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「ボクのことは神道使いと呼んでくれ」

「……殺せ」


 深井は切り飛ばされた右腕の付け根から噴水のように溢れ出る血を左手で押さえ、気絶も倒れもせずに直也を睨みつける。


「折れた刀で、腕一本切り飛ばすか。化け物だな、北狼の少年兵って奴は」

「…ショック死しないのは流石ですね。その様子なら止血も自分でできるでしょう」


 直也は返り血を浴びながら、その視線を受け止める。


「戦争屋が右手を失くしてむざむざと生き残れるか。さっさと止めを刺せ」

「生き延びた人間が勝者です。戦場で、あなた方はそう学んだのではないですか」

「……ガキの癖に、腹立たしいことを言う奴だ」


 吐き捨てるように言うと、深井はがくっと膝を突いた。


「さて……」


 直也はビルの裏口の前でへたり込んでいる義一郎に視線を向ける。


「ひっ!」


 顔に返り血を浴びている直也に睨まれ、義一郎は卒倒寸前だった。

 折れた刀をぶら下げながら、直也は義一郎に歩みを進める。


「く、来るな、来るなあっ!」

「みっともないですよ、灰島先生。心配なさらずとも殺しはしません。……大人しく芹香の居場所まで案内していただければ」


 直也は義一郎の前に立ち止まると、折れた刀の切っ先を目の前に突きつけた。


「ひいっ…!」


 その時だった。


 黒塗りの大型ワゴン車が2台、高速で近づいてきた。

ビルの裏口につけられてた義一郎の車を挟む形で止められると同時に、スライドドアが開く。


「……っ!」


 さすがの直也も息を飲んだ。

ワゴン車の中からは、ボディアーマーに自動小銃で完全武装した一団が飛び出してきたのだ。

 一車両から六名ずつ、計十二名の兵士が扇状に展開して、直也を取り囲み銃口を向ける。


 直也はとっさに義一郎の背後に回って、刀を首筋に突きつける。

だが、取り囲んだ敵兵にこの人質が効果がないであろうことも、うすうす感づいていた。


「……北狼か」

「その通りだよ」


 直也を取り囲んだ完全武装の兵士の壁が、左右に割れる。

 現れたのは、十歳になるかならないかという年端もいかない少年と、二十代半ば程の女性だった。


少年の方は、神社の宮司など神職につく者の正装である黒袍に白袴という服装。

左右に完全武装の兵士たちを従えている状況で、異様な雰囲気を放っていた。


女性の方は、スレンダーでスタイルのいい体にビジネススーツをかっちりと着ている。

ショートカットのやり手美人キャリアウーマンといった風貌だ。


「九龍直也。日本人屈指の傭兵である深井隆人を倒すなんて、流石だね。資料に残っていた通りの実力はありそうだ」


 神職服の少年が浮かべたニッと笑うその表情に、直也は猛烈な違和感を覚える。

その表情は、例えるなら猟師が山で獲物を見つけた時に浮かべるような、狩る者が狩られる者に向けて浮かべる笑みだ。

年端もいかない少年が浮かべる表情ではない。


「北狼の少年兵……か?」


 直也は問いかける。

少年は自分の資料を見たと言った。

ということは、北狼の関係者であることは間違いない。


「そうだよ。三年前、君が鬼島司令の命令で脱隊した後の入隊だから、君はボクのことを知らないだろうけどね」


 得意げな表情を浮かべる少年は素直に認める。

だが直也には、不審に感じる点があった。


「その服装……巫薙、か?」


 北狼は、市街地および山岳地帯での集団戦闘を得意とする陸戦部隊だ。

左右に展開して自動小銃を向けている大人の兵士たちと、装備的には変わらないはずだ。

神職服の部隊員など、聞いたことがない。


「巫薙なんて、そんな形だけのものじゃない。ボクのことは神道使いと呼んでくれ」

「神道使い?」

「君が脱隊した後に新設された、オカルト専門の特殊部隊さ。隊員は今のところボク一人しかいないけどね。ぶっちゃけ、対刃朗衆の専門要員ってとこ」


 神道使いを名乗る少年は、まるで小学生が有名なサッカー・チームに入っていることを自慢するように説明をする。


「対…刃朗衆だと?」


 直也は、驚愕の色を隠せなかった。

鬼島がそんなものを組織するのは理解できる。

彼の目的は九色刃の力をすべてを手に入れ、この国の軍事力に加えることだろうからだ。

そして、芹香が攫われたこのビルに、今は動かすことができないはずの北狼が現れた理由も分かる。

自分の弱みが敵に奪われるのを、実力で阻止しようとしているのだろう。

灰島の芹香誘拐計画が自分の情報網に引っかかった以上、鬼島もそれを知っていて不思議はない。


しかし。

なぜ今ここに、対刃朗衆の要員も送り込んだ?


