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「失われた力」

 武士が目を覚ますと、そこは病院の処置室のような部屋のベッドの上だった。

 枕元ではピッ…ピッ…という心音をモニターする機械が音を出している。

 白色蛍光灯が点けられており室内は明るいが、窓はなく、昼夜の区別はつかない。


 武士は視線をぐるりと回して室内を見渡した。

 確かに病院のような部屋ではあったが、それにしては病理器具などが普通より少ないように感じる。

 何より、病院には付きものであるはずの看護師たちを含め、人の気配が極端に感じられなかった。


(ここは…どこだ?)


 目覚めたばかりで頭が回らなかったが、とりあえず上半身を起こすと、


「ぐっ……!」


 不意に鈍い痛みを覚えて、胸を押さえる。

 包帯で処置されている胸の中、心臓の動悸が速くなる。


 その鼓動に誘われるように、武士は銃撃されたこと、翠とハジメが撃たれたこと、直也が北狼の味方をしたこと、そして葵が連れ去られたことを思い出した。


「葵ちゃん……!」


 武士は胸を押さえた手に力がこもる。

 胸に巻かれた包帯が外れそうになるくらい、痛みを握り潰すように指に力が入る。

 はずみで、心音モニターのコードが武士の体から外れた。


心臓の鼓動を確認できなくなり、センサーに繋がれた機械が警告音を鳴らす。

程なくして、胸の痛みがどうにか治まる頃。

ドアの向こうから駆けてくる複数の足音が聞こえてきた。


「武士!」

「武士くん!」


 バァン!というけたたましい音ともにドアが開けられ、飛び込んできたのはハジメと芹香だった。

 ふたりとも心配顔で飛び込んできたが、武士がベッドの上で普通に体を起こしていたのに気づくと、ハジメの方は安堵するように息を吐いた。


「気がついたか。よかった」

「うん。ハジメの方は、大丈夫?」


 乳白色のいかにも入院着といった服装の武士に対し、ハジメは白いTシャツにジャケットを羽織り、ジーンズのズボンという私服だった。

 頭に巻かれた包帯が痛々しい。


「おう。ゴム弾の方はともかく、頭ぶん殴られたのは効いたな。けど、もう大丈夫だ」


 ハジメは笑顔を浮かべる。

 武士の無事な様子を確認し、ハジメは警告音を発し続けていたモニターの電源を切った。


「武士君、武士君は? 大丈夫? あんなに撃たれて……」


 芹香はベッドサイドまで駆け寄り、間近で武士の体を心配そうにあちこち見つめる。芹香も上は学校の制服から着替えていて、訓練中に使っていた葵の服を借りたのか、黒いTシャツを着ていた。

 下は制服のスカートのままだ。

 Tシャツの方はサイズが合わず芹香には少し小さかったようで、その日本人離れしたスタイルの良さを強調し過ぎており、武士は一瞬目のやり場に困った。


「うん。大丈夫だよ、ええと……」


 答えながら、少し困った顔でハジメを見る。

 武士の言いたいことを察したハジメは、


「大体のことは説明した。九色刃のこと。お前の体のこと」


 だから喋ってもいいぜという風に、手のひらを上に向け芹香の方に差し出した。


「……うん。命蒼刃の力でね。大丈夫なんだ」


 武士は芹香を安心させようと笑顔を作る。

 しかしその顔は、胸に走った痛みですぐに歪んだ。


「…っ痛…」

「武士君!?」


 武士は再び胸を押さえ、体を前に倒してくの字に曲げる。

 芹香は慌てて武士の肩を掴むが、しかしそれ以上どうしようもなく、オロオロとする。


「ど……どうしよう、ハジメくん!」

「落ち着け芹香。武士、大丈夫か。痛みは長く続くか?」


 ハジメは表情を強張らせながらも、芹香の肩に手を置き落ち着かせ、冷静に武士の状態を確認する。


「大…丈夫…そんなに酷い痛みじゃないし……さっきもすぐに収まったから……」

「余計な強がりは言うんじゃねーぞ。冷静に、現実的に、お前が戦力になるか判断する必要があるんだ」


 武士の様子を観察しながら、ハジメは抑えた声で語る。

 その言葉に武士は顔を上げた。


「……戦力?」

「そうだ。俺達はこれから葵と命蒼刃を取り返すために戦わなきゃいけねーんだ。相手はプロだ。お前が戦力になるのかどうか、判断を誤ったら負ける。いいか、正直に言え。お前の体、回復してんのか?」


