジメの前に立ち、その顔を睨みつけた。

 その視線は鋭い。


「ハジメ。さっき言ったよね。僕を戦力として考えるって」

「……あれは、お前が作戦会議に出れるかを……」

「ふざけんな」


 ハジメは黙り込む。

 武士の気持ちは分かる、尊重したい。

 しかし。

 敵は想像以上の難敵だ。

 特に、あの神道使いが支配している気配を一切発しない北狼部隊。

 あれを相手に武士を守りながら戦える自信は、ハジメにはなかった。

 まして、武士は不死の力が失われつつあるのだ。


「武士、お前の心臓には銃弾が眠ってる。万一の時には、手術ができる環境にいた方がいいんだ。今から病院に行って……」

「ハジメ。もう一回言うよ?ふ・ざ・け・ん・な」


 武士は人差し指でハジメの胸を突く。


「僕だけ残ってどうするの? どうせ僕の胸の弾は、手術じゃ取れないんでしょ?万一の時ってなに? そんなことにさせない為に、行くんでしょ?」


 葵の意志に反して、命蒼刃の力が使われる。

 不死の力を予言の英雄に渡せなかったときですら、葵は自分自身に絶望したのだ。

 その力が、鬼島の野望のために使われるとしたら、葵の命はあっても、心は完全に壊れてしまう。

 そんなことは、絶対にさせてはならない。


 黙り込むハジメに、武士はなおも語りかける。


「近くまでいけば、葵ちゃんの魂を感じられるかもしれない。いや、感じてみせる。ハジメ、僕も行く」

「……御堂ハジメ。諦めた方がいいよん」


 沈黙していたハジメに声をかけたのは、翠だった。


「武ちん、こうなると頑固だから。確かに、距離が近くなれば魂を感じれるかもしれないしね。葵ちゃんを助ける為。武ちん、一緒に来てくれる?」

「もちろん!」


 武士は力強く頷く。

 翠はそれを見て、ひどく大人びた微笑みを浮かべた。

 それは、これまでの無理にテンションを上げているときの笑顔とはまったく別のものだった。


(そう。そういう君だから、あたしは葵ちゃんの心を任せる気になったんだ)


 翠以外、誰も心から打ち解けられる相手がいなかった葵。

 親すらなく、恋愛沙汰はおろか、普通の友達関係も望むべくもなかった葵。

 妹同然に思っている彼女が、泣きすがって「助けてくれ」と言った、自分以外の最初の人間。

 翠は、武士の可能性を信じたかった。


「わかったよ!」


 ハジメはやけになったように叫んだ。


「ただし! 戦闘になりそうになったら、真っ先に逃げるって約束しろ。次にダメージ受けたら、もう回復しねえかもしんねえんだからな」

「分かってる。足手まといにはならない」


 武士は頷いた。


「……あの!」


 芹香が声を上げた。


「私も協力したい! もともと私のせいだもの。一緒に行かせて? 怪しい建物を探せばいいんだよね?」


 知らなかったとはいえ、武士を巻き込んでしまった結果に、芹香は責任を感じていた。

 それに、なにより兄の真意を確認したかった。

 自分には戦う力がないことは知っている。

 ハジメ達の邪魔になることも分かっている。

 しかしせめて、現場には行きたかった。


「芹香・シュヴァルツェンベック」

「……はい」


 神妙な声でハジメにフルネームを呼ばれ、芹香はどきりとする。


「お前は、馬鹿じゃない。自分がどんなに無茶な事を行ってるか、お前分かってるよな?」

「……」


 分かっている。

 分かっているから、何も反論できない。

 芹香は叫び声として溢れそうになる感情を、唇を噛んで堪える。

 肩を震わせている芹香に、武士は声を掛けた。


「芹香ちゃん」

「武士君」

「芹香ちゃん、別の方向から、手伝って」

「別の方向?」

「例えば、お父さんと連絡を取ってみるとか。色々事情あると思うんだけど、もし出来るんなら、鬼島総理を説得してほしいんだ。こんなこと、止めてほしいって」


 武士は敢えて、芹香の家庭事情に口を出した。

 話に聞いている鬼島の性格から考えて、彼は娘の説得などに揺れる人間ではないだろう。

そもそも、連絡を取る事自体が不可能かも知れない。

もし芹香が父親である鬼島と連絡が取れるなら、彼女の性格からして、真っ先に自分から電話してこんな事を止めさせると言っているはずだ。

 つまり、そんなことができる関係ではない。


 そこまで分かっていて、武士は芹香に父親を説得しろと言った。

 何か役割を与えたかったから。

 友達が、大切な人が苦しんでいて、何もできないでいるのは辛い。

 その辛さを、武士は知っている。

 芹香はきっと、自分たちのことを心配しているだろう。

 そして同時に、この一連の騒ぎの中にいる兄のことを心配しているのだ。


「……わかった。やってみる」


 芹香は頷いた。

 武士はホッと肩を降ろす。


「よし、行くぞ。時間がない。兄貴、じゃあメール頼む!」


 ハジメと翠、武士は部屋を出て行った。

 残された継と柏原は、各々のパソコンの前に座り、ターゲットの候補の絞り込み作業を始める。


 芹香は、ポケットから携帯電話を取り出した。

父親を説得する。

物心付いて以来、芹香は父親に一度も会った事は無かった。

直通の直通の電話番号など、当然知らない。

しかしなんとかして連絡を取って、娘であることを伝えて、説得するしかなかった。

 直也には、ここに来てから既に何度も電話を掛けていた。

 しかし繋がらない。電源を切っているらしかった。


(お兄ちゃん…何を考えているの)


 昔から、異母兄である直也の存在は知っていた。

 兄が秘密の軍隊で訓練を受けているというときも、年に数回ではあるが、会っていたのだ(それは直也の精神の均衡を保つ為に、北狼少年部隊の管理者が計算していたことではあったが)。


 直也は、日本に来てハーフとして時に虐められていた芹香を、助けてくれた。

 病気になった芹香の心を、支えてくれた。


(お兄ちゃん……)


 芹香は直也との記憶を思い出す、

 その時、芹香の脳裏に何かが引っかかった。


(あれ……?)


 武士たちが向かった場所、どこだと言っていたか。


(吉祥寺……?)


 子どもの頃。

 自分の母親と直也と一緒に、行ったことがなかったか。

 しかし、何をしに?

 あの当たりに住んでいたわけではない。公園にでも遊びに行った? …いや、そんな記憶はない。なら、何をしに?


(……確か、立派な建物を、外から見てた……。お母さんが、あの人はここに住んでるのよ、って…)


 芹香は大急ぎで携帯電話のボタンを押す。

 短縮ダイヤル。携帯電話のディスプレイにはMutterと表示されていた。



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