 それは、ここに翠や葵がいることを鬼島が知っているということだ。

直也が刃朗衆を連れてここに来たことを知っているということだ。

どうしてそれが分かった?


 直也は、神道使いの少年の横に立つビジネススーツの女性を見た。

 女性は直也の視線に気が付くと、ニコリと笑う。

その笑顔は、もうすぐ初夏を迎えるはずのこの季節に、冬の冷たく凍える海に浮かぶ流氷を思わせる冷たさだった。


「に……新崎……」


 展開した兵士達の弧の外で、血だまりに蹲るように膝をついていた深井が、女性に向かって呼んだ。

女性は、氷の微笑みを浮かべたまま深井の方を向く。


「深井さん。手当てして差し上げましょうか?」

「新崎結女……やはり貴様か……このコウモリ女、今度は、何を企んでいる……?」


 大量の血を失い顔面蒼白になりながらも、深井は気を失うことなく、結女を睨みつける。


「コウモリなんて人聞きの悪いこと言わないで。私は救国の英雄、日本国内閣総理大臣にして国防軍の真の司令官、鬼島大紀の忠実な秘書官よ」

「ふ……キサマはそうやって……くっ」



 深井は何か言いかけるが、腕を切り飛ばされた人間がいつまでも会話ができるわけがない。ズシャ…と頭から地面に倒れこんだ。


「救護班」


 結女の呟きに、聞こえるはずのない距離に止まっていたワゴンから、直也を取り囲む兵士たちと装備の異なる兵士が2名、担架を持って飛び出してくる。

 彼らは慣れた手つきで深井を担架に乗せると、ワゴン内へと運びこんだ。


「なんのつもりだい? あの男、司令の娘を誘拐した一味でしょ?」


 神道使いの少年が怪訝な顔で、結女を見つめる。


「ただの傭兵よ。使えるものはとっておかないとね」


 結女は神道使いに冷たい笑顔を返す。


「べつにどうでもいいけど。さて、九龍直也」


 神道使いはあっさり応じると、灰島義一朗を盾にした直也に向き直った。


「仲間に連絡を取ってよ。刃朗衆の連中が、御堂組のボンボンと一緒に中にいるんだろう?」


 直也は戦慄する。

ハジメのことまで知られている。

すべては鬼島の掌の上だったのかと、歯噛みするしかなかった。


「それとも、完全武装の北狼部隊十二人と一戦交えるかい?」


 問いかけに答えない直也に、神道使いは更に凶悪な笑みを浮かべる。

普通なら小学校に通っている程の年齢である。

その少年の顔に浮かんだ歳不相応な表情は、彼が極めてまっとうではない教育を受けてきたことを示していた。


「刀を捨ててよ、九龍。お前が司令の子どもだからって、いつまでもボクが優しく言っていると思わないで」


 小さい体で、完全に上からの目線で少年は告げる。

しかし十二丁の自動小銃に狙いをつけられていては、いかに直也とて従わないわけにはいかなかった。


 直也は折れた刀を地面に捨てて、両手を上げる。


「仲間と連絡は取れない。携帯電話は無効化されている」


 直也は言ったが、神道使いは鼻で笑った。


「ジャミングはとっくに解除されてるよ。さすがに刃朗衆は優秀だね。まあいいや。とりあえずビルの中に入ってよ。この区画一帯は完全に封鎖してるけど、それでも誰に見られるかわからないからね」


 少年はそう言うと、横に立つ兵士に向って顎をクイと動かす。

兵士達はまるで十二人全体の意志が一体となっているかのように、一斉に動き出した。


 直也はふと、その兵士達たちの動きに違和感を持つ。


(なんだ? こいつら……気配が無さ過ぎる……)


 兵士たちの内、三人が近距離から直也に銃を突きつけ、別の一人が直也の腕を背中に回して、手錠をかけて拘束する。

残りの兵士たちはビルの裏口から、内部を確認し、手際よく突入していく。

神道使いが、拘束された直也の横まで歩いてきた。


「さあ行こうか。眠り姫は最上階だよ。君の仲間も集まっているみたいだね」


 少なくとも五歳以上は確実に年上であろう直也を「君」呼ばわりした神道使いは、いつの間にかその手にノート程度の大きさのタブレットを手にしていた。

タブレットにはビルの見取り図に、複数の動く光点が示されている。

どこか外部から、建物内の生体反応を確認し、モニターしているのだ。


新宿の一区画の完全封鎖に、建物内部の生体反応を捉える科学装備。

直也が認識していた以上の北狼の実力に、政界に転じ退官した鬼島を未だに「司令」と呼んでいる彼らの忠誠心。

直也は、父親の力を見誤っていたことに気づいた。

それはあまりにも遅過ぎていたが。


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