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「武士VS義和」

 武士の言葉を伝えに一度建物の中に入っていった見張りの一人が、再び戻ってきた。


「義和さんがもうすぐここに来るそうだ。待っていろ」

「芹香ちゃんも、と言ったはずです」


 男の言葉に、武士は強気で応える。

 男はチッと舌打ちした。


「ガキ。今すぐ黙らせてもいいんだぞ」

「やれるものなら、やってみて下さい」


 武士は木刀を構える。

 もちろんハッタリだった。

 武士に人を木刀で殴る気などはない。

 だが、気迫で負けるわけにはいかなかった。


「ンだと、このガキ…」


 男は武士に挑発され、歩み寄ろうとする。

  だがもう一人の男がそれを制した。


「よせよ、子ども相手に。もうすぐ義和さんが来るから、まかせよう」

「…はっ。ガキの相手はガキにってか」

「あのお坊ちゃんも、体使う仕事くらいできるだろう」

「それしか取り柄がなさそうだしな」


 男達は笑う。

 どうやら、義和は父親の部下たちに不人気のようだった。


 武士は義和を待つか、騒ぎを起こす目的も兼ねて強硬突破を図るか迷った。

 しかし彼らの言葉を聞いて、ここに留まることを選ぶ。

 今の会話からするに、義和との対決は一対一でやらせてもらえそうだった。

 姑息で卑怯な彼とサシでやりあえるのなら、武士は望むところだった。

 芹香を傷つけた義和を、武士は許すつもりはない。


「よーう。チビ。なにしに来やがった」


 義和がビルの正面口から現れた。

 その表情には下卑た笑みが浮かんでいる。

 見張りの二人に向けて木刀を構えている武士を、義和は鼻で笑った。


「はっ、殴り込みかよ。かっこいいねえ、チビの分際で」

「…君は女の子を脅して誘拐か。かっこ悪いね、デブの分際で」


 武士の言葉に、見張りの二人は思わず吹き出す。


「なっ…」


 義和の大柄な体は柔道で鍛えられており、決してデブと言われるような体ではない。

ただ、確かにスマートとは言えない体格であり、見張りの二人が吹き出したこともあって、義和は屈辱に震えた。


「てめえら、笑ってんじゃねえ!」


 義和は二人に向かって怒鳴りつけた。


「はい、すみません」

「申し訳ありません」


 あまり誠意が感じられない声で、二人は謝罪する。

 それが分かる義和は舌打ちをすると、キッと武士を睨みつけた。


「てめえ一人か。どうしてここが分かりやがった?」

「一人だよ。何? そんな無駄にでかい体して、ハジメとか九龍先輩が怖いの? 大きな体に小さなハートだね。灰島君は」


 武士の挑発の言葉に、見張りの二人はまた吹き出す。

 義和は男達をまた睨むが、二人はふいっと横を向いた。


「田中……てめえ、ふざけるのもいい加減しろよ」


 武士の方に向き直り、義和は武士を威嚇する。

 だが武士はまったく動じない。


「ふざけてるのは君だろ、灰島。ふざけてなけりゃ、女の子の弱みを握って脅しながら口説くなんて、そんな恥ずかしい真似できるわけないよね。え? なに? もしかしてマジだったの?」


 ククク…と男達が押さえて笑う声を背中に聞き、義和の我慢は限界を迎えた。


「テメエッ!」


 義和は怒りに任せて武士に突進する。

 武士はこれを待っていた。


 木刀を身を守るように斜めに構え、体にぴったりと付ける。

 そして突っ込んで義和に向かって、身を低くして、その足下に体ごと突っ込んだ。


 地面ギリギリの高さで足下に潜り込まれた義和は、まさか武士の方からも突っ込んで来るとは思っていなかったらしく、急に止まることもできず、武士の構えた木刀と体に躓いた。

 義和が前方に大きく重心を崩したタイミングで、武士は体を起こしながら木刀を跳ね上げた。

 猛烈なスピードで突っ込んでいた義和は、その運動エネルギーを利用される形で、大きく体を回転させられる。


 そして、背中からコンクリートの地面に叩き付けられた。


「がはっっ……!」


 衝撃で肺の空気が一気に押し出され、義和は悶絶する。


「ヒューゥッ」

「やるねえ、おチビさん」


 傍から見ていた見張りの二人は、感嘆の声を上げた。

 武士は、柔道の黒帯で大会優勝者である義和と、正面からやり合って勝てるとは思っていなかった。

 それに、素手の義和に向かって木刀を振るう真似も自分に出来ると思っていなかった。


 そこで武士が考えたのが、昼間の学校でのやりとりを再現することだった。


 義和は怒り心頭になると、力任せに突っ込んで来る。

 昼間は横からの体当たりだったので義和はただ転んだだけだったが、下に潜り込んで突き上げることができれば、まるで柔道の巴投げのように、彼を投げ飛ばせるのではと考えたのだ。

