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「元傭兵VS元少年兵」

「おらあっ!」


 義和の背負い投げで、武士はコンクリートの地面に叩きつけられる。


「がはっ…!」


 もう何度目かの衝撃に、武士は気を失ってしまう。

だが、瞼の裏に青い光が煌くのを感じると、すぐに意識が覚醒した。


「義和さん……もうやめましょうや。こっちが気分悪くなりますぜ」

「そうですよ。もう十分です。上に連れていきましょう」


 義一郎の部下の男たちは、武士の血で汚れた警棒を縮め、ホルターに戻す。


「何言ってやがる、こんなんじゃ全然足りねえ。こいつまだピンピンしてんじゃねえか」


 義和はだらりと脱力している武士の襟首をつかんで、引きずり起こす。


「何言ってんすか。俺たちで袋叩きにして、義和さんも、もう嫌ってくらい投げ飛ばしたじゃねえですか」

「死んでもおかしくねえくれえっすよ」


 男たちはそう言いながらも、確かに違和感を感じていた。


 手加減しつつも武士の頭を殴りつけた警棒は、確かに血で汚れ、武士の顔や髪は流れた血で汚れていた。

しかし、日が落ちて見え難いが、出血自体はもう止まっているように見える。

 頭部の皮はピンと張られていて、出血すると怪我の程度以上に派手な出血になる。

その血は出血多量とまではならなくとも、なかなか止まらないはずだ。


 さらに、コンクリートの地面に柔道技でああ何度も叩きつけられては、普通の人間ならショックで痙攣を起こしていてもおかしくないはずだ。

だが武士は、力なくうな垂れてはいるが、そんなに深刻なダメージを負っているようにはどうしても見えない。

 感情的になっている義和が手加減をしているとも思えなかった。


「とにかく、義和さん。マジでそれ以上は死にます。いい加減にして下さい」


 男は厳しい声で義和に告げる。


「命令すんじゃねえよ。何様だテメエら」


 義和は力なくうな垂れている武士の胸倉を持ち上げたまま、見張りの男二人を睨みつける。


「俺たちは灰島先生の部下です。灰島先生に雇われた人間です」

「だろ?だったら大人しく俺の言うことを……」

「だから義和さん。あんたに雇われた人間じゃねえって言ってるんだよ」


 苛ついた声で、男は言い放つ。

 敬語を止めた男の口調と視線に気圧された義和は、舌打ちをすると武士の襟首を放した。

武士は力なく地面に崩れ落ちる。


「分かったよ……。運べよ。最上階の端の部屋だ」

「分かりました」


 男たちは顔を見合わせてから頷くと、一人が倒れた武士を担ぎ上げた。

もう一人はビルの中に入り、エレベーターを呼ぶ。

武士を担いだ男がエレベーターホールに着いたときにちょうどよく扉が開いた。


「じゃあ頼む。俺は見張りを続けてるよ」

「ああ」


 武士を担いだ男はエレベーターに乗り込み、後から気まずそうに義和も乗り込む。

 エレベーターの扉が閉まったことを確認すると、ひとり残された男は正面口に戻ろうと歩き始めた。


 そのタイミングで、葵は階段から一階の正面口に辿り着いた。


「……!」


 葵は男を見つけると、まっすぐに駆ける。


「……ん? なんだお前あごふおっっ!!」


 駆け寄ってくる黒髪長髪の女子高生に不審の声をあげる間もなく、鳩尾に強烈なとび蹴りを食らい、男は一撃で昏倒した。

 葵はそのままビルの正面口へと走る。

しかし入り口付近にも、通りに出たところにも、武士たちの姿はない。


 葵は慌てて蹴り倒した男のもとに掛け戻り、薄暗い玄関ホールで男の頬を叩く。


「おい! お前、武士はどこだ! どこに連れて行った!」