 武士は嬉しかった。

 ハジメは自分に不死の力が宿った後も、訓練を受けた後も、武士にはできれば戦いに参加してほしくないと言っていた。

 その自分を〈戦力〉として認めようとしてくれている。

 裏を返せばそれだけ追い詰められているということなのだが、武士はハジメが自分を「庇護する対象」ではなく「戦う仲間」として考えようとしていることが嬉しかった。


「ちょっと待って! ハジメ君、無理だよ!」


 ハジメの、ともすれば武士をけしかけるような言葉を聞き、芹香は慌てる。


「ハジメ君、さっき話してたじゃない! 葵さんが持ってる力って、あの神主みたいな恰好をした子どもに止められちゃったんでしょう!? だから、武士君の心臓には、まだ鉄砲の弾が埋まったままなんでしょ!?」

「……え?」


 芹香の言葉に驚き、武士はハジメを見る。

 いつになく真剣な表情のまま、ハジメは頷いた。


「武士。ここは御堂組のビルだ。ここの医務室で、専属の医者にお前の体を診てもらった」


 ハジメは、このビルには近代医療施設が整っていて、レントゲンなどの検査設備も完備され、緊急手術などにも対応できる部屋があることを説明する。


「結論から言う。武士、お前の体は完治していない。表面的な傷は殆ど塞がっちゃいるが、お前の体の重要器官……特に心臓に、まだ銃弾が二発、埋まったままだ。それが心臓付近の動脈を圧迫して、不整脈を起こしている」


 武士は自分の胸に手を当てる。

 先程の痛みは既に引いていたが、あれが不整脈というものなのだろうか。


「レントゲンで見る限り、外科手術じゃまず取り除けねえって話だ。体が銃弾を押し出そうとする途中で、命蒼刃が封じられたみてーだな。なんか、重要な動脈が絡んじまってるらしい」


 ハジメの説明に、しかし武士は自分の体がそんなことになっている実感が湧かない。


「よくわからないけど……命蒼刃の力が止まったんだったら、そんな状態、すぐに死んじゃうんじゃないの?」

「これはミドリ虫の言っていた仮説だけどよ。命蒼刃は完全に封じられたわけじゃねーらしい。かなり弱く途切れ途切れだけど、回復の力は武士に流れ込んでいて、その力が切れているときに、不整脈が起こってるんじゃねーかって話だ。もしそれが長時間続けば……お前の心臓は持たなくなる可能性が高い」


 つまり、武士の心臓にはいつ爆発するか分からない爆弾が埋まっているようなものだ。

 武士は背筋が冷たくなる思いだったが、しかし、同時に安堵もする。


「……それは命蒼刃の力がまだ生きているってことで、つまり葵ちゃんは、ここからそんなに離れていない場所で、無事ってこと?」

「今んとこは、たぶんな」


 九色刃の力は、管理者と使い手の魂の結びつきが強くないうちは、その距離に左右される。

 武士の体が回復し続けているということは、葵が生きていて、なおかつ、遠くには行っていないということだった。


「よかった」

「武士君……」


 自分のことよりも葵の身を案じている様子の武士に、芹香は思わずため息が漏れる。


 こういう人だ。

 こういう人だからこそ、あの灰島達を相手に、自分を助けに乗り込んできてくれたのだ。

 そして、その為にとんでもない事態が起きてしまった。


葵を連れ、直也とともに北狼部隊が撤収した後。

ハジメと翠は意識を取り戻し、気絶した武士を連れてこの御堂組のビルに戻ってきた。

その過程で芹香はハジメから一通りの説明を受けた。


 超自然の能力を持つ九色刃だとか、それを管理する刃朗衆の話、予言の話など。


 俄かに信じられるものではなかった。

しかし目の前で致命傷を負ったはずの武士が回復する姿を見ては、信じないわけにはいかなかった。

 そして、その九色刃の力を父である鬼島大紀が狙っていたという。

 武士たちが自分を助けにきたことで、父の特殊部隊に襲われ、もっとも重要であるという命蒼刃を管理者とともに奪われてしまった。


 芹香は自分の判断を呪う。

 自分がのこのこと灰島に付いていってしまったことが原因だ、と。


 確かに灰島義和に脅迫はされたが、ハジメから伝え聞いた直也の話によれば、もともとそんな脅迫は意味のないものだったという。

 自分の考えの浅さが、結果として武士たちを傷つけてしまった。


「ごめん…武士君…ハジメ君…ごめん…」

「芹香ちゃん?」


 芹香は俯き、謝罪する。


「灰島に呼び出されたとき、私が武士君に頼っちゃったから……。せめて、自分一人で行っていたら、そうしたら、父の部隊に助けられてただけだった。武士君や葵さんがこんな目に合わなくて済んで、ハジメ君やあの子も撃たれることなかったのに…」

「芹香ちゃん、そんなこと言わないでよ。来るなって言われたのに、僕が勝手にハジメ達に相談して乗り込んでったんだから」


 ベッドの横で膝をついて落ち込む芹香に、武士は身を乗り出して声をかける。


「結果論だ、芹香」


 突っ立ったままで、ハジメも芹香の後悔を一蹴する。


「お前は何も知らなかった。あの時点で、灰島の行動はただのストーカーとしか思えなくても無理はねえ。誰かに相談するってのは、べつに間違った判断じゃねえよ」


 武士とハジメの慰めは嬉しかったが、芹香にはやはり自分が間違っていたと思えた。

 確かに「誰か」に相談するのは間違っていなかっただろう。

 しかし、べストな相談相手は異母兄妹である直也だったはずだ。


 自分は現職総理大臣の隠された娘だ。

 あらゆる状況を想定して、事情を知っている直也に相談するべきだったのだ。

 しかし、そうせずに直也を避け、武士に相談したのは兄に迷惑をかけたくないという思いを優先しただけに過ぎない。

 結果として、大勢に迷惑をかけることになった。


「……ありがとう。ごめんね」


 だが、そんなことを彼らに話しても、それこそ言い訳に過ぎない。

 ここでさめざめと泣いて同情を買うことが、事態の解決に繋がるわけでもない。

 芹香は顔を上げる。


「ありがとう」


 もう一度感謝の言葉を言って、芹香は笑顔を作る。

 武士とハジメは微かに頷いたが、その表情が微妙だったのは、あまりうまく笑顔を作れていなかったからだろう。


 武士は無理をしている様子の芹香になおも声をかけようとするが、


「武士」


 ハジメに声を掛けられ、言葉を飲み込んだ。


「悪い、話を戻すぞ。武士、本当に大丈夫か? お前が動けるなら、葵を探すのを手伝ってほしい」

「手伝うだなんて……葵ちゃんを探すのは、僕だ」


 武士は力強く頷いた。ハジメも頷く。


「よし、わかった。さっそくだけど武士。前やったみたいに、お前の力で葵の居場所を感じれねーか? 痛みがない間は、お前にあいつの魂の力が流れ込んでるはずだ。かなり弱いとは思うけど」


「そうか、そういえば……!」


 武士は目を瞑って、意識を集中する。

 自分の中に入ってきているはずの、あの青い清浄な力を感じ取ろうとする。


 しかし。


「……だめだ」


 数分後、武士は目を開ける。


「確かに、青い光……葵ちゃんの魂の力は感じるんだけど……それがどこから、どっちの方向からか、全然分からない…」

「そうか。……仕方ねーな」


 ハジメは力なく応じる。


「ごめん」

「謝ることじゃねーよ。別の方法を考えようぜ」


 ハジメは武士の肩を軽く叩く。


「ああそうだ。お前、前みてーに自分の体傷つけて、調べようとかすんなよ。もう傷は回復するとは限らないんだからな」

「うん……わかった」


 正直、武士は今まさにそれを考えていたのだが、失敗した場合のハジメたちへの負担を考えると、その方法をとる訳にはいかなかった。


「よし、上のマンションで作戦会議だ。武士、歩けるか?」

「大丈夫。ところで……今、何時なの? あれからどれくらい経ったの」

「今は夜中の一時だ。新宿で葵が攫われてから七時間ってとこか」

「そんなに?」

「だから急ぎたい。それに、これから説明すっけど、御堂組の助けは使えねえ」


 武士はベッドから降りて、足元に用意されていたスリッパを履く。


「なにかあったの?」


 ハジメの顔は険しい。


「……ジジイが危篤だ。 今、御堂組は大騒ぎで時沢さんの手も借りられねえ。葵の救出、命蒼刃の奪還に動ける人間は、俺達だけなんだ」


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