 そして案の定、武士の挑発に乗って突っ込んで来た義和は、見事に武士に投げ飛ばされた。


 武士は冷静だった。

本気の時沢との壮絶な訓練を経て、武士が学んだのは実戦の中で冷静さを保つことだった。


(武士君。君のこれからの戦いは、誰かを守る為の戦いのはずだ。たとえその場に守る人がいなくても、君が勝たなければ不幸になる人がいる。どんな時でも冷静にそう考えることができれば、君は自分の本来の力を発揮できるはずだよ)


 武士に、時沢の言葉が思い出された。

 もちろんそんな簡単に強くなれるものではなかったが、義和と対峙して冷静でいられたのは、時沢の言葉と訓練のおかげだった。


「がっ…がはっ…た、田中…てめえ…」


 義和は呼吸を乱しながら、立ち上がる。


「…殺す…!ぶっ殺す!」


 武士を投げ飛ばそうと、義和は手を伸ばして来る。

 逆上しながらも、二度も力任せに突っ込んで学習したのか、今度は距離を置きながら武士の服や、腕を掴もうとする。


 柔道の達人に体を掴まれたら、武士に勝ち目は無い。

 武士は木刀を中段に構え、すり足で動きながら間合いを取って、義和に体を掴ませない。


 もともと剣道の間合いは、柔道の間合いとは比べ物にならないくらいに深い。

 加えて、義和はコンクリートの地面に叩き付けられるダメージを追っていた。

 さすがの反射神経で受け身はとっていたが、畳の上で投げ飛ばされるとのは訳が違う衝撃に、まったくの無事で済むはずがなかった。

 義和の動きは鈍く、未熟な武士でも容易に体を掴まれることはない。


「このっ……チョコマカ、しやがって……っ!」


 義和は柔道の間合いに入るのを邪魔する武士の木刀を掴もうと、手を伸ばす。

 しかし武士は寸前で木刀を手元に引き、伸ばした手が空を切った義和はバランスを崩した。

 その隙に武士は足払いを仕掛け、見事に引っかかった義和は、今度は顔から地面に倒れ伏す。


「がっ……!」


 顔を押さえて地面を転げる義和を、武士は見下ろす。

 芹香を傷つけた義和を痛めつけることができたが、満足感など欠片も浮かばなかった。


「どうしたんですか? 義和さん」

「大丈夫ですかー? 手を貸しましょーかー?」


 見張りの男たちはからかうように声をかける。


「うるせえ! お前らなにしてんだ、こいつを取り押さえろ!」


 鼻血を出しながら、義和が怒鳴る。


「え、いいんですか?」

「義和さんが対応すると、お父様から伺いましたが?」


 男達はなおもニヤニヤしながら義和に言った。


「さっさとしろ!パパ……親父には、こいつを芹香の前に引きずり出せって言われてるんだ!」


 義和は、もう恥も外聞もなく叫ぶ。

 しかしその叫んだ内容は、武士は聞き逃す訳にいかなかった。


「灰島君。どういうこと?」

「……はっ。田中、お前を芹香の前で痛めつけてやんだよ。そうすりゃあ、あの女もちょとは俺たちの言うようになるって事さ!」


 義和は地面に這いつくばって汚れた顔で、ニタリと笑う。


「義和さーん。それもう、完全に悪党の台詞ですよ?」

「うるせえ! お前らはさっさと言う事を聞け! 親父の命令だぞ!」


 義和をからかっていた男達は、仕方ないという風にため息をつくと、腰のホルターから伸縮式の警棒を取り出して、腕を振る。

 ジャキッという音ともに警棒は伸びた。


「坊主、悪いな」

「こっちも雇われの身なんでね。坊主に恨みはねえんだけどよ」


 男達は、武士にゆっくりと歩み寄って来る。


(…このまま彼らに殴り倒されれば、芹香ちゃんの所に連れて行かれる…!)


 武士の方針は決まった。

 痛い思いはするだろうが、幸か不幸か、多少の痛みにはこの一週間ですっかり慣らされている。

 脳裏にまた、ドS時沢の怖い笑顔が浮かぶと、武士は苦笑した。


(あの人のシゴキよりはマシだろう、きっと)


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