 男はなんとか昏倒から目覚めるが、突然目の前に現れた美人の女子高生に頬を叩かれてる状況に戸惑い、言葉が出てこない。


「武士はどこに行ったと聞いている!答えろ!」


 葵はスカートの下から命蒼刃を抜いて、男の首筋に突きつける。


「ま……まま待て、た、武士って誰だ?」


「とぼけるな! 一人でここに来た高校生がいただろう!?」


 葵は命蒼刃を更に押し当てる。

男の首筋に、赤い血の線が一筋浮かぶ。


「ま、待ってくれ! 木刀を持ってた田中とかいう高校生なら、最上階に……」


 葵はそこまで聞くと、命蒼刃の柄で男の顎を横に打ちすえた。脳を的確に揺らされた男は、再び昏倒する。


「…くそっ!」


 完全に裏目に出た自分の行動に悪態を吐いて、葵は再び階段に向かって走り出した。




 深井は銃を構えながら車の横に回りこむ。

ただし、近接戦闘での日本刀の優位性を知っている彼は、一定の距離を保つために車から大きく離れた形で回り込んだ。

 直也は深井の射線に入ることを避けるため、車を挟んで対称的な位置に移動せざるをえない。

 車を挟み距離を開けて対峙する二人は、膠着状態に陥っていた。


「どうした、少年兵! そろそろ少年って年でもないだろう?こそこそ隠れてないで、出てきたらどうだ?」


 深井は挑発するが、直也は動かない。


「どうする? このまま車を挟んでグルグル回るだけか?」


 深井は銃を向けたまま挑発を続ける。

車がただの一般車両であれば、窓越しや車体越しに直也のいる位置に撃ち込むこともできた。

 しかし灰島議員の車は特別車両で、防弾処理がされている。手詰まりなのは深井も同じだった。


 更に、深井は倒れているメガネの同僚や、ビルの裏口の前でへたり込んでいる義一郎が直也に人質にされる可能性を恐れていた。

同僚はともかく、義一郎を盾にされてはやっかいだった。

車から義一郎の位置まで5メートル程はあり、その途中を狙い撃ちにすることはできるだろう。

しかし相手は銃弾を弾く反射神経の持ち主だ。

銃弾を避けられ、義一郎の背後に回られたらそれで終わりだ。


(せめて建物の中に戻ってくれればいいものを…!)


 ちらりとへたり込んでいる義一郎に視線を向ける。

 その一瞬。

車の影に隠れた直也からほんの一瞬、意識を移した刹那。

それが深井の命取りだった。


 幼少の頃から非人間的な戦闘訓練を受けてきた直也は、自分に向けられた殺気に対してレーダーのような感覚を持ち合わせていた。

 視界に入らなくても、深井の意識がほんの一瞬自分から逸れたことを直也は正確に感じ取る。


 直也は地面、そして車のボンネットを蹴って深井に向けて駆け出した。


「……っ!」


 深井は一瞬遅れるが、それでも驚異的な反応速度で突っ込んでくる直也に狙いを定めた。

躊躇うことなく引き金を引く。


 バスッ!


 くぐもった銃声がひとつに聞こえるほどの、超速での二連射。

その狙いは極めて正確に、直也の心臓と額を狙っていた。


 銃の世界で生きる人間にとって、敵を撃つ場合、心臓と頭を同時に狙うことはセオリーだ。

一射のみで急所を外してしまった場合、結果的に致命傷になるダメージを与えられたとしても、敵が絶命するまでの間に反撃を受けてしまうからだ。


 そして、深井は銃の世界で長く生き続けた人間だった。

刀を持つ直也に対してもその狙いは機械のごとく正確だった。

 そして正確だったがゆえに、直也に弾道を読み切られる。


 直也は頭を振って頭部を狙った銃弾を避け、構えた刀で心臓を狙った銃弾を弾いた。一瞬で距離を詰めた直也は、深井をその刀の間合いに収めることに成功する。


「く…」


 深井は身を引いて刀の間合いから身を躱そうとするが、それよりも速く直也の刀が閃いた。


 ギインッ!


 首筋を狙って下から跳ね上がるように閃いた刀を、深井は拳銃のサプレッサー部分で受け止める。

サプレッサーの表面は金属製で、いかに最強の切れ味を誇る日本刀でも、受け止めることは可能だ。


可能な筈だった。

 しかし直也の振るった刀の刀身は、サプレッサーに大きく食い込んだ。


「……斬鉄だと!?」


 深井は直也の超絶な技量に驚愕する。

そして直也はその隙を見逃さず、銃に食い込んだ刀身に、刃筋に対して直角に力を込めた。


 バキィィン!


 日本刀は最強の切れ味を誇る刃物だが、刃筋に対して横からの力には弱い。

まして、直也の持ってきていた刀は鍛えられた玉鋼ではなく、ただの居合用の量産品だ(その量産品で斬鉄を行えるところに、直也の技量の凄まじさがあるのだが)。

銃弾を何度も弾き、弾性限界に達していた刀は拳銃に食い込んだ部分から音を立てて折れた。意図的に折られた。


 そして手元に残った部分の刃をコンパクトに振りかざし、直也は深井の懐に更に一歩踏み込む。


「俺の勝ちです」

「化け物が」


 直也の折れた刀が閃く。

銃を持つ深井の右腕が、切り飛ばされ宙を舞った。




「だから、悪かったって言ってるでしょ」


 5階の一室で、翠はふて腐れているハジメの体に巻きついている蔦を碧双刃で切った。

一箇所を切っただけだったが、途端にハジメの体を拘束している蔦があちこちで千切れ、バラバラと床に落ちる。

 拘束を解かれたハジメは、呆れたような深いため息を吐いた。


「夜間の潜入作戦で一番警戒しねーといけねえのは同士討ちだって、世界の常識だろうが。刃朗衆はそんなことも教えねえのかよ」


 随分と狭い世界の常識を語るハジメに、ハイハイどうもすみませんでしたーと、翠はおざなりな謝罪をする。


「それにしてもお前。こんなビルの何処に、蔦なんて生えてやがった? あと4階のあの木。どうやってビルん中に木を生やしやがった?」

「ああ。こんな時の為にあたし、植物の種とかいろいろ、持ってきてんのよね」

「種からも育てられんのかよ。出鱈目な奴だな」

「お互い様。あのタイミングで初撃を避けられるとは思わなかったよ。でも良かった。いくら御堂ハジメでも、間違って首チョンパしちゃったら寝覚めが悪いもんね」

「……人を殺しかけといて、その言い草かよ。それにてめえ、下の階でも派手に力使っただろ」

「仕方ないっしょ。力使わないで無理して戦った結果、もし敵を殺しちゃったらさ。武ちん悩んじゃうでしょ」

「……」


 武士の名前を出され、ハジメは息を飲む。


 碧双刃の力を使わずとも、あのレベルの相手であれば、殺さずに無力化することは翠には決して不可能ではなかった。

ただ単に翠は面倒くさかったからだけなのだが、「殺したら武士が悩む」という言葉に顔色を変えたハジメを、翠は興味深そうに覗き込んだ。


「あんた、もしかして、もう殺した?」

「今日は殺ってねえよ」

「……ふうん。さすが御堂組の『ダブル・イーグル』。得意なのは銃撃戦だけじゃありませんか」

「大した敵がいねえだけだ……ってちょっと待て。テメエ、なんでその恥ずい呼び方を知ってんだ!」

「あはは。この世界じゃちょっと有名な名前だからね。まあ『ダブル・イーグル』が本当に御堂ハジメだとは思わなかったけど」

「カマかけやがったな」

「確認、確認♪ あの容赦ない殲滅戦が得意の有名人が、こんなお優しい人だとは思わなかったからさ」

「どういう意味だ」

「まあ、人死には出ないに越したことないけどねって、意味」


 その時、また階段の方から人が移動する気配が感じられた。

気配は下から上へと移動していく。

 二人は声を潜めて、顔を見合わせた。


「おいミドリ虫。5階はもうクリアしたのか?」

「うん。後はもう6階だけだよ。6階は葵ちゃんが一番最初に捜索してるはずなんだけど……って、だれが虫よ!」

「急ぐぞ。トラブルかも知れねえ」

「分かってるわよ」


 二人は部屋を出ると階段を登り、最上階へと急いだ